暴力的表現注意!


































人間+人魚の恋=泡






 どくりと、心臓が音を立てた。頭の奥底がきんと冷えて、無意識に身体は緊張し強張ってしまっている。
 何だろう。
 愛梨はそう思って、掛け布団をまくって身を起こした。そうしている間にも、心臓は重い音を立てて鳴り続けている。不安を掻き立てられるような、嫌な動悸だ。胸元をギュッと握り締めて、暗い部屋の中でじっと一点を見つめていた。とても嫌な感じだ。此処最近は嫌な事ばかりが続いているから不安になっているのだろうか。
 と兵助のキスシーンを見た後から、愛梨の周辺の状況はじわりじわりと変化していた。まずは下級生が近づいてこなくなり、その次は兵助に遭遇してに近づくなと釘を刺され――その時に愛梨にとって屈辱的な話も聞いた――邪魔な兵助を排除しようとして失敗して、今度は仲良くしていた上級生数人が愛梨から離れて行った。そして、不気味なほどに愛梨の周りは静まり返ったのだ。
 眉間に皺を寄せ、愛梨は俯く。その愛梨の頭上で、音も無く天井の板がずらされた。ぽっかりと覗いたその先には闇がゆるりと蠢いており、それを見るものが居たとしたら、思わず嫌悪と恐怖を同時に抱いたことだろう。
 その隙間からとろりと闇が一筋、愛梨の部屋へと音も無く滴り落ちた。気配も何も無いそれに背を向けたままの愛梨が気付くはずも無く、首筋に鋭い衝撃が走ったと同時に、彼女の意識は自身が作る闇の中へと強制的に落とされていた。

 面倒だ。
 は言葉にする事も無く胸中でそう呟いて、布団の上に崩れ落ちた女を見下ろした。その目はまるで路傍の石でも見るかのような無機質な光が宿っており、にとってその行動が人を害するものではなくただの作業であることを物語っている。
 けれどもすぐに視線を引き離し、部屋の中へと向けた。女性らしい調度品に、化粧品やかんざしなどが出されている机。けれども、学園に滞在している時間が短い為か彼女の持ち物は同じ年頃の女性と比べると酷く少ない。これならば彼女の持ち物を集めるのもそう時間はかからないだろう。が荷った役目の中で一番面倒な作業が、予想していたよりも簡単に終わりそうな予感に少しばかり安堵して、彼は彼女がここに来た時に所持していただろう物をあさりにかかった。
 立てられた計画は至極単純なものだった。現代の知識を持ち、実行者の中で一番の実力を持つが愛梨と彼女の持ち物を持って学園から脱出。その先で後の三人が始末をする、というもの。その処理の方法は各々に任せているが、嫉妬に狂って殺気立っていた四年生二人と、に近づこうとしていた愛梨を蛇蝎の如く嫌い嫌悪していた兵助のことだ。それはもうえげつない方法を取るだろう事は目に見えていた。
 もちろん、はそうなるだろう事を見越していた。けれども必要だったのだ。彼らの、あの激しいまでの感情の捌け口は。多少は愛梨を哀れに思わないことも無かったが、それは例えるならば塩を掛けられて溶けていくナメクジ――喜三太ならば号泣しそうなたとえだが――に対するような、そんなものでしかない。
 この件が終わったらまた月の半分は忍務や実習で外に出て、半分は学園で過ごすという日々へと戻るのだろう。あの女の影響が今後どう響くかは解らないが、それで忍者としてやっていけなくなってしまうのならば、所詮その程度だったと言う事だ。生徒に関してはの知るところではない。
 学園に対する敵対関係にある忍者に関してはまだ警戒が必要だろう。その辺りの事は学園長は教師陣が対策を講じるからあまり心配する必要は無い。小さく口角を引き上げ、は部屋の隅から隅を探し出した現代に繋がるものを集めて袋の中に押し込み、愛梨の手足を縛った。そうして、人が入るサイズの大きな麻袋の中に押し込もうとした所で、ふと伊作に渡された布のを思い出し、それで愛梨の口と鼻を塞いだ。その布にしみこませているのは、睡眠薬だ。吸入麻酔薬と言ってもいい。ただし、直接投与しているわけでもないのであまり効果は期待できない、と伊作は言っていたが。
 ちなみにクロロホルムではない。よく書物や映画などに出てくるあの描写は若干虚構だ。多少吸引しても、せいぜい咳をしたり吐き気を覚えたり頭痛に襲われる程度らしい。(以上、ウィキペディアより)

 閑話休題。

 気休め程度に気を失っている愛梨にそれを吸い込ませ、猿轡を施して麻袋の中に押し込む。片方を担ぎ片方をを抱えて、再び天井裏へと上がった。





 裏々々山は静かだった。虫の鳴き声はそこかしこで聞こえているが、それでも彼らが存在するその空間だけは、まるで切り取られたかのように空気が違っていた。冷たく張り詰めた、まるで真冬の大気のような空気。
 そんな中で、気にもたれ腕を組み目を閉じていた兵助はゆっくりとその目蓋を持ち上げた。

「そろそろか」
「はい」
「そのようですね」

 ちらりと空を見上げ月の位置を確認した滝夜叉丸と三木ヱ門は頷いた。三人はが行動を起こすのと同時に学園を出て、裏々々山で待機していた。彼らが居る場所から少し行った場所に、仙蔵と喜八郎が作成した渾身の穴がある。それは確認に行った三人が思わず顔を引き攣らせてしまったほどの深さで、彼らの愛梨に対する嫌悪の感情の強さを垣間見たかのようだった。特に墓場用の穴が。よく短時間でここまで深く掘ったものだと、顔を引き攣らせた後に思わず感心してしまったほどだった。

「大丈夫、だろうか」

 ふと、眉間に皺を寄せた三木ヱ門が呟いた。その言葉に、兵助はゆるりと顔を向け、滝夜叉丸は不快そうに顔を歪め、三木ヱ門を睨みつけた。

「何を言うか、三木ヱ門。あの先輩が本気になって行動したら、いくら六年生の先輩方でも気付くはずが無かろう」
「違う、そうじゃない。先輩の実力を疑ってるんじゃなくて……」
「そうじゃなかったら、何だ?」
「……僕はあの女が気に入らない。いや、見る影も無いほどにぐちゃぐちゃにしてやりたいし、絶対にそうするだろう。感情のままに動くのは目に見えている。だがそうしたら必ず血の臭いが付く」
「……あの女が姿を消して、私たちに血の臭いが付いていれば私たちが疑われる。そう言いたいのか」
「そうだ。滝夜叉丸は七松先輩がこちら側についているからいいだろうが、潮江先輩は、今はあの女に近づかなくなったとはいえ、あちら側だった。疑われて、冷たい侮蔑の眼で見られるなんて……」

 僕には耐えられない。
 消え入りそうな声でそう呟いた三木ヱ門に、滝夜叉丸はどう言葉を掛けていいかわからず、黙り込んだ。その思いは、誰よりも良く解った。まだ小平太が鈴木愛梨という存在に囚われていたときに、他ならぬ滝夜叉丸自身が抱えていた気持ちと寸分違わず同じものだったから。唇を震わせ、何かを言おうと口を開いても肝心の言葉は咽喉の奥でほろほろと崩れ去り形にならない。
 そうして俯いてしまった滝夜叉丸に、兵助は小さく息を吐いて口を開いた。

「それならば心配は無い。学園長先生が色々と工作してくださっている」
「え?」
「それはどういう……?」
「今夜は先輩を頂点に四人で小隊を組んで忍務に当たっている事になっているんだ。まぁ、これ二つに割れた学園を元に戻す為の正式な忍務だが。全てが終わった後にヒビの一つも入れない、そのための下準備は万全だ。万が一にも、ばれる事は無い」

 いくら血臭がしていようとも、忍務についていたという事実がある。依頼人と、任務を遂行したという事実とアリバイすらも揃っている。学園長が揃えた。全ては、学園と生徒の為に。

「だから大丈夫だ」

 そう言って、酷薄な笑みを浮かべる兵助に何処かしらに重なる部分が見えた気がした。滝夜叉丸と三木ヱ門は顔を見合わせて強気な笑みを浮かべる。

「学園を脅かす敵を葬る事など、誰に求めずとも最初から持っている権利だろう?」
「はい、そうですね」
「有害な芽は摘んでおくに限りますしね」

 ふっと、凍りつきそうなほどの冷気を纏った、美しい笑みを浮かべあう。

「楽しそうだな」

 頭上から声が降ってくる。次いで、音も気配も無くその声の主が木から舞い降り、肩に担ぎ上げていた大きな荷物を地面に放り出した。麻袋に包まれたそれはぐぅっと小さなうめき声を上げたが、は意に介さず長く負荷がかかっていた肩をほぐすべくもう一つの荷物を放り出して片方の肩を揉みながら腕を回す。

「お疲れ様です、先輩」
「ああ、疲れた」

 溜息をつきながらそう言うに、兵助は先ほどとは打って変わった柔らかな笑みを浮かべて寄り添うようにの隣に立った。あまりにも自然なその様子に、滝夜叉丸と三木ヱ門は羨望の眼差しを向ける。自分たちもあれくらい自然に好きな人と寄り添いあえる関係になりたい、とその目が語っていた。

「穴はこの先だったな」
「はい、一町ほど行った先です」
「なら移動するか」
「はい」

 こくりと頷く兵助の頭を軽く叩いて、滝夜叉丸と三木ヱ門へと目を向けた。そして、一瞬視線を落とし、片眉を上げる。
 その僅かな表情の変化に、兵助と滝夜叉丸、三木ヱ門はの視線を辿り、大きな袋に入れられた愛梨がまるで陸に上げられた魚のようにじたばたしている様子を見つけた。

「落ちた衝撃で意識を取り戻したのか」
「そのようですね」
「どうしますか?」
「このまま引きずっていく方が楽だとは思いますが」

 三木ヱ門は暴れる麻袋を片足で踏みつけて、滝夜叉丸は腹にあたるだろう辺りを何気ない仕草で蹴りつけた。麻袋からはまたうめき声が聞こえて、小さく丸まる。兵助は問うようにを見上げた。

「好きにしろ。俺の仕事は此処までだ」

 そう言うなり、は兵助の目元に小さく口付けて木の上へと上がってしまった。けれども立ち去りもせず、高みの見物を決め込む気でいるのは容易に知れた。の唇が触れた場所に触れると、指先が少し冷たく感じる。通り魔的な犯行に血の上ってしまった顔をぱたぱたと手で仰ぎ、場違いにも緩みそうになる頬を引き締めて、転がされたままの麻袋と四年生達の元へと歩み寄った。

「……袋の口を開けて顔を出してくれ」
「いいんですか? 猿轡をしていてもかなり五月蝿いと思いますが」

 そう尋ねる滝夜叉丸の頬は僅かに赤い。三木ヱ門も同じく少しばかり頬を染め、滝夜叉丸の言葉にこくこくと頷いていた。その彼の足の下では、やはり麻袋の中に詰められた愛梨がもがいている。

「構わない。これがあるからな」

 そう言って、兵助が取り出したのは竹筒だった。四年生二人はそれに首を傾げる。

「それは?」
「善法寺先輩特性の薬」

 さらりと告げられた竹筒の中身に、滝夜叉丸と三木ヱ門は顔を引き攣らせた。六年間連続で保健委員を努め、さらには保健委員長になった伊作は当然の如く薬と名の付くものに詳しく、良薬毒薬問わず彼が作り出す薬はとてもよく効く。そしてこの場面で出てくる薬など、毒薬でしかないだろう。流れ的に声が出なくなるか、咽喉そのものを破壊する効果を持っているはずだ。
 滝夜叉丸と三木ヱ門は引き攣ったままの顔を見合わせ、それでも三木ヱ門は麻袋を踏みつける足に体重を掛け、滝夜叉丸は戦輪で麻袋の口を括っている紐を切った。
 麻袋はもぞもぞと動き、愛梨が顔を出す。その口元には、唾液で濡れた猿轡がされ、綺麗な顔は恐怖と不安に彩られていた。その猿轡も、薬を飲ませるのに邪魔だろうと滝夜叉丸が戦輪を使って切り裂いた。それは当然のように愛梨の頬を傷つけるが、当人はそれどころではないのか必死に口の中にある猿轡を吐き出し、身体を押さえつける三木ヱ門とその側に立っている滝夜叉丸、そして竹筒を片手に底冷えのする瞳で自分を見る兵助を気丈にも睨みつけた。けれど、その瞳もやはり恐怖に染まっている。

「何するのよ!」
「何、とは見ての通りですが。状況把握も出来ないほど頭が悪いんですか、貴女は」

 馬鹿に仕切った口調と視線で、兵助は愛梨を見下ろす。愛梨は悔しげに言葉を詰まらせ、きょろきょろと視線を彷徨わせる。滝夜叉丸も三木ヱ門も、愛梨を見る目は兵助とそう変わらず、助けなど期待は出来ない。誰か。そう思ったところで木の上に人影を見つけ、闇に慣れた目を凝らすとそれがであることがわかり、愛梨は助かったと顔を輝かせた。

君、君でしょ!? ねぇ、お願い、助け……」
「無駄ですよ」

 愛梨がの名を呼んだことに不快感を示し据わった目を細めた兵助を見て、三木ヱ門が少しばかり口元を引き攣らせながら愛梨の言葉を遮る。その後にすかさず滝夜叉丸が口を開いた。

「あなたを気絶させて此処まで連れてきたのは、他ならぬ先輩――先輩その人なのですから」
「え……?」

 そんな事信じたくないと、そう表情で語りながらも、愛梨は再びを見上げた。は、下の様子を黙って見ている。その目は、冷たく――いや、温度など欠片も無く、まるでその辺に転がっている石や道端に生えている雑草でも見るかのように無機質だった。いつか見た、あの優しく温かな笑みの面影など欠片も無い。まるでそちらの方が幻だったのではないだろうかと、愛梨にはそう思えた。
 凍りついた愛梨の表情を意に介す事も無く、兵助は竹筒の栓を抜き、愛梨の顎を捉えて無理矢理その中身を口の中に流し込む。凄まじい味と臭気に吐き出そうと暴れるが、口を開けないように押さえつけられて下顎を固定され、鼻をつままれて首を反らされる。当然呼吸などできるはずも無く、愛梨はしばらく抵抗していたが呼吸が出来ない苦しさに、ついに口の中のものを飲み下してしまった。瞬間、焼き鏝でも押し付けられたかのような激痛が走り、愛梨は身悶えた。
 咽喉に走る激痛に涙を流しながら身体をよじる愛梨を、相も変わらず凍てつくような視線で見下ろした兵助は、竹筒をしまうと愛梨の髪を鷲掴みにして持ち上げた。そして、そのまま引きずって歩き出す。
 あまりにも容赦の無いその行動に、久々知先輩って怖いと滝夜叉丸と三木ヱ門は胸中で呟いた。けれども、そこには愛梨への同情など欠片も無い。が絡んだ件では怒らせてはいけないと学んだ二人は、それでも今はその背中が少し頼もしくも思われ、が持ってきた愛梨の所持品が入った袋と、先ほど滝夜叉丸が切った麻袋の口を止めていた紐と猿轡を拾って後を追った。
 山の中には、虫の鳴く声と、兵助の離す声、そして愛梨のか細い唸り声だけが響いていた。

「う゛ぅっ……」
「そうそう貴女を排除する理由でも教えて差し上げましょうか。何、冥土の土産ですよ。あぁ、それとも天に帰るんでしょうか、テンニョサマなら」
「う゛、あ……」
「端的に言えば学園長のご命令です。貴女の所為で学園は今真っ二つに分かれているんですよ。この乱世、学園を守るには一枚岩でなければならないというのに。それに今は、テンニョだなんて呼ばれてる貴女に興味を持った城がはなった忍者が、学園の周囲をうろついています。その中には学園と敵対している城もありましてね。状況は最悪一歩手前なんですよ。追放という手もありますが、貴女は学園と生徒の事を知りすぎている上に外に出せば火種にしかならない。だからこそ、学園長はかねて学園に留めておいた先輩に貴女の排除を命じた。あぁ、知ってますか、先輩は普段、月の半分は外に出ていて学園には居ないのですよ。ずっと学園に居た事の方が異常なんです。残念な事にこの事実に気付いた人は少なかったのですけれどね。先輩が学園に留め置かれていた理由は、こういう事態に備えてです。つまり、あの方は貴女を殺す為にいたんですよ。滑稽な事ですよね、まさか自分を殺す為に存在する男を好きなるなんて」
「あ…ぅぅ……」

 愛梨の目から涙がこぼれる。その涙の理由が絶望か恐怖か悲哀か、知ることなどできはしなかったが、それを見ても泣き顔を不快に思いこそすれ憐憫の情など湧いては来ない。
 一町ほど進むと、深く大きな穴が一つと、そこそこの大きさの穴が一つ。小さな方に、愛梨の所持品が詰め込まれた麻袋を放り込み、愛梨の身体が未だに入っている麻袋を剥ぎ取って、それも麻袋の口を締めていた紐と猿轡と共に小さな穴の方に放り込んだ。

「先輩、着物はどうしますか?」
「剥ぎ取れ」
「手足の紐はどうします?」
「外……したら暴れるか」
「確実に」
「ならこうすればいいでしょう」

 そう言うなり、三木ヱ門は背に負っていた忍刀を引き抜いて袈裟懸けに帯を切り裂いた。帯だけでなくその下の寝間着や肌すらも抉ったのか、刃の先には血がつき、白い寝間着にも血液が染み出し始めていた。愛梨は声無き悲鳴を上げ、何とかして彼らから逃げようとばたばたと暴れていたが、構わず彼らは刀を取り出し、皮膚ごと刀を切り裂き始めた。
 足、肩、腕、胸、腹。全身を余す事無く傷つけるように、刃を走らせ、寝間着を切り取り愛梨の身体を裂いていく。露になる白い肌は赤く濡れ、寝間着の切れ端は次々と小さな穴の中に放り込まれていく。
 全ての衣服が剥ぎ取られ、生まれたままの姿になった愛梨は既にそれが恥しいと思うような気力も悲鳴を上げる力も無く、血を流しすぎて意識も朦朧となっていた。

「どうしますか?」
「まだ生きてるみたいですが」

 滝夜叉丸と三木ヱ門の言葉に、兵助は小首を傾げる。

「……お前たちはまだ物足りないか?」
「物足りない、といえば物足りませんが」
「あまり時間をかける訳にもいきませんし……」
「ならもうあそこに放り込んでも構わないな」
「はい」
「勿論」

 四年生二人の同意を得て、兵助は愛梨の髪を再び掴んで、深いほうの穴へと放り投げた。手に絡みついた髪を取り除いて、穴の中へと落す。深い穴の底では、ぐしゃりと熟れた果実がつぶれたような音が響いた。

「……さすがに死んだか?」
「まぁ、この深さですから」
「生きていようが死んでいようが、埋めるのに違いはありません」
「それもそうだな」

 至極最もな滝夜叉丸の言葉にコクリと頷き、兵助は喜八郎がこの穴を掘ったときに置いていった踏み鋤を手に取り、穴を掘った後に出来た土の山にざくりと突き刺した。滝夜叉丸も同じように踏み隙を手にとって土山を崩して穴の中に放り込む作業へと加わり、三木ヱ門はもう一つの浅い穴の中に火薬と火種を放り込み、自身も踏み鋤を手に取る。
 浅い方の穴に放り込まれた火は一度軽い爆発を起こして、麻袋とその中身を燃やしていった。その火の勢いがあまりにもよすぎるために、三木ヱ門は小さく首を傾げる。

「なんか、物凄く火の回りが速くないですか?」
「うん? ……あぁ、先輩が何か細工をされたのだろう」
「この臭いは……油、でしょうか」
「しかも結構上等だな。おそらく先輩の部屋に支給されている分だろう」

 あの方はあまり夜に火を入れないから。
 さらりと口にされた言葉に、滝夜叉丸と三木ヱ門は思わず顔を見合わせる。互いの顔が薄らと上気しているのが、月明かりの中でも見て取れた。
 ざくりざくりと、虫の鳴き声に混じって、土に鋤を突き立てる音が密やかに広がる。四半時ほどそうしてひたすらに穴埋め作業をこなし、終わった頃には三人とも薄らと汗をかいていた。ふぅっと息をつくその顔は、山に入ったときと比べるとスッキリとしたものに変わっていた。

「気はすんだか」
「はい」
「すっきりしました」
「私もです……あ」

 作業が終わってやっと木の上から降りてきたの問いに頷こうとして、中途半端に首を振るのを止めた滝夜叉丸に、は怪訝そうに片眉を上げた。

「どうした」
「この血痕、どうしましょう」

 そうして指差した先には、愛梨が流した血が広がって土にしみこんでいた。やっている時はそうは思わなかったが、冷静になってみると少しばかり血を流しすぎたかもしれない、と実行犯三人は思った。
 はしばらくその血痕を眺め、ついと空を見上げて目を眇めると、ふぅっと毒を含んだ笑みを浮かべた。

「それなら心配ない」
先輩?」
「丁度いい具合に敵対している城の忍がこの辺りをうろついてるからな。二人ほど犠牲になってもらおう」
「二人、ですか?」
「一人でも構わないのでは?」

 の毒々しくも艶やかな笑みに顔を赤くしながらも首を傾げる四年生に、兵助は一瞬拗ねたような目でを睨みつけ、小さく息を吐いた。

「穴は二つあるだろう」
「あぁ」
「そういうことですか」

 つまりは、二人の忍の犠牲によって愛梨の血痕を隠し、愛梨を埋めた穴と燃やし尽くした荷物を埋めた穴の少し浅い場所にその忍の死体を埋めて偽装しようというのだ。幸い、この辺りは土がそれほど硬くなく、掘り返した場所とそうでない場所の区別はつかないだろう。山崩れが起こる確率も少ない場所なので、事が露見する事も無いはずだ。

「行くぞ」
「はい」
「「はいっ!」」

 背を向けて再び木の上へと登り走り出したに、まず兵助が追従し、次いで滝夜叉丸と三木ヱ門が己の獲物を手に慌てて付き従うのだった。




 長いです。天女闖入編最長です。書いてる途中、二話に分けようかとも思ったんですが、どうにも無理だったんで結局一括表示。正直此処まで長くなるとは思いませんでした、私。ひとまず一段落、といった所でしょうか。まだこの後に話はありますが。


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