コイに外された立て札




 わらわらと、どこからか集まってくる一年は組の愛らしい姿に、天女と呼ばれる少女に惚れられたなどという面倒な事態を一瞬忘れてふと顔をほころばせる。そうすると嬉しそうな顔をしたは組の子供たちに集られた。

せんぱーい!」
先輩、怪我はもう大丈夫なんですか?」
「あ、庄左ヱ門ずるい! 先輩僕も抱っこ!」
「わ、ちょっと待って喜三太、今どくから!」
「先輩、ぼくもー」
「「しんべヱはちょっと待ったー!」」

 三治郎に詰め寄られ、金吾に心配され、一人膝の上に抱かれた庄左ヱ門に頬を膨らまして乗り上げてこようとする喜三太に、今のに二人も乗り上げたらせっかく治りかけた傷が開きかねないと慌てての膝の上からのく庄左ヱ門、そして同じように抱っこと膝に乗ろうと手を伸ばすしんべヱをお前の体重じゃ、今の先輩にはしゃれにならんと引き止めるきり丸と乱太郎。
 なんとも賑やかな子供たちを至極嬉しそうな笑みを浮かべて眺めているに、本当にこの子達が好きなんだから、と伊助に呼ばれて一年生の忍たま長屋に来ていた兵助は苦笑を浮かべた。その好意が羨ましいやら微笑ましいやら、少しばかり複雑な気分になる。
 そんな兵助の様子を横目で見やり、は子供たちの間から手を伸ばして一度ぽんとその頭を優しく叩いた。瞠目して叩かれた部分に手を添えてを見ると、一瞬にっと口角が引き上げられる。大人気なく子供たちに嫉妬しているのがばれたのだろうかと、兵助は薄らと頬を染めて視線を落とした。ただ子供たちのついでに手を伸ばしただけかもしれないが、それにしては絶妙なタイミングだ。
 恥しそうに俯いてしまった兵助には咽喉でくつくつと笑って、手を伸ばしてこようとしないきり丸を捕獲し、膝の上に抱き上げる。そうして、天井を見上げた。

「小平太、降りて来い」
「はーい!」

 どうやら天井裏でタイミングを計っていたらしい小平太が、返事と共に小脇に四郎兵衛を抱えて降りてくる。続いて滝夜叉丸が降りて、部屋の人口密度はかなり高くなった。兵助がそっと視線を上げる。

先輩、まだ増えますか?」
「ああ。出来るだけかたまっていろ。庄左ヱ門」
「はい。じゃあ、金吾と伊助は先輩達と。それ以外は同室者とできるだけかたまって!」
「はーい!」

 庄左ヱ門から発された号令に、は組の良い子達の声がそろう。
 ぱらぱらと動き始める中で、の腕は乱太郎としんべヱの元へと行こうとしたきり丸をがっちりと捕獲したままで動かない。いくら負傷しているとはいえ、六年生の腕の中から逃げられるとは思わず、きり丸がを見上げると、小さく微笑まれて、大きな手が頭を撫でた。それが嬉しかったり気恥ずかしかったりでこそばゆく、拗ねたように唇を尖らせた。

「遅れたか」

 声と共に、小平太と同じ場所から仙蔵がするりと降りてくる。その後に同じ委員会の綾部喜八郎が降り、兵太夫が三治郎を連れて彼らの傍へと移動して腰を下ろした。

「いや、ちょうどいい」
「ならいいが。この面子ということは、天女がらみなんだろう」

 仙蔵が薄らと笑みを浮かべながら口にした単語に、室内の空気が変わった。何となく気温が下がったような、ぴりぴりと肌を刺すような、嫌悪と緊張と不安のようなものに覆われる。それでも、静かな視線がに集中した。それに不快な出来事を思い出し、眉間に皺を寄せる。

「それだ。少し協力してほしいことがある」
「あの女が先輩の事聞きまわってます。それですか?」

 綾部が大きな目でじっとを見上げる。相変わらず猫のようだという印象を抱きながら、はその言葉に頷いた。

「伊作経由の話だが、非常に迷惑な事にあの女に惚れられたらしい」

 が嫌そうな言葉と共に、場の空気がいっそう重くなる。

さ……ちゃんに?」
「……なんだって」
先輩、に……?」
先輩に?」
「おやまあ」

 一年生はそれほどではないものの、小平太の目は据わり、仙蔵は物騒な笑みを浮かべ、兵助の顔からは表情が抜け落ち、滝夜叉丸は渋い顔をして、綾部はいつものごとく呟きながらも手鋤を握る手は白くなっている。自分が愛されているのか、それともそれほど鈴木愛梨という少女が嫌悪されているのかは分からないが、たったこれだけのことで空気は重くなるものなのかと、は半ば他人事のように思った。思い切り渦中の人ではあるが。

、お前、あの女に接触したのか?」
「いや、全く」
「なんか火薬委員と一緒にいた時に笑った顔が素敵だったとかー」
「時期的にこの間の委員会ですね」
「それで、どうするの、ちゃん」
「今までと同じように俺は不干渉だ。と、言いたい所だが」
「無理だな。時機にあちらから接触してくる」
「そういう事だ。となると選択肢は唯一つ」
「でもないと思いますが」

 ぼそりと呟いた兵助にちらりと視線をやり、宥めるように頬を撫でる。言いたい事はわかるが、まだその時ではない。学園側はまだ彼女を害の無い存在だと判断している。それを私情にかまけて排除しては、忍としては失格だ。明らかに彼女が害ある存在ならば、排除する事自体が大切なのでそれでも構わないのだが。個人的には今やっても後々やっても排除する事には変わらないと思うとは、思っていても口に出す事は出来ない。が許可を出した途端、仙蔵や小平太、兵助や順調に殺意を育んでいる四年生がつっぱしりかねないのだ。
 少しばかり視線の鋭くなった仙蔵を無視して、ぐるりと室内を見回す。

「徹底的に逃げ回る。協力してくれ」
「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」
「無論です」
「まかせて!」
「三木ヱ門にも協力を取り付けてみます」
「が、がんばります!」
「あの女は気に食わんからな」
先輩、ターコちゃん掘っても良いですか」
「いい、許可する。そもそもあの女がよく嵌るからといって穴を掘るなと言うのは違うだろう。ここは忍術学園だ。競合区域に罠があって何が悪い」

 それを分かって此処に……いるのだろうか、あの女。
 平和に浸りきった現代人の女が、この学園の意義や時代背景を正しく認識できているかは甚だ疑問ではあるものの自身には関係ないはずなので横に置いておき、協力を取り付けられた事に僅かに安堵して息をつく。一年は組の良い子達も、の膝や己の委員会の先輩の傍から離れて、庄左ヱ門を頭脳として作戦を立てている。その中から兵太夫がひょこりと顔を上げ、仙蔵を手招いた。

「立花先輩、見て欲しい図面があるんですけど!」
「いいぞ。カラクリか?」
「はい、これなんですけど」
「ふむ、良く出来ているが、ここをもう少し……」
「じゃあ僕は穴掘って来まーす」

 対天女用のカラクリの相談を始めた先輩と後輩を尻目に、綾部は手鋤を持って出て行く。生き生きとし始めた連中に、は苦笑を浮かべて、一年の忍たま長屋にいて上級生の間で少々居心地の悪そうに身を縮めている四郎兵衛の頭を撫でた。きょとりと見上げてくる四郎兵衛も可愛い。こんな子が暴君の犠牲になっている事を思うと少々いたたまれなくなるが、楽しそうにしている小平太を行き過ぎない限りは止める気など無かったりする。

「二年ではお前一人だ。協力を要請しておいてなんだが、無茶はするなよ」
「は、はい!」

 嬉しそうに笑う四郎兵衛に、は対下級生仕様の柔らかな笑みで笑い返した。



 この後四郎兵衛は金吾と共に小平太にひっつかまれランニングに行きます。滝ちゃんはもちろん「お待ちください、七松先輩! 金吾っ、四郎兵衛ぇぇぇぇ!!」と悲鳴を上げながら追いかける、と。本当に小平太が関わると滝夜叉丸が普通だ。むしろオカンだ。ちなみに題名は「恋」と「故意」をかけてます。


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