スタートを告げる銃声が聞こえた




 タカ丸君たちと一緒にいた彼は誰?
 彼の名前は?
 年は……緑色の制服だから六年生よね?
 ねぇ、彼ってどんな人?
 彼に恋人はいるの?
 彼の好きなものは?
 彼の嫌いなものは?
 彼の、彼の、彼の……。






「天女様がね」

 くるくるとの左腕に包帯を巻きながら、伊作は口を開いた。飽きもせずに包帯の歌を繰り返し口ずさんでいた伊作から出た存在の名に、は器用に巻かれていく包帯から目を上げる。視線の先で、伊作は変わらず穏やかな表情で包帯を巻いていた。

「君の事を聞きまわっているって」
「何故」
「君のことが好きだからでしょ」
「接触した事は一切ないが?」
「数馬が聞いたところによるとね」

 巻き終えた包帯を留め、顔を上げる。

「きつくない?」
「ああ、大丈夫だ。それで?」
「火薬委員の子達といる時に見た笑顔が素敵! だって」
「……」

 伊作の棒読みな声真似の内容に、は眉間に皺を寄せた。火薬委員といる時に見せた笑み、というと、時期的にこの前の委員会復帰の日か。心配で顔を曇らせた伊助を安心させるために必要なものだったとはいえ、何とも面倒な事態になったものだと溜息をつく。

「それで、どうするの?」
「何も。今まで通り不干渉だ」
「そう言うと思った。でも、きっと無関係ではいられないよ。君の事を知っている上級生は彼女を引き離そうとしてくるだろうけど」
「迷惑な事だ」

 順調に回復の様子を見せる傷を巻かれた包帯の上から撫で、傍らに置いた上着を着込んだ。





 さて、どうしたものか。
 よもや――天女側にとって――全く接点のないに惚れてしまうとは。しかも聞いた話では一目ぼれのようなもの。は顔立ちは整ってはいるものの、華など無いに等しい。そこに表情を加えれば話は別だが、同学年の華やかな連中と比べるとどうしても一目見たときの印象は劣る。他の学年もそうだ。よりもよほど華やかな容姿の持ち主が多い。だからあの天女と呼ばれている女が惚れるのならば、その中の誰かだと予想していた。それなのに、だ。想定外も良いところである。
 だからと言って、の行動がそう変わるわけではないが。伊作に言ったとおり、彼女に関わる気は全くない。変わるとしたら、意識して彼女から逃げ回る事になるくらいか。上手く逃げ回れれば良いが。

「……協力させるか」

 兵助に仙蔵、一年は組。こちら側に戻ってきた小平太に、小平太を元に戻した事で出来る事があったらなんでも言ってくれと協力を申し出てきた滝夜叉丸。伊作と留三郎もこちら側だから問題ない。他はの悪質さを良く知っているから、下級生以外は何も言わなくても彼女を遠ざけてくれるだろう。これならあの女が手伝っている食堂以外ならば逃げ切れる。
 己の悪運の強さに口角がつり上がった。けれどもすぐに、前方から来る気配に表情を落す。

「あ、先輩」

 角からひょっこりと顔を出したのは、一年は組の学級委員長黒木庄左ヱ門だった。すぐにぱっと明るくなった顔がとても可愛らしく、自然と顔がほころぶ。

「庄左ヱ門」
先輩、保健室に行かれてたんですか?」

 視線が、袖からのぞいた包帯に向けられる。

「ああ。包帯を替えにな」
「もう怪我は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。無理をしたら伊作には怒られるが、お前達くらいなら簡単に抱き上げられる」

 伊助と同じように心配で顔を曇らせる庄左ヱ門の気持ちを嬉しく思いながら、それを証明するように小さな身体を抱き上げた。急に視界が高くなったことに少し目を丸くしていた庄左ヱ門は、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

「良かったです」
「ああ。ところで庄左ヱ門、これから暇か?」
「はい、暇ですけど。どうかしたんですか?」
「お前たちに頼みたい事があるんだ」

 だからは組を全員集めてくれないか。
 大好きな先輩からの頼みに、庄左ヱ門はなんだろうと思いながらもすぐに首を縦に振った。


 逃げ回る気満々の艶主。
 逆ハ主と艶主の追いかけっこが始まります。艶主がものすっごい優勢ですが。


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