穴掘り小僧はかく語りき





 何故あの女はああもよく穴にはまるのだろうか。
 綾部喜八郎は顔を不快な気分に歪めながら、手鋤をざくりと地面に刺した。そうして、いつものようにざくざくと穴を掘っていく。しかし気分が荒れている所為か、掘っている穴もどこか荒れていて、喜八郎はぐっと眉間に皺を寄せた。
 天女と呼ばれている少女が、今学園に居座っている。その少女は学園中をうろついているからか、喜八郎の掘った蛸壺に落ちること落ちること。彼女が来るまでは、蛸壺にはまる人間の殆どが保健委員会で占められていたというのに、今はそこにあの女までもが名を連ねている。保健委員会は不運だから仕方ないにしても、何故あの女は馬鹿みたいに蛸壺に落ちるのだろうか。ちゃんと分かりやすいように印も置いてあるというのに。そもそも、本当に天女だと言うのならば、人間の掘った蛸壺になど落ちないのではなかろうか。
 おかげで蛸壺を掘るのを止めろという声の多い事。以前は用具委員会に埋めるのが面倒だとぶつくさ言われるだけで終っていたが、あの女が落ちるからという理由だけで蛸壺の作成を止められる。忍術学園の競合区域に罠があることなど当たり前で、はまるほうが悪いというのに何故喜八郎が責められねばならないというのか。彼女が素人だというから、掘った穴には以前以上に分かりやすく印を置くようにしたというのに。
 あの女が現れてから変わってしまった先輩や同級生が続出する中、立花先輩が以前と変わりないのは幸運だ、と喜八郎は思う。体育委員会はつい先日まで機能停止状態だったし、会計委員会も作業効率が悪くなっているらしい。顔色が悪く元気の無い同級生の顔を思い出し、喜八郎はふっと溜息をついた。
 あの、学園一ギンギンに忍者をしている潮江文次郎がまさかあんな女にほれ込むとは。天女に惚れた男のあまりの多さに、何か特殊な妖術でも使っているのではないだろうか。
 早く先輩にあの女の排除命令がくだらないだろうか、そうしたら絶対に手伝うのにと物騒なことを考えていると、ばたばたと忍術学園では下級生でしかさせないような足音が聞こえてきた。それに続くのは、きんきんと耳に突き刺さる甲高い声。

「あ、いたいた! 喜八郎君っ!」

 誰も許していないのに名前呼び。何をしても許されると思っているらしい少女にイライラしながらも、穴を掘る手は止めずに手鋤を土に突き刺した。

「あのー、喜八郎君?」

 返すものは勿論無言。お前と話したくなど無いのだという意図を、何故察してくれないのだろうか。

「あのね、聞きたいことがあるの」

 そんなもの他の人間に聞いて欲しい。ざくざくと土を掘り返す。鋤の上に乗った土の塊を一瞬見て、彼女の頭上に放り出してしまおうかという考えが頭をよぎった。

君の事なんだけど」

 ぴたりと、手が止まった。今、誰の名前を口に出した、この女。すっと顔を上げる。

先輩、ですか」
「そう! 六年ろ組で火薬委員長の君、ねぇ、彼の事を教えてほしいの!」

 彼の好きな色は、彼の好きな食べ物は、彼の趣味は、彼の、彼の、彼の。
 頬を赤く染めて、耳に突き刺さるような甲高い声で、先輩の事を根掘り葉掘り聞きだそうとする女。大勢の男に囲まれながら、先輩まで毒牙にかけようというのか。彼女にそんな意図があろうが無かろうが、不快であることに変わりは無かった。

「知りません」
「え?」
「知りません。それほど仲が良いわけではありませんので」

 嘘だ。ある程度、先輩の好みは把握しているし、同級生の中では可愛がられているほうだと思う。近寄っていっても何も言われない――以前潮江先輩が暑苦しいと蹴倒されている姿を見たことがある――し、時には下級生に見せるただ優しいだけの笑みを見せて頭を撫でてくれることもある。もしかしたら人間扱いされていないのかもしれないが、名前を覚えてもらえない、つまりは興味の欠片も持たれない事に比べたら何倍もマシだ。彼に惹かれる人間の数を考えれば、それくらいで丁度良いとは思うが。
 きょとんとした顔で瞬く少女から視線を外し、また土を掘り始める。「う〜ん、タカ丸君は喜八郎君なら知ってるかもって言ってたんだけどな……」という能天気な女の声に、誰が教えるものかと心の中で吐き捨てる。タカ丸さんには後で文句を言わなければと思いながら、手鋤の先をざくりと土の中につきたてた。
 まったく、彼女が来てから不快なことばかり。


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