季節外れの花が咲く




先輩!」
「何だって、先輩?」
「あ、本当だ、先輩だー」

 歓喜の声を上げて駆け寄ってくる伊助に、その声を聞き振り返る三郎次とタカ丸。は久しぶりに見る後輩の顔に顔をほころばせて、ぶつかる直前で急ブレーキをかけた伊助の頭を撫でた。

先輩、もう身体は大丈夫なんですか?」
「ああ、心配かけたな」
「本当ですよ、もう。保健室に担ぎ込まれたて面会謝絶だって聞いて、驚いたんですからね」
「すまん、三郎次」
先輩でもドジすることってあるんですねー」
「タカ丸、お前一度戦場のど真ん中に放り出してやろうか」
「えぇ、何で!?」

 わたわたと焦り始めるタカ丸に、は目を細めて溜息をつく。生徒の中ではプロとも渡り合える学園一の実力を持つがあれだけ負傷して帰ったという事を、本当に理解していないのだ。それを認識している兵助や、一部の正気な生徒達は、の姿や状態を知るやいなや、皆不安そうな顔や厳しい顔をしたというのに。
 あの天女様に惚れてしまった生徒達は皆一様にこの時代に平和ボケ……いや、色ボケだろうか、兎にも角にも、色々と感覚が鈍くなってしまっている。プロに近いといわれる六年生ですらそのような状態なのだから、目も当てられない。小平太が戻ってきた事は収穫ではあるが、その他は全く変わらないのだから、むしろ忍術学園の存在意義が揺らいできているのを再確認しただけなのではなかろうか。何とも怪我のし損ではないか。
 しかしながら、これである程度の選別は出来ただろう。学園の周辺を嗅ぎ回っていた敵対勢力の牽制と情報操作は「おつかい」のついでにしておいたし――いや、ついでは「おつかい」の方か――しばらくは学園も外部敵対勢力との関係だけは平和なはずだ。時間は作った。しばらくはまた観察が主になるだろう。
 ちらりと隣に立つ兵助に視線を流すと、視線だけで頷きが返ってくる。やる事はちゃんと把握しているようだ。

先輩」
「ん? 何だ、伊助」
「本当にもう大丈夫ですか?」
「あぁ……信用できないのか?」
「そう、ではないんですけど……」

 伊助の頭に載せていた手を小さな両手にとられ、眉尻の下がった顔で見上げられる。その顔にはでかでかと心配だと書かれていた。薄らと潤んだ両目は、袖や胸元からのぞく白い包帯へと向けられていた。あぁと納得して苦笑を浮かべる。本当に、たいした傷ではないのだ。出血が少しばかり多かったために保健室に留め置かれていただけで。自分からわざとつけにいった傷なのだから、はその深さも傷の程度も手当てに当った新野先生と伊作の次くらいにはよく知っていた。
 そっと、伊助の小さな身体を抱き上げる。

先輩)
(大丈夫だ)

 すかさず飛んできた矢羽音に、同じく矢羽音で返して、安心させるように穏やかな笑みを浮かべて伊助の顔を覗き込んだ。

「大丈夫だ。な?」
「い、痛くない、ですか?」
「痛くない」

 流石に三年生以上の奴らを抱え上げようとすればふさがったばかりの傷口も開こうというものだが、伊助や三郎次くらいならば身体に負担をかけずに抱え上げる事など容易い事だ。
 それでも痛くないわけではないだろうと、兵助は心の中で呟く。大きな傷はもしかしたら傷口が開きかけているかもしれない。けれども、はその事を良く知っていて、伊助を抱き上げるという行動に出ているのだ。まだ幼い一年生を安心させるためで、それをが己の体の回復よりも優先して望んでいるのならば、兵助に言えることなど何も無い。

「良かったです!」

 満面の笑みで、伊助がの首に抱きつく。赤子をあやすかのように優しくその背を叩きながら傍らで溜息をつく兵助を見て、は僅かに口角を持ち上げた。

「さて、委員会活動を始めるぞ」
「「「はい!」」」
「……先輩はしばらく帳簿専門ですよ」
「わかってる」

 良い子の返事をして火薬庫に駆け出していく後輩の背を見送って付け加えられた一言に、は肩をすくめた。





 カッコイイ。
 ドキドキと跳ねる心臓に、胸を締めるのはそんな一言だった。一目見た瞬間にはそうは思わなかったけれど、浮かべられたあの柔らかい、まるで春の陽だまりのような笑顔。ぱっと空気に色がついたかのように、彼の印象が鮮やかなものに変化した。けれどそれは軟派なものではなくて。
 あんなカッコイイ人がいたなんて知らなかった。教育番組もバカに出来ないわ。
 赤くなる頬にふわふわとした頭でそんな事を考える。
 まさしく、一目ぼれだった。


 伊助が急ブレーキをかけたのは嬉しさのあまり抱きつきに行こうとして、艶主の服からのぞいた包帯が見えたから。
 さてさて、前話での予告どおり天女様は王子様(笑)を見つけました。人でなしだがな!


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