裸眼で見た景色は歪んでいた
彼女を見た瞬間、小平太は呆然とした。
「おはよう、小平太君!」
「っおはよう、愛梨ちゃん!」
笑顔でされた挨拶に、一瞬詰まりながらも小平太も常と同じように返した。上級生ならば絶対にばれてしまうだろうその一瞬のタイムラグにも、瞬時に作られた声と表情にも彼女は気付いてはいない。彼女は普通の女性なのだ。当たり前だろう。けれど、それ故に小平太の胸中には疑問が渦巻いていた。
「小平太君はこれから鍛錬?」
「いや、ランニングの最中なんだ」
「朝早いのね!」
「そうでもないさ。じゃぁ、私はまだ走ってくるから! いけいけどんどーん!」
背後に頑張ってね、という声を聞きながら、小平太は彼女から姿が視認できなくなるところまで走った。彼女に言った通り小平太はランニングの最中で、普段ならばまだまだ走り足りないところだったが、今はその気をなくしていた。
足を止めて、空を睨みつける。
「ちゃんの所に、行かなくちゃ」
小平太の抱えた疑問には、彼が答をくれる気がした。
キラキラしていた。ふわふわしていて、守ってあげなきゃと思っていた。そんな彼女に惹かれていた。一時でも大事な大事な主君であるの事を忘れていたのは事実なのだから、それは確かな事なのだ。
けれども、今朝鈴木愛梨に会ったとき、彼女の容姿も笑顔も特別に見えることもなく、惹かれることもなく、どこにでもいる――平均以上の容姿ではあるが、くのいち教室にはざらに存在する程度だ――普通の女性にしか見えなかった。
「そうか」
小平太の抱えた疑問を聞き、はすっと目を細めた。
小平太が鈴木愛梨に惹かれていたのは、傍目にも明らかだった。彼女が現れてからというもの、鈴木愛梨の名前が彼の口から出なかったことは無かったのだから。
彼女は普通の女性だ。戦う術も何も持っていない、平成の世から落ちてきた、ごくごく普通の。けれども彼女には何かがある。付きまとう違和感にそれを感じてはいたが、小平太の証言で何かを掴んだような気がした。
「ちゃん」
「違和感は感じていた」
「違和感?」
「十人いれば十通りの好みがある。例えば、長次と文次郎の女性の好みは全く違うだろう?」
「うん」
「なのに、そんなものを無視して、皆が彼女に惹かれている」
「あ……」
それにまだある。観察しているときに思ったことだが、彼女は自分の身体を随分と持て余しているようだった。顔の作り、体型、身長、手や足の長さといったものを、まるで認識していないかのような。
例えば、手を振ったときに柱にぶつけたり、歩いているときにつんのめったり、女性らしく己の身なりやおしゃれに気を使っているというのに、己に合う色や模様といったものを理解していなかったり。笑顔もどこかぎこちない部分がある。前者はドジや不運なのだと言われれば納得できる程度のものだが、後者は説明がつかない。センスが悪いわけではないのは見ていれば分かるというのに。
「幻術使い、とか」
「さて……」
小平太が眉間に皺を寄せる。は目を伏せた。
学園を取り巻く現状は知らせた。もう学園中のものが知っていることだろう。けれども、彼女に惹かれていた者たちは彼女を守らねばならないという意志を固めただけで、それが学園に何を齎すかまでを考える者はいなかった。ただ一人、の負傷に顔色を変えた小平太を除いて。
彼女自身は脅威ではない。しかし存在自体に違和感がある。
幻術使いである事を疑い、警戒しなければ、と決意を固める小平太に、はあえて訂正しなかった。
天女さん初登場。彼女の事情は次で。
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