昼と夜の間でまどろむ



 指を這わせた頬は白くすべらかで、しっとりと指に吸い付くようだ。指先に触れる頭巾から零れた黒髪は柔らかく絡み付いてくる。ふわふわと、けれどもしっとりした感触が好みに合いすぎており、いつまでも触れていたい思いにかられる。思わず笑みを浮かべると、の好きなようにさせていた兵助は頬を薄らと染めて唇を震わせた。浮かべられた笑みは、昼の光には不似合いなほどの濃密な夜の気配が漂っていたのだ。

「あの、先輩……」
「んー?」
「眠られるのでは……」
「何だ、触れられるのは嫌か?」
「いえ、そうではないのですが」
「ならいいだろう。もう少し触れさせろ」

 そう言って、は兵助の膝を枕にしたまま、兵助の顔を繊細な指使いで触れていく。短い前髪がかかる額、凛とした眉、大きな瞳に長い睫毛、通った鼻筋に指先に吸い付くような桜色に染まった頬。すっきりとした顔の輪郭を辿り、そっと形のいい唇を撫でる。の不躾とも言える視線に晒されている事が恥しいのか、が纏った気配が夜の逢瀬を思い出させるのか、兵助の表情は羞恥に揺れていた。潤んだ瞳、桜色の肌、恥らう表情。その全てに、の中の何かが突き動かされる。は此れを承知していた。欲という名の獣だ。昼間は奥底に眠らせているそれが、身じろいで目を開けようとしている。その感覚にあえて逆らおうとも思わず、はくつりと喉の奥で笑って身を起こした。

「せんぱ…!」

 兵助が背もたれにしている木にその身を押し付け、唇を重ねた。最初は触れるだけで、何度も角度を変えて重ねるたびに深く口付ける。

「ふ…ぁ……っ」

 苦しそうに息継ぎをする兵助の首筋に片手を回し固定して、薄く開いた口に舌を差し入れる。歯列をなぞり、つるりとした歯の感触を楽しんで、縮こまっている舌をつつくと、押さえ込んでいるの手の下で兵助の体がぴくりと震え、の身体に縋りつくように両の手が回されると、おずおずと舌先が摺り寄せられた。口吸いに必死に応えようとする様が可愛らしい。薄く目を開いて、顔を真っ赤に染めて眉間に皺を寄せる兵助を見て思う。思うが侭に口内を蹂躙し、わざと水音を立てて唇を離すと、再び身を震わせて俯いてしまった。その顔を無理やり上げさせて、口角から零れてしまった唾液を袖口で拭った。ちゅっと音を立てて額に口付け、にんまりと笑みを浮かべる。

「ごちそうさま」
「……おそまつ、さま、です」

 ぱくぱくと震える唇を開閉して、やっとのことでそれだけを搾り出す。機嫌の良さそうな肉食獣の笑みで兵助の言葉に頷いたは、縋りついていたその手を外して再び彼の膝を枕に寝転がった。そして今度こそ目を閉じる。そうすると、端整な顔立ちは途端に冷たいような印象をに与えた。
 兵助は熱の残った頬を片手で扇ぎながら、完全に寝入ってはいないだろうの前髪をそっとすいた。あんなにも深く触れ合うことも、寝入ろうとしている時に触れることも許されると言うのに、心を見せてはくれないのだ。酷い人だと思う。そしてそれ以上に、という男が愛しくて仕方がなかった。
 愛しても愛しても、募り続ける想いは限界を知らずに、兵助の心の内で成長し続ける。もう充分に彼に狂っている自覚が、兵助にはあった。愛しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
 愛しい男の顔を見ながら己の内側を見つめる。そうしていると、ぱちりとの目が開いた。本当に眠るつもりでいたのだろう事は察していたために、珍しいと兵助は数度瞬く。

先輩?」
「伊助だ」

 兵助の膝の上で頭を僅かに傾け、焔硝蔵で影になっている部分をさす。まだ僅かに遠いが、確かにがさす方向から最年少の後輩が向かってきている気配がした。数秒もたたずに、ひょこりと井桁模様の制服に身を包んだ子供が顔をのぞかせた。

「久々知先輩、先輩、何をしていらっしゃるんですか?」
「兵助を枕に昼寝」

 きょとんと目を見開いた伊助を来い来いと手招きで呼び寄せ、寝転んだままの体勢で見たままの状況を伝える。

「こんな所でですか?」
「こんな所だからですよ」

 可愛らしく小首をかしげる子供に、目を細める。伊助の言うこんな所、とは、焔硝蔵の傍の学園の外側に近い場所にある木の下だ。今の時間帯はちょうど木陰になっていながらも陽気は心地よく、昼寝には適していた。それだけではない。焔硝蔵というのは火薬が山ほどあり、それがただで手に入るということで侵入者に大人気の場所の一つなのだ。故に、外からの侵入者に即座に反応できるように、彼らは昼寝の場所を人通りの少ないその場所に定めていた。だからこそ、は先ほどのような大胆な行動を取れるのだが。
 そんなことを知らない一年生は、不思議そうな表情のままふぅんと呟くと、の胸の辺りにしゃがみこんだ。

「で、どうしたんだ?」
「土井先生から何か連絡でも?」
「あ、いえ。焔硝蔵に行っても開いていなかったので、帰ろうとしたらこっちから声が聞こえて気がしたので」
「見に来た、と」
「はい」

 好奇心の赴くままに行動したらしき伊助に、やはりこの子もあのは組の一員なのだと、と兵助は顔をあわせて苦笑する。は寝転がったまま手を伸ばし、伊助の頭を撫でた。

「なら暇か」
「はい」
「そうかそうか」

 頭を縦に振った伊助に、は少し身を起こして伊助の両脇に手をいれ抱き上げ、胸の上にうつぶせに降ろした。伊助は大きく目を見開いて、楽しそうな笑みを浮かべたを見上げる。

「なら一緒に昼寝でもするか」
「え、でも、重くありませんか?」
「しんべヱならまだしも、お前なら大丈夫だ」

 ぽんと頭をなで、伊助の頭巾を取って背中にかける。小さな一年生が落ちないように柔らかく抱きしめて、は返事も聞かずに目を閉じた。伊助はマイペースな委員長に困ったような顔をして、曰く枕になっている兵助を見上げる。

「久々知先輩」
「本人が良いと仰っておられるのだから、大丈夫だ。そうなったらてこでも動かないから、眠れるようならそのまま寝てしまえ」
「はぁ……」

 にこりと笑う兵助に、少しばかり困惑しながらもの胸にぺたりとくっつく。からは土と火薬と太陽の匂いがして、温かかった。とくり、とくりと、聞こえてくる心臓の音が心地よく響く。それに眠気を誘われ、最初の困惑はどこへやら、五分と経たぬうちに伊助は眠りについてしまった。
 はその様子を薄く目を開けて見て優しい笑みを刻んだ後、伊助の頭を一度撫で本格的に眠りについた。兵助も、優しい笑みを浮かべて二人の様子を眺め、そっと目を閉じる。ぽかぽかと優しい陽気が辺りを包んでいた。




この後、目を覚ますと周囲には一年は組が団子になって眠っていたり。は組を可愛がっているはご機嫌。


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