視線に染み付いた熱の温度
健康的な肌はうっすらと染まり、瞳には熱が篭っている。視線の先を辿ってみれば、そこにいるのは予想を裏切る事無く、天女と呼ばれ学園に居座っている女だった。一応食堂の手伝いや事務の仕事を手伝っているのでただで居座っているわけではないのだが、を含め一部の生徒は彼女を受け入れがたく思っている。そして、警戒どころか敵視しているものすらいる。今のところそのような生徒達を抑えることには成功しているが、そう遠くないうちに学園が真っ二つに割れるだろう事は予想できた。彼女自身に悪気はなかったのだとしても、やはり彼女は学園には相応しくない存在なのだ。個人としては至極どうでもいい存在ではあるが、六年生の忍たまとしては早々に出て行ってはくれまいかと、頬を染めて彼女を見つめる後輩達と、無意識に脅えた瞳で彼女を見つめる最年少の後輩を見て思う。
は小さく溜息をつき、袴を小さな手で握ってくる伊助の頭を優しく撫でた。見上げてくる無垢な瞳に小さく口角を上げて見せると、ほっとしたように笑った。
「伊助、その火薬壷を兵助のところに持って行ってくれ」
「はい!」
元気良く頷いて良い子の返事をした伊助を見送り、相変わらず女を見つめている後輩達へと視線を移す。すっかり手が止まっている様子に、は眉間に皺を寄せた。
「三郎次、タカ丸」
普通に聞こえる大きさで名を呼んでみるも、ぼうっと鈴木愛梨を見ているだけで反応は無い。の額には怒りの四つ角、もとい青筋が浮んでいた。わきわきと指を曲げ、準備運動。
「三郎次」
がしっと左手でまだ小さな頭蓋を掴む。
「タカ丸」
同じように右手で紫の頭巾に包まれた頭を確保。
ぴくりと、両手の下で二人の体が震えた。反射的に逃げようとするものの、片や二年生、片や同い年といえども元髪結いの四年生。忍たまと言えどみっちりと六年間鍛え上げたの握力から逃れられるはずもなく、一拍置いた後にぎりぎりと頭蓋骨を締め上げられ悲鳴を上げた。
「ギャーーーーーーーーッ!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!」
「仕事をしろ」
後輩の悲鳴も何のその。ワントーン低くした声でそう命じた後に、もう一度ギリリと頭を締め付け手を離す。お仕置きをくらった二人はというと、締め付けられていた頭を抱えて痛みのあまり涙目になっていた。
「先輩酷い〜」
「すみません……」
痛みに唸りながらもを詰るタカ丸に、素直に謝る三郎次。三郎次には鷹揚に頷いて移動させる分の火薬壷を渡して顎で兵助の元へ行くよう促し、今度は頭ではなく襟首を引っつかみ、タカ丸を引きずって焔硝蔵からぽいっと投げ捨てた。
「え、ちょ、先輩!?」
「仕事をしないのなら帰れ」
あまりにも無慈悲に言い切る。しかも顔すら合わせずにさっさと焔硝蔵の中に入ってしまっている。しばらく呆然との後姿を見ていたタカ丸だったが、慌ててその背を追った。
「先輩、先輩、ごめんなさい、お願いだから待って! ちゃんと仕事しますからぁ!」
の背後から聞こえてくる声は涙が滲んでいる。子供のような声に、自分はともかく、これでも仙蔵や文次郎と同い年のはずなんだがと頭が痛くなってくるような気がしてこめかみを押さえる。ばたばたと足音を響かせて追いかけてくる同い年の後輩にあからさまに解るように溜息を吐くと、は火薬壷の一つをタカ丸に押し付けて、三郎次と同じように顎をしゃくって帳面をつけている兵助を指した。
「はぁい」
うなだれながら、すごすごと兵助の元へと向かう。僅かに丸まった紫色の背中に、は溜息を吐いた。本当にあの女、学園から出て行ってはくれないだろうか。
後輩には優しくとも、同い年の男には厳しい主人公。
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