翳された庇護の羽
空から降ってきたお姉さんは、いつの間にか「天女様」と呼ばれて学園で働くようになった。そして、彼女の近くには一年は組の先輩達がいつもいて、委員会がまともに機能しないところすら出てきた。
たしかに、お手伝いのお姉さんは優しく綺麗な人だ。でも、一年は組の子供達はできるだけ彼女の傍によりたくはなかった。何故だか分からないが、近寄りたくないのだ。
「天女様」を一目見てころっと彼女に転んだ上級生を見て、すわ幻術使いかと思いはしたが、どこからどうみても普通の女の人だ。彼らの先生達もそう言っていた。
でも、でも彼女には何かがある。本意であれ不本意であれ、実践を積み重ねてきたは組の勘がそう言っていた。先生方にそれを教えると珍しくも褒められたが、きり丸が得意気に図書委員の先輩である長次に話すと、逆に叱られてしまった。あの美しく優しい、普通の女性を疑うのかと。
きり丸にはなかなかに甘い図書委員長の言葉に、きり丸だけではなくは組の子供達は皆戸惑った。あの、優しい上級生達が、と。確かに変わらない人たちもいたが、お手伝いのお姉さんが絡まない限りは変わらず彼らに接してくるので、お姉さんを信じる上級生と信じない上級生をどうやって区別すればいいのか分からなかったのだ。彼女に群がっているかいないかで判断すればいいのだろうが、彼女の傍には極力近寄りたくないのだからどうしようもない。
しかしその答は、思わぬところから齎された。
「皆、聞いて! 先輩が!」
「まさか伊助、先輩も中在家先輩みたいに……」
勢い良く障子を開けて走りこんできた伊助に視線が集中し、彼の口から出てきた名前に、きり丸の顔が強張る。は特に親しい先輩の一人で、一年は組の面々をそれはもう可愛がってくれている。その中でも特に仲が良いのが、同じ委員会の伊助、一人でたくましく生きている所が気に入ったと構われているきり丸、そして同じものが視える三治郎だった。
その三治郎も常に浮かべている笑顔を消し、不安そうに瞳を揺らしている。大好きな先輩も、彼女の虜になってしまったのだろうかと。
「違うよ、反対!」
「えっ」
「反対って言うと」
「お姉さんのことは別に好きじゃないって事?」
「っていうか、先輩のバヤイ路傍の石とか、そんな感じの認識じゃねーの?」
顔を見合わせ、最後にきり丸が付け加えると、またも視線は伊助へと集中した。
伊助は彼らに対し、勢い良く頷いた。
「そう!」
その顔は明るい。
庄左ヱ門を中心に円座になっていたは組の良い子達は、伊助の肯定にわっと歓声を上げた。彼らが大好きな優しくて穏やかで綺麗で温かい先輩は、悪い方向に変化していく学園の中で、変わらないまま存在しているのだ。
「それでね」
障子を閉め、円座の中に加わった伊助は再び口を開く。騒いでいた子供達はぴたりと口を閉じ、次の言葉を待った。
「先輩が言うには、先生たちと、立花仙蔵先輩、食満留三郎先輩、善法寺伊作先輩、久々知兵助先輩と鉢屋三郎先輩、平滝夜叉丸先輩に田村三木ヱ門先輩も大丈夫だって」
「七松小平太先輩は?」
「竹谷八左ヱ門先輩は?」
「尾浜勘右衛門先輩とか、不破雷蔵先輩は?」
「それ以外の先輩は皆ダメってこと?」
それぞれの後輩が委員会の先輩の名を上げ、気になる先輩の名前が出て、庄左ヱ門が最後に纏める。伊助はへにゃりと眉を下げた。
「分からない。名前を上げた先輩達は、確実だとは言ってたけど……」
「先輩にも確認できないのかなぁ……」
「……確認できないと言うよりも、するつもりがないのかもしれないね」
ぽつりと呟かれた三治郎の台詞に、全員がああと納得する。とはそういう人間だ。むしろ名前が上げられた人々の現状を把握している事の方が、珍しい事といえるだろう。
「伊助、先輩は他に何か言っていた?」
「え〜っと、あまり彼女に関わらないように、と、彼女の周りにいる人たちを刺激するような事を言わないこと、と……僕達はまだ一年生で身を守る術を持ってないから、黙ってる事で身を守れ。黙っていることが辛くなったらさっき上げた先輩達の所に行くか、自分の所においでって」
膝の上に乗せられて告げられた内容を思い出し、指を折りながらからの忠告を口にする。は組の良い子達は、その言葉にこくりと頷いた。
「せんぱい、ちゃんとぼくたちの事考えてくれてるんだね〜」
「うん、何だかほっとするね」
ほえほえと、喜三太としんべヱが笑いあう。そののんびりとした雰囲気に、此処最近の不安定な空気が払拭されていくような気がした。笑顔が浮んだは組の面々をぐるりと見渡し、ぱんぱんと、庄左ヱ門が手を打ち鳴らす。
「とにかく、お手伝いのお姉さんには極力近づかない事、お姉さんを否定するようなことは言わない事、黙っていられなくなったら先輩か、先輩が上げた先輩達の所に行く事。いいね?」
「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
明るい顔で良い子の返事をするは組の子供達。
そんな彼らの様子を屋根裏からのぞいていた彼らの担任たちは、ほっとした表情を浮かべて顔を見合わせ頷いた。
えー、二話目の直後のは組の良い子達サイドの話でした。
この子たち難しいです。書き分けが大変。何せ十一人いるんですもんね……。いろいろしゃべらせてますが、秋月でさえ誰がどの台詞を口にしているのかはあまり把握してません。(駄目じゃん)
彼らを書き分けられる方々を尊敬します、マジで。
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