珍獣の飼い方10の基本



まずはかわいがってきにいってもらいましょう





 兵助、上手くやったかな。
 風呂に入って二人分の布団を敷いて、自分の布団の上に座り込みそんな事を考えながらも、おれはそわそわして仕方が無かった。だってこの部屋に彼が来るかもしれないんだ。好きな人と一緒にいられるって事にそわそわしない人がいたら見て見たいね。まぁ、おれも表には出してないけど。
 兵助は組混合で二人組みを作って札取り合戦をした時にコンビを組んだ、は組のの事を落としに行っていたりする。おれの無責任な発言で既成事実をつくるとか言って。には悪いとは思うけど、ああなった兵助はおれには止められないんだ、ホントにごめん。とか言いつつ、おれは兵助の味方だったり。だっておれの好きな人はと同室で、既成事実を作るためには邪魔だからおれ達の部屋に行かせるって言うんだもん。
 本当に兵助は上手くやってくれたんだろうか。まさか同じ組の友人の所に言ったとか……ありえそうだなあ。
 思わず眉間に皺を寄せていると、かたりと障子が揺れる音がして伏せていた顔を跳ね上げた。
 一人分だけ開いた障子の先で、が目を見開いていた。


「えーっと、久々知にこっちに行けって言われたんだけど……」
「ああうん、聞いてるよ。入って」
「おじゃまします」

 グッジョブ兵助!
 思わずには見えないところで拳を握り締める。
 戸惑った表情のまま部屋の中に入り、居心地悪そうに立ち尽くすに、傍らの布団をすすめる。こくりと、緊張で乾いた口で無理やりつばを呑み込んだ。心臓がドキドキしていた。部屋の中に横たわる沈黙に、は居辛いだろうから何か話さなければと思うものの、こういうときに限って口は動かない。
 どうしようと思ってちらりと視線をに流すと、首筋にうっすらと赤い筋が横に走っているのが目に入った。思わず指を伸ばすと、がすっと上体を引いて体勢を僅かに変える。
 そういえば首は急所だ。いきなり不躾な事をした自分に思わず舌を打ちたくなりながら、手を引っ込める。

「ご、ごめん」
「いや……首に何かついてるのか?」
「ついてるって言うか、怪我、してるみたいなんだけど」
「怪我?」
「うん。見てもいい?」
「ああ、頼む」

 咽喉を指先でさすって眉間に皺を寄せるに近づいて、そっと首筋を覗き込む。近くなった顔にドキドキしながらも赤い筋をじっと見つめると、薄く皮膚が裂け、少しだけ血が滲んでいるようだった。

「少し皮膚が裂けて、血が滲んでる」
「……気付かなかった」
「お風呂とかでは沁みなかったの?」
「あー、いや、風呂上りにちょっと……」

 苦笑するに、ぴんと来た。もしかして、もしかしなくてもこの傷兵助がつけたんじゃ……。

「……ごめんね、兵助が」
「いや」

 そっと目を逸らすに、やっぱりと肩を落す。兵助、をこの部屋に送り込んでくれたのは嬉しいけど、これはちょっとやりすぎ。脅すのはいいけどせめて怪我はさせないでよ。
 部屋の中に備え付けてある救急箱を開けて、木綿と軟膏と包帯を取り出す。とりあえず手当てしなきゃ。

、手当てするからちょっと動かないでね」
「これくらいの傷なら手当てはしなくても……」
「ダメ。それに同室者が迷惑かけたみたいだから、お詫びくらいさせてよ、ね?」

 そう言うと、は困ったような顔をしてこくりと頷いた。そして、柔らかな笑みとともにありがとうと言われる。かぁっと顔に血が上るのが解った。は治療の為に顎を上げて天井を見ていたから、バレはしなかったけれど。



に怪我をさせるのはやりすぎ)(でもそのおかげで自然に話せたんだよね)(兵助を怒るのはやめよう)(だからと言って感謝も口にしないけど)





































































とてもきちょうで、めったにてにはいりません





 包帯を巻かれた咽喉を指先でさする。それは咽喉を圧迫することも無く、けれども当てられた木綿がずれない程度の絶妙な強さで丁寧に巻かれていた。保健委員も真っ青だ。そりゃ手当てする速さや手際なんかは保健委員には敵わないだろうが、平常時でこれだけできれば十二分だ。俺だときつすぎるか緩すぎるかのどっちかだし。

「ほー、素直に部屋から出て行って、久々知たちの部屋に行って、丁寧に手当てしてもらった後ほつれていた装束を繕ってもらい、朝はいつも適当に纏めている髪を結ってもらったと」
「……ああ」
「へーほーへー、俺を久々知に売って、お前は上げ膳据え膳で楽してたわけか」
「……スミマセンデシタ」

 どんよりとした顔で仁王立ちして俺を見下ろす親友殿に、久々知に売った負い目がある為に反論も出来ずひたすら平伏して謝り倒す。いやだってモブがメインに勝てるわけがないし、断ったら力づくっぽかったし、痛いの嫌だし。

「その代わり俺が力づくだったがな、コンチクショー!」
「掘られたのか?」
「全力で拒否したわっ!」

 掘られてたまるかと心底嫌そうに肩を怒らせるに、なら久々知が下になったのかと悟る。そういえば今日久々知の顔色悪かったし、辛そうに腰を抑えてたし。それでも表情は至極満足そうだったけど。
 しかしまぁ、厄介な人物に目を付けられたものだ。生温い目で何で俺がこんな目にと嘆いている親友に頑張れと激励を贈ると、お前が俺を売ったくせに余計なお世話だと怒鳴られた。
 だからゴメンと言ってるじゃないか。

「それで腹の虫が収まったら警察はいらんっ!」
「時代考証丸無視だな」
「今更だ」

 ふぅっと息をついて、胡坐をかいて座り込む。どうやら吐き出したいことを全て吐き出してスッキリしたらしい。は恨みは何時までも覚えているが、とりあえず鬱憤を吐き出して気分の切り替えをするのが上手い。もうこれ以上の爆発は無いだろう。ひっそりと――バレたらまた怒られるので、あくまでひっそりとだ――安堵の息をついて、正座していた足を崩す。ちょっと痺れていた。

「しかしまぁ、お前の世話を焼くなんて奇特なヤツ」
はもう俺の世話を焼くのは諦めてるからな」
「当たり前だ。お前みたいなずぼら、面倒見切れるか」
「……これからは久々知の世話もしないといけないからな」

 確かに俺はずぼらで掃除もに任せっぱなしだが、言われるばかりでは悔しいので言い返すと、の目がすっと据わり、目が光を受けた刃のように光った。マズッ。怒らせた。

「ほーおーう」
「い、いや、今の無しっ、俺が悪かっ」


 にっこりと気味が悪いほどの満面の笑みで俺の言葉を遮る。けれども目は全く笑っておらず、視認できそうなほどの怒気にずりずりと後退る。後ろ手に、障子を開いた。壊したら用具委員が怖いし。
 引きつった笑みでに笑い返し、俺は持てる力の限りで外に躍り出た。

「逃がすか」

 冷静な声が怖い。俺は基本狙撃手なので近接戦はあまり得意ではない――しかも素手は一番不得意だ――し、近接戦が得意で刃物を持たせればは組一、ついでに覚醒してしまったには敵うはずも無いので、必死こいて逃げるしかない。
 背中から迫ってくるの気配に、数十秒前の自分を呪った。



(すまない、匿ってくれ!)(に追いかけられてるんだろ、無理!)(友達甲斐の無い!)(、待て!)(げっ……お、尾浜ーっ、たっけてー!)


































































かわったものにきょうみをもちます





「あ゛ぁ……?」

 思わず柄の悪い声を出してしまった。だが仕方が無いだろう。思わず引きつる口元を手で覆い、目の前に写る光景を凝視した。
 燦々と光が差し込む長屋の庭に、五年の装束を身に纏った生徒が二人。なんてことは無い、普通の光景だ。ここは五年生の忍たま長屋なのだから。だが、その生徒二人の面子というのが少しばかりおかしなものだった。いや、違和感を感じるというか何と言うか。
 五年い組の学級委員長尾浜勘右衛門と、この前俺を久々知に売ってくださりやがった我が親友、五年は組の。は組とい組はどの学年もあまり仲が良くない。それは一年生が最も顕著で、五年生は他の学年と比べて全体的に仲が良いのだが、それでもやっぱりい組とは組の間には隔たりというものがある。
 だから、尾浜との取り合わせは異様といえば異様だ、関わりの無い奴から見れば。でも俺は知っている。俺が久々知に襲われたり襲われたりしている間、久々知たちの部屋に世話になってる為に尾浜と仲良くなっていることを。というか、世話を焼かれている事を。奴は行った時と帰ってきた時では明らかに身奇麗になっているのだ。
 俺はずぼらなの世話を焼くなんて奇特な奴――俺は同室になって半年で奴の世話を焼くことを諦め、程ほどの所で自分に害のない程度に手を出すことにした――だと、尾浜の事を評価していたのだが。
 どうやら違ったらしい。
 二人が談笑している姿は違和感はあるものの普通の光景だが、尾浜がを見る目が時折熱を持っている。そして、が笑みを浮かべると嬉しそうに頬を上気させるのだ。恋をしている人間の反応である。しかも、その尾浜の目は久々知が俺を見るときの目に雰囲気、というか空気が酷似している。つまりはアレだ、獲物を見る捕食者の目だ。久々知ほどあからさまでも熱烈でもないが、アレは絶対に同じものだと断言できる。散々その視線にさらされてきた――今もその真っ最中だったりするが――のだから、間違えるわけが無い。逃がさん、という声が聞こえてきそうだ。
 しばらくは言葉も無く未来の獲物と捕食者を見ていたのだが、視線を逸らすのと同時に見なかったことにした。尾浜の意図を知ったところで、阻止なんて出来るはずもないし、何よりもの奴は俺を久々知に売ったのである。例えが同じような状況に陥ったとしても、絶対に助けてなどやるものか。ああ絶対に! 高笑いをあげながらすっぱりきっぱり気持ちよく尾浜に売渡してやる。
 それに何より。

「あ、

 前方から嬉しそうな顔をして小走りに近寄ってくる久々知。苦笑を浮かべながら側に来るのを待っていると、白い頬を淡く染めて嬉しそうなはにかんだ笑みを浮かべた。可愛い、とか、思うんだよな、俺。
 とにかく、今は薄情な親友の恋愛事情にまで関わってはいられないのだ。自分の事に精一杯で。
 と言う訳で助けてはやらないので、頑張れ



(でもあいつのバヤイもしそうなっても抵抗しそうにないんだよな)(とりあえず俺は傍観に徹するということで)
































































だっそうにきをつけましょう





「おじゃましまーす」

 そう言いながら入ってきたのは、おれ達の部屋に寝泊りするのも慣れてきただった。というか、流石はは組とでも言うのかな、ぎこちなかったのは初日だけで、それ以降は平気な顔をしておれ達の部屋に入ってくるようになった。に追いかけられたが必死の形相で匿ってくれと駆け込んで来るなんて事もあったし。庇う暇も無く引きずって行かれちゃったけど。
 必要なものが入った風呂敷をおれの隣に敷かれた布団――兵助が普段使っているものけど、最近はのところに入り浸っているから専らが使っている――の枕元に置き座り込んだに、おれは苦笑を浮かべた。

「兵助がいつもごめんね」
「いや、俺は別にいいんだけど……が」
が?」
「恨みがましい目で見てくるんだ……」

 遠い目をするに、おもわずカラ笑い。最初が最初だったからねぇ。突っ込まれたわけじゃないけど半ば無理やりだった所為か、はあまり兵助には心を開いていないらしい。そして兵助はそれを寂しがっている。当たり前だろと思いはしても、口が裂けても言えない。本心ではなかったとはいえ、うっかり既成事実でも作ってしまえばと言ったのはおれだったし。

「何度か逃げようとしてるみたいだけど、久々知から逃げられるとは本人も思ってないらしくて」
「毎度捕まってるんだ」
「ああ。というか、久々知を目の前にした時点でもう諦めてる」

 口や態度でなんやかんやと言いながらも、まんざらでもないらしいと苦笑するに、目を瞬く。そうなんだ、と意外な気持ちだった。もっと嫌がると思っていたのだ。突っ込まれずとも男相手で、無理やりで。正直好意を覚える要素が見当たらない。うわぁ、ごめん兵助。とりあえず心の中で謝っておいた。一応焚きつけた責任というものは感じているのである。

は可愛いものに弱いし。久々知の何かが引っかかったんじゃないか?」

 したり顔でそういうに、も兵助が可愛いと思うのだろうか、だからそういう台詞が出てきただろうかと胸が痛んだ。別に、そういう意味を持っての言葉ではないのだろうけど。

「……も」
「ん?」
も、可愛いのが、好き?」

 兵助を可愛いと思う、と聞けるはずも無くて、遠まわしにそう聞いてみた。はきょとんとした表情を浮かべると、視線を宙に彷徨わせた。

「んー……可愛いのは好きだけど、久々知みたいなのは怖い、かな」
「怖い?」
「ああ。好みって言うのなら、世話好きな人」

 そうじゃないときっと俺とは付き合っていけないだろうし。
 そういって笑うに、ほっとした気持ちで笑みを浮かべる。なるほど、兵助みたいなのは怖いのか。いい反面教師かもしれない。絶対に兵助のような行動は取らないでおこう。逃げられないように。
 そう決意を固める。おれは今まで通り兵助がの元に居る間、溺れるほどの甲斐甲斐しさでの世話を焼いていよう。そうすれば、はおれ無しでは生活できなくなるだろう。そうすればは学園に居る間おれの側から離れていくことは無い。とりあえず身体は側におくことが出来る。もちろん、心もしっかり手に入れる予定ではあるけれど。
 が開いた風呂敷の中の五年の装束にほつれを見つけて、「ああまただね、繕おうか」と手を差し出しながら、おれは満面の笑みを浮かべて見せた。



(絶対、絶対、逃がさない)(身も心もからめとってみせる)(だって、君が好きなんだ)







































































さびしがらせてはいけません





 最近兵助がに構ってもらえていないらしい。いつもいつも部屋から出て行っての鍛錬している姿を眺めては、しょんぼりと肩を落として帰ってくる。今日もどうやら同様だったらしく、兵助は部屋に帰ってくるなり布団に倒れこんでしまった。

「兵助、今日も駄目だったの?」
「うん……」
「声かければ相手くらいはしてくれるだろう? なら」
「でも邪魔したくないから」

 明らかに元気の無い声でそう言うと、兵助はもごもごと布団の中にもぐって丸まってしまった。もう、そんなに寂しいなら何時ものように突進していけばいいのに。兵助はそんなことしたら、余計に心を開いてもらえなくなるみたいな事を考えているらしく動かない。兵助が受け側に回ったとはいえ無理やり関係を結んでて結構上手く行ってるんだから、今更構ってくれとくっつきに行っても関係は悪化しないと思うんだけど。
 小さく溜息をついた。兵助はそれでもまだ我慢できるかもしれないけれど、おれはに会いたい。

「…おれはに会ってくるよ」
「うん……」

 くぐもった返事にぽんぽんと頭のある辺りを布団越しに撫でて、泊まりに必要なものを持って部屋を出た。兵助の為に一肌脱いであげようじゃない、そうなった原因はおれにもあるだろうし。
 また一つ溜息をついて、たちの部屋の障子を軽く叩く。

「はい?」
「尾浜? 珍しいな」

 扉を開けたのは兵助が構ってもらえずしょぼくれている原因で、はごちゃっとした部屋の半分で布団の上に腰を下ろして目を見開いていた。どうやら鍛錬を終らせて戻ってきていたらしい。探しに行かなくても良くなったみたいだ。良かった良かった。とりあえず入れと招き入れられて、の側に腰を下ろしながら、何のようでおれが来たのか解っていない二人ににこりと笑みを浮かべた。

「ごめんね、突然」
「いや、俺達は構わないが……」
「久々知はどうした?」

 真っ先に兵助の事を聞いてきたに、そのことなんだけど、と切り出す。どうやら一応は気にかけてくれてるみたいだよ、良かったね兵助。

「なんか悩んでるみたいで、最近良く眠れてないみたいなんだよね。それでにどうにかしてもらえないかと思って」
「俺に? 尾浜の方が良くないか?」
「おれには何も言ってくれないから……。だから、お願いできないかな、

 にっこりと貼り付けたような笑みで依頼という名の命令を差し出す。するとは何か言いたそうな複雑そうな表情を浮かべた後、長い溜息をついた。

「わかった。悩み事を聞きだして寝かしつければいいんだな」
「うん。兵助が言いたくないって言うなら無理に聞きださなくてもいいけど、とりあえず寝かしつける事だけは必ずやっといて。明日は実習があるんだ。ああ、それと一晩側にいてあげてね、おれの布団使っていいから」
「了解」

 着替えやら忍たまの友やらを手に持って、は部屋から出て行った。じっとおれ達のやり取りを黙ってみていたが、の布団の上に座ったおれを見て首を傾げる。

「……大丈夫なのか、久々知」
「大丈夫大丈夫。さっきのは方便みたいなものなんだ」
「方便?」
「そう。兵助はただ構ってもらえなくて寂しいだけなんだよ」

 苦笑を浮かべるおれに、はああと納得した顔で頷いた。

「最近あいつアホみたいに鍛錬してるからな」
「うん。邪魔したくないとは言ってるんだけど、日に日に落ち込んじゃって」
「別に落ち込む必要も無いと思うけど……」
「どういうこと?」
「あいつが鍛錬してるのも、いきなり勉強に精を出し始めたのも言ってみれば久々知の為みたいなものなんだ」

 どういう意味だろうか。兵助の為って。
 兵助を守りたいのか、それとも兵助と並び立つためか。言葉の意味が解らず瞬いていると、は生温い笑みを浮かべた。そんな表情も好きだなと思うけど、本当になんなのだろうか。

は負けず嫌いなんだ」
「うん?」
「だから自分より小さい久々知に襲われ続けている事が悔しいらしくて」
「……うん」
「リベンジするんだって息巻いてて……まぁそういうことだ」

 うわぁ。
 ようは兵助を襲い返す為に頑張ってるんだ、。でもそれって兵助の存在を受け入れるってことだよねぇ。どうやら寂しがらなくてもいいみたいだよ、兵助。
 今頃は部屋に尋ねてきたに甘えているだろう兵助に良かったねとちょっと早い祝福を贈りながら、少しばかりそんな状況にある兵助が羨ましいと思う。兵助を反面教師にして長期戦を挑んだのはおれだけど、に愛されたいのだ。叶うのならば、今すぐにでも。

「尾浜」
「うん、何?」

 沈んでいた思考を引き上げて、にこりと笑みを浮かべる。するとは、困ったように眉尻を下げた。

「どうかした?」
「……いや、何か、寂しそうな顔してたから」
「え?」

 ぺたぺたと両手で顔を触る。兵助を羨ましいと思った感情が、顔に出てしまっていたらしい。忍たま五年目だというのに、やっぱりまだまだみたい。そうしているとふわりと頭の上に何かが乗った。視線を上げてみると、の、大きな手が緩やかな動作でおれの頭を撫でている。かぁっと、顔に血が上るのが解った。

「あ、の、?」
「ん、悪い」

 言葉と共に離れていく手を、思わず名残惜しげに視線で追いかける。

「いや、あの、いいんだけど」
「昔、寂しいって言ったらが頭撫でてくれたことがあったから、つい」

 はにかんだように笑うに、胸がぎゅうっと締め付けられる。甘酸っぱいような感情が溢れてきて、意図せずして破顔した。気遣ってくれるの気持ちが嬉しい。触れてくれた手が愛しい。好きだなぁと思う。

「ありがとう」
「……いや」

 そう言うなり視線を逸らして布団に潜り込んでしまった。おれの見えない所で百面相を繰り広げている彼には気付かず、おれは小さな幸せを噛み締めていた。



(何だろう、尾浜のあの顔)(すっごい可愛かった、ような……)(アレ、何か、心臓がドキドキするんですけど)


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