雰囲気的な5つの詞(ことば):幸





01.君が笑うから(三郎)





 今度の休みに祝言を挙げるから。
 ある日突然そう言われて、愕然とするあまり言葉を失ったのは記憶に新しい。兵助が彼女、行儀見習いのクラスのくのたま五年、に惚れていて、何度もアタックした挙句にようやく付き合うことが出来、一時は破局しそうになりながらも仲睦まじくしていた事は知っていた。けれども、まさかこんな短期間で祝言を挙げるまでになろうとは。
 唯一、先に知らされていたらしき勘右衛門だけは笑顔で祝って是非とも行かせてもらうと言っていたが、雷蔵もハチも私と同じような反応をしていた。友人の幸せは嬉しいものだから、もちろん祝福して祝言には出席させてもらうと返事をしたが。
 そうして当日。真っ白な花嫁衣裳に身を包んだの横に座り、幸せに顔が崩れている友人を見て、私達は顔を見合わせた。

「幸せそうにしちゃって、まぁ〜」
「幸せなんだろう、実際」
「一年以上片想いして、やっと結婚までこぎつけたんだもんね」
「だからといって、惚気やらなんやらなくなる訳じゃないと思うけど」
「「「勘ちゃんガンバ」」」

 友人の崩れきった顔に苦笑をこらえきれない私たちだったが、少しばかり疲れたような溜息を吐きながら呟いた勘右衛門の言葉に、こればっかりは仕方ないと肩を叩いた。兵助と同じクラスで同室者なのだから、逃れきれないだろう。私たちも確実に巻き込まれるのだろうが。

「これで子供なんてできた日には、なんて考えると恐ろしいよ」
「勘ちゃん……」
「あー……」
「あまり考えすぎない方がいいと思うぞ。その頃には私達も学園を卒業してるだろう」
「どうしてそう言い切れるのさ」
と居るだけで幸せ一杯の兵助が、すぐに子供を欲しがるとは思えない」
「「なるほど」」
「……そうだね」

 ハチと雷蔵がぽんと手を叩き、勘右衛門は同意をしながらもその顔に若干の諦観を滲ませていた。なんというか、うん。ご愁傷様です。

「まぁ、今は幸せの真っ只中に居る兵助を祝ってやろうじゃないか」
「うん」
「おう」
「ん、行こうか」

 手を取り合って笑みを交わしていたかと思うと、感極まったらしき兵助が花嫁をぎゅっと抱きしめたのを見て、私達は立ち上がった。

「兵助、おめでとう!」
「あ、ハチ、ありがとう」
「おめでとう。まさかお前が一番に結婚してしまうとは思わなかったぞ」
「ありがとう、三郎。それは勘ちゃんにもさんざん言われた」
「本当だよ。しかも求婚し経って聞いたときには既に祝言を挙げる日まで決まってたし」
「ああ、うん。でも俺もも若干おいてけぼりだったんだけど」
「それは聞いた。でも、本当にいきなりで驚いたんだよ。……まぁ、いいけど。おめでとう」
「ありがとう、勘ちゃん」
「おめでとう、兵助。それとさんも」

 次々と投げかけられる祝辞に、喜色満面に応えていた兵助は礼を言い、面映そうにそれを聞いていたは自分にも向けられた雷蔵の祝辞に、少しばかり目を見開いたかと思うとはにかんだ、それでも幸せそうな柔らかな笑みをふわりと浮かべて見せた。小さく、礼の言葉が返る。
 その表情は何と言うか、その。

((((可愛い))))
(俺のだ!)

 思わず発した矢羽音が他の三人のものと重なる。すると、兵助がを私たちから隠すように抱え込んで睨んできた。いやいやいや、確かに可愛いとは思ったけど取る気はないから。はというと、短くとんだ矢羽音と、自分を抱え込む腕に目を白黒とさせ、極間近にある兵助の顔を見上げると、初々しく薄く白粉をはたかれた頬を染める。恥らって視線を落とす様は可憐で、自然と守ってあげたいと思ってしまうほどだった。とてもくのたまとは思えないほど可愛らしい。
 あの、天女と呼ばれ、学園で男に囲まれちやほやされて悦に入っている男好きな女よりもよほど天女のようだ。主に清廉さと慎ましさという点で。いつだったか兵助が月の下でひっそりと咲く花のようだとの事を例えていたが、まさに言い得て妙だ。彼女は目立ちはしないが、美しい花だった。

「そういえば」

 顔を赤くしている様が可愛いとご満悦な様子でを抱きしめている兵助を見ながら、私はふと思いついて、口を開いた。

は学園はどうするんだ。退学するのか?」
「そういえば」

 首を傾げる私たちに、兵助とは顔を見合わせる。

「私は、やめようと思ってたんだけど……」
「俺と両親がそれに反対したんだ」
「は?」
「そりゃまた、何で?」
「いくら行儀見習いとはいえ、学園に居るより帰った方が安全だと思うんだけど……」
「兵助も家に居てもらう方が安心するんじゃないの?」

 学園に残留する事への不思議さに、夫婦になったばかりの二人を問い詰める。すると、兵助はよりを強く引き寄せ、は困ったように眉尻を下げ、袖でそっと赤く染まった顔を隠した。

「俺と親の場合は利害の一致。両親達は早く孫が欲しくて、俺はにすぐ側に居てほしかったから」
「……はそれに押しきられたわけか」
「……です」

 なんだかくのいち教室の皆に申し訳がない、と小さく呟く。それを俺達の我が儘だからと宥める兵助に、バランスの取れたいい夫婦なんじゃないだろうか、と私達は視線を交わし、笑みを浮かべあった。

 

(しかし、こうなるとあの女の動きが気になるな)(学園の男は全部自分のモノとでも思い込んでいるようだし)(後で兵助にも気をつけるように言っておくか)(これがあの女の排除のきっかけになったり……したらが危険だろうか)






































































































02.今はただどうしようもなく





 ずっとずっとずーっとトリップしたいって願ってた。現実なんかつまらないし、漫画みたいにカッコイイ男の子なんていないし、いくら私が可愛くても相手になるような素敵な人がいなきゃ全くの無意味。
 でも叶ったわ! 神様が叶えてくれたの。当然よね、私は特別な存在なんだから。ある日突然私の前に現れた神様は、私の願いの通り忍たまの世界に飛ばしてくれた。ちゃんとリクエストした通りに、空からふわふわと舞い降りてきた綺麗で可愛い私は天女様って呼ばれて、忍術学園は私を受け入れてくれたの!
 そりゃ、事務のお仕事だとか、食堂のお手伝いだとかはあるけど、それも忍たま達と仲良くなるには必要な事よね。頑張ってる姿を見せてれば、なれない世界で生活で、なんて健気なんだって思ってくれる人もいるだろうし。実際に、みーんな私の事が好きなの! 毎日毎日私の周りには一年生から六年生の忍たま達が集まってくるし、綺麗な簪や帯や着物なんてものもプレゼントしてくれる人がたくさんいる。くのたまの子達とはあんまり仲良くなれなかったけど、仕方ないわよね。でももう少ししたら仲良くなれるはず。だって私は逆ハー主人公なんだもの、私を嫌う人なんてありえないわ!
 ここは私の楽園。全てが全て私のもの。思い通りにならないものなんて一つとしてないのよ! 何て素敵な世界なのかしら!
 今日も、おばちゃんのお手伝いを終わらせてから上級生のいそうな方へと足をすすめていた。ついこの間まで長期の休みで帰れる人は皆実家に帰っちゃってたからつまらなかったのよね。学園に残って私の周りを取り巻いてた忍たまはどうでもいいモブばっかりだったし。
 少し歩いた所で、桔梗紺の着物の後姿を見つけた。柔らかそうな髪が高い位置で括られてるその後姿は、多分、だけれど五年い組の久々知兵助君だ。そう言えば、五年生のメインメンバーとは話した事がなかったような気がする。それが少し不思議だったけれど、他の人がたくさん私の側にいたから話しかけるタイミングが掴めなかったのね、きっと。私の方から話しかけてあげたら喜ぶわよね。お茶に誘っちゃおうかしら。
 よし、と心に決めて彼に近づこうとすると、彼は急に走り出してしまった。慌てて追いかけると、視線の先には桃色の着物――くのたまの女の子に話しかける兵助君の姿。何を話しているのかは知らないけれど、なんだかとても楽しそうで。そう、空気がふわふわしてる。ぼうっとその様子を見つめていたら、兵助君はくのたまの子を幸せそうな顔で抱きしめた。
 ……え、なに、どういうこと? 忍たまは皆私のものなのに、なんであんな顔してあの子を抱きしめるの?

「愛美さん」

 ぽんと後ろから肩を叩かれて、ビックリして肩を跳ね上がらせた。もちろん、可愛らしい悲鳴を上げる事は忘れない。

「ご、ごめん、驚かせちゃったかな?」
「ううん、私こそゴメンね、伊作君」

 目を瞬かせる伊作君に、にこりと笑みを浮かべる。すると伊作君はほっぺを赤くして笑顔になった。そうよね、これが正しい反応よね。

「こんな所で立ち止まって、どうしたの?」
「ええと、あのね、あれ……」

 どう言っていいかわからないから、戸惑いながらもくのたまの子と仲良さそうに話している兵助君を指差す。すると、伊作君はああ、と呟いて眩しそうに彼らを見つめた。だからなんなの?

「久々知とさんだね」
、さんっていうの、あのくのたまの子」
「そう。この間の長期休暇に祝言を挙げたんだよ、あの二人」
「しゅう、げん?」

 って、もしかして、結婚の事?

「うん。新婚ほやほや。離れるのが嫌だから、わがまま言ってくのいち教室に留まってもらってるんだって久々知が言ってたよ」
「……そ、そうなんだ」
「どうかした?」

 硬い声で相槌を打つことしか出来ない私に、伊作君が首を傾げる。

「びっくり、しちゃって」
「ああ、愛美さんの所の結婚適齢期ってもう少し上なんだったっけ」
「う、うん」
「そっか、それなら驚くのも仕方ないね」

 それから、伊作君とはどんな会話をしたのかは覚えてない。気がついたら自分の部屋にいて、床に座り込んでいた。それくらい衝撃的だったんだもの。
 忍たまのキャラは皆好きだけど、五年生が一番好きだった。雷蔵君はふわふわして優しそうな所が好きだし、ハチ君は兄貴肌な所が素敵。三郎君は悪戯好きで精神的に少し不安定な所が魅力的で、勘ちゃんはふわふわした所がいい。そして兵助君は、豆腐が好きなところは可愛いと思うし、睫毛の長い整った顔は美人だし、六年生の課題をこなせちゃうような実力者な所も凄いと思う。他の学年と比べると少し灰汁の強さは負けるって言われてるけど、そこがいい。ここでの恋愛相手も彼らから選ぼうと思っていたのに。
 でも、兵助君はあんな地味な――遠目だったからそんなによく見えなかったけれど、確かにあの子は地味だった。私の方が絶対に美人で可愛いわ――くのたまの子と結婚しちゃって、他の五年生の子とは一度も話した事はない。
 一回も話したことのない人にだって天女効果と逆ハーの設定は効いてるのに、兵助君が結婚しちゃったなんてどういうことよ、しかもなんか、伊作君の話だと兵助君があの地味な子にメロメロみたいじゃない。もしかして神様、手を抜いたのかしら……。

「そんな事、あってたまるもんですか……!」

 私は天女サマで、逆ハー主人公なのよ。皆私を愛さなきゃいけないの。ここは私の楽園、全部私のものよ。あんな地味な子が手にしていいものなんて一つとしてないんだから!

「まずは五年生の気を引かなくちゃ……きっと私が話しかけたら、すぐに私を好きになるわよね。なんてったって天女なんですもの」

 私の兵助君や五年生たちを取ったあのブスへの制裁と神様に対する文句はその後よ!
 気合を入れてぎゅっと握りこんだ拳の中で、爪が皮膚に食い込む感覚がした。



(「……なに?」)(「、どうかしたのか?」)(「ぁ……ううん、何でもないの」)(「そういう顔には見えないけど。俺には言えないことか?」)(「そんなことないわ……少し、嫌な予感がして」)(「嫌な予感?」)(「多分、あっちの方」)(「そっか……」(たしかあっちってあの女の部屋があったはず。警戒するに越した事はないな))(「兵助君?」)(「いや、俺も気をつけておこう」)(「無理、はしないで」)(「ありがとう、」)



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