性的・暴力的表現注意!


狂気と正気の狭間に10のお題



● 正気と言う仮面の奥に潜むモノ。





 暇だ。
 その事実に、はぷくりと頬を膨らませて拗ねていた。悠一郎は国の端の方で起きた小競り合いの収拾に行っており、長期の休みで帰ってきているはずの三郎は国外の城に潜入する必要のある課題が出たとかで、学園から直接行った方が早いからとヤエザキに顔も出さずにそちらへ直行。弥次郎は忍務で向かった城が少々厄介な場所のせいで一ヶ月前から出ていて未だに戻らない。魅羅も同じく忍務で、弥次郎とはまた違う城に部下を連れて潜入中。元小頭の九郎は教え子の【蕾】の子供達を連れて長期野外実習中だ。
 つまるところ、の周囲を固め、世話を焼いてくれている人間がごっそりといなくなっていた。最初はも仕事や課題ならば仕方がないと諦めて、その他の部下や女中に構ってもらおうとしていたのだが、部下は恐れ多いと頭を下げるだけで相手をしてはくれない。女中は下手に構うと媚を売ってべたべたと接触してくる人間がいるので、部下と関わりを持つ以前に遠ざけてしまっていた。
 なのでは今現在非常に暇だった。一応仕事はありはするが、そんなものは一刻も経たない内に片付けられるほどの量しかなく、が外に出向かねばならぬほどの忍務もない。がのんびりと寝こけていられる程度には、ヤエザキは平和だった。

「若君……は、勉強中だし」

 それは絶対に邪魔しちゃいけない。
 若君の父親である領主を暗殺してから現在までずっと若君の後ろ盾である家臣やが政治を行ってはいるが、彼らは別に若君を傀儡にしようとは考えていなかったので――そんな事を考える奴らは真っ先にや若君擁護派の人間によって排除された――今現在若君は一般教養や帝王学の勉強の真っ最中だ。若君は母親たる芙蓉の方に内面外面共にそっくりなので、良い領主になるに違いないと今から家臣たちに期待されている。
 いよいよ本当に一人でいるしかなくて、は拗ねるのを通り越して泣きたくなってきていた。それと同時に腹立たしい。何で誰も自分の側にいないのだと、まるで小さな子供が駄々でも捏ねるように。ぐっと眉間に皺を寄せて、は庭を睨みつけた。

「ぅ、わっ」

 ずべっと、派手にずっこける音が近くで聞こえ、はぱちりと目を瞬かせて音が聞こえてきた方へと首をめぐらせた。
 質素だけれど上品な色の着物。それは城の女中に支給されている装束だ。明るくふわふわとした茶色の髪が床に散っている。倒れ伏してふるふると震えたまま動かないのは、それだけ痛かったからだろうか。少しばかり時間を置いて顔面を押さえながら起き上がった女中に、は暇に任せてふらりと近づいた。

「大丈夫?」
「は、はい……!」

 急に頭上から降ってきた声に驚いたのか、女中はわたわたと慌てながら身を起こし、の顔を見て打って鼻だけ赤くした顔を真っ赤に染めた。見られたことが恥しいと言わんばかりに顔を逸らす。
 けれどもは、それ以前に見たことのある顔に、表情は変えぬままで内心驚いていた。あの、至極つまらない戦場の近くで無関係だろう足軽を治療していた変な少年だ。あまりにも無理の無い女装姿に、間近で見るまで気付かなかったが、確かに骨格は男のもので。
 うちの城に何をしに来たのだろうという疑問と、変なのを城に入れた奴への不快感が胸をよぎる。けれども、とても良い暇つぶしだ。丁度いいときに侵入してきてくれた可愛らしいオモチャに、はにっこりと笑みを浮かべた。

「気をつけてね」
「はい、ありがとうございま……」
「次があったら、だけど」

 侵入者さん。
 さっと一瞬で顔を青くした少年の首筋にすとんと手刀を入れ、意識を落とした身体を支える。血の気を引かせたままの頬には薄く白粉がはたかれ、淡い色の紅が刺された唇からはゆっくりとした呼吸が聞こえる。柔らかな印象を与える可愛らしい顔立ちの少年の顔をまじまじと見ていると、前方から来た年配の女中が慌てたように駆け寄ってくる。

「これは様、その者がどうか」
「うん、侵入者」

 簡潔に告げられた言葉に、女中は真っ青になる。
 は少年を抱えあげ、興味なさげに女中を見下ろした。

「新しい人間を入れるのはいいけど、気をつけてよ。ここには大切な若君がいらっしゃるんだから」
「は、はい。申し訳ございません」
「ん。これはこっちでどうにかしとくから。女中頭に言っといて」
「かしこまりました」

 深々と下げられる頭に鷹揚に頷いて見せ、忍者隊の長屋へと帰りながら、は口角を吊り上げた。手に入れたおもちゃを、どうやっていじって遊ぼうかと。



(それにしても声可愛かったなー)(男の子だからほぼ百パーセントで作ってるんだろうけど)(啼かせたらどんな声で啼くんだろ)

















































































































● 境界線の向こう。





 の部屋は、長屋と離れの二つある。けれども普段使っているのは悠一郎の部屋が近くにある長屋の部屋で、離れは滅多に使われることは無かった。けれども、そこにはのオモチャやカラクリが詰め込まれてちょっとしたカラクリ部屋のようになっており、のいい遊び部屋となっていた。カラクリを使用すれば中に入れた人間を監禁する事も可能であったりするので、性質の悪い部屋だと悠一郎は頭を抱えているのだが。
 ともかくはその部屋に、捕えてきた少年を放り込んだ。侵入者を丁寧に扱うような神経をが持っているはずも無く、その扱いは少々乱暴なものではあったが、少年は小さく呻くだけで目を覚ます気配は無い。女装が違和感なく出来てしまう辺りけして肉体派ではないだろう、というの予想は正しかったようだ。
 直接的な戦闘が得意な者は、悠一郎のようにもっと筋肉が付いていてがっちりとした体格の者が多い。反対に、潜入や情報収集を得意とする弥次郎などは変装する事も考慮に入れているのか、筋肉がつき過ぎないようにけれども少なすぎないように、それはもう神経質なほどしっかりと管理をしている為に線が細い。彼らと同等かそれ以上に線が細く見え、それほど筋肉が付いていないように見えながらも、近接戦を本職とする戦忍とスピード・パワー共に互角以上に戦えるは例外中の例外である。
 畳の上に放り出された少年を見下ろして、はことりと首を傾げる。この部屋の中から逃げ出せるのはヤエザキの中では幹部連中くらいだが、逃げ出せないように手を打っておくべきだろうか。この子供に逃げられた所で何も困る事は無いが、今この時点でおもちゃをなくすのは少々どころでなく寂しい。
 少年をコロンと足先で転がし、彼が着ている着物の帯の中から細いものを選んで抜き取り、外しにくい結び方で両手を縛る。ついでにそこに挟まっていた小しころは取り上げておいた。左足には、部屋の中を動き回る事は出来ても外には出られないような絶妙な長さの足枷をつける。
 再び少年の身体を転がして、白粉の塗られた頬に、指を滑らせた。

「ふふふ、目が覚めたら俺と遊んでね」

 君が楽しいかどうかは知らないけど。
 無責任な事を呟いて、ちょんと頬に唇を落す。そしてぺろりと唇を舐めた。

「まず……」

 僅かに付いた白粉の味に顔を顰め、部屋のカラクリを発動させる。歯車が軋みながら動く音に目を細めながら、はそっとその部屋を抜け出した。





 ふんふんとどこかで覚えた歌を鼻先から漏らしながら、は長屋を歩いていた。その足取りは軽い。
 城に行くと言って出て行った時とは打って変わって上機嫌な上司の様子に、部下たる忍は首をかしげながらも新たに仕入れた情報の正否を問う為にそっとへと近づいた。

「組頭」
「ん、なぁに?」

 ことりと首を傾げるに、内心その幼い仕草に悶絶しながらも部下は頭を下げる。

「は。先ほど侵入者を捕えられたと聞きまして」
「ああ、その事」

 きゅうっと機嫌のいい猫のように目を細める。滅多に見せないその表情に、ああ本当に機嫌がいいのだと部下は何故だか嬉しくなって心が浮き立つ。基本的にヤエザキ忍者隊の人間はを尊敬し畏敬の念を抱きすぎて若干盲目な大好きな忍とくのいちの集まりだった。頭の痛い話だが。
 そんな訳で、部下はの機嫌がいいだけで幸せな気分のまま、の言葉を聞き入れ、何の疑問も抱かず、の行動を阻止しようと動く事も無く頭を下げる。

「捕まえたよ。俺の暇つぶしの相手をしてくれるおにんぎょーさん。しばらく離れには誰も近づけないでね」
「御意のままに」
「ふふふ、いいお返事」

 いい子いい子と下げられた頭を二、三度なで、は今にも踊りだしそうな足取りで自室へと向かう。
 彼の背後には、が自ら触れたことで感激のあまり固まったまま喜びに震えている部下の姿があった。



(あの様が、組頭が、お触れに……!)(俺しばらく頭洗えな…いやいや、それは不潔だ駄目だ様も嫌がられる)(この頭巾もう使わずにとっとこう)
















































































































● 良い子の定義。





 ここは何処だろう。
 やけに小奇麗な天井と畳が敷き詰められた部屋をくるりと見回して、伊作はぼんやりとそう考えた。寝起きの所為か、頭がはっきりと働かない。
 手をついて起き上がろうとしてころりと身体が転がり、自由にならない自分の身体に初めて、伊作は自分が縛られて畳の上に転がされていると言う事に気付いた。どう動かしても抜けない手。縛っている紐を切ろうとしても、帯の中に隠しておいた小しころは取り上げられてしまったらしく後ろ手に探っても見つからなかった。
 血の気を引かせながらも、腹に力を入れて起き上がった。その際、首が僅かに痛んだのは容赦なく入れられた手刀の所為だろう。おそらくは。

「いたた……」

 小さく呻き、詰めていた息を吐き出す。そして立ち上がろうとしてじゃらりと音を立てた足元に、嫌な予感と共に恐る恐る視線を動かすと、丈夫そうな足枷ががっちりと伊作の足首に噛み付いていた。つやつやと黒光りする鋼の色に、伊作は顔を引き攣らせる。

「うそ……」

 これでは本格的に囚われの身の上である。
 身体を捻って足枷に触れると、あつらえたかのようにぴったりと足首にはまっているのが実感できた。殆ど隙間さえないと言うのはどういうことだろうか。無駄だと解っていても爪の先で引っかいてみるが、足に小さく蚯蚓腫れが出来ただけで終ってしまった。

「無駄だと思うよー」

 間延びした声が響く。背後から聞こえた声に勢いよく身を翻すと、後ろ手に縛られたままで足枷に触れると言う無理な体勢でいた為にバランスを崩してころりと転がってしまった。その様子に、全く気配をさせずに部屋の中に現れた男はきょとんとした後、くすくすと面白そうに笑い出した。
 真っ赤になって呻く伊作に、は目尻に滲んだ涙を拭ってしゃがみこみ、伊作の顔を上から覗き込んだ。

「こんな状況でも大人しーくしてるのは、やっぱり忍として育てられてるからかな、侵入者さん」

 わざと伊作を捕えたときと同じ口調で呼びかける。すると、伊作は赤く染めた顔から音が立ちそうなほどの速さで血の気を引かせ、真っ青な顔でを見上げた。彼が自分を捕えた人間だとその瞬間に思い出したからだ。まるで歩行者用の信号機のようにくるくると顔色を変える様が面白く、再び笑ったは無造作に手を伸ばし、青くなった頬に指先を僅かに食い込ませて顎を引き上げた。

「何処の人間? 何を目的に城に侵入したのかなぁ?」
「……」
「あ、だんまり。別にいいけどねー、ヤエザキには俺がいるっていうのに、君みたいなの送り込んでくるって事は警戒しても意味ないだろうし。興味無いし」
「……詠野、?」
「せーかい」

 にこりと浮かべられた笑みに、伊作は内心最悪だと叫んだ。同時に己の不運を恨む。日頃から不運だなんだと友人にも言われ、自分でも自覚してはいたが、これは無いのではないだろうか。まさか実習の為に忍び込んだ先で、生きた伝説やら最強やらと冠されている忍にかち合うだなんて!
 生きて帰れる可能性の低さに、この場所を実習場所として選んだ先生方に恨み言を言いたい気分だった。確かにヤエザキの城には何人か学園を卒業した生徒が就職しているが、それで身の安全が保障できるかどうかと言うのは全くの別物である。見つかった相手が学園の卒業生だった場合は、見逃してくれる可能性もあるにはあるが。それを教師もわかっているだろうに、何故史上最強の忍が存在する城などを実習先に選んだと言うのか。

「君の名前は……まぁいいか」

 聞いてもどうせ忘れちゃうし。
 そう言って、どこか無邪気に笑みを浮かべるに、伊作は何故か胸の奥が痛むのを感じた。その痛みの正体がわからず戸惑っていると、は濡れた手ぬぐいを伊作の顔に押し付けた。そしてぐいぐいと顔を拭っていくのに、目を白黒させる。それでも大人しくされるがままになっている伊作に、は目を瞬かせた。

「本当に大人しい子だね。良い子」

 白粉は綺麗に取れたが強く擦りすぎた所為で赤くなっている額に、ちょんと唇で触れた。そしてぺろりと唇を舐めると、「あ、まずくない」と小さく呟く。の理解できない行動に、伊作は頬を淡く染めながらもぽかんと彼を見上げる事しか出来ない。

「んー、化粧落としてもその恰好だと女の子みたいだね。声はまんま男の子だけど」
「……そう、ですか」
「うん」

 濡れた手ぬぐいを部屋の隅にぽいと放り投げ、は笑みを浮かべる。は寝転んだまま起き上がれない伊作をさらに畳に押し付け、戸惑う彼の顔を覗き込むようにして見下ろした。

「今ね、俺以外みーんな出ちゃってて暇なの」
「え……?」
「だから俺と遊んでね」

 そうして美しい顔に浮かべられる笑みに見とれる暇もなく塞がれた唇と解かれた帯に、伊作はこれから己の身に降りかかるであろう出来事を悟り、背筋を凍らせた。

 

(せ、せ、先生の馬鹿……!)(ほーんとおっとなしーなー、俺なら絶対殺すのに)(殺しにかかってきたらかかってきたで暇つぶしになったのになー)(まーいっかー)


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