暴力的表現注意!































4 しとしとと けぶる霧雨 溶ける声(九郎)





「本気か?」

 目の前で笑みを浮かべている青年に、小頭――九郎はくいっと片眉を上げた。
 は気に入ったものは何でも手元に置きたがる。戦場から連れ帰ってきた弥次郎や魅羅、がヤエザキに連れて来られてからずっと側にいる悠一郎がいい例だ。その中には、当然のように弥次郎の養子となった三郎も含まれていた。むしろ弟として溺愛している。それ故に、今回の話には驚かざるを得なかった。
 まさか、三郎をあの大川平次渦正が創設した忍術学園に放り込もうとしているとは。

「本気だよ。だーって、三郎にも友達は必要だもん」
「忍術学園卒業のエリート忍者をスカウトするついでにか」
「それもあるー」
「どっちが本音……どっちも本音か、お前のことだから」
「うん」

 ほけほけと笑みを浮かべて、は目の前の団子にかじりつく。その顔は何処と無く嬉しそうに見えて、九郎はふと息をついた。彼の目の前に置かれている団子はほんの1本。けれども彼にとって、その量は少しばかり多いように思えた。は周囲の人間が不安になるほど少食なのだ。

「お前、今それ食って、夕飯入るのか?」
「大丈夫。ゆーいちろーも一本なら良いって言った」
「相っ変わらずお前には甘いねぇ」

 すっかりの保護者が定着してしまった男に、九郎はやれやれと首を横に振る。そういう九郎こそ、の食が細いと知っていてなお、多いかもしれないと思った団子を取り上げずにいるのだから、彼も充分に対しては甘かった。

「でもお前、三郎の事は弥次郎に頼むとか言ってなかったか」
「言ったけどー、外に出した方が三郎の為でしょ。あの子俺が拾ってくる前はお城の隠し部屋に軟禁されてたし、それより前はもう覚えてないって言うし、ここに来てからは外になんて出たこと無いんだからもう箱入り中の箱入り。世の中にはいろーんな人間がいるって知った方がいーよ」
「……お前以上の忍はいないと思うがな」
「忍はね。人間性はなんとなーく偏ってるじゃない。みーんな世話焼きさん」

 語尾に音符でも飛んでいそうな声に、九郎はごもっともと納得してしまった。ここの忍者隊に所属しているものは、忍組頭のの人格が影響している為か、世話焼きな人間が多い。むしろそうでなくてはの世話を焼きながら忍務をこなす事など出来ないのだから、ヤエザキ忍者隊に所属する為の最低条件とも言えた。
 それを自覚していながら何もしようとはしないに、何処で教育の仕方を間違えたのだろうと九郎は一瞬頭を抱えた。しかし答は出ている。最初からだ。そもそも教育の仕方を間違えたのは今は亡き詠野夜叉王である。人格破綻者に育てられたのだから仕方ないと諦めるしかなかった。

「とりあえず解った。でも弥次郎がうるさいぞ、きっと」
「チッチッチ、甘いよ小頭ー。弥次郎が俺のやることに文句なんて言うと思うー?」
「……そうだったな」

 戦場から拾ってきた弥次郎はのお気に入りで、弥次郎にとっては唯一無二の主だ。私は様の下僕ですと胸を張るような男が、が下した決裁に異を唱える事などありえない。それが例え、義理とはいえ可愛がっている息子を一時的にだが手放す事になろうとも。優先順位は圧倒的にの方が上なのだ。

「だったら最大の難関は三郎自身だな」
「まーね。でも準備万端で放り出せば、もう学園にいるしかなくなるでしょ」

 なんと強引な。
 だがしかし、【蕾】に入る気満々な三郎を忍術学園に放り込もうとしたら、取れる行動など限られてくるだろう。が口にしたのは、その中でも一番手っ取り早い方法であろう事は解っていた。その後の三郎の機嫌は最悪だろうが。
 得意気に笑みを浮かべるに、九郎は深々と溜息をつくしかなかった。

「ああ、そうそう、小頭の座は今月中に悠一郎に譲るから」
「むー、そんな話初耳だけど、とりあえずわかったー」
「軽いな、おい」



(ゆーいちろー、出世おめでとー)(は?)(小頭の座、お前に譲る事にしたから)(へ?)(あ、小頭辞めたら【蕾】の先生してね)(おい)(引退したいんだが)(小頭も、ちょっと)(人手不足でーす。仕える人材は逃がしませんー)(聞けよ人の話)













































































































































5 くらくらと 落ちるは夢か 現実か(雑渡)





 これは何の悪夢だろう。
 真っ赤に染まった大地に倒れ伏す同僚達の姿に、雑渡昆奈門は呆然としながら、その場に佇んでいた。
 タソガレドキ忍者隊の精鋭五十名。それだけの人数で、次の戦場になるべき土地を調べに来ていた。特に危険という事も無い、ただの地形調査だ。そう思って望んだ今回の忍務だったが、その結果が死者四十九名、生存者二名。内一人は雑渡の同僚を情け容赦なく切り伏せてくれた敵だった。
 ぽいっと、その手に持った武器を投げ捨て、仲間をあの世に送ってくれた敵は振り返る。漆黒の髪と目はそう珍しいものではなかったが、全身を血に染めた姿のまま笑みを浮かべた顔は恐ろしいほどに整っており、髷が結えぬほど短い髪は珍しかった。焦点のわからない漆黒の瞳はまるで闇を詰め込んだような色をしており、その目に見つめられた瞬間、まるで深淵を覗き込んでしまったような気分に陥った。
 恐ろしいと、昔削り取ったはずの感情が震える。

「君で最後だよ」

 どこか、幼い口調がそう告げる。

「でも殺さない」
「な、ぜ……」

 絞り出した声はかすれていた。早く、この場から去ってしまいたい。けれども、少年の域をやっと出ようという子供の視線から逃れる事はできず、まるで金縛りにあったかのように身体が動かなかった。少年よりもいくつか年上の、雑渡が。
 少年はことりと首を傾げる。

「君たちの主に伝えて欲しいことがあるんだよね」
「伝えて欲しい、事?」
「そー。ここはね、ヤエザキの領域な訳。おわかり?」

 脳内に地図を思い描き、そういえばヤエザキの領地に入ってしまっている事を確認して、少年の言葉に頷く。

「迷惑だからさー、喧嘩なら他所でやってよ」

 これから始めようとしているのは紛れも無く戦なのだが、少年は事も無げに戦を喧嘩と口にしてにこりと笑みを浮かべた。

「じゃないと、君の主がこーなっちゃうよ」

 舞うような仕草で両腕を広げ、くるりとその場で一回転する。
 その少年の周りには、事切れた雑渡の同僚や上司達の姿がある。どれも一太刀の下に切り伏された。ぞっと、背筋に悪寒が走る。自分ではこの深淵の闇を持つ少年には敵わない。そう雑渡は確信することが出来た。

「ちゃーんと伝えてね」

 そのために生かしてあげたんだから。
 愛らしいとも言える仕草で小首を傾げた少年に、雑渡はぎしぎしと軋む首を動かし、一度小さく頷いた。少年は至極満足そうににっこりと笑みを浮かべる。

「うん、いい子! いい子だから名前を覚えてあげる。君の名前は?」
「雑渡、昆奈門」
「ざっとこんなもん? ふーん、面白い名前だね。そうそう、俺の名前はね」

 形のいい唇が、とある一つの名を刻む。
 雑渡はその名を聞いた瞬間、根が生えたように地面に張り付く足を引き剥がし、全速力で鬼のような人が作り出した地獄絵図から逃げ出した。もう二度と会いたくは無い、と腹の底が凍るような思いを抱きながら。

「あ、逃げちゃった。まぁいいか」

 お仕事はこれで終わりだし、コレだけ忍が死んだらうちには何かをする気力も無いよねぇ。
 真っ赤に染まる大地に立ち尽くしたままそう一人ごち、は「かーえろ」と誰に言うでもなく呟いて、ぬかるむ地面を蹴った。



(たーだいまー)(おかえり、。あー、また血まみれになりやがって)(だって五十人近くいたんだもん。一々避けるのめんどくさーい)(へいへい。で、一人はちゃんと残したんだろうな)(だいじょーぶ。頭の良さそうなのが一人いたからねー。そーそー、ちゃーんと名乗ってきたよ)(よし、良くやった)(わーい、ゆーいちろーに褒められたー)



























































































































































6 ひりひりと うずく胸には 約束を(三郎)





 はい、コレ着てコレ持って。
 身に纏っていた上質の着物を取り上げられて、そこそこの質の着物をくるりと早業で着せられ、お出かけ用というには少々多い荷物を持たされ、ぽいっと、三郎は長屋の外に放り出された。
 あまりの素早さに、三郎は唖然としながら、単の上に小袖を羽織った兄とその後ろに控えている父や兄や姉代わりの兄の部下を見上げる。

「頑張ってね、三郎」
「お前を手放すのは少々どころで無く寂しいが、これも様のお望み、私は涙を飲んでお前を送り出すよ!」
「まぁ、最初は寂しいだろうが、忍術学園はいい所だからすぐに慣れるだろう」
「頑張りなさいね、三郎」
「長期の休みにはちゃんと帰って来いよ、ビシバシ鍛えなおしてやるから」
「一体何事!?」

 口々に別れの挨拶らしき言葉を口にされ、三郎は目を白黒させながら突っ込む。本気で訳がわからないと表情で語る三郎に、弥次郎、悠一郎、九郎、魅羅の視線がへと向けられた。は、ことりと首を傾げて瞬く。

「三郎は忍術学園に入学するの。言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
「言ってなかったのか……」

 ショックを受けた表情で、の顔をした三郎が叫ぶと、頭痛をこらえるように頭を押さえた悠一郎が決まったのは三年前だぞと小さく呟いた。は悠一郎のそんな態度など歯牙にもかけず、こくりと頷く。

「今言ったから良いでしょ。と言うわけでいってらっしゃい」

 ひらひらと、に手を振られる。
 どこか優雅な動きで左右に揺れる手を目で追っていた三郎は、じわりと目に涙を浮かべ、無慈悲にも別れを告げるの手を飛び上がって確保した。大きく、けれども細い指を両手でぎゅっと握って、三郎はをじっと見上げる。

「兄様、兄様はもう私は要らないのか!?」
「んー、要らないのかと言われれば要るけど」
「なら忍術学園なんかに入らなくても、今までどおり【蕾】で修行しててもいいじゃないか!」
「でもそれだと三郎、箱入りちゃんになっちゃうから」
「【蕾】で修行してる人たちは皆そうじゃないか! それに、外に出ても兄様以上の忍なんているわけない!」
「それでも三郎ほどじゃないからねー」
「うぅ、それでも、嫌だったら嫌だ! 私は絶対兄様と一緒にいるー!」

 そこで父と一緒にいるという台詞は出ないのかと聞きたいところではあったが、当の父親が息子の言葉に「その気持ちはこれ以上ないくらいよく解るよ!」と拳を握り締めて同意しているので悠一郎はそっと視線を逸らした。親子揃ってどうしようもない好きである。悠一郎は自身が立派にその内の一人である事を棚に上げ、深々と息をついた。
 は足にへばりついてくる三郎に、何かを思案するように首を傾げて斜め上に上げた視線を彷徨わせ、すくすくと絶賛成長中の三郎をひょいと抱き上げ視線を合わせた。

「じゃー、三郎に忍務です」
「忍務?」

 何を言い出すのだと、を胡乱な目で見つめる。

「そー。忍術学園に入学して、友達を作る事」
「……兄様達と【蕾】だけでいい」
「だーめ。それと、コレが一番重要なんだけど。うちで働けそうな優秀な忍者を見繕ってくる事」

 いいのがいたら手紙で教えてね。
 そう言って笑みを浮かべる兄に、三郎はぽかんと口をあけた。外部からの忍のスカウト。それって物凄く重要な事なんじゃ。十歳の子供に任せるようなことじゃないだろうと言葉も無く金魚のように口をぱくぱくと開閉を繰り返しながら、三郎は兄の背後で成り行きを見守っている父達へと救いを求めるように視線を流した。
 魅羅と父にはにっこりと笑いかけられて親指を立てられ、悠一郎と九郎には苦笑を向けられる。誰一人としての言い出した言葉に反対しないことから、もはや三郎が意見を挟む余地など無い決定事項らしきことを察して、がくりと肩を落とした。
 が決定して小頭たる悠一郎が何も言わないのならば、もうこの話が覆る可能性など無きに等しい。

「……私が兄様の部下を選んでいいの?」
「いーよ。だって三郎は俺の邪魔なんてしないでしょ」
「うん」

 兄から無条件に寄せられる信頼が嬉しくて、三郎は薄い膜の下で顔を真っ赤に染める。首と耳が赤いところから三郎の顔色の変化をしっかりと見て取った以外の四人は、その様子があまりにも可愛らしく微笑ましくてならなかった。
 どうやら観念したらしい三郎に、は笑みを浮かべると、小さな身体を地面へと下ろす。それでも名残惜しげに上目遣いで見上げてくる三郎に、はことりと首を傾げると、懐から面を取り出し三郎へと差し出した。白い面に赤い隈取の鮮やかな、狐の面。

「あげる。餞別だよ」
「……ありがとう、兄様」

 何で面なんだろう。そう思いながらも、兄のすることを一々気にしていては身が持たない事をよく知っている三郎は、その疑問をさらりと流して狐の面を受け取った。けれども次の瞬間、その答はあっさりと本人から齎された。

「それで顔隠せるでしょ」

 面を見つめていた三郎は、の言葉に顔を跳ね上げる。この狐の面は、身内――この場合はヤエザキの信頼できる人たちを指す――以外に素顔をさらすことが滅法苦手な三郎を守る為の壁なのだ。三郎を思っての兄の行動に、三郎はぽろりと涙を流し、ひしとの足にしがみついた。

「やっぱり行きたくないぃ〜!」
「ふふふ、さぶろはいくつになっても泣き虫の駄々っ子だねー」

 ほけほけと笑いながらも、の手は無慈悲にも忍術学園になど行きたくないと縋りつく小さな身体をべりっと剥がし、控えていた忍を招いた。じたばたとあがく三郎を、私服を着た忍に渡す。ちなみにそれらの過程は全て片手で行われていた。細い腕の何処にそんな馬鹿力があるのだろうかと、弥次郎や魅羅の視線が袖に隠れた腕に向けられる。

「あ、兄様!」
「じゃ、学園の途中までよろしく」
「御意」
「いってらっしゃ〜い」

 いい人材待ってるよー。
 満面の笑顔で送り出してくれたに、三郎は兄の部下の腕の中から叫ぶしかなかった。

「兄様のバカー!」

 大……好きだー!
 その場の勢いでも嫌いとは言えない三郎に、はきょとんと目を見開き、同じく三郎を見送っていた四人はその場で腹を抱えて笑い出した。



(兄様のバカ、兄様のバカ、兄様のバカ)(三郎、組頭は三郎の為を思ってだな)(わかってるもん)(なら頑張って来い)(うう、兄様があっと驚くようなすっごい人材見つけてやる!)(その意気その意気)






 現在の時間軸は三郎の年で七歳、八歳、九歳と来て、「ひりひり〜」で10歳です。なので悠一郎は22歳で小頭の座についています。うーん、ちょっと早い気もしますが、基準は能力値+の世話が出来るかどうかで決まりそうですし、こんなもんでしょうか。
 そして初出オリキャラ魅羅女史。例によって例の如く至上主義。彼女はその後くのいち総括にまで上り詰めてくださいます。年齢は詳しくは決めていませんが、よりは年下。彼女がに抱いている感情は母性本能です。母性本能。
 そして二人目の落/乱キャラ雑渡さん。彼は以上の経緯により、のことが超苦手。なのでかち合う前に逃げ出します。その姿は鬼気迫って見えるほどだそうです。

 さて、このお題、最後の一題があるのですが、そこでお相手とのフラグを立てようと思ってます。なので別枠です。


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