7 もう二度と 戻れぬときを 詰め込んで /現在)





 とんとんと、よどみの無い動作で木の枝を蹴って移動する。木々には忍でも難しいような間隔で枝を伸ばしているものもあったが、そんなもの関係ないとでも言うかのように、その足取りは軽い。むしろには、どうしてその程度の間隔の開きで音を上げるのかが解らない。彼にははっきりと通行可能な道として見えていた。
 最近少し伸びてきた漆黒の髪を風になびかせ、葉のひとつも揺らさずに枝を蹴り続けていると、ふと鼻先に鉄と火薬の香りが掠め、ふと足を止めた。嗅ぎ慣れた匂いだ。耳を澄ましてみると、雄たけびのような声と、金属音がぶつかる音、そして発砲音が聞こえる。

「戦……?」

 きゅっと、は眉間に皺を寄せた。が今いる場所は、ヤエザキの領内ではないが、領の一番端にある村とは目と鼻の先だ。戦場から逃げ出した兵士崩れに襲われる可能性が無きにしも非ず、である。そんな事が起これば死神に取り付かれるという噂が周辺の国には流れている所為で、ヤエザキの近くで戦をしてもヤエザキに流れてくる者は少ないが、注意するに越した事は無いのだが。

「……う〜ん、悠一郎が手を打ってるよねぇ」

 俺が外に出る時はより治安に目を配ってるみたいだし。

「ん、俺が気にしなくてもいい、かな」

 ことりと首を傾げ、出した結論に納得したような表情でこくこくと頷き笑みを浮かべる。そうと決まれば、が取る行動は唯一つ。それは戦場を観察しに行く事だ。どこの馬鹿がヤエザキの近くで戦をしているのかが気になる所でもあるし。

「んー、ふふふ。楽しみ」

 野次馬野次馬と呟きながらも方向転換して、はまたとんとんとリズミカルに木の上を移動し始めた。





 つまらない。
 覗いてきた戦の感想はその一言に尽きる。怪我人はおれど死者は無く、切り結んでいるものはおれどその太刀筋はへっぽこで、火縄銃の火がふいてはいるもののその玉はまるで方向音痴。はっきりいって戦のクオリティは最低だった。というか、あまりにも馬鹿馬鹿しくて頭が痛くなるほどだ。
 この日、の中にドクタケは馬鹿ばっかりだという認識がしっかりと刻まれた。悠一郎は褒めてくれるに違いない、一つ賢くなったと。

「金持ちで戦好きの癖に馬鹿ばっかりってへーわ〜」

 至極つまらなそうな顔で呟きながら、は足を引っ掛けて逆さになっていた身体を起こし、枝の上に立つ。そして帰路に着くために、また木の枝を蹴り始めた。ちらりと太陽を見上げて、思いの外遅くなってしまった時刻に、悠一郎が怒った顔を思い出して顔をゆがめる。いくらそれがを思ってのことだとしても、怒られるのは嫌いなのだ。
 それに帰ったら確実に仕事が待っている。この戦の為に警備についているだろう忍の報告も聴かねばならないだろう。至極面倒だけれど仕方が無い。は諦めの境地に早々に達すると、小さく鼻を鳴らした。

「ぅん?」

 過ぎ去っていく地面に何かがよぎった気がして、二、三歩ほど戻って下を覗き込む。すると、可愛い弟よりも少しばかり大きな少年が、倒れ伏している足軽の側にしゃがみこんで何かをしていた。少年の格好からして、おそらくは忍だろう。けれども、それにしては緊迫感が無いというか何と言うか。
 がじっと見つめていると、少年はなにやら白い布を取り出して、足軽の負傷している部分に巻きつけ始めた。どうやら、手当てをしているらしい。あの足軽の味方なのだろうか。そう思ったが、戦場に出るには未熟すぎる上に年若い。ドクタケのあの目立ちすぎる赤い装束を着ているわけではないし、かといってドクタケと戦っていた陣営の装束の色でもなかった。
 ではと同じような第三者か。でも、それが何故こんな場所で、おそらくは赤の他人を治療などしているのだろう。それがさも当たり前のような顔をして。殺すこと、騙す事を叩き込まれている存在が、その対象となりうるものを助けるだなんて。

「変なの」

 ぽつりと呟いた言葉は、恐ろしいほどに感情というものが抜け落ちていた。けれども、自身はそのことに気付かない。他者の治療に勤しんでいる少年をもう一度じっと見つめると、は唐突に顔を逸らしてその場から離れた。





 ふと、何かに導かれるようにして、伊作は顔を上げた。視線の先には、のびのびと枝を伸ばす大木が一本。不審な所など何も無い、極ありふれた木だ。その木からはひらりと一枚の葉が落ちる。けれどもただそれだけだ。何が自分をそうさせたのかがわからず、伊作は首を傾げた。

「伊作」
「留三郎」
「いい加減に帰るぞ、減点される」
「うん」

 自分を迎えに来た友人の言葉に頷いて、伊作は立ち上がった。
 先ほど自分が取った行動に抱いた、違和感のような不思議な感覚をすっかり忘れて。






 というわけで、お相手は善法寺伊作でした。どんどんぱふぱふ〜!
 何故彼が相手なのかと言うと、一言で言うなら不運だから。(そんな身も蓋もない)
 でもそれだけではなく、の相手はこの子くらいにしかつとまらねぇだろうと言う理由はあります。その辺りの事はまた後日小説にしますよ、ええ。
 次からはR18まみれを予定です。先に謝っときます。伊作ファンの方、ごめんなさい。彼が辛い目に合うのが嫌な方は、読まずに引き返した方が無難です。