性的・暴力的表現注意!

































言葉で綴る漆題-其の壱-(TV)



1 じりじりと くすぶる心に 焔をつけて (弥次郎/過去)





 その瞬間、見つけたと思った。
 何を見つけたのか、何を探していたのかは弥次郎本人でもはっきりと解りはしなかったが、確かに感じた。




 その人は戦場にあって奇抜な恰好をしていた。柿茶色の上に鮮やかな朱色の単を羽織り、髷を結えないほど短くばっさりと切られた髪を、頭巾も覆面もせずに遊ばせて。血の滴る刀を持っているのに、返り血一つ浴びていないで淡い笑みを浮かべていた。
 そしてその顔のなんと整った事! 小さな顔に白い面、漆黒の瞳に、目は切れ長。鼻の形も唇の形も芸術的に整っていて、それらの極上のパーツがこれまた極上の配置で見事に治まっており、こんなにも美しい人がいるとはと、弥次郎は場違いにも感動したのだった。この際性別が男だと言う事など全く意味のないことだ。
 けれど、それだけならば、探せばまた見つかるようなものだった。けれどもうっかりと状況を忘れて見入ってしまったことは確かで、気がついた時には目にも止まらぬ速さで押し倒され腹の上に乗られてしまっていた。両手は膝に押さえられ封じられている。そして首の横には血に濡れた刃が突き立てられ、顔を覗き込まれた。

「君で最後だよ」
「……それはそれは」

 一瞬本来の声を出しかけて顔に出さず焦り、今借りている顔の主の声を出すのに一拍遅れる。それにしまったと思いながらも、どうせ此処で終るのだから本来の声でも良かったのではないかと思い至って、目を瞑り小さく息を吐いた。こんな強い人間がここにいるだなんて聞いていない。まったく、大変な仕事を引き受けてしまったものだ。
 けれども、何時まで経っても刃物が身体を貫く瞬間が来ない事を疑問に思い、弥次郎は閉じていた目を開いた。自分を押し倒している男は、間近で見るとまだ少年と言って良いほどの年齢。実力にしては若いという事実に、弥次郎は息を飲んだ。
 そして、無遠慮に覗き込んでくる少年の漆黒の瞳は、まるで深淵を臨んでいるかのような気分を抱く。どくりと、心臓が跳ねた。ああ、この人だと、何がなんだかわからないままに心が納得する。敵対心なんて既に欠片も抱いていなかった。
 少年は、随分と幼い仕草でことりと首を傾げる。

「んん? なーんか違和感が……」

 ぺたぺたと忍にしては薄い掌が弥次郎の顔に触れた。そして覆面を外して頬を挟み込みじーっと見つめると、納得と言わんばかりの笑みを浮かべた。

「ふーん、変装してるんだ。ふふふ、剥がしちゃえ」

 えいっという気の抜けるような掛け声とともに、変装用の薄膜の端に手をかけられ、べりっと変装を引っぺがされた。命綱とも言える変装を解かれるという行為に本能的に危機を感じた弥次郎は、少年に対して今まで忘れていた抵抗をしようと試みたが、身体を動かすのに重要な部分を押さえられているためか、体格差も、おそらくは経験も弥次郎のほうが上だろうに身じろぎするのが精一杯だ。
 いつも被っている皮一枚がなくなっただけでひどく心許なく思え、弥次郎は歯噛みする。そして、自分の素顔を見た少年の顔が嫌悪に歪むのかと思うと、悲しくて悔しくて今にも叫びだしたい気分に陥った。少年の反応を見たくなくて、ぐっと強く目を閉じる。

「わーお、おっとこ前ー!」
「……え?」

 予想に反して歓声が上がり、ぱちくりと目を見開いて少年を見上げる。すると、少年はぺたぺたと弥次郎の顔についた右の顎の辺りから額に向かって左斜め上に歪みながらも一直線に走る窪んだ傷に触れ、深淵の瞳を細めた。

「凄い傷だねー。これ口内までぱっくりいったでしょ」
「へ、あ、ああ、うん」
「眼球に傷がつかなかったのが奇跡的……んー、もしかして意識して避けたのかな?」
「うん、あの、とっさに」
「凄い凄い、君他の奴らとは実力が一歩どころか上だねぇ」
「あああああありがとう」

 何でこんな緊迫していなければならないような場面で、暢気に会話を――それも純粋に実力を褒められている――しているのだろうか。しかも褒められなれていない所為か、物凄い勢いで赤面しているのを弥次郎は自覚していた。

「ふふふ、欲しいなー。俺、君のこと気に入っちゃった」
「うえ!?」
「うんうん、お持ち帰りけってー!」

 弥次郎の上からどいて、血まみれの刀を放り出して――どこかで見たものだと思えば、今回組んでいた忍の持ち物だったはずのものだ――弥次郎を立ち上がらせると、返事も聞かないままにとことこと弥次郎の手を引いて歩き出してしまった。
 敵だった忍を連れて帰ると主張し、隙だらけなのに隙のない背中を向ける少年に、弥次郎は途方に暮れてしまった。

「今日から君はうちの忍ね。あ、俺、詠野

 なんだか今物凄い名前を聞いたような気がする、私。
 少年が名乗った名前に、弥次郎は思わず呆然としてしまった。詠野と言えば、あの忍の世界で最強だの伝説だのと謳われた詠野夜叉王の息子で唯一の弟子だ。そして自身も相当強く、父親の死の直後に奇襲とも言える唐突さで襲ってきたドクアジロガサを、忍組頭に任じられたその日に癖のあるヤエザキ城の忍者達を纏めて返り討ちにしてしまったという話は有名だった。今ではもう、父親と並び立ってヤエザキの守護神やら鬼神やらとまで呼ばれ始めている。
 そんな人物を相手にしていたのかという事実と、予想よりも若いの容貌に、弥次郎はくらりと視界が回ったような気がした。同時に、だからこの人に付いていきたいと思ったのだと、自分の心の動き納得する。そう、ついていきたいのだ、この、強くて歪で無茶苦茶で、深淵をその身に抱いているに。

「君のおなまえはー?」
「……弥次郎。鉢屋弥次郎です」

 様。
 そう呼ぶと、は振り返ってきょとんと目を見開いたかと思うと、満足そうな笑みを浮かべた。



(その笑顔に心のど真ん中を打ち抜かれました)(一生ついていきます様)(雇われてた城?)(あっさりさっぱり壊滅させてきましたが何か)













































































2 ゆらゆらと たゆたう君を 繋ぐ鍵 (悠一郎/現在)





「ゆーいちろー」

 間延びした声で名を呼ばれ、胸元にごろごろと懐くの頭をよしよしと撫でる。そうすると機嫌の良さそうな猫のような笑みを浮かべ、まるで幼い子供がするかのようにぺったりとくっついてきた。
 よく此処まで元気になったものだと、悠一郎は時折感動に近いものを覚える。何せ、は、ここに連れてこられたときは本当にぼろぼろだったので。今も、はっきりと健常者とはいえないのだが、肉体的には特に問題と言う問題は無かった。強いて言うならば、まだ掌の皮がそれほど厚くないので、長い事武器を握って戦闘を行うと、マメが出来たり皮がずるむけたりしてしまうことだろうか。
 問題は精神だ。が拾ってこられてからはや数年。その間に身体の傷は癒え、体力も付いたが、盗賊に父親のように慕っていた人を目の前で殺され弄ばれたことで傷ついた心は、忍としてある事を強制された為に、ずたずたに引き裂かれてしまった。そして一度は精神を崩壊させ、歪に再構築されたのが今のを形作っていた。
 忍としてあるのならばその方が、本来柔らかく優しい心を持つの為にはいいのかもしれないが、悠一郎は時折無性に泣き叫びたくなるような衝動に駆られる。何故、ばかりがと。そんなことを思ったところで、過ぎてしまった時は戻すことなどできるわけもなく、戻せたところで悠一郎が出来る事など殆ど無いに等しいだろう。が連れてこられたばかりの頃は、ヤエザキに就職したばかりの新人だったのだから。
 だから、だろうか。悠一郎はに甘い。いけない事はいけないと言い、駄目だと思うことは叱るが、それでも甘いと周囲に言われるほどには甘やかしていた。

「あのねー、さぶろなんだけどね」
「三郎がどうかしたか?」

 最近、体も理解力も成長したが拾ってきた子供の名を出されて、首を傾げる。

「ふふふ、弥次郎から変装を教わったみたいでね。まだぎこちないけど結構上手いよ」
「ほー」
「すっごい嬉しそうに見せてくれたんだよー。今は俺の顔してる」
「……それはバランスが悪いんじゃねーか?」
「それはー、弥次郎がちゃーんと調整して七歳バージョンの俺の顔」
「器用だな」

 七歳の。それは見てみたいかもしれない。
 ほけほけと御機嫌な様子で懐くの頭を撫でながら、そんなことを思う。と会った時、彼は十三歳だったのでそれ以前のなど知らないのだ。三郎の顔に貼り付けてあるのは多分こうだろうと弥次郎が予想して作り上げたものだろうが、がこう言うのならドンピシャでの七歳くらいの頃の顔立ちなのだろう。本当に変装はプロ中のプロだ。

「それでねー、三郎の事は『蕾』に入れようと思ってるんだけど」
「まだ早くないか?」
「うー、そーおー?」

 『蕾』とはヤエザキ城の忍者隊の中の見習い組の呼称だ。ようは忍者の卵の養成機関である。組頭が組頭なのでその修行内容も冗談ではなくキツく、付いて来れず脱落する人間も多い。その分、残って成長すれば精鋭が育つのだが。その『蕾』所属者は十代半ばか、それより少し下で、そんなところに七つの子供を放り込むのは少々頂けなかった。

「そうだ」
「むー、俺が直接三郎鍛えたいのに」
「……頼むからやめとけ」
「えーっ」

 が受けていた虐待のような訓練を思い返し、悠一郎はを止める。がアレをどう思っているかは解らないが、アレ以外にが忍の育て方を知っているとは思えず、安心して任せられるはずも無かった。
 非難の声を上げて頬を膨らませるの頭を、悠一郎はぽすぽすと撫でた。

「『蕾』に入れるのはまぁいいとして、お前は他に仕事もあるだろう」
「うー……うん」
「それかもう少し成長するのを待って忍術学園に入れるって手もあるな」

 あそこなら同じ年頃の友人も出来るだろう。将来的に敵対する可能性はあるが。このヤエザキには三郎と同じ年頃の子供は少ない。一番年が近くて五歳違い。しかも相手は若君でまだ幼い。『蕾』では年上ばかりで、今の状況とはさして変わりはしないだろう。
 そんなことを考えながら己の母校の名を出すと、はきょとんと瞬いて悠一郎を見上げた。

「にんじゅつがくえん?」
「ああ、俺の母校だ。……言ったこと無かったか?」
「無い」

 不機嫌も露に腕を叩くの手を捕まえて、その手で膨らんだ頬からぷしゅっと空気を抜きながら、悠一郎は数年前に卒業した母校を思い出す。

「全寮制で六年制の忍者の学校でな。十歳から、とりあえず金さえ払えば入学できる」
「それは知ってる。大川平次渦正は有名だからね、色々と。……さぶろに、同年代の友達作らせようって事?」
「早い話な。どうだ?」

 悠一郎が問うと、はことりと首を傾げ、何事かを考え始めた。は気に入ったものを手元に置きたがる性質で、それは三郎の父となった鉢屋弥次郎がいい例だ。そして一旦気に入ったものは飽きるまで手放しはしない。三郎は彼のそれほど多くは無いお気に入りの中に堂々と入っており、が手放すとはあまり考えられなかった。けれども、彼は三郎を実の弟のように可愛がっているのだ。あの子供の為にならないことはしないだろう。多分。

「……いいかもね」

 やがて、ぽつりと言葉を零す。それが少しばかり冷たい色を含んでおり、悠一郎はがヤエザキ城忍組頭としての仕事モードに意識を移している事に気付いて、くいっと片眉を上げた。

「あの大川平時渦正が作った学校でしょ。生徒の質もいいみたいだし、三郎を入れて友達作るついでに何人か見繕ってもらってうちに引き抜こうかな」

 そしたら少しは人手不足解消するだろうし。一石二鳥。
 そう言って笑みを浮かべるに、悠一郎は同意の意味を込めて頷き、再びぽすぽすと頭を撫でた。



(大変なのはさぶろの説得だねー)(あー、『蕾』に入る気満々でいるからな)(だから準備をぜーんぶ終えてから強制的にほっぽり出そうと思います)(それは三郎が泣くんじゃ)(大丈夫大丈夫)













































































3 はらはらと こぼれる涙は 誰のもの (魅羅/過去)





「一緒に来る?」

 そう言って、差し出された手は誰のものとも付かぬ真っ赤な血で汚れていた。けれども、その手は誰のどんな手よりも美しく、神聖に映った。その時の喜びは、どれだけ経っても魅羅の心の中から薄れる事は無い。





 少女は美しく優秀なくのいちだった。周囲は少女をそう評していたし、少女自身も、その美貌も忍としての実力もそうとうなものだと自負していた。けれども決して驕っていたわけではないつもりだったが、知らぬうちに天狗になっていたのだろう事も否定できない。
 戦場で忍務に失敗した挙句、捕まってしまったのだ。そうなってしまった忍の、とくにくのいちの末路など決まっている。拷問され、陵辱されてボロ雑巾のようにされた挙句に殺されるのだ。
 少女は自分を待っているだろう惨い未来を思い、ぐっと奥歯を噛み締めた。くのいちとなると決めた時から、いくつかの可能性として想定し覚悟を決めていたはずだが、現実として目の前に迫るとやはり想像とは違い恐ろしい。
 取り合えずと言って放り込まれた粗末な幕の隅で、後ろ手に縛られた縄を外す事も出来ず、少女は胸の内に襲ってくる恐怖に肩を震わせた。
 がたり、と幕の外で大きな音が鳴る。それに俯かせていた顔を跳ね上げ、少女はそのとき初めて合戦場であるにも関わらず、その場が不自然に静まり返っている事に気付いた。

「なに……?」

 久しぶりに出した声はかすれていた。
 僅かに痛んだ咽喉に、眉間に皺を寄せると、幕の外から何かに脅えているかのような叫び声が上がり、一人の男が膜の中に転がり込むようにして入ってきた。口端から血を流し血走った目を見開いて恐怖に顔を引き攣らせた男は、勢いのままにつんのめって転ぶ。起き上がる気力も無いのか、縛られたままの少女を見つけると救いでも見つけたかのように血に濡れる唇を震わせて、這い寄ろうとした。

「た、助けてくれ……!」

 咽喉に血を引っ掛けた声が助けを求める。けれども、少女は人目見てその男がもう助からないだろう事を悟った。話す声もそうだが、呼吸音がおかしい。息をするのも辛そうだ。おそらく、肺が傷ついてしまっているのだろう。背中に負った傷も深く、出血量も半端ではない。
 少女の足に伸ばされた男の手が触れそうになったところで、男は背を踏みつけられて地に叩きつけられた。あまりにも容赦の無いその勢いに、少女はぴくりと肩を震わせて男の背を踏みつけた足の主を見上げる。そうして、ひゅっと息を呑んだ。
 髷が結えないほどに短い黒髪、白い肌、目は切れ長で、それ以外のパーツもこれ以上ないほどに整っており、それが小さな顔の中に絶妙なバランスで納まっている。とても、そう、とても綺麗な青年だった。けれども、その瞳は焦点を失っており、無垢にも濁っているようにも見える。そして全身、血に塗れていた。
 闇を詰め込んだような瞳がゴミを見るかのような視線で男を見下ろし、背の傷を抉るように踏みにじると、手に持っていた刀を首の動脈部分に突き刺し、引き抜いた。勢い良く吹き出た鮮血が地面と青年を汚す。けれども、その赤は青年の美しさを飾りこそすれ、けして遮る事はない。
 男があっさりと事切れた事を確認すると、青年はふと視線を上げて少女を見つめた。少女は向けられた瞳に、まるで闇の深淵を覗き込んだような気分になり、ぞくりと背筋を震わせると同時に、胸が締め付けられて泣きたくなってしまった。怖いのではない。絶体絶命の危機に絶望しているのでもない。ただひたすらに悲しかった。
 身を震わせながら、青年の目を見返す。そして、胸を満たす悲しみが、少女自身に向けられたものではなく、この目の前の血に塗れた青年に対して向けられた感情であることを知った。何故、そんな感情を抱いたのかは解らなかったが、悲しくて仕方が無い。熱く熱を持った瞳から、ぽろりと雫が零れ落ちた。
 青年は、涙を流し始めた少女を見つめ、やけに幼い仕草でことりと首を傾げる。

「なんでこんな所に女の子? ……あ、縛られてる。ってことはくのいちか。へまして捕まっちゃったんだね」

 真っ赤に濡れた刀を一閃させる。そうして少女の足を縛る縄を切ると、少女の身体を足でころりと転がして背を向けさせ、手を縛っている縄も切った。
 急に自由になった手足に少女は瞬き、地面にへたり込んだまま青年を見上げる。不思議そうな顔をする少女に、青年の方がより不思議そうな顔をして少女を覗き込んだ。

「どーしたの?」
「な、んで……?」
「何でって、何で助けたのって事?」

 こくりと少女は頷いた。すると青年は、至極当然という顔をしながら小首を傾げた。

「だって綺麗なものが無くなるのは惜しいもの」
「それだけ……?」
「文句があるなら殺してあげるけど」

 さらっと言われた言葉に、少女は必死に首を横に振る。青年は「そう」と一言言ったきりで、手に持っていた刀を放り出してしまった。血と油に塗れてしまったそれはもう切れないのだろう。先ほど少女の縄を切ったのも、かなりの力技だった。一閃で終らせることができたのは青年の持つ技術故だ。
 青年はくるりと踵を返す。少女はそんな彼の服を、必死に手を伸ばして指の先を引っ掛けた。足に感じた僅かな抵抗に、青年は首をかしげて少女を見下ろす。

「なぁに?」
「あ、の……」

 置いて行かれたくないという衝動からの行動に、少女は上手くその理由を言葉に出来ない。きょろきょろと視線を泳がせて言葉を捜している少女に、青年は二度三度と瞬くとこくりと一つ頷いた。

「一緒に来る?」

 真っ赤に染まった手が少女に向かって差し出される。美しいだなんて、お世辞にもいえない手だ。けれども、その手は何よりも神聖なものとして少女の目には映った。はらはらと涙が零れ落ちる。胸の中をかき回す感情はどれも形にはならず、喉の奥でぐるぐると回るばかりで、少女はぐっと咽喉を詰まらせて青年を見上げ、ただこくりと頷いた。重ねられた白い手に、青年は淡く笑みを浮かべる。

「じゃー連れてってあげる。俺は。詠野
、様」

 それは、最強と謳われるヤエザキ城の忍組頭の名だった。こんなに若い青年が、という思いと、この人ならば当然だという納得の感情が胸をよぎる。

「お前の名前は?」
「……お好きに、お呼びください」
「そーお? じゃあ魅羅」
「みら……」

 さらりと付けられた名前を繰り返す。あまり考えずにつけた名前なのだろうが、に与えられたものだと思うと、途端にどんな名前よりも美しい響きを持っているように感じられた。
 そして少女――魅羅は行くよと手を引いて歩き出した青年の背を見上げ、胸の中で密やかな誓いを立てて、嫣然と微笑んだ。



様)(お美しい方)(とてもとてもかなしい方)(この“魅羅”がお守りいたします)





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