闇の守人〜ワガママ〜





 どうしたらいいのだろうか。
 ナルトは最近、ずっとそのことを考えていた。
 どうにかしたいと思う。
 しかし、自分の力でどうにかなるのだろうか。
 いや、どうにかなるはずだ。
 けれど、その方法がわからない。
 もやもやと考えているうちに、時は流れていく。

 






 シカマルがナルトの保護者となってから、既に二年の歳月が経過した。
 痩せ細り、小さな幼子であったナルトは、やはり同じ年の少年達と比べれば小さいほうではあったが、血色も良く健康そのもので元気に視聴していた。
 戦闘能力も申し分なく、いまや火影でも相手にできるまでになっていた。
 もちろん、里最強と謡われるシカマルにはまだまだ勝てないが。
 しかし、それほど大きな力を持てば、人間それを使ってみたくなるのが性というものだが、シカマルの教育法が良かったのか、はたまたナルト自身にそれほど興味が無かったのか、大々的にそれを揮うということも、そうしたいと言い出すことも無かった。
 ……なかったの、だが。



 夜。
 いつものように三代目火影の元へ行こうとしたシカマルの腰に、ナルトがぴったりと張り付いた。
 普段とは違うナルトの様子に、シカマルは小さく首をかしげ、金糸をくしゃりとかき混ぜる。

「どうした、ナルト」

 淡々とした声。
 けれどそこには、確かに気遣いに色が滲んでいた。
 ナルトは小さく頭を横に振り、しっかりとシカマルを見据えた。
 ナルトの柔らかそうな頬は血色も良く、ふっくらとしている。
 体調面に問題は無いようで、シカマルは内心安堵した。
 もしナルトが体調を崩したとしたら、自分はそんなナルトをおいて任務に赴くことなどできないからだ。
 だとしたら何だと言うのだろうか。
 腰に張り付いたナルトを引き剥がして、膝をつき目線を合わせる。
 ナルトはぎゅっと、シカマルのマントを握った。

「ナルト」
「……も行く」

 余りにも小さな声で聞き取ることができず、無言でもう一度と促す。
 ナルトはしっかりとシカマルを見据え、今度ははっきりと発音した。

「俺も一緒に行く」

 強い意志を宿した一言に、シカマルは目を見開く。
 次いで、ナルトには一度として見せたことの無い鋭い光を瞳に宿し、ゆっくりと首を横に振った。

「駄目だ」
「行く!」

 キッとシカマルを睨んで、殺気さえ飛ばしそうな勢いでシカマルの首にかじりつく。
 渾身の力で――とは言っても五歳児の力など高が知れているのだが――縋りつかれ、シカマルは密かに溜め息をついた。
 これほどまでにワガママを言ったことが今まであっただろうか。
 いや、無い。
 通常の状態ならば、ナルトのワガママを叶えてやりたいのだが、今から火影の元へ赴くのは確実にSランク以上であろう任務を請け負うためである。
 そんな危険な所にナルトを連れて行けるわけも無く、また連れて行く気もなかった。
 しっかりと首に回されている腕を外し、心の中で謝りながらもナルトの膝裏を叩いて座らせ、月明かりで出来た影に千本を飛ばし動きを封じた。
 そして影を伸ばして取ってきた、ナルトが愛用している若草色の袿を肩にかけてやる。

「シカマルッ!」
「連れて行くことは出来ない。すぐ帰るから、家で大人しくしていろ」

 どこか必死の形相で見上げてくるナルトの頭を撫でて、シカマルはふわりとその姿を消した。
 瞬身の術を使ったのではなく、夜闇を使い、そこに溶け込むようにして。
 置いていかれた形となってしまったナルトは、今にも泣き出しそうに顔を歪め、悔しそうに唇を噛んだ。
 どうしても、どうしてもシカマルと一緒に行きたかったのだ。
 正直それを許してもらえるとは全く思っていなかったけれど、こうして体の自由まで奪われるとは思わなかった。
 目の奥が熱くなって、ナルトはぎゅっと目を閉じる。
 泣いている場合ではない。
 まずは体の自由を取り戻さなければ。
 数度深呼吸をして、体中にある点穴を意識する。
 ゆっくりと丁寧にチャクラを練って、ナルトは体中の点穴に向かってそれを放った。







「!」

 闇が支配する森の中を抜け、屋根の上を走りながらも、シカマルは目を細めた。
 ナルトが己のチャクラで持って、シカマルの術を解いたのだ。
 縫いとめている千本を外すために、全身からチャクラをぶつけるという荒業だが、手間も時間も掛からない上に効率が良い。
 ずいぶんと成長したものだ。
 とん、と屋根を蹴って、開いている火影の執務室の窓の中へ入る。
 同時に、どこか諦めたかのような溜め息が聞こえてきた。

「だから、窓は扉ではないと言っておろうに……」
「今更でしょう」

 しれっと言い放つシカマルに、三代目は肩を落とすしかない。
 ゆるゆると首を振って、三代目は煙管を口に含んだ。
 紫煙がゆらりと立ち昇り、吐き出した白い煙も天上に上って消える。
 そしていつものように、結界を張り巡らした。
 促されて、シカマルはその狼の面を取る。

「今日は少し遅かったのぅ」
「申し訳ありません」
「責めている訳ではないから謝らんでもいい。……原因はナルトかのぅ?」

 己の孫のような子供の存在を口にしたとたん、三代目は里長の顔から優しい祖父の顔になる。
 シカマルは苦笑を浮かべて、その言葉に肯定を返した。

「共に行くと言って、離してくれませんでした」
「……珍しいのぅ」

 シカマルに似たのか、滅多にものや事に執着を示さないナルトの珍しい行動に、三代目は目を見開く。
 こんなことは初めてではないだろうか。
 今まで、ナルトは一度も引き止めることも無くシカマルを見送っていた。
 少しばかり不安そうな表情を浮かべている時もあったが、それでも、それを行動で示すようなことは無かった。
 良い傾向なのだろうか、と三代目は首をかしげる。

「それよりも、三代目」

 低く緊張感を帯びた声が、三代目を促す。
 それに同じく真剣な表情で返して、うむと頷いた。

「これを」

 机の上に、一本の巻物が取り出される。
 どうやら今回の任務はそれだけのようで、余りの少なさにシカマルは怪訝な様子を隠さない。
 苦笑する三代目を見やって、シカマルはその巻物を手に取り広げた。
 紙面を視線で斜めに撫でる。
 さらりと見ているだけのように見えるのだが、シカマルはしっかりとその内容を頭の中に叩き込んでいた。
 だんだんと、その漆黒の双眸が鋭さを帯びていく。
 炎がその巻物を完全に燃やし尽くした時、シカマルは今回の任務がこれ一本であったわけを悟った。

「行けるか?」

 苦虫を何十匹と噛み潰したような苦い表情を浮かべて、尋ねる。
 本当ならば、あんな任務を渡したくなど無かった。
 けれど、彼以外にあの任務を任せることの出来る人物は、この里にはいない。
 それほどに危険で、重要なものだった。

「お任せ下さい」

 片膝をつき、礼をとる。
 火影は苦い表情のまま、頭を垂れるシカマルに命を下した。

「では黒曜よ。行け」
「御意」

 答えが返ってくると共に、その漆黒はゆらりと姿を消した。






 場所は草隠れ、雨隠れ、そして火の国の境。
 木の葉に奇襲をかけようと、各国の抜け忍達が集まり、その数約二百余り。
 戦力はピンからキリまで。

 巻物に記されてあった情報を要約し反復して、闇の中を疾走する。
 十分な戦力が育っておらず、忍不足の今襲われでもしたら、混乱の中確実に木の葉は潰されてしまうだろう。
 残党一人残さず、刈らねばならない。
 面の奥で鋭く瞳を細め、どうすれば効率よく任務がこなせるか策をめぐらす。
 しかし、ふと違和感を覚え、走りながらもちらりと後方を窺った。
 気配といえる気配は無い。
 けれど、本能とも言える所で、シカマル――黒曜はその存在を感じ取った。
 追いかけてきている。
 けれど、敵意も殺気も無い。
 隠しているわけでも無さそうだ。
 ならば、放っておいてもかまわないだろう。
 一瞬頭の中をとある考えがよぎったが、そう結論付け、黒曜は再び策をめぐらすほうに集中し、スピードを上げた。
 ターゲットの会合が終わる前に、目的地に着かなければアウトだ。
 次は無い。





 音も無く、黒曜はターゲット達のセンサーに引っかからない、ギリギリの場所に生える木の上に着地した。
 信じられないようなスピードで走ってきたというのに、息一つ乱れてはいない。
 木の幹に手をつき、会合を行っている抜け忍達を見下ろす。
 お粗末な結界だ。
 それでも、奴等の中では強力なものなのだろう。
 それならば、奴等のレベルは高が知れている。

 底冷えのする瞳のまま、黒曜は長い印を組んでいった。
 それは結界に火遁と雷遁の力を織り交ぜ、外に出ようとする者を一瞬で灰へと変えてしまうもの。
 
「結界、雷火陣」

 キンッと、熱気を持った結界が張られる。
 けれどお粗末な結界の中にいる者たちは全く気づかず、危機感の無い様子で話を続けている。
 黒曜は右大腿部につけたホルスターから漆黒の扇を取り出し、パラリと開いた。
 大きく右腕を開き。

「風遁、首狩りの術」
 
 言葉と共に、横に薙いだ。
 ゴウッと勢いのついた風の刃が、結界へと迫る。
 風は止まることなく結界を粉々に砕き、そこにいる多くの忍――実に三分の二ほど――の命を刈り取った。
 突如の異変に戦闘態勢をとった忍たちが、殺気を放つ。
 ホルスターの中から鋼糸を取り出し、黒曜は敵のど真ん中へと降り立った。

「何っ!」
「誰だっ!?」

 騒ぎ立てる中響いた誰何の声にもこたえず、手に持った扇で近くの忍の頚動脈を切り裂き蹴飛ばす。
 飛んでくるクナイや手裏剣、千本を扇で薙ぎ落として、指に絡めた鋼糸を振るった。
 その一振りで、二十近くの命が散る。
 忍術や幻術を使おうとした者たちは印をくみ上げる前に、扇から生まれた風に倒れていく。
 あっという間に減っていく仲間達に恐れ戦いた者達は、その場から逃げようとして黒曜が事前に張ってあった結界に一瞬で焼かれてしまった。
 余りにも、実力の差がありすぎた。
 けれども万に一つの可能性にかけて、それでも戦意を失わなかった者達は黒曜へと刃を向ける。
 そんな中、一人の忍が混乱に乗じて黒曜の背後へと迫った。
 手に持った刃を振り上げ、切りかかる。
 が。
 
――ヒュンッ

 黒曜が振り返った瞬間、何処からかクナイが飛んできた。
 それは確実に敵の急所を捉え、忍は刀を持ったまま倒れる。
 黒曜は面の奥で鋭く、クナイが飛んできた方向を見やった。
 気配は感じない。
 だがそれは当たり前といっても良い。
 簡単に気配がわかるような、そんな教え方はしてはいない。
 心の中で舌打ちをして、再び敵に刃を振るう。
 その間も、クナイや手裏剣が援護するかのように飛び交い、敵の数を着々と減らしていった。
 数分とせずに、その場で生きているものは黒曜のみとなる。
 援護もどきをしていた者は、黒曜が最後の一人を始末すると共に行ってしまった。

 黒曜は面を取り、最初にクナイが飛んできた方向へを視線を向ける。
 それと同時に蒼い炎がぽとりと落ち、死体や血、そして武器を全て呑み込み燃やしていく。
 任務が終わったというのに依然厳しい表情のままで、黒曜は炎に呑み込まれず――いや、呑み込まさずにおいたクナイや手裏剣を影で拾い集めた。
 それらを全て、己の影の中に収容する。
 じっと武器を飲み込んだ影を暫くの間見詰め、再び面を被ると地を蹴り消えた。






「ただいま戻りました」

 するりと、窓から入って膝を突く。
 黒曜が部屋に入ってきた時点で結界は張られているので、あっさりと面を外し頭の左側につけた。
 傷一つ無く、返り血もほとんど浴びていない黒曜の姿に、三代目は心底安堵して椅子に深く座り込んだ。

「よく、戻ってきてくれた」
「数だけでした」
「そうか」

 言葉少なに強い者は居なかったと言い、三代目はその意を汲み取って頷く。
 けれど、言葉とは違い、珍しくも厳しい表情を浮かべているシカマルに、三代目は眉を寄せた。

「シカマル、何かあったのか?」
「……いえ」

 少しの沈黙の後、シカマルは首を横に振る。
 厳しい表情は消え去るが、その瞳はその言葉を裏切り鋭い光を宿していた。
 話す気は無いらしい。
 こうなってしまっては絶対に口を開か無いことを知っている三代目は、溜め息をつき小さく首を振った。

「報告書は後日提出するように」
「御意」
「ナルトが待っておろう。早く帰ってあげなさい」
「……はい」

 またすっと頭を下げ、シカマルは窓から出て行く。
 最後の返事を返す前の戸惑いに、三代目はふむっと顎に生えた髭に触れた。

「あの表情はナルトがらみかのぅ……」

 何をやらかしたのやら……。
 口では呆れつつも、優しい表情で三代目は呟いた。







「ナルト」
「シカマル、お帰り」

 邸に着いてすぐ、シカマルはナルトの元へと向かった。
 いつもよりも幾分か低い声にナルトは一瞬体を震わせ、けれども何でもない風を装って返事を返す。
 見上げたシカマルの表情は、今までに見たことも無いほど堅い。

「ただいま。……ナルト、俺を追ってきて戦闘に介入したのはお前だな」
「何のこと?」

 煩いほどの鼓動を抑え、ナルトは首をかしげる。
 しらを切るナルトにシカマルは厳しいままの目を細め、ゆらりと影を揺らした。
 波立った影の中から、戦場で回収したクナイや手裏剣が現れる。
 それを見て、ナルトは顔をひきつらせた。
 戦場では使った武器をほとんど処分してくると聞いていたから、てっきりシカマルが全て処分してしまったと思っていたのだ。
 まさか、持って帰って来てしまうとは。
 これでは、誤魔化すことなんて出来ない。
 シカマルはそんなナルトを尻目に、己のクナイを取り出し二つを並べて人差し指にかける。

「正規の物よりも小さい。これは俺がお前に与えたものだ。違うか?」
「……違わない」

 シカマルから目をそらし、俯く。
 するとシカマルはナルトの前に跪き、顔を上げさせる。

「目を逸らすな。俺は来てはいけないと言ったはずだ。何でこんなことをした? 下手をすれば殺されていたんだぞ」
「だって……」

 言いよどんで、ぎゅっと目を瞑る。
 本当は俯きたかったのだが、シカマルが顔を手ではさんだままなのでそれが出来なかった。
 頬に触れるシカマルの手をぎゅっと握って、シカマルを見上げる。

「心配だったんだ! シカマルは強いから、誰よりも危険な任務を渡される。それも一人で! 怪我して動けなくなったらどうするんだとか、もう帰ってこないんじゃないかって考えたら、俺……」

 ひくっと、声が詰まる。
 大きな蒼い瞳は涙で潤み、今にも零れてしまいそうだった。
 シカマルは厳しさを消し、困惑気味にナルトの髪を撫でる。

「俺は帰ってくる」
「それでも! ……心配だったんだもん」

 そう、心配だった。
 一緒にお風呂に入った時に、火照った身体に浮かんできた古い傷たち。
 その中でも一番大きいのは、背中にあった刀傷。
 右肩から左脇腹にかけて、真っ直ぐに走っていた。
 一見して命に関わる傷だとわかって、怖くなったのだ。
 シカマルが帰ってこないという可能性があることに、気づいて。
 だから千本を弾き飛ばした後、こっそりと後を追った。
 危なくなった時に、助けることが出来るように。
 それだけの力があることは、自覚していたから。

「ナルト……」

 言葉が思い浮かばず、そっとナルトを抱き寄せる。
 しかし己が血で汚れていることに気がつき、とっさに離れようとした。
 が、その前に、ナルトが首筋に腕を回し縋りつく。
 小さく震える、小さな背中を、宥めるようにそっと撫でた。
 シカマルは深々と溜め息をつく。
 これでは怒ることも出来ない。
 まさかこんなにもナルトを不安にさせているとは思わなかったのだ。
 どうにかしなければならない。
 このまま放っておけば、また後を追って来かねないから。
 けれど生半可な対処の仕方では、納得しないだろう。
 暗部に入れるしかないのか。
 三代目の反応を思い浮かべて、これから起こるであろう数々の問題にシカマルは頭が痛くなりそうだった。








 後日。
 なんのかんのと言いつつナルトには甘い三代目が、泣く泣くナルトの暗部入隊を許可した事は言うまでも無いだろう。
 それにあわせて、新しい部隊が編成された。
 後に、木の葉最強と呼ばれる、火影直属特殊部隊「珠玉」の発足である。




To be continued.



 五歳編スタート。
 ナルトとシカマルが二年前と比べ表情豊かになっている――はず――のですが、わかりますか?
 ううう、何だか力量不足な感が否めない……。
 とりあえず、おいといて。
 シカマルが15歳、ナルトが5歳。
 そしてそして、これから出てくる新しいキャラは10歳になりました!
 嗚呼、やっと出せるぜコンチクショウ!
 しかし、完結まで道のりは長い……。
 頑張ります。




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