闇の守人〜入隊試験〜





「シカ? 何処行くの?」
「暗部の入隊試験だ。三代目にまかされた」

 長い黒髪を項よりも少し上のところでくくり、狼の面とマントを手に取る。
 ぽんっとふわふわの金糸の上に手を置き、シカマルはいつもの無表情をナルトに向けた。

「オレは?」
「留守番。……一緒に行くか?」

 置いていくと告げたとたんどこか悲しそうに歪んだナルトの顔に、シカマルは数瞬の沈黙の後、小首を傾げながら聞いた。
 結えていないサイドの髪と前髪がさらりと流れる。
 その軌跡を目で追って、ナルトは瞳を輝かせながら力いっぱい頷いた。
 キラキラとしたその顔に、シカマルは瞳を緩ませる。
 硬質な気配が、ふっと溶けた。
 なんだかんだ言って、シカマルはナルトに弱い。
 どうしてもという時は決して引かないのだが、それ以外はやけにあっさりとナルトの我が侭を通してしまう。
 もっとも、それはナルトが、重要な時は決して我が侭を言わないからというのもあるのだが。
 シカマルが瞳を緩ませた瞬間、いそいそと暗部服に着替え狐の面とマントを持ったナルト。
 いつものように、茶色の、シャギーの入ったセミロングの髪とセピア色の瞳を持った、五歳ほど上乗せした姿へと変化する。
 小走りに『縁側』で待っていたシカマルに近寄って、ニッコリと笑みを浮かべた。

「行くか」
「うん!」

 面をつけ、音も無く、二人は宙に舞い上がる。
 二人の足に蹴られた水面が、そのチャクラに波紋を描きながらキラリと輝いた。
 突風が木の葉の隙間を潜り抜けるように、猛スピードで天湖の森を駆ける。

「ねーねー、黒曜ーその試験受けるのって何人? 難しい?」
「今日は一人だ。難しいかどうかは人それぞれだと思うぞ。お前が受けた試験より簡単ではあるが」

 大声で交わしているわけでもない、面に阻まれて聞きづらい声を正確に聞き取り、ナルトは己が受けた試験を思い返してみる。
 いろいろな知識を問われるペーパーテストに、死ぬほど罠の仕掛けられた森からの脱出、そして実践。
 さして難しいとは思わなかったものだが、すべてをやり終えたときの、三代目の言葉では形容しきれないほどの驚きっぷりから鑑みるに、一般的な忍にとっては冗談ではなく死ぬほど難しいものなのだろう。
 そして今日この目で見るだろうテストが、おそらく『一般的な』暗部の試験。
 断言できないのは、三代目が里最強の冠を頂く暗部の黒曜こと、ナルトの保護者たるシカマルにその試験の監督を依頼してきたからだ。
 どれほどの実力なのだろうかと、ナルトは内心首をかしげる。
 常に傍にいる保護者や、里の頂点に立っている者の力はナルトから見れば普通であるにしても、ほかの人間にとっては桁外れであると一応自覚してはいるし、それ以外の人間で忍といったら、数年前に襲ってきた奴らと、任務先で細切れにしたり消し炭にしたりしている連中ばかりしか知らない。
 だが、あれは数が多いだけで、物の数には入らないだろうと思っている。
 三代目がそれを聞けば、顔を青くして否定するほどには実力者の集まりなのだが。
 桁違いの実力を持っていると知ってはいても、無意識のところで己の保護者が基準になっているナルトには、まったく考えもつかないことであった。

「瑠璃」
「う?」
「もう着くぞ。いろいろ考えるよりも己の目で見ろ」
「ん」

 こくりと頷く。
 すぐそこ――とは言っても二百メートルほど先だが――には、もうすでに火影邸が見えており、いつも出入り口として使用し毎度三代目に怒られている窓があった。
 出口として使用するなと言うのなら閉めておけばいいはずなのに、あそこの窓はいつも開いたままである。
 それが自分たちの存在を無条件に受け入れてくれているようで、ナルトは少し嬉しかった。
 先に地を蹴ったシカマルに続いて瞬身し、ひらりと窓の中へと入る。
 すると、いつものごとく「窓から入るな」という文句が聞こえた。
 しかもちょっとした殺気突きで、三代目の横に控える人物――おそらくその人が入隊試験を受ける人間なのだろう――は固まり冷や汗を流している。
 シカマルもナルトも本気の半分にも満たない殺気では特になんとも思わず、軽くその殺気を受け流していた。
 まぁ、この二人ならば本気であってもビクともしないのだろうが。
 三代目は深々とため息をつき、殺気を消した。

「まったく、お主等ときたら……」
「そう仰るのならば窓を閉めておけばよいことです」

 先ほどまでの少しばかり感情の感じ取ることのできる声とは違い、淡々とした抑揚のない声で応じるシカマル――黒曜。
 ナルト――瑠璃はその黒曜の横にピタリと張り付き、こくこくと頷いた。
 全面的に黒曜の味方であることを意思表明する瑠璃を、三代目はどこか悲しげな目でちらりと見た。
 きっと心の中では、どうしてこんな風に育ってしまったのか……と嘆いているに違いない。

「なぜ黒曜だけでなく瑠璃がいるのかは、まぁ、聞かん事にしよう。呼び立てた理由は知っておろうな」
「はい」

 面越しに、ちらりと三代目の横に控える少年に視線をやる。
 年のころは、変化したナルトと同じくらいだろうか。
 身長はナルトよりも幾分か高いものの、その雰囲気はまだ子供の稚さを残していた。
 なぜそれを血で汚そうとするのかとふと考え、すぐに捨てる。
 己にはまったく関係なく、またナルトに関わることでもないのだ。
 火影の言葉を聞くまでは、黒曜はそう考えていた。
 ……が。

「その者の暗部入隊試験の監督ですね」
「うむ。それと、だな」
「……まさか、『珠玉』に入れるなどとは仰らないでしょうね」
「できれば、そうしたいんじゃが……」

 本人も希望しておるしのぅ……。
 顎鬚をなでながら、三代目は視線を彷徨わせつつ呟くようにこぼす。
 とたんに黒曜の気配が硬質さを増し、瑠璃も警戒するように面の奥から三代目と少年を睨みつけた。
 強固な力で糸を張ったような緊張感と瑠璃から漏れる殺気のかけらに、三代目はやはりと内心で頭を抱え、少年はただただ固まった。

「暗部入隊の試験は見ましょう。ですが、『珠玉』に関してはできぬ相談」
「……何故、ですか」

 淡々とした、けれども強い拒否の言葉に、少年は初めて黒曜をまっすぐ見上げ口を開いた。
 黒曜はそちらに視線を向けることもなく、また抑揚のない声で言葉を返した。

「あなたには関係のないことだ」
「俺……私は、『珠玉』への入隊を希望しています。許されぬと言うのならば理由を教えていただきたい」
「あなたには肝心なものが足りない」
「肝心な、もの……?」

 何が足りないと言うのだろうか、と首をかしげる。
 暗部の入隊試験を受けることができる程には実力がついていると自負しているし、年齢、と言うわけでもないだろう。
 黒曜と呼ばれたおそらく『珠玉』の隊長も見たところ自分と十も離れていないようだし、彼が連れている『珠玉』のメンバーらしき少年も自分と同じくらいだ。
 それが経験と言われてしまえば、納得の領域なのだが。

「それを手に入れぬ限り、『珠玉』への入隊は拒否する。もっとも、手に入れたからといって許可するとは限らないが」
「それは、いったい……」
「教えるのは簡単だが、己で気づかなければ意味がない」

 暗に自分で考えろと言われ、少年は口を噤む。
 これ以上は何を言っても、黒曜は言葉をくれないような気がした。
 少年が納得したように沈黙したことを確認した黒曜は、今度は三代目に向けて口を開いた。

「それでは三代目、暗部入隊試験を開始いたしますが、よろしいでしょうか?」
「うむ」

 重々しく頷く三代目に目礼し、少年の腕をつかむ。
 瑠璃は慣れた様子で黒曜にピタリと張り付き、一瞬で影の中へと飲み込まれた。
 おそらく、次の瞬間には試験場所に着いていることだろう。
 予想していたとはいえ少しばかり残念な気持ちを抱えながら、三代目は水晶を引き寄せ覗き込んだ。






 いきなり黒曜の足元から津波のように隆起した影に飲み込まれたとわかったと同時に演習場と思われる場所が目の前に現れ、少年――イタチは目を白黒させた。
 こんな術は見たことも聞いたことも無い。
 まるで彫像のように固まってしまったイタチに、瑠璃は面の下で楽しそうに笑い、それを感じ取ったらしい黒曜に小突かれた。
 イタチの様子を全く意に介さず、黒曜は話を進めた。

「これより暗部入隊試験を開始する。三代目が仰った通り、試験官は私、黒曜が勤めさせていただく」
「……お願いします」

 黒曜の声にぴくりと反応し、イタチは頭を下げる。
 黒曜はそれに頷き、己から数歩離れた所に立った瑠璃を振り返った。

「瑠璃」
「何、黒曜?」

 きょとんと首をかしげ、一瞬で黒曜の隣へと移動する。
 ふわふわと揺れた茶色い髪の上に手を置いた。

「お前が相手をしろ」
「うん」

 いきなりの言葉に少しばかり驚き、けれども何故と問うことも無く、こくりと首を縦に振る。
 すぐにイタチの前に立って向かい合い、よろしくお願いしますと頭を下げた。
 足っているだけでも実力の差を感じる相手に、イタチは緊張しつつも礼を返す。

「試験方法は一対一の戦闘。受験者は武器、術の使用を許可。瑠璃は間違っても受験者を殺したり二度と忍になれないような怪我を負わせないこと」
「武器や術は?」
「使っても良いが……」
「加減すればいい?」
「ああ」

 頷く黒曜に元気よく返事をし、ホルダーからクナイを一本取り出す。
 イタチは黒曜の言葉に少しばかり腹を立てながらも、実力に差があることは事実なので言い返せないでいた。
 楽しそうな雰囲気を纏う瑠璃に対し硬い表情と雰囲気で、イタチはゆっくりと構えた。
 両者の様子を見守りながら、黒曜はおもむろに口を開いた。

「それでは開始する。始め」

 言葉と同時に、イタチが手裏剣を放つ。
 それをすべて手に持ったクナイで叩き落し、瑠璃は突っ込んでくるイタチに蹴りを入れた。
 イタチは繰り出された足に一瞬手をつき、躰を上空へと飛ばす。
 瑠璃はその躰を追って上空へと飛び、クナイを振りかざしたが、待っていたかのようなタイミングで口から火が吹き出される。
 それを己の周囲にチャクラを広げて簡易結界を張り防いで、無防備になった腹に一発こぶしを入れた。
 イタチは勢いよく吹き飛ばされたが、空中で何とか姿勢を持ち直し周囲にある木の幹にぶつかることなく地上に着地した。
 とっさに腹回りをチャクラでガードしたとはいえ、まともに鳩尾に入り咳き込む。
 苦しくはあったが、すぐに態勢を整え飛んできた千本をクナイで弾いた。
 瑠璃のようにすべてを叩き落とせず、叩き損ねた二、三本が腕や頬をかすった。
 叩き落したものにしても、落とし損ねたものにしても、ひとつとして決して急所は狙ってこない瑠璃に、黒曜の言いつけ通り手加減していることを知って少しばかり殺気があふれた。
 瑠璃は「わーぉ」と目を輝かせ、黒曜は苦笑をこぼす。
 このくらいで感情的になるとはまだまだだ。
 年の割りに『忍』ではあるが、やはりまだ己の感情を優先するところがある。
 しかし、実力はそう悪くは無かった。
 手加減しているとはいえ、あのナルトを相手に互角とは言えないまでも十分な戦闘を繰り広げているのだから。
 これで経験をつんでいけば、暗部の中でも相当な手練れに育つに違いない。
 少しばかり、あのプライドの高さが邪魔な気がしないでもないのだが。

 それから一時間後、イタチのチャクラと体力が底を突いたのを見計らい、終了の言葉を発した。
 イタチはその場にずるりと座り込むが、瑠璃は少し息を乱してはいるもののけろりとして立っている。

「これにて暗部入隊試験終了とする。火影様の元へ帰るぞ。瑠璃」

 イタチを連れて来いと言外に言われ、イタチの腕をつかんで黒曜の元へと瞬身した。
 何かを期待するかのように見上げてくる瑠璃に、黒曜は面の奥で瞳を柔らかく細めた。

「ご苦労、瑠璃」

 頭を撫でながら言ってやると、はにかんだようにうつむいて「えへへ」と笑う。
 髪の隙間から見えている髪と首筋が、仄かに赤くなっていた。
 黒曜は未だ必死に息を整えているイタチの腕をつかみ、瑠璃を片腕に抱えて再び影の中に沈みこんだ。
 今度は火影の部屋へと戻るために。





「ただいま戻りました」
「戻りましたー」
「う、うむ……」

 淡々と挨拶をする黒曜と瑠璃に、火影は少しばかり冷や汗をたらしながら頷く。
 水晶を使い、黒曜が行う試験をずっと見ていたのだが、あんまりだと言いたくなるほどまったくもって容赦が無かった。
 実際にイタチの相手をしているのは瑠璃だが、その瑠璃に時折戦闘上での指示を行うのだ。
 当たり前といえば当たり前のことなのだが、出される指示の全てがイタチの隙を突くものだった。
 それも、当たり前といえば当たり前なのだが……。
 イタチの、いや、血継限界を持つ名家の者のプライドの高さを知っているだけに、三代目は頭を抱えたくなった。
 まぁ、イタチは途中からそんなことを考える余裕さえなくたっていたようだが。
 いつまでも引きずっていても意味が無いと意識を切り替え、深呼吸をした。

「して、結果はどうじゃ?」
「経験不足の感は否めませんが、暗部としてやっていく実力はあるでしょう」
「っていうか三代目、見てたんなら聞く必要ないんじゃねー?」

 三代目の目の前に鎮座している水晶を指す。
 三代目はそれに苦笑し、合否を決めるのは試験官だからと言葉を返した。

「ふ〜ん……。で、結果は?」

 見上げてきて首を傾げる瑠璃に、黒曜はこくりと頷いた。
 緊張した面持ち――面で見えはしないが――で結果を待っているイタチに向かい合う。

「合格だ。暗部入隊を認める」

 やっぱり、と瑠璃と三代目は笑みを浮かべ、イタチはほっと胸を撫で下ろした。
 正直、合格はしないのではないかと思っていたのだ。
 イタチは受けると決めたときとの心情の違いにふと気づき、苦笑する。
 上には上がいるのだと、はっきりと自覚させられた。
 今まで培ってきた認識が覆されるのを、どこかすっきりとした気持ちで受け止められたことが、イタチには少しばかり不思議だった。

「では次までに面を用意しようの。希望する干支はあるか?」
「いえ、特には」
「ふむ。ならばこちらで決めよう。さ、今日はもう帰って休みなさい」
「御意」

 すっと礼をとり、三対の視線が突き刺さる中で退室する。
 どこまでも感情の見えない黒曜と、どこか楽しそうな瑠璃の視線に、なんとしてでも『珠玉』に入るために足りないものを探そうと、そう決意した。





「のう、黒曜……いや、シカマルよ」
「何でしょうか」

 面を頭の上へと上げ、露になった黒瞳を三代目へと向ける。
 ナルトも変化をとき、面を押し上げて大きな青い瞳で三代目を見上げた。

「もし、もしじゃ。イタチがこの里の真実を見つけ、ナルトを受け入れたのならばどうする?」

 『珠玉』に入れるか否か。
 その問いに、シカマルは目を細めてナルトの金糸をゆっくりとすいた。

「そのときは――」

 信頼しきった瞳で見上げてくるナルトにうっすらと笑みを浮かべ、シカマルは目を閉じる。
 答えはまだ、わずかに先にあった。




To be continued.



 久しぶりの「闇の守人シリーズ」です。
 長らくお待たせしました、ええ。
 以前と少しばかり雰囲気も文章も変わっているかもしれませんが、ご容赦ください。
 
 ついに出てきました、その名もうちはイタチ!
 彼はこちらの話ではいい人です、ものごっつ。
 そしてまだまだ『珠玉』には仲間が増えていきます。
 ご期待ください。(ぺこり)




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