闇の守人〜からくり屋敷〜





 うららかな初夏の昼下がり。
 柔らかな日差しは温かく、まるで真綿で包み込むように天湖の邸に降り注いでいる。
 そんな眠くなってしまいそうな気候の中、ガタン、ゴトンと邸中から響いてくる音に、書斎にこもっていたシカマルはクスリと吐息だけで笑った。






 ガタッ。
 ゴトン。
 ゴゴゴゴゴ……。
 時折屋敷全体を揺らしながら、稼動音が響く。
 それを全身で感じ、シカマルは目で字を追いながらも懐かしさに目を細めていた。
 湖の中心に――どうやって建てられたのか、未だ最大の謎だが――位置するこの邸。
 実は四代目によって建てられ、そこかしこにからくり仕掛けが施されている。
 最初に建ててから、何度も何度も術やからくりを重ねていったため設計図などまるで無く、四代目は仕掛けを追加するたびに全ての仕掛けを動かし確認していた。
 暇になるたびに繰り返されていたため、何度もここに連れて来られていたシカマルには、この邸の振動は馴染み深いものだ。
 揺れる邸にも響き続ける稼動音にも動じず、趣味と実益を兼ねて読書にいそしんでいるのがその証拠である。
 ズンッと大きく邸が振動する。
 それに少し目を見開き、結っていないがためにはらりと肩口から落ちてきた髪をかきあげて、シカマルはその漆黒を柔らかく緩めた。



「からくりが見たい」

 キラキラと、空と海を混ぜたような蒼い瞳を好奇心に輝かせながら、ナルトは言った。
 朝起きた時から、どこかそわそわとしていて落ち着きが無かったのはこの所為か。
 幼い子どもが見せる、年相応な輝きを前に、シカマルは微笑ましく思いながらそれを承諾した。
 すると、またナルトは嬉しそうに顔を輝かせて、常に無くはしゃいでいた。
 ああ、と内心安堵の溜め息をつく。
 出会った頃のことを感じさせぬほど、シカマルが保護している金の小鳥は明るくなってきている。
 時が経つに連れ、その魂の傷は治りきっていないものの、確実に輝きを増し傷を癒していた。
 それが解るから、嬉しい。
 こんな経験は初めてのことで、木の葉最強と噂される己でも多少の不安はあった。
 いや、今もずっと、どこかで不安に苛まれている。
 けれども、幼子の笑顔を見ていると、その不安も少し薄まるのだ。
 己がちゃんと、あの子どもに必要な『何か』を与える事ができてるのだと知ることができるから。
 ふ、と息を吐いて、屋敷の振動で再び流れてきた髪をかきあげる。
 武器を扱っているだなんて到底思えないような繊細な指先で本のページをめくって、紙面が反射する柔らかな日の光に目を細めた。
 
「入ってきてもよろしいですよ、三代目」

 光に目を細めたまま、先ほどから背後にある気配に声をかける。
 淡々とした己の言葉に苦笑した雰囲気を背中で感じ、シカマルは一度ゆっくりと瞬いた。
 静かとはいえないものの、一人だけの空間に入ってきた異分子を受け入れようとするかのように。
 一方三代目はというと、極力気配を消し、ナルトにも気づかれずこの屋敷の中に入ってきたと言うのに、あっさりシカマルにばれていることに溜め息をついていた。
 ナルトはまだ幼く、修行も最近始めたばかりだと言うから気づかないのは解るのだが、何故自分の何分の一ほどしか生きていないシカマルに気づかれるのか。
 己以上の実力の持ち主であることを自覚してはいるものの、これでは里長の威厳が台無しである。
 仮にも、火影とは並み居る忍者の中でも最高峰の忍を指すのだ。
 これほどあっさりばれていては、何故己が火影をしているのかと思えてくる。
 三代目は少しばかり気を落としながら、彼の言葉に従い仕える里長を前にしながらも全く態度を変えないシカマルの正面に腰を下ろした。
 周囲に何冊か積まれた本とシカマルが手にしている厚さ五センチほどの本を見て、相変わらずだともう一つ溜め息をこぼす。

「相変わらずおぬしは本の虫じゃな」
「今日はすることがほとんどありませんから」
「ナルトの相手はどうした」
「今は思い切りこの屋敷のからくりで遊んでいますよ。楽しそうに」

 三代目の少しばかり責めるような言葉にも淡々と答えつつ、シカマルはふわりと瞳を緩ませる。
 何年か付き合うようになってシカマルの感情変化がやっとわかるようになってきた三代目は、余りの珍しさにほぅっと目を見開いた。
 よほどのことでない限り心が動かされることの無いシカマル。
 その彼が一番感情が出やすいのが瞳で、嬉しい時や楽しい時は瞳の色が深くなったり、硬質な雰囲気が無くなって柔らかくなったりする。
 反対に悲しい時や怒った時は絶対零度の温度と恐ろしいほどの鋭さを持つのだが、それは今は置いておいて。
 ともかく、滅多に心を動かさない彼が見せた表情に、三代目は己の判断が本当に正しかったことを悟った。
 共にいることで、お互いがお互いに、いい影響を与えているのだ。
 今日はまだナルトに会ってはいないが、シカマルのこの反応と、耳を澄ませば稼動音に混じって聞こえてくる幼い子どものはしゃぐ声がそれを証明してくれている。
 己の判断が正しかったことに、ほっと胸を撫で下ろした。

 ――ガコン

 大きく、邸が震える。
 三代目は前のめりになって畳に手をつき、シカマルは上半身でバランスをとって倒れることを防いだ。
 山になっている本が何冊か零れ落ち、巻物も転がる。本棚はと言うと無論、いくらか本が零れ落ちていた。

「……シカマルよ」
「なんでしょう」
「書庫にからくりは……」
「ありません」
「……」
「しかし多少影響はあります」

 落ちてきた髪を払い、また淡々と答えつつ文字の羅列に目を走らせる。
 落ちてきた本や巻物はシカマルから伸びた影が拾い、元の場所へと器用に戻していた。
 三代目はいくら大事な本のためでも動かず影を使うシカマルの物臭加減に呆れる。
 しかし、動かない時は本当に影でさえ数ミリたりとも動かさない事を知っているから、これでもまだマシなほうだと内心溜め息をついた。
 ――よもやナルトの世話も影がしているのではあるまいな……。
 ちろりと、そんな考えが三代目の脳裏によぎった。

「して、三代目」
「な、何じゃ……?」

 図ったかのようなタイミングで声をかけられたことに、内心びくびくしながら聞き返す。
 シカマルは少し訝しそうに――顔は無表情のままであるが――三代目に視線をやり、大したことではなさそうだと自己完結させて本題を切り出すことにした。
 時間を無駄に使いたくはない。

「本日のご用件は?」
「……用も無いのに来てはいかんのか?」
「用も無いのに此処へ来るほど火影と言う職は暇なのですか?」
「そんな訳なかろう」

 というか質問に質問で返すな。
 相も変わらず一筋縄ではいかない相手である。……ものごっつ年下なのに。
 少しばかり哀愁を漂わせながらも、三代目はコホンと咳払いをして意識を切り替えた。
 用も無いのに来た訳ではないのだ、けして。

「のぅ、シカマル」
「はい」
「ナルトの様子はどうかのぅ」
「戦闘能力は順調に向上しています。他は、先ほどのはしゃぎ声でわかるかと思いますが」
「うむ。御主と引き合わせた頃とは想像がつかんくらい元気じゃな。喜ばしい限りじゃて」

 うんうんと好々爺然とした笑みを浮かべる。
 その顔は本当に嬉しそうで、シカマルもそっと目を細めた。
 そこへ、僅かに殺しきれていない足音を伴って、一つの気配が書斎へと近づいてきた。
 三代目はそれに反応して出入り口へと顔を向ける。
 シカマルは開いていた本に栞の紐を挟んで膝の上からどけ、三代目と同じ方向へと目を向けた。

「シカマル!」

 スパーンッ、と気持ちのいい音を鳴らして、襖が開く。
 飛び込んできた一筋の金色の光はわき目も振らずに奥にいる漆黒の元へと飛び込み、膝の上に乗って首筋へとかじりついた。
 少しばかり呆然として、三代目はその光景を見ていた。

「あんね、あんね、すっげーのここのからくり! 畳ひっくり返したら部屋の数変わったり、穴のあいてる壁に千本突っ込んだらクナイが振ってきたり、廊下の板ずらしたら足元割れて槍付きの落とし穴があったり!!」
「……そうか」

 凄い凄いという言葉を繰り返し、興奮に頬を高潮させ、キラキラと蒼い瞳を輝かせている。
 それに珍しくも小さな笑みを浮かべ、シカマルは頷く。
 している会話はそれなりに物騒なのだが、見ている限りにはとてつもなく微笑ましい光景だ。
 三代目は悲しんでいいのやら喜んでいいのやら、かなり複雑な気分になった。

「オレこんな楽しいなんて思わなかった!」
「良かったな、ナルト」

 くしゃりと、シカマルがその以外に繊細な指先でナルトの金糸をかき混ぜる。
 髪を梳くシカマルの手が気持ちいいのか、ナルトは照れくさそうに破顔した。
 シカマルの無表情も、ナルトの笑顔に優しくほころぶ。
 そんな二人を見て、最初の複雑な気分も何処へやら、三代目はただただ優しさで心を満たして嬉しそうに笑みを浮かべた。
 一方、シカマルは三代目をちらりと見やって、己の膝の上ではしゃいでいるナルトに声をかけた。

「さて、ナルト」
「何、シカマル?」
「客に挨拶」

 すいっと、綺麗な指がナルトの肩越しを指す。
 指先が指し示す方向を素直に目で追って、ナルトはきょとんと目を見開いた。
 いかにも――実際そうなのだろうが――今気づきましたと言うように。

「じーちゃん、来てたんだ」
「ナルト……」

 三代目はがっくりと肩を落とす。
 解ってはいたのだが、シカマル以外視界に入っていないということは解ってはいたのだが……。
 こうもあっさり存在を抹消されてしまうと、悲しすぎて泣くに泣けない。
 三代目の様子に気づいているのかいないのか、――ほぼ十割の確率で後者だろう――ナルトはきょとんとそれはもう可愛らしく小首をかしげた。

「何か用、じーちゃん」
「……用も無いのに来てはいかんのか?」

 シカマルと似たような問いに同じ答えを返す。
 ふーんと興味も無さそうに己を見る視線に、三代目は何だかこの先の展開が読めそうな気がした。

「火影ってそんなに暇なんだ」
「……」

 ああやっぱり。
 さらに肩を落とし、今にも部屋の隅でのの字を書き出してしまいそうな暗雲を背負い込んだ三代目に、ナルトは首をかしげ、シカマルは苦笑を浮かべた。
 それを認めたナルトが、珍しくも表情を変えたシカマルにむっとし、肩口から零れ落ちた黒髪をぎゅっと握る。
 ぐいぐいと髪の一房をひっぱるナルトのどこか拗ねた表情に、シカマルは苦笑を深めてナルトの頭を優しく撫でる。
 それだけでたちまちナルトは機嫌を直し、再びシカマルの首筋にその小さな手を伸ばし齧り付いていた。

 二人の様子を大人気なく拗ねながらも見守っていた三代目は、自身も苦笑を浮かべ、孫の――と認識している――二人を優しい視線で見守った。





 麗かな初夏の。
 そんな、なんでもない昼下がりの出来事。



To be continued.



 かなり間が空いてしまって……申し訳ありません(汗)
 以前からちょこちょこ書いていたため、少し(少しか?)文章がおかしいかもしれませんが、見ないふりをしてやってください、はい。

 えー、これで三歳児のナルトの話は終わりです。
 次は五歳のナルトの話になります。
 いつになるかはわかりませんが。(……)



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