闇の守人〜真白の巨木〜
「そろそろ、やるか」
ひらひらと落ちてくる花びらを掌に受け止めて、シカマルは目の前にそびえたつ巨木を見上げた。
視線の先にあるのは、満開の花をつけた、樹齢何百と言えそうなほどに大きな樹。
それはこの森の中で、一番背が高くどっしりとした、樹木たちの主だ。
真っ白な花びらが、空の青さを映えさせる。
――綺麗だ……。
ほぅっと、シカマルは溜め息をつき、目を細めた。
修行をするぞ、とシカマルに言われて。
シカマルから渡された書物を懸命に読んでいたナルトは、コトリと首を傾げた。
そのまま、自分の横に詰まれた本や巻物を見る。
「まだ、全部読み終わってない」
「最初に渡したものは?」
「全部読んだ」
「なら問題ない。それはいかに効率良く行うかが書かれているものだからな」
すっと指される指に、ナルトは視線を本の表紙に向ける。
『ヤっちゃいましょう、一発で!』とふざけたタイトルが書かれた薄い本は、そのタイトルの通り、人体の急所が事細かく書かれており、いかにしてその急所をつき殺すかが書かれたものだ。
馬鹿にしているのかと思いたくなるようなタイトルではあるが、内容はそこらの下忍や中忍が見たらほぼ即効でぶっ倒れ、暗殺の任務にも赴く上忍や暗部にさえも「読みたくない」と言わしめる代物だ。
そんな物騒なものを読んでいたナルトは、ただ「そっか」と頷いた。
三代目が見たら泣き出しそうな光景である。
ナルトは読んでいたページに栞を挟んで、本を机の上に置いた。
「必要なものってある?」
「いいや。身一つで十分だ」
「ん」
立ち上がって、足音を立てずにシカマルに駆け寄る。
シカマルは下駄箱として使っている棚がある所へと向かい、二足の脚絆を取り出し、小さな方をナルトに渡した。
ナルトは座り込んでそれを履く。
その行動を見守っていたシカマルは、自分も素早く脚絆を履き、一番近くにある柵へと近寄った。
とんとんと脚絆の履き心地を確かめていたナルトが、柵に手を置くシカマルを不思議そうに見上げる。
シカマルは修行をすると言った。
その為には、外に出なければならないだろう。
この邸に入る時はシカマルが抱いて入ったから、今回もそうだと思っていたのだけれど。
「シカマル?」
「この邸は四代目が作ったものだ。あの方はかなり面白い物が好きでな。だから……」
言いながら、柵をがこっと引き抜く。
横幅三十センチほどのそれを真前の湖の中に、廊下の縁に沿って沈めていった。
数秒と経たず、何処からかゴゴゴゴゴ……と何かが稼動する音が響いた。
邸が少しばかり揺れる。
「な、何……?」
ぎゅっと、両手でシカマルのズボンを掴む。
身を寄せてくるナルトの頭を、シカマルはぽんぽんと軽く叩くように撫でた。
「大丈夫だ。まぁ、見てろ」
視線を、柵を沈めた湖へとやる。
暫くすると、邸の振動も止まった。
が、未だにゴゴゴ……という稼動音は止まっていない。
相変わらずシカマルのズボンを掴んだまま、湖を睨みつけるように見ていると、水中から何かが浮かび上がってきた。
湖の水を押しのけながら上がってきたのは、対岸と邸を結ぶ橋。
ナルトはぱちくりと目を見開く。
「…だから、この邸はカラクリ邸なんだ。いろいろな仕掛けが施してある」
小さく溜め息をつきながら紡ぎ出された声が、普段と同じように感情が無いというのに、どこか疲れているように聞こえた。
ナルトはことりと首を傾げるが、この邸に来てから四代目の話が出る時は時々こうなるので、それだけに留めておく。
今までのシカマルの様子からして、きっとよく振り回されていたのだろう。
だからそのことは横に置いておいて、ナルトは好奇心に瞳を輝かせてシカマルを見上げた。
「これの他にももっとあるの?」
「ある」
ナルトの瞳の輝きに少々嫌な予感を感じながらも、首肯する。
どうやらナルトもこの手のものに興味津々らしい。
流石は親子。
「……興味があるなら、今度色々といじってみればいい。設計図は無いからな……」
「うん!」
嬉しげに返事をするナルト。
それに目を細めて、シカマルはナルトの小さな背中を押して「行くぞ」と促した。
すたすたと歩いていくシカマルの後を、まるでヒヨコが親鳥の後ろをついていくようにちょろちょろと小走りでついて行く。
暫く歩いたところで、シカマルは小走りでついてくるナルトに気づいて足を止めた。
そのまま、ナルトが隣に並ぶのを待つ。
小走りに走るナルトがやっと追いつくと、すっとナルトに向かって手を差し出した。
ナルトは差し出された手と、シカマルの顔を交互に見る。
そしておずおずと、己の手を伸ばした。
アームウォーマーの先から出る、思いの外繊細な指先をそっと握ると、柔らかく握り返される。
ナルトがシカマルを見上げると、深い漆黒がふわりと緩んだ。
その優しさがくすぐったくて、俯いて、はにかんだ笑みを浮かべる。
ナルトの様子に、シカマルは目を柔らかく細めた。
ゆったりと、ナルトの腕を引いて。
今度はナルトの歩調に合わせて歩いた。
萌え木の木の葉の隙間から零れ落ちた木漏れ日が、柔らかくあたりを照らし出す。
時折吹いた風が木の葉や花を揺らして、所々花びらが落ちた地面に光が降ってくる花弁と共にと揺れた。
天上を見上げれば、葉っぱの合間から空がキラキラと輝いて、昼間の星を散りばめた自然のトンネルのようだった。
ナルトはシカマルの手をしっかりと握りその手に引かれながら、神聖な、けれど柔らかな光に満ちた森を歩いていた。
きょろきょろと辺りを見回すナルトを、シカマルは情の見えない、けれど柔らかな視線で見守る。
そんなシカマルを、きょろきょろする中時折ちらりと視界に収めて、ナルトどこかほっとしたようにまた辺りを見回す。
幾度かそんなことを繰り返して、ふと前を向いた瞬間。
ナルトは、目を奪われた。
ザアァァ――……
風に奏でられる、樹木の音。
キラキラと光を弾きながら揺れる花の花びらは目が覚めるほど鮮明な純白で。
その純白が背負った空の蒼は、眩しいほどに青い。
樹の幹は大人が数人いてやっと抱え込めるかというほど大きく、とても高い背を支える根はしっかりと地中に張っている。
地面のどっしりと腰をすえた姿は、まさにこの森の主といった風情だった。
風に煽られて宙に舞った花びらが、ふわりふわりと降り注ぐ。
一枚の花弁が、ナルトの鼻の先に乗った。
シカマルは瞳を緩ませて、その花びらをそっと摘む。
そうしてやっと、ナルトは我に返った。
忙しなく、瞬きを繰り返す。
「今日はここで修行をする」
「ここで……?」
「そう」
静かに樹に歩み寄り、そっと幹に触れた。
掌から伝わる樹の息吹。
その温かさ。
シカマルは目を細める。
風がシカマルの長い黒髪を揺らして、樹から落ちる木漏れ日を弾いた。
それがとても綺麗で、ナルトはほぅっと小さく息をついた。
シカマルが振り返って、視線でナルトを呼ぶ。
ぱたぱたと駆け寄って、ナルトはシカマルを見上げた。
「さて、復習だ。チャクラとは何か、覚えているか?」
「忍が術を使う時に必要とするエネルギーで、大まかに二つに分けることができる。一つは、人体の細胞の一つ一つからかき集めて生み出す身体エネルギー。もう一つは、修行や経験によって積み上げられる精神エネルギー。この二つのエネルギーを体内から絞り出し、練り上げ、印を結ぶことによって術は発動される」
「そうだ。ではチャクラを練り上げるとは?」
「身体エネルギーと精神エネルギーを取り出し、体内で混ぜ合わせること」
「正解。術の種類は大まかに何がある?」
「火遁、水遁、土遁、風遁、雷遁」
「術を使うのに一番大切なものは?」
「チャクラのコントロールと持続」
「正解。術は身体で覚えるものだって言う奴もいる。それも一理あるが、コントロールがなっていないとすぐにチャクラ切れを起こしてしまう。仮にコントロールができたとしても、持続できなければ意味が無い。結果、長時間戦闘することができない」
ナルトはシカマルの言葉にコクリの頷く。
襲ってきた者たちを返り討ちにするのに術を使ったこともあるが、今ひとつ使いこなせていない感があった。
「これから行う修行はそのコントロールを身につけるためのものだ」
「どうするの?」
「木登り」
「木登り……?」
「足だけで、な」
「足だけ……?」
不思議そうに、首をかしげる。
それにシカマルは一つ頷いて、ポケットに手を突っ込んだ。
白い結い紐を取り出して、仕事をしている時のように襟足で髪を結ぶ。
一度瞬いて、巨木の方へと足を進めた。
すっと、幹に足を置いて、そのまま歩む。
地面と平行に、樹に垂直に立った。
まさに足だけで、巨木を『登って』いた。
シカマルは少し上のほうまで登って、枝の方へと進む。
足の裏だけで、枝にぶら下がっていた。
そしてすぐに、下へと降り音も無く着地する。
「チャクラを足の裏に集めて樹の幹に吸着させるんだ。足の裏は一番チャクラを集めるのに困難だといわれている。チャクラが多すぎれば弾かれ、少なすぎれば吸着力は生まれず落ちる。コントロールと一定のチャクラの維持。その両方が一気に習得できるから、木登りはかなり有効な修行法だ」
「へぇ……」
目を丸くしてその様子を見ていたナルトは、なるほどと感心する。
最も難しいとされる箇所に微妙な量のチャクラを練り上げ集中させ、且つそれを一定に保つのは難しい。
確かにその修行法は有効だろう。
「最初から歩いて登れるほど簡単じゃない……と聞いている。まずは走って勢いをつけて登ってみろ。そして、登ったところまでクナイで印をつけるんだ」
何処からか一本のクナイを取り出して、ナルトに渡す。
自分の手には少し大きなクナイを手にとって、ナルトはどこか戸惑った視線をシカマルに向けた。
「どうした?」
「この樹、傷つけたくない」
綺麗だから、と。
顔を歪めるナルトに、シカマルは一度瞬いた。
「……治すことはできるぞ」
「……治すことができるから、傷つけていいの? 治るから、傷つけていいの? 傷つけるの? それ、絶対間違ってる」
必死に、訴えかける子どもの顔は。
今にも泣きそうに歪んでいた。
そう言えば、と思い出す。
ナルトは九尾の力で、怪我をしてもすぐに治るのだ。
ああ、そうか。
この子はこの樹と、自分とを重ね合わせているのだ。
ナルトの言葉を考えてみる。
確かに、治るからといって、傷つけていいわけではない。
誰もが当然のようにこの修行をしていて、今まであまり考えたことも無かったが。
この巨木だって生きているし、自分もこの樹の息吹や温もりを感じている。
何だか、目から鱗といった気分だ。
「そうだな」
ぽふりとナルトの頭に手を置く。
ナルトが見上げてくる中、シカマルは傷つけないで目印を残すにはどうするかと思案する。
そして何事かを思いついたのか、伏せていた目を上げて、また何処からか扇を取り出した。
金属でできた、漆黒の扇。
それをぱらりと広げて、上から下へと振り下ろした。
ごうっと、風が渦を巻く。
散っていた花びらが舞って、何故か一箇所に集まり始めた。
扇にチャクラを載せていたことは解るが、何故こうなるのだろう。
ナルトは首をかしげる。
心底不思議そうなナルトをちらりと見て、シカマルは集まった真っ白な花びらをかき回し始めた。
全ての花びらに触れるように、何度も何度も手を動かす。
暫くそうしていると、何枚かの花びらを掌に乗せてナルトへと差し出した。
「傷をつける代わりにこれを使えばいい」
一枚の花びらをぺたりと樹の幹に触れさせる。
指を離すと、それは地に落ちず、樹の幹に張り付いていた。
ナルトは目を丸くする。
「花弁に残っているチャクラを引き出して、この樹にだけ吸着するようにした。これなら傷つけずとも印になるだろ」
「……うんっ!」
まんまるに目を見開いていた顔が、花がほころびるかのような笑みを浮かべた。
今までで、一番綺麗な笑顔。
シカマルも、つられたように瞳と口元を緩める。
珍しいシカマルの笑みに、ナルトはますます嬉しくなって笑みを深めた。
修行は呆気ないほど簡単に終わった。
ナルトは一、二回走って登っただけでコツを掴み、歩いていても平然と登れるようになったからだ。
解ってはいたが、こうして形で示されると改めてその才能には驚かされる。
チャクラも、その潜在能力も、自分を超えるだろうとシカマルは思う。
おそらく、四代目すらも。
そしてまた、この金色が夜空を舞って一筋と光となるのだろう。
枝の上に座って、掌に山と乗せられた花びらをぺたぺたと樹の幹に貼り付けるナルトを見て、シカマルはただただ優しく目を細めた。
To be continued.
五羽目……じゃなかった。
五話目終了。
なんだかどんどんナルトが可愛くなっていく……スレのはずなのに。(ぐはぁっ)
で、でもシカマルといる時はこれでいいのか? いいんだな、いいんだよな……?
多分暗部に入る辺りからはスレるんだ……し?
最後ナルトが花びら貼り付けて遊んでますが、多分暗号か何かだと思われます。
はい。
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