闇の守人〜保護者〜





 金の鳥に保護されて、生きることに興味が湧いた。
 金の鳥がいなくなって、見る間に世界が色あせた。
 今生きているのは、金の鳥と交わした約束のため。




「来たか」

 閉じていた瞳をすっと開く。
 漆黒の双眸を空へと向けて、降り注ぐ光の眩しさに目を細めた。
 掌で作った影の中、青と白で彩られたキャンバスの中に黒いシミを発見する。
 それはだんだんと下降し、大きくなっていった。
 シカマルは高々と手を掲げ、陰が降りてくるまでじっと待つ。
 ばさりと言う音を立てて影が広がり、シカマルの腕に一羽の鳥が止まった。
 それはシカマル専用の、火影からの連絡用の鳥。
 卵の頃からシカマルが育てているため、色々な事を仕込まれているから、連絡意外にも実は色々と仕える。
 ちなみに、名前は『蒼』という。
 全体は真っ白なのに、羽の先が綺麗な蒼のグラデーションになっている所からつけられた。

「少しめんどくせーけど、そうも言ってられない……か。了解」

 呟くと、蒼は羽ばたき、シカマルから離れる。
 それに向かい飛翔する蒼を見届けて、シカマルはその場から姿を消した。





 頭上に僅かな気配を感じ取り、火影は小さく溜め息をついた。
 扉から入れと何度も言っているにも係わらず、窓や天井から入ってくる。
 今ではもう諦めているのだが。
 周囲に控えている暗部を下がらせ、火影は溜め息交じりに印を組み結界を張った。
 わざと火影にだけわかるように、僅かに気配を漂わせた人物をを中に入れるためだ。
 するりと、気配が天井から降りてくる。
 火影は僅かに目を見開いた。

「シカマル、その格好は……」
「いけませんか?」

 思わず呟いたほか下に、相も変わらず淡々とした声音で返すシカマル。
 ちらりと、シカマルは己の姿を見下ろした。
 暗部が着ているものよりも余裕のある黒のタートルネックにノースリーブのシャツ。動き安そうな黒のズボンに、手甲を嵌めていた腕には、やはり黒色のアームウォーマーが。項よりも少し上で結わえられていた黒髪は下ろされていて、額あては首元につけてある。
 もちろん、中・上忍用のベストは支給されてはいるのだが、絶対に身につけなければならないという規則は無いのでつけていない。
 収納等もホルスターと腰にあるポーチで事足りる。
 小さく首をかしげるシカマルに、火影は「いや」と言って首を振った。
 都合上シカマルと昼間に会うことは全くと言っていいほど無く、あったとしても任務の以来のためなので着ているものは支給されている暗部服にマントだ。
 言ってみれば、いつもとは違う格好をしていたシカマルに驚いただけに過ぎない。

「暗部服ではないんじゃな」
「…任務では、ありませんので」
「…そうじゃったな」

 火影は嬉しそうに目を細める。
 暗部の最強と名高い『黒曜』としてではなく、あくまでも一人のヒトとしてナルトと向き合ってくれることが、火影はとても嬉しかった。
 ゆったりとした動作で立ち上がる。

「では、行こうか」
「はい」





 火影の私邸の奥深く。
 火影に付き従い、廊下を進むに連れて濃くなっていくチャクラの気配に、シカマルは表情を険しくしていった。
 何十にも重なる結界。幾重にもかけられた幻術。
 火影と、火影に許されたものだけが通ることのできるそれ。
 外部からの侵入を阻み、ナルトを守るためのものであろうが、シカマルの目には恐ろしい何かを閉じ込めるための檻のように見えた。
 目に見えぬ、けれど絶対的な、檻。
 これでは息苦しいのではないだろうか。部屋を……いや、邸ごと移った方がいいかもしれない。それに己が張った結界のほうがこれよりも丈夫だ。幻術もこれでは生ぬるい。
 そんなことを考えていると、先導していた火影が歩を止めた。
 視線の先には厳重な結界が張られた扉。
 使われている結界の種類からすれば、、中からも外からもそう簡単には開けられないだろう。
 これではいよいよ監禁しているようだ、と内心溜め息をつく。
 結界は、やはり火影と火影に許されたものだけが通ることのできる仕組みになっていた。
 火影がそっと扉を押し開く。
 鉄のさびた匂いが、鼻をついた。

「ナルト」

 クッションを抱いて、無表情に窓越しの空を見ている子供に声をかける。
 すると子供は緩慢な動作で振り返り、さっと表情を強張らせた。
 気配など全く感じなかった、と、その表情が語っていた。
 シカマルは僅かに目を見開く。
 光に映える鮮やかな金色の髪に、空と海を混ぜたような、透明感を持った蒼い瞳。
 小さな子どもを彩るその色彩は、初めて敬愛の念を抱いた今は亡き彼の人と酷くよく似ていた。
 けれど、その瞳の静かさは、色の深さや透明感は、幼い子どもの持つようなものではない。
 何かを悟り、それに対して諦めきっているという印象を受けた。

「ナルト、そう警戒せずともよい」

 やんわりと、火影は金色の髪を撫でる。
 ナルトは僅かに視線を揺らすも、警戒を解かず、シカマルから目を離さない。
 静かに、シカマルの一挙一動、息遣いまでをも注意深く観察している。
 忍として生きるのならば、良い目だと思った。同時に、悲しい目だとも。
 愚かな里人が守護神の子を殺さなければ、父母に愛され、祝福という祝福を受けて育ったはずの命。
 何よりも輝く存在となったはずだ。
 けれど現実は、九尾の封印の器となったということだけで、謂れの無い憎悪を向けられ、殺意を向けられ、幼い心は冷たく凍てついてしまっている。
 己と最も似ていて全く違う存在であると、シカマルは認識してゆっくりと瞬いた。

「シカマル」
「はい」

 火影に手招きされ、シカマルはゆったりとした足取りで近寄る。
 火影の足元で、ナルトが警戒を強め身体を強張らせている様が見えた。
 一瞬足を止めようかという思考が頭の中をよぎったが、火影の視線に促されて足を動かした。
 火影はしゃがみこみ、ナルトと目線を合わせた。

「この者は奈良シカマルという。お主の母方の親戚に当たる者じゃ。そして、四代目が最も信頼しておった木の葉最強の忍じゃ」
「四代目が……」

 三歳児にしては妙にはっきりとした滑舌で呟くと、ナルトは顔を顰めた。
 幼い表情に、シカマルはナルトの複雑な心境を読み取る。
 三代目やいろんな人から色々と聞かされていて、それなりに理解はしているが受け入れ難い、といったところだろう。

「それで、今度は俺にも殺せないように強い世話役を連れてきたってわけ?」

 皮肉的な笑みを浮かべる。
 子どもが浮かべる表情ではないそれに、火影は悲しみを覚えそっと瞳を伏せた。
 小さく、首を横に振る。

「ナルトの保護者に、と」
「保護者……?」
「そうじゃ。それが、四代目の遺志でもある」
「子どもなのに?」
「里一番の稼ぎ頭の上家事もばっちりじゃ。何の問題もありゃせん」

 火影たるわしが許可する。
 いささか職権乱用ともいえることをキッパリと言い切って、頷く。
 ナルトは少し呆れを滲ませた瞳で、三代目を見上げる。けれど、すぐに視線をシカマルに移し、目を細めた。

「あんたさ……」
「言っておくが」

 ナルトの言葉を遮り、シカマルが口を開く。
 長い前髪の奥で、黒曜石のような瞳をすっと細めた。
 ナルトはピクリと肩を揺らす。

「俺は三代目に命令されたわけじゃない。確かに四代目の遺志であることは影響しちゃいるが、自分でも決めたことだ。それと……」

 ぽんっとナルトの頭に手を置く。
 上から振ってきた手に怯えた様に身体を竦ませたナルトに、シカマルは一瞬眉根を寄せたが、すぐに表情を消してしゃがみこみ、真正面からナルトを見詰めた。
 よぎるのは、先ほどの皮肉な笑みと、台詞と、細められた目に浮かぶ自嘲の色。

「お前はお前、九尾は九尾で別物だ。俺は狐の世話をするんじゃなく、“うずまきナルト”の保護者になるんだ」
「っ……!?」
「自分のことを狐だと嘲ってみろ」

 すっと、今度はナルトの目の前で漆黒の目が細まる。
 何者をも見抜いてしまいそうな、透き通った鋭い視線。
 今までの世話役にどれほど殺気を向けられても、何ともなかったというのに。
 射抜かれて、動けない。

「怒るぞ」

 淡々と。
 何の感情の起伏も無く告げられた言葉だというのに。
 殺気など、本当に何も感じなかったというのに。
 何故か背筋に冷たいものが走って、ナルトは反射的にコクリと頷いた。
 次いで、ナルトは視線を足元に落とす。




 三代目火影が、四代目が最も信頼していた忍だと言って連れてきた人物。
 木の葉最強の忍だと言われた人物。
 それは今まで火影が連れてきた、どんな者とも違った。
 年も姿もそうだが、何よりも、あのつるりとした黒曜石のような瞳。
 とても静かで、何処までも深く。
 闇を凝固させたらこうなるのだろうと、そう思わせるようなそれ。
 火影に向けられていた瞳も、ナルトに向けられた瞳も、全く同じ温度と感情を保っていた。
 いや、ナルトに向けられたものの方が少しだけ、温かかったような気がするのは気のせいだろうか。
 今までに連れてこられた世話役は、どれだけ上手く感情を表に出さなくても、それはチャクラの乱れに、瞳の輝きに、全てが現れていた。
 けれど目の前にいるこの忍は、それが全く感じられない。
 それほど上手に隠しているのか。はたまた、それこそ嘘だと言いたいが本心か。
 後者なのだろう、と、目の前の忍の漆黒の双眸を前にそう思った。
 自分はこの瞳を知っている。
 絶望を知っている目だ。
 孤独を知っている目だ。
 鏡で見た自分と似ていて、違う瞳。

 ――信じても、良いような気がした。

 その根拠が、何処にあるのかは知らないけれど。
 もしかしたら三代目から聞かされていた、信じてはいても他人には真の意味で心を開かなかった、という四代目が信頼していたという所にあるのかもしれないし。
 あるいはただの勘かもしれない。
 それでも、その根拠の知れない、信じても良いかという気持ちを、肯定しても良いと思った。


「そんなこと言われたの、初めてだ……」
「そうか」

 長い沈黙の後ぽつりと呟かれた言葉に、また淡々と返して、シカマルは立ち上がりナルトの頭を柔らかな仕草で撫でた。
 優しい掌と指先に、ナルトは目を細め、そっと微笑む。
 彼から立ち上るどこか冷たさをはらんだチャクラが、とても心地良かった。





 そんな二人の様子を見守っていた火影はそっと安堵の息を漏らし、安堵の余り目尻に浮かんだ涙を静かに拭った。
 多少不安が残ってはいるが、最大の憂いは取り除かれたのだ。
 外からの危害からも内からの刃からも、この少年はきっと、ナルトを真の意味で守り通してくれるだろう。
 恐らく本人は気づいてはいないが、人間嫌いで執着する者を持たないシカマルは、確かにナルトに惹かれている。
 それが今は、ただ四代目の面影を色濃く残しているからであったとしても、決して四代目と混同して考えることは無く、いずれはナルト自身に興味を持つだろう。
 四代目の恩情に報いるためではなく、心からナルトにその愛情を注ぎ込んでくれるだろう。
 そう、願ってやまない。


「三代目」
「何じゃ?」
「……頼みが、あるのですが」

 少し視線を左右に揺らし、何かを考えるようにしながら言葉をつむぐ。
 それに火影は、自分にできることならと頷き、先を促した。

「天湖の邸を、いただけませんか?」
「天湖の森の、あの邸をか?」
「はい。住まうにはあそこが一番心地良いかと」
「ここでも良かろうに」

 孫とも思っているナルトと離れるのは寂しい。
 顔にそうでかでかと書きながら言われた台詞に、シカマルは僅かに顔をしかめる。
 部屋中に充満している血臭に、どうやら火影は気づいていないらしい。
 そんなシカマルの表情を覗き込むようにして見上げていたナルトは、火影の服の裾を掴み、軽く引いた。
 火影の視線がシカマルからナルトに移る。

「どうした、ナルト」
「じーちゃん、ここ、血の匂いがするんだ」

 さっと、ジジ馬鹿全開で崩れていた火影の顔が強張り、再びシカマルに目を向けた。
 シカマルはただ、一つだけ頷く。

「なんと……」

 気づかなんだ。
 呆然とする火影に、シカマルはさらに言い募る。

「九尾の狐を封印された子どもが三代目に保護されているということは、忍の者だけでなく一般の里人にも既に伝わっておりましょう。ナルトの事を知った忍が襲ってこないとも限らない。ここは結界と幻術に包まれてはいますが、破られぬという保証無く、絶対安全とも言えません。それと、ナルトに修行をつけるに当たって、此処では何かと都合が悪い。環境的に見ても、全ての点においてここでは問題があると思われます」
「う、む……しかし……」
「三代目は、一生ナルトをここに閉じ込めておくおつもりですか?」
「うぐ……っ」

 正論である。
 確かに里中にナルトの事は知られているし、憎悪に駆られて里長の邸を襲う馬鹿がいないとも限らない。
 結界、幻術が破られる可能性が無きにしも非ず、修行をつけることもままならないだろう。
 血の匂いが充満しているという部屋に、孫にも等しい子どもを置いておくわけにも行かない。
 ほかに部屋はあるけれども、修行の点でそれは例外だ。
 総合的に考えて、天湖の森にある邸は絶対といって良いほど安全だ。
 シカマルがついているのならば、なおさら。
 一つ、溜め息をついた。

「良かろう。好きにせい」
「ありがとうございます」
「じーちゃん、ありがとう」

 シカマルに続くように、ナルトもぽつりとこぼす。
 火影は皺の刻まれた目元にさらに深い皺を刻み。
 今にも泣きそうな。
 嬉しそうな。
 そんな顔で、笑った。



To be continued.



 そんなに簡単に他人を信用しても良いのかナルト!?
 いや、自分で書いててそう思いました。
 でもナルトに信じてもらわないと、話が先に進まなひ……。



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