再生を望んだ愚か者





眼を焼く光 脳を貫く轟音 終わりが始まった瞬間





 ぴしゃーんと、体に雷が走ったような気がした。それはもうビリビリと、体を蝕んでいく。その変な感覚、というか、無理やり何かを捻じ曲げられたような気色の悪い感覚に、しばらく目を見開いて硬直した後、俺は隣で同じように目をかっぴらいて硬直していたと目を合わせて顔を引きつらせた。

「今、何かあったよな?」
「ああ。しかも嫌ーな感じが多大にしたんだが」
「アレだよな、何かこう、体の中をぐりっと無理やりねじられたみたいな」
「そうそう、ものすごく気持ちの悪い……」

 今さっき感じた異変を思い出して、俺とはぶるりと体を震わせた。いや、本当に気持ち悪かったのなんのって。

「でも俺には何の異変もない」
「俺も。ってーと、アレか。レギュラー陣のイベントか何かか」

 そろりと周囲を見回してみると、先ほどの気持ちの悪い感覚に嫌そうな顔をしているモブ連中がたくさんいるが、その感覚を覚える前と変わった様子を見せている奴は一人もいなかった。こりゃ完璧にレギュラー専用のイベントだな。

「嫌な予感しかしないんだが」

 ぼそりと、がつぶやく。俺も同感だ。あーあー、嫌だ嫌だ嫌だ。巻き込まれるんだろうなー、俺たちも。なんたって恋人様がレギュラー。そのおかげでどっちかってーとモブからちょっとはなれてレギュラー寄りの場所にいるし。否応なく巻き込まれてしまう立ち位置。

「しばらく勘ちゃんから離れようかなー……」
「そんなことしたらお前が死ぬぞ」

 一人でいたらまともな生活できないくせに。

「そこはほら、の厚い友情に期待して」
「放置決定」
「ひどっ」

 半ば本気で情けない顔をするを横目で見て、深々とため息をついた。自分のずぼらがどれだけひどいものかというのは自分でも良くわかっているらしい。それなのにしばらくの間だけでも尾浜から離れるとか言い出すだなんて、無謀もいいところだ。
 というかだな、そもそも。

「レギュラー陣がイベントにかかりきりになったら俺らモブ――俺らはちょっとなんちゃってが入ってるけど――にかまう暇なんかあるかよ」
「あー……」

 はぽんと手の平を拳で叩いてこっくりと頷いた。やれオリエンテーリングやら事件やらが起きるとレギュラー総出で事に当たることになり、その間は学園長を初めとした教員たちもモブ以外は出払ってしまう。その時、俺達モブが何をしているかというと、通常の授業とレギュラーたちが担っている分の委員会の穴埋めと、鍛錬とレギュラーの不在を狙って学園を狙ってくる敵さんの相手だ。最後のがなかなかに大変だったりする。俺達モブはそれぞれに得手不得手はあれど、レギュラーになれるような強さも個性もない。それを言えば敵さんもそうなのだが、あっちはプロでこっちはたまご。列記とした実力と経験の差というものが存在するのだ。それを数とチームワークと教員たちの指揮で頑張って乗り切っているのである。統率の取れ具合と上下の学年との仲の良さ、仲間との連携という点ではレギュラー陣にも勝てるかもしれない。突出するような個性がないという点で纏まりやすいから。
 何より命がかかってる。レギュラーはいくら負傷しようと死ぬ心配はないが、モブは違うのだ。見えないところで誰がどうなろうとモブだから問題ないわけで、死んだらそこで終わりなのだ。人間としてはごく当たり前のことなのだが、レギュラーは絶対死なないって言う加護というか保障というかがばっちりついてるからな。ちょっと理不尽だと思う点である。が、それが世界の構造というのだから仕方ない。うん。

「俺、イベント終了まで生きてられるかなー」
「短期間で終わるなら大丈夫だろ。長引いたら、そこら辺は俺らでフォローしてやる」
「さっきは放置決定とか言ってたのに」
「イベントなら仕方ないが、自分から離れるなら面倒見てやる義理はない」
「仕方ないんだ」
「それが世界が持ってる強制力だからな」

 たまーに俺らみたいなのも出てくるが、基本モブはモブでレギュラーはレギュラー。言葉は交わしても個として認識はされないそんな存在なのだ。イベント中は俺らでもまるっと愛しの恋人たちから忘れ去られているのだから、レギュラー様でも世界の強制力には逆らえない。でも、あの可愛らしい笑顔で好きだと言ってもらえないのはちょい寂しいな。思えば最初は無理やりだったのに、よくぞここまで溺愛傾向になったものだ。我ながら驚く。

「それはさておき、問題はこの嫌ーな予感だな」
「ああ。今回のはかなり性質が悪いと見るぞ」
「んなこたぁーモブ全員が感じてる時点で簡単にわかるんだよ、あほ」
「そりゃ、あほのは組ですからー」
「ふくれんな。お前がやったって可愛くもなんともねーんだよ。ともかく、全力で回避だ。俺たちができることはそれしかない」
「モブ全員で?」
「ああ。俺らは特に念入りに、な」

 モブといえど、恋人のおかげでレギュラーよりの不安定な立場に立っているのだ。警戒してもしすぎる事はない。はずだ。

「どっちにしろ、勘ちゃんとはしばらく疎遠になるのか……」

 深々とため息をついて、寂しいなーとつぶやくに、そりゃ俺の台詞だと可愛らしい恋人の笑顔と子犬のようなしぐさを思い描いて、ため息をつく代わりに隣で寂しがりながらものほほんとしている親友の頭を腹立ち紛れに一発はたいた。



(いたっ!)(はぁ〜……)(いきなり人の頭はたいといてため息って何だ!?)(色々と頭がいたいことがあるのにのんきにしてるお前が憎い)(にく……っ、そこまで!?)(癒しが欲しい)(ちょっと、さん!?)






























































禁断 命を弄ぶ邪悪なる者の名前





 天女様が降ってきた! と学園の中が騒がしい。タイミング的に見て、どうやらあの気色の悪い感覚の正体のようだ。だって騒いで他称天女様に集ってるのはレギュラー陣ばかり。一年生から六年生まで一人も漏れることなく、メインキャラであるはずの彼らがたった一人の、異世界から来たと言う足を丸出しにした装束を身にまとう変な少女に集っているのは異様というべき光景だった。普段ならば、真っ先に不審人物として警戒しているだろうに。
 しかしながら、だからこそあの気色悪い感覚の正体がわかり、更にはそれが予感どおりに非常によろしくないものだと判明した。低学年はまだいい。が、最高学年の実力者たちが学園にいながらも腑抜けているのだ。誰も彼もがテンニョサマに夢中で、外敵への警戒なんてものもすっぽ抜けてしまっている。もちろんその穴を埋めているのは、あの時の気色悪い感触に嫌な顔をしていたモブ達の最高学年および五年生の俺達。いや、イベント中の学園のフォローをするのも俺達モブの仕事のひとつだけれど、ない。これはない。学園にいないときはもとより、学園の中でのイベントの最中でもメインであり学園屈指の実力者である彼らは、今まで警戒を怠ったことなどなかった。だからこそ外敵は排除され、学園は今まで平穏無事でいられたのだ。
 だというのにこの体たらく。その状態でももちろんきちんと外敵は排除できてる。でも学園の異変を敏感に嗅ぎ取って襲撃してくる中には、モブだけでなく敵方のメインの方々も混じり始めている。これはメインのキャラたちが一人残らず学園にいるからだ。そうでなければ、敵キャラのメインの方々が現れるわけがない。おかげで相変わらず働いている世界の強制力のおかげで敵を完全に排除することができず、傷すらも俺たちではつけられずに追い返すことが精々。これならいない方がマシだ。

「嫌な予感が的中……」

 ぐったりと、横ではが倒れ付している。その顔や首元、腕など見える範囲はガーゼや白い包帯に覆われていて痛々しい。この前少し毒も食らってしまったらしく、顔色も若干青白く見えた。で、俺は大して怪我もない。それもそうだ。俺は狙撃手で、後方からの支援が主。対しては刃物を扱った近接戦が主で、最近はレギュラーに迫るほどの実力を手に入れたためにメインやサブの敵キャラと切り結ぶこともある。そのおかげで、モブの中でもが一番ぼろぼろだ。治療に当たった保健委員のモブがその怪我に半泣きだった。

「最悪だ。今迄で一番嫌なイベントだ」
「……大丈夫か、

 のあまりの憔悴振りに、思わずそう口に出してしまった。しまった。どう見ても大丈夫じゃないのに。また怒られるかと思いきや、はけだるそうにまぶたを持ち上げて鈍い光を宿す瞳をちらりとこちらへと動かして見せると、何を言うでもなく目を閉じてしまった。

「どう見ても大丈夫じゃねーだろ」
「……うん、悪い」
「あー……あの女、天女じゃなくて疫病神の間違いだろ。天女だったとしても降りてきたんじゃなくて落とされたんだろ」

 ぶつぶつと、目の上に片腕を乗せて愚痴をこぼす。かろうじて聞こえるくらいのその内容に、ごもっともと頷きたくなった。今のこの現状を彼女がもたらしたのだと思えば、それはもう天女じゃなくて疫病神と称すのが適当だと思えた。ぼろぼろなには余計にそう思えるのだろう。

「そうだとしても、それを口にしたら多分死ぬぞ」
「今はお前しかいないから大丈夫だろ」

 確かに聞かれて危険なのはレギュラーだけで、そのメイン連中は今も絶賛天女に集り中なので、安全といえば安全なのだが。

「……後数日か」

 返す言葉もなく沈黙していると、がぐったりとしたまましばらく黙っていたかと思うとそうこぼした。何が、と返すと、小さくため息が帰ってくる。その裏には察しの悪い、という言葉が隠れていたように思うが、仕方がない。俺はほど鋭くはないのだ。

「兵助たちが帰ってくるのが、だ」
「ああ」

 そういえばそうだ。
 勘右衛門や兵助をはじめとした五年生の実力者五人組は、あの気色の悪いイベントが始まる数日前から忍務に出て学園を留守にしていたのだ。その彼らが帰ってくるであろう日付まであと少し。何事もなく任務を遂行できていたら、それくらいに帰ってくると出掛けに勘ちゃんがさりげなくこぼして行ったのでそれがわかっている。の所もそうだったのだろう。まぁ、あちらはそれとなく、というのではなくはっきりといついつまでに帰ってくると口にしていそうだが。
 だからこそ、恋人が女に集る姿を見ずにすんでいる。今のところは、だが。

「イベントが終わればこっちに帰ってくるんだろうがな……」
「見たくは、ないな」

 あの優しい笑みが他の人間に向けられるところなど見たくはない。けれどもイベントの強制力というのはやっかいなもので、自らの意思でどうにかできるものではないのだ。どれだけ望んでもそれは到底叶えられるべくもない。
 今までの経験からもわかっていたことではあるが、むなしい。しかも今回は砂糖に集る蟻のようにたった一人の女によっていく姿を見ることになるなんて……ため息しか出てこない。もいつも幸せそうに笑ってくっついてくる恋人が離れていくことを思うと寂しいのか、また深々とため息をついていた。
 そう言えば、先が見えないほどに離れなきゃならないだなんて、恋人同士になってから初めてではなかろうか。
 ……寂しいよー、勘ちゃん。

「んで、なんつったっけ?」
「何が?」
「疫病神の名前」
「あぁ、愛野姫子だと」



(中二病?)(、時代が違うって)(じゃぁ夢見ちゃん)(それもちょっと違うような)(じゃぁ中二病でいいんじゃねぇか)(そうだけどさ……) 



































































誰かを犠牲にして誰かが幸せになる どうして犠牲は君だった?





 大きな目がさらに大きく見開かれて、兵助はその体を硬直させてじっと、それはもう穴が開きそうなほど強烈な視線で俺を見つめた。しばらくそのまま凝視していたかと思うと、ふにゃりと可愛らしい顔をゆがませ、大きな瞳を今にもこぼれてしまいそうな涙の幕で覆った。
 いつも遠慮なく抱きついてくる腕はふらふらと宙をさまよい、最終的には遠慮がちに俺の袖を指先でちょんとひっぱる。何その可愛い仕草。思わず抱きしめてしまった俺に罪はないと思います。兵助は力を入れずに寄り添うように抱きついて、眉尻を下げて俺を見上げた。

、傷だらけだ」
「頑張って戦ったからなー」
「……どうして」

 学園には先輩たちもいるのに。そうつぶやいて、ついにこらえきれなくなったのかぽろりと涙をこぼした。ぽろぽろと大粒の涙が頬に幾筋も流れて細いあごの先からぽたりと下に落ちた。それを手ぬぐいで拭ってやって、まだ涙の湧き出る目元にそっと口付け真珠のような粒を吸った。しょっぱい。いや、涙なんだから当たり前なんだけど。
 それでも何度も繰り返して目元への口付けをくれてやると、くすぐったさと気恥ずかしさ半々の顔をして胸元に顔を埋めた。ほんっとに可愛いよなー。

「その先輩たちがなー、いま腑抜けてて超役立たずでな」
「え?」
「空から落っこちてきた変……な装束を着た女に盲目なまでに夢中で、学園の守りも穴だらけ。その穴を俺らが塞いでるんだが、どうにもなー」

 メインがいない所為で敵方のメインは入って来放題だわ、俺らは追い返すのがせいぜいで全身傷のない日はないわで散々だ。あ、こんなこと思ってたらまた腹立ってきた。主にメインの先輩方と、元凶の疫病神に。あ? 名前があったはずだって? そんなもん知るか。疫病神で十分だ。レギュラー様の前じゃ言えねぇけどな! 
 でもさっきは危なかった。目の前にいるのがまだ俺の恋人のまんまの兵助だったもんだから、危うく変な女とか言いかけた。もし口にしてしまった後にイベントの強制力が働いてたら、メイン達のリンチにあってたに違いない。あー、怖い怖い、気をつけなきゃな。
 そういえば兵助たちがイベントに突入したら穴がまた大きくなるんだっけか。いや、五年レギュラーは今まで外に出てていなかったんだから、現状は変わらないのか。いやでも、これでレギュラーは全員揃った訳だから、敵さんもフルメンバーで攻めてくる可能性が高くなる訳で……。やっべ、俺らもしかしてもしかしなくても超ピンチじゃねぇ? それともテンニョサマ関連の襲撃ってレギュラー様がどうにかしてくれんの? それもイベントに換算されてたらあの腑抜けてる連中に闘魂注入されて乗り切れんのか? どうなんだろう、そこんとこ。どっちにしろ、もう俺ら面倒見切れねぇって。今でさえ限界来てんのに。
 そんな思いにふけっている間に、俺の言葉をきちんと消化したらしい兵助は酷くショックを受けたような顔をして俺の装飾を握る手に力を込めた。

「あの、先輩たちが?」
「そ、あの先輩たちが」
「話から察するに、突然現れた不審な女にメロメロのダメダメ?」
「ぶっちゃければ正直いないほうがマシ」

 思い切り蛇足として言ってしまえば俺は兵助にメロメロだったりするが。もう本当に癒されるって、何このかあいい子。何で俺こんなに嵌まり込んでんのかねぇ。

「それ、学園大丈夫なのか?」
「大丈夫だったら俺らが毎日傷だらけになってねぇって」
「まいにち……?」

 大きな瞳がまた盛大に潤む。そして何処にも行かないで、としくしく泣き出してしまった兵助に、俺って本当に愛されてる、と腕の中にすっぽり納まる体を抱きしめて長いまつげに口付けながら、あと少しでしばらくは遠ざかるだろう幸せをとくと味わったのだった。





 勘右衛門お帰り好きだ好きだ好きだ好きだ。
 恋人を視界に止めるなり、部屋へと引きずり込んで腕の中に囲い込んで、開口一番にそう口にした。腕の中の恋人はというと、俺のいきなりの行為に目を瞬かせていたかと思うとぽんっと音がしそうなほどの勢いで赤面しておろおろと視線をさまよわせた。とっさの事態に、愛しの恋人はちょっと弱い。そんなところが可愛いのだが。

「どうしたの、急に」
「いや、言える内に言っておこうと思って」

 どうせもうすぐ、今は腕の中におとなしく納まってくれている勘右衛門だって、イベントの渦中へと否応なく引きずり込まれていくのだ。そうなれば恋人のこの字すらも思い出さないのだから、まったくもってイベントとは恐ろしい。しかも今回はどう見ても長引くだろうから、ちゃんと俺を恋人として認識しているうちにできうる限りの愛情は伝えておかねば後悔する。主に俺が。
 帰ってきたばっかりで少しばかり汗のにおいのする髪に擦り寄って、腕の中のぬくもりに安堵のため息を漏らす。それがこの世界の法則とはいえ、イベントごとに大好きな勘右衛門から離れなきゃならないのはなかなかに堪える。あー、本当に今回のイベントっていつどうやって終わるんだろう。先が見えないなー……。
 そうやって俺が親に甘える子供のごとく擦り寄っていると、大人しく抱かれながらも俺の行動の理由を探っていたらしき勘右衛門は、すんと小さく鼻を鳴らすとはっと目を見開いて俺の襟元をぎゅっと握り締めた。その表情はどこか強張っていて必死だ。

、正直に答えて」
「いいけど。何、勘ちゃん」
「何で、こんなに濃い硝煙の匂いがするの?」

 そんなに濃いだろうか。
 思わず首を傾げたが、俺の場合はもう既に鼻が馬鹿になってしまっている可能性が無きにしも非ずだったので、一人で勝手に納得した。だって、ここ最近は素敵に紹介をサボり腐って下さっている実力者の先輩方の所為で、使いどころがそこそこ難しいはずの狙撃手である俺も出ずっぱりなのだ。近接戦特化型のは言わずもがな。というか、毎日ありとあらゆる刃物を手に出撃して何処かしらに傷を増やして帰ってきている。このままだと我が親友はミイラ男になるのではなかろうかと心配しているのだが。
 そんな訳で、俺は自分でわからなくなるほど硝煙のにおいを毎日かいでいるので、自分が臭うかどうかなんてのは判断できない。モブ仲間やも同様だ。親友殿の場合は、血の臭いで鼻が馬鹿になっている。一応俺ももちゃんと風呂に入ってるし洗濯だってしてるんだけどなぁ。

「ここのところ出番が多くて」
「出番、って……」
「学園の襲撃。不し……あー、他称天女様が学園に落っ……りて来て以来――あ、勘右衛門たちが学園を出て数日後くらいに空から降ってきたんだよ、その女人――彼女狙いのがわんさと攻めてきてるんだ。で、俺たちがその守りに奔走してる」
「先輩たち、は?」
「天女様にメロメロのダメダメでてんで役に立ってない」

 そのおかげで俺らモブは東奔西走しているのだ。それもほぼ毎日。そろそろ皆、体力的にも精神的にもキているので、いろいろとやばい気がする。特にとかとかとか。まぁ、今頃は久々知を抱え込んで思い切り癒されていると思うので、これからも多少は持つかもしれないが。俺ももうちょっと頑張れると思う。癒しを求められる恋人の存在って偉大だよな。

「由々しき事態、だね」

 少しばかりショックを受けたような顔をして、勘右衛門は眉間に皺を寄せて難しい顔をしてしまった。のほほんと笑ってる顔のほうが可愛いのに。確かに現状は由々しき事態という言葉すらも陳腐な事態なのだが、可愛い恋人にそんな顔はしてほしくない。

「よく見たら装束も微妙に痛んでるし」

 あ、穴開いてる。
 肩口や袖のところに綻びや刃物で傷つけた後を見つけた勘右衛門が、そこにつと指先を這わせてため息をついた。眉間に皺はよったままだけれど、その顔にはどこか憂いが漂っているようにも見える。心配、してるのかな。

「勘ちゃん?」
「ねぇ、
「うん」
「無理、しないで」
「……うん、気をつける」

 現状でその言葉に従うのは少々無理があるので、とりあえずその場しのぎでの返事をしておく。けれども頭もよく察しもいい勘右衛門にはバレバレなようで、口元を引き結んで悲しそうな目をして俺を見つめた。……どうしろと。

「できるだけ頑張るから、許して勘ちゃん」

 皺のよったままの眉間に口付けて許しを請うと、勘右衛門はため息をついておれ達も頑張って手伝うから、と珍しくも不貞腐れたように口にして、ことりと頭を俺の肩口に頭を預けた。



(早く対策立てないとがし、死んじゃ……! やだぁ……っ!)(このままだとまずいなぁ。というか先輩たちが役立たずって、何なの、その女、売女? 疫病神?)((そんな危ないのは早々に駆除しなきゃ!))














































































何を憎むべきか





 呆然唖然。そんな言葉をまさかこの身で体感するはめになるとは思わなかった。一応覚悟はしていたのだ。は疲れきって消耗していたし、は全身包帯だらけでミイラ男一歩手前。その二人が揃いも揃って上級生は役立たずと嫌な太鼓判を押してくれていたから。
 けれども見るのと聞くのとでは大違いだ。本当にもう頭が痛い。あの、実力者ぞろいと名高い六年生達が、揃いも揃ってたった一人の女を取り囲んで天女だなんて呼んでちやほやとお姫様扱いをしている。いきなり空から降ってきたという不審な女を、だ。たちはあの女に溺れきっている先輩達を警戒してか、彼女に対して軟らかな表現を使っていたが、どう見てもあの女は不審だ。それに天女なんかではなく、世間知らずなただの小娘だ。箱入りの町娘のほうがよっぽど世間を知っている。争いなんかよくない、同じ人間なんだから話せばきっとわかってくれるって何だそれ。オイシイの? それで戦がなくなるんだったら今頃世界は争い一つない平和な世界になってるよ。しかもあの女、一切働いていないのだ。一応学園のお手伝いさんとして学園に置かれているはずなのに、何にもしていない。お昼時に配膳を少し手伝っているみたいだが、それもおばちゃんが作ってお盆に載せたものをカウンターの上に乗せて押し出しているだけで後は先輩達顔のいい連中とおしゃべりしているだけ。頑張って仕事をこなそうとしているけど空回りしてトラブルを引き起こしている小松田さんのほうがまだいい。というか比べるのも失礼だ。ごめんなさい小松田さん。それなのに給料が支払われているとか嘗めているのだろうか。おれ達が支払ってる学費をそんな事に使わないでほしいです、学園長。
 そんな彼女をちやほやする先輩達曰く、彼女は心優しくて可愛らしく美しいそうだけど、ちょっと見た限りではくのいち教室にはざらにいるくらいのレベルだった。先輩達もあれくらいなら見慣れてるだろうに、何をそんなに溺れているのだろうか。兵助達と話し合った結果、あの女は天女ではなく妖術を使う類の何かだろうという結論に達した。ただの人間の小娘というには、あれは人を惹きつけ過ぎている。アレはおかしい。異常すぎて笑えてくるよ、もう。
 そしてたちの言うとおり、学園の襲撃が相次いで起こっていることも、それに彼らが疲れ果てていることもよくわかった。おれ達が帰ってきて数日たったが、必ずどこかに誰かが忍び込んできていて、日々の委員会のフォローやら何やらで疲れ果てている恋人達が文句を言いながら毎日出撃するはめになっているのだ。もちろんおれ達もその中に入っているのだけれど、彼らの負担は大きい。
 そういえば、委員会の方も中心になって動いている人物がいない所為で、ほぼ機能が停止状態に陥っていた。たちがいて何とか回っているような状態だ。このままじゃ絶対にたちは倒れる。その原因は絶対に過労だ。働きすぎだ。今のところ何とかなっていても、そうなれば絶対に学園は即座に潰されるに違いない。三郎やおれがいろんな委員会に顔を出して助っ人をしていても、兵助が斉藤タカ丸をはじめとした同委員会の後輩達の尻を蹴飛ばして何とか活動を復活させても、はっちゃんが後輩達をふんづかまえて来て生物の世話を始めても、正直焼け石に水。だってあの女の姿を見たらおれ達以外はすぐにそっちに行ってしまうのだもの。委員会になりゃしない。
 しかもだ。あの女、先輩達や四年生では飽き足らず、おれ達にも媚を売ってくるのだ。甘いにおい、というか異臭を振りまいて。もう何なんだあの女。本当に売女だったわけ? 公衆便所なの? そんな場面を先輩達に見られると厄介なことになるので、最近はあの女の気配、というか悪臭を感じ取ると同時に逃げているわけだけれど、最近思う。何でおれ達が逃げ回らなきゃならないわけ? そもそもおかしいのはあの女が学園の中心にいることだ。本来いるべきでないモノがいるべきでない場所にいる。そんなものはとっとと排除すべきだよね。結論。

「勘ちゃんが過激だ」

 目を瞬かせながら、兵助が驚いたようにそう口にする。でもおれの意見には賛成でしょ。そう聞くとこくこくと力強く頷いてくれた。それもそうだろう。兵助の恋人であるは怪我の負いすぎで、もう少しでミイラ男になりそうなのだ。大好きな人が傷ついて嬉しいわけがない。というか、兵助はここのところ一日一回はを前にして泣いている。今日も既に泣いてしまったのか、目元が少し赤くなっていた。

「確かに過激だけど、俺も同意する」

 はいはい、と手を上げて、八左ヱ門が笑みを浮かべた。でもその目は笑ってない。そう言えばはっちゃんの小動物みたいな恋人があの女が怖いって脅えてたっけ。それでも少し怒ってたんだよね。あの子の事可愛がってるから。ちょっと妬けるけど、妹とか弟的な意味での猫可愛がりだしまだ我慢できる、うん。

「私も。一人ぷっつんいきそうなのもいることだし」
「え、誰?」
「あいつだよ雷蔵。ほら、伊作先輩の……」
「あー……そういえば」

 ぽんと雷蔵が手を叩く。対保健委員用の安全設計の罠が減ったと思ってたら、不審な女に簡単に靡いた伊作先輩に腹立ててたからなのか。全部終わったときの伊作先輩は大変だろうな。あいつ作法委員よりの性格してるし。つまりサドっけありの。

「じゃあ、とりあえずあのアバズレは排除の方向で」
「「「「異議なし」」」」

 一人の反対もなく導き出された結論に、おれ達は笑みを交わして頷きあった。そうと決まれば、早速計画を練らなきゃ。学園長があの女を保護するって決めたのなら、その意思を覆すための事態っていうのが必要だもの。それからじゃないと、おれ達のとった行動がいかに正当なものであっても、一番の権力者の言に逆らったのであっては評価するに値しないものになってしまう。それは駄目だ。今後に差し障ってしまう。
 さて、どうするか。

「ふふふ、楽しみだねえ」



(勘ちゃん悪い顔)(そういう兵助も似たような顔してるよ)(だって俺のがあのアバズレの所為で怪我してるんだもの)(そうだよねぇ、頭に来るよねぇ)(うん。腸が煮えくり返る)(((い組怖い)))


































































君の望みなんて知らない 僕の望みを叶えたいだけ





 、大好きな
 忍務でほんの数日離れていただけだったというのに、久しぶりに会ったは別れた日とはちがって、体中に怪我をして、肌が見えなくなるまで包帯が巻かれていた。あまりの変わりように血の気が下がったのは言うまでもない。思わず泣きそうになったら嬉しそうな顔で抱きしめてもらえて、零れる涙にたくさんの口付けをくれたのは死にそうなくらい嬉しかったけれど、自分の知らないところで恋人が満身創痍になっていることが恐ろしくてならなかった。
 行かないで、何処にもいかないで。俺を置いて逝かないで。
 忍になるのだから、それを願うのはとても難しい事だということはわかっていたけれど、言わずにはいられなかった。それだけ彼を、愛しているから。何もかもを省みずに求めた、彼だからこそ。
 そうして、知った学園に入り込んだ異分子の存在。先輩達は異分子に骨抜きになって、やるべき事をやらずに異分子を取り囲んでちやほやしているだけ。これを怒らずして何を怒れというのだ。嘆くには既に遅すぎるこの状況の中で。
 先生方はどうかというと、あの異分子を受け入れた学園長をはじめとしてそこそこ好意的に彼女を受け入れているらしい。どうにも、あの異分子は人を異様に惹きつけるというけったいな術を使うようだ。くのいちでも天女でも、妖の類でもないようなのに。
 あんなもの、学園の害にしかならない。何より、あれは俺の大切な恋人を間接的に殺そうとしている。本人にその意思がないのだとしても、それは許しがたい大罪だ。いるだけで害になるのならば、早々にその要因は排除しなければならない。
 俺達の間ではあっさりと出た結論だったけれど、それをすぐさま決行するわけにもいかない。だってあの淫売を学園に置くと定められたのは学園長先生だったし、彼女の周囲は六年生が固めているからだ。委員会も鍛錬もさぼりまくって腑抜けてしまっている六年生にならば、今なら勝てるかもしれないのだが、それでも面倒なことは極力少ないほうがいい。今は休息の必要なたちを危険に曝すような真似をする訳にもいかないし。
 その、とらなければならない休息も、現状ではとるのもひどく大変で。このままでは勘ちゃんの言うとおり、彼らが過労死しかねない。かといって、今現在行っている外敵への警戒と柱が抜けてしまった委員会の穴埋めをやめてしまえば、機能が停止した学園は間もなく終了のお知らせがやってくるだろう。大勢の生徒や教師の死と共に。それでも、休息をとらなければいずれは今現在の学園の支えとなっている連中が倒れてしまうのだから、学園の最期がくるのが遅いか早いかの違いしかない。今の、ままであれば。
 だから俺と勘ちゃん達五年生は、いろんな人の目をかいくぐって学園長の下へ直訴に走った。学園の現状ご存知かと。外敵の状況、委員会が機能停止寸前であること、生徒や教師の一部が過労で倒れる寸前までいっている事。その元凶が、天女と呼ばれる異分子とそれに集っている生徒達にある事。彼らをいさめようにも、異分子に傾倒しすぎており、下手に口を出すとこちらの身が危ないこと。このまま放っておけば、遠からず学園は襲撃され多くの犠牲が出るであろう事を。
 中立的な立場で傍観していた学園長はそこまで状況が悪くなっていたことには気づいていなかったらしく、顔を真っ白にしていた。そこで俺達は畳み掛けるように、今まで自分達もできる限りの穴埋めをしていたが、もう我慢ならない。現状の元凶となっているあの女を処分しない限り、自分達はもう動かない、と。
 ようはストライキの宣言をしたわけだ。学園長は案の定、さらに顔色を悪くして止めたけれど、原因は何の対策もせず傍観に徹していた先生方にもあるのだから、いくら宥め賺されようとも引く気はなかった。最終的には、学園の盾、支えとなっている生徒や教師を殺すおつもりかという一言で条件はあったが決着がついた。曰く、外敵は引き受けるが委員会だけは頼む、と。委員会だけならば彼らも休めるだろうと、その条件に是と返して、学園長の気が変わらないうちにと退出した。そして安全な場所まで駆けたところで、やっと安堵のため息をこぼすことができた。
 これでいい。これで、の怪我が増えていくことはない。しばらくは治療に専念できるだろう。少し安堵を覚えたら泣きたくなって、の顔が見たくなった。勘ちゃんやハチも同じだったらしく、顔を合わせた瞬間、三郎と雷蔵を残して別々の方向に走り出していた。

!」

 自室にいたは、貴重な休息の時間を利用して眠っていたらしく、枕だけを出して畳の上に寝そべっていた。おもむろに開いた瞼に、起こしてしまったかとうかつに大声を出してしまった自分を反省する。は疲れているのに。
 入るかどうしようか、部屋の入り口で障子をつかんで戸惑っていると、まだ眠気が抜けないのかぼんやりとした瞳のまま、は俺に向かって部屋に入るようにと手招いた。起こしてしまったことは怒っていないみたいだ。よかった。
 いそいそと部屋の中に入りの傍に座ると、彼はまぶしいものでも見るかのように目を細めて、小さく笑みを浮かべた。

「どうした、兵助?」

 寝起きの所為か、声が低くかすれている。閨を共にしたときみたいだ。どきりと胸が高鳴って、体の中がかっと熱くなる。きっと顔は真っ赤だ。なんだかいてもたってもいられなくなって、上半身を起こしたに抱きついた。

「兵助?」
、ストライキしよう!」
「は?」
「今日から外敵対策はなしで、委員会の持ち回りだけ継続するんだ」
「なっ……そんなことしたら、学園が……」
「大丈夫、そっちは学園長が引き受けてくれるから。いい加減先生達にも動いてもらわなきゃならないだろ?」
「まぁ、確かに」

 これ以上は俺達の手には余る、と疲れたため息をこぼすに、うんうんと力強くうなづく。

「だから、ゆっくり休んで、治療に専念して」

 自然と、声が懇願しているようなものになった。は目を見開くと、ふと優しい笑みを浮かべて俺をやわらかく抱きしめてくれた。

「ありがとな」
「ん」

 すり、と首筋になついて、の匂いを胸いっぱいに吸い込む。どきどきと安心を感じる匂いに混じって、消毒液と軟膏の匂いがした。



、大好き)(俺は愛してる)(!!!)(へーすけー?)(俺も、愛してる……!)



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