優しい終わり まだ遠く先にあるらしい





 冷やし中華始めました……もとい、ストライキ始めました。兵助から提案されたときはそんな勝手なことしていいのかと思ったんだが、どうやら事前に学園長に話をつけていたらしく、ストライキらしからず公な許可つきでの暴挙だ。いや、要求が受け入れられるまでは働かないって言うんだから、ストライキはストライキだけど。
 正直、体力気力共に限界が来ていたのでありがたい。おかげで夜はゆっくり眠れるし、傷が増えることがなくなったおかげで治りも早くなったような気がする。日々包帯も取れて白い面積も減っていくので、恋人の可愛らしい笑顔も戻ってきて万々歳だ。
 ちなみに、やめたのは外敵対策のみで、レギュラー達が絶賛放棄中の委員会活動の穴埋めは継続中だ。放り出すのが一番危険だと思われる生物と火薬は、天女を見てもなぜか惚れずに嫌悪し、正気を保ったままの五年生のおかげで正常に機能しだしたし、保健の方は最初から新野先生が仕事を放棄しているレギュラーたちに怒りの四つ角を浮かべながら、モブ達と一緒に薬を作ったりしているので問題はない。体育と学級委員長委員会は今のところは活動停止状態。作法も同様だ。作法特製の罠がないのが痛いが、そこは善法寺伊作先輩の件で鬱憤のたまっている奴でカバー。頼んだら外敵用のカラクリの数々をモブ仲間を率いて仕掛けてくれた。一度引っかかった奴を見たんだが、即死するか散々苦しめられて死んだ後か、その一歩手前。もしくは精神崩壊寸前でした。敵方のレギュラーもこぶ作りながら号泣してたし、ほんっとえげつねぇ……。今まで対保健委員用の安全設計な罠しか見たことなかったから心臓に悪いのなんの。ちなみにそちらの処理は現在死に物狂いで外敵対策に走り回っているレギュラーの先生方がしてくださいました。あまりのえげつなさに顔引きつらせてたぜ、ざまぁ。
 まぁ、そんな感じで委員会のフォローもしつつ平和をかみ締めていたわけなんだが。

「敵襲だー!」

 叫びながら、神崎左門が明後日の方向に走り去っていった。矢羽音も耳に痛いほど飛び交っている。どうやら学園襲撃イベントが始まったらしい。えー……。

「天女様誘拐イベント終わってたっけ?」

 かくんとが首をかしげる。

「終わってねぇな。多分アレだろ。俺らがストライキに入っちまったから、レギュラー総出の奪還作戦が取れなくなったんで、襲撃イベントが急遽前倒しになったんだろ」
「うわー……どうせ来るなら怪我が完治した後にしてほしかった」
「完治してたとしても、今回のイベントで怪我は免れねぇだろうからな。どっちがマシかって話だ」
「完治してた方が生存率は上がるはずなんだけどなぁ」
「満身創痍で鼠退治してたことを思えばへでもねぇな」
「麻痺しかけてるからなぁ、その辺の感覚」

 まぁ、死ななければいいか。
 恋人達が聞いていれば泣き出してしまいそうな言葉にただこくりと頷いて、ため息を一つ。

「なぁ、
「何だ?」
「このイベント参加したくねぇんだけど。すっげー嫌な予感がする」
「気持ちはわかるけど無理だろ。参加必須だと天の声が言っている」
「天の声がなんぼのもんじゃい!」
「じゃあモブの本能が叫んでる」
「ぐっ……否定できねぇ」

 そんな会話をしつつも、手は出撃の準備をするためにせかせかと働いている。半ば自分の意思とは関係なく武器を仕込んでいるのは、強制参加が決定しているからだろう。世界の強制力ってむごい。
 はというと、数本の火縄銃を担ぎ、忘れているものがないかをチェックしていた。あいつがこういうときに使っている火縄銃は、あらかじめ弾込めがされている。外敵対策をしているときは、これが何十丁も用意され、狙撃ポイントに用意されたカラクリに入れて隠してあった。これは一発、もしくは二発しか打てない銃を使い捨てにすることで一人では出しえないスピードを得ているのだ。薬込役がいればこんなことはせずにすむのだが、あの時はそれにさく人手も惜しかった。

「お前、それだけでいいのか?」
「銃か? あぁ、前のが結構残ってる」
「……火薬しけってないか?」
「大丈夫だ、様子だけは見に行ってた」
「珍しく用意周到なこって」
「ただじゃ終わらないことはわかりきってたからな」

 遠いところを見る目が痛々しい。だがしかし、気持ちはわかる。かく言う俺も刃物のストックには余念がなかったりする。忍刀に、脇差を二本、懐にクナイが二本と両足にくくりつけてあるホルダーに手裏剣が入れられるだけ。これで足りなくなったら倒した忍から強奪するんだが、今回そんな暇があるのやら。
 今現在の学園の戦力では、不安が付きまといすぎる。何せ、テンニョサマが来てからというもの、レギュラー達は鍛錬なんぞしてもいねぇし、先生達は外敵対策に走り回ってそろそろへばってきているはずだ。そうじゃないと、いくらイベントとはいえ学園が襲撃されるはずもない。それを防いでた俺らって実は何気に凄いのかもしれない。

「さて、行きますか」
「地獄の最果てまでごあんなーい、ってか」

 装備をチェックしてよしと頷きあうと、嫌そうに歪んだ顔を引き締めて、喧騒に揺れている外へと走り出した。





「兵助、状況は?」

 集合していたらしい五年生レギュラーとは入れ違いで、俺は兵助と合流した。この場所に来るのに何度か交戦していたのか、装束には返り血が少しばかりついているのが見える。それは俺も同じで、脇差を一本血と油でダメにし、手裏剣もいくつか消費していた。

「予想通りなのだ」
「五年以外はボロボロってか。わー、使えねー」
「それと、悪い知らせが」
「聞きたくねぇけど、何があった?」
「あの女が外に出たらしい」
「はぁっ!? 何だ、それ!? あの女ってあれだろ、テンニョサマだろ、おもっくそ今回の標的じゃねーか! 今の状況わかってんのか!?」
「……多分、わかっててやってるんだと思う」
「何じゃ、そりゃ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」

 つかむしろ死ね!
 こっちが死ぬような思いをしてまで戦ってるっていうのに、その原因はこの戦況の中でのんきにお出かけ気分で外に出てるとか、マジありえねぇ! イベントの渦中の存在だから死ぬことはないだろうが、そりゃねぇだろうが。

「……もういっそのことこの手で息の根止めてやりてぇ」

 そうすりゃ一気に片がつく気がする。思わずこぼしてしまった一言に兵助がぴくりと反応していたが、あいにく俺は眩暈がしてきそうな現状に手一杯でそのことには気がつかなかった。

「んで、そっちの方はどうなってる?」
「俺達は関わりたくないから、真っ先に助けに行きそうな人たちに情報を流しておいた」
「六年生か……現状でどれだけ戦えるのやら」
「たぶん一対一なら五年生でも勝てると思う」
「わー、嬉しくねー」

 まぁ、地べたはいずってでもテンニョサマの為なら戦ってくれるんだろうけどな。
 頭痛がしてきたような気がしてぐりぐりとこめかみを揉んでいると、俺達の反対側の方で、「伊作先輩の馬鹿ー! 尻軽ー!」という雄叫びが派手な爆発音と共に響いてきた。あの声はわれ等モブの仲間であり、善法寺伊作先輩の恋人であるアイツの声だ。ならあの爆発音はあいつが仕掛けた罠が発動する音なんだろう。今回の件の鬱憤を晴らすがごとく暴れまくってんだろうな。

「……行くか」
「あの売女の所にか?」
「事実だったとしてもそんな言葉を口にしちゃいけません。っつーかお前の口から聞きたくねぇ」
「わかった、もう言わない。でも行くのか、本当に?」
「今の六年生だけじゃ心配すぎる」
「それはそうだけど」

 なにもが行かなくても。
 そう言って可愛らしく唇を尖らせる兵助に、できれば俺も行きたくねぇんだけど、という本音は飲み込んで、ぽんとその背を叩いた。

「頼りにしてるぜ、兵助」
「……うん」

 面映そうに頷いた兵助ににっと笑みを向けて、事の中心地に向けて走り出した。



(使えねぇ!)(あの女は死守しつつもぼろぼろで下級生が人質って……先輩って呼ぶのやめていいんじゃないか、もう)(それが許されるならな! 待ってろ、一年今助けたる!)(カッコイイ……!)






















































































子供が幸せそうに笑うよ 僕はもう笑えないのに





「なにがどうしてそうなった……!」

 ずしゃぁっと畳の上にくず折れて、は今にも魂を吐き出さんばかりに嘆いている。久々知といい疫病神といい、つくづく苦労を背負い込む奴だと半ば感心しながらも彼の気持ちは理解できるので、同情のまなざしと共にふるふると震えている肩を叩いてやった。
 何があったのかというと、事の起こりは数日前。あの学園襲撃の日にまで遡る。俺とはそれぞれ恋人と落ち合い、役立たずな六年生となぜか部屋から出てきて外をうろついていた馬鹿な女と、その疫病神を追いかけてきてしまったがために人質にとられてしまった一年生の救出をするために動いていた。
 俺と勘右衛門は火縄銃で後方から援護。と久々知は直接一年生の救出。そんな役割分担が相談するまでもなくできて、難なく一年生は奪還できた。
 けしてあの女のためなんかではなく、可愛い後輩のための行動だったのだが、あの女は何を勘違いしたのか、私のために、と目をハートにしていらんくらいキラキラとした目でを見ていた。どうやら一年生のあまりにも鮮やかな救出劇に惚れてしまったらしい。当の本人は救出したばっかりの一年生に同じくキラキラとした瞳――こちらは尊敬と憧れ――で、一年は組の皆本金吾といったか、その子供に見つめられサインをせがまれるという事態に気をとられていたために、その時は結果的に助けることになった女の目には気づいていなかったらしい。後日、嫉妬深い恋人から知らされて、現在は畳とお友達になっているのだが。

「兵助が妬いてくれるのは可愛いんだけど、こんな事態はノーサンキュー……」
「……レギュラーはどうしてる?」
「一部は俺と会わせないようにするために壁になってて、一部は私刑目的で俺を探し回ってる」

 理不尽だといわんばかりに普段よりも一オクターブ、低い声で唸るように現状を告げる。それにしても一部は、か。

「他の連中は?」
「……いつもよりも察しが良いじゃねーか」
「俺も一応五年なんで。それで?」
「体育委員会の連中は、金吾っつったっけ? あの子を助けられなかった負い目もあるらしくって、恩人を敵視するのはちょっとっつって控えめに止めながら傍観してる。一はの子供たちは、この前様子見に行ったら感謝された。火薬委員は兵助が抑えてくれてるし、生物委員は竹谷が抑えてる。学級委員長委員会は一いの子供を除いてこっち側。作法の罠はあってもかたっぱしからぶっつぶしてる奴がいるから無問題」
「あぁ、あいつか」
「そ。今頃、しかも味方に対して罠を大量生産するなんて許せんって」

 この前の襲撃でだいぶと派手に暴れていたのだが、それだけでは鬱憤を晴らしきれなかったらしく、その後もレギュラー連中が仲間に対して危害を加えようとしているので大分とキているらしい。この調子じゃあ、イベント終了後が怖いな。善法寺先輩、ご愁傷さま。
 心の中でこっそりと拝んで、でも、と首をかしげた。

「俺達は俺達に直接かかわりのある人間にしか認識できないだろう」

 つまりは五年生レギュラーと、彼らの委員会の人間が少しと、六年生では善法寺先輩のみ。一年は組に認識されていたのは、彼らがこの世界の中心である事と、自身が認識されようと思って姿を現したからだ。その他の人間には、たとえ隣にいてもたくさんいる後輩や先輩、生徒の一人くらいにしか思われないはずだ。何せ我等はモブである。モブは背景と同義。それが世界の鉄則だ。

「そうなんだよなー。だから安全っちゃ安全なんだが」
「……それなのに何故テンニョサマはを個として認識しているんだ?」
「違う次元の人間だからこの世界の法則が当てはまらんのだろう」

 多分な。
 そう付け足したの顔は、とてつもなく嫌そうに歪んでいた。
 確かに彼女はここにあってここにはない世界の法則の元にある。それゆえに彼女は現在この世界の中心であり、まったくの異分子。それがを個として認識している理由だというのなら、そのほかにいるモブものように個として認識することができるということか。今まで俺達モブは、あの女が来たときの気色の悪い感覚に嫌な予感を覚えていたので彼女に近づくことはしなかったし、彼女も俺達には興味がないようだったからまったく接触せずにいられたが、彼女がに惚れてしまったのだから、これまでのようにはいかないだろう。

「全く以って面倒くさい」
「そりゃ俺の台詞だ。という訳で徹底的に逃げるぞ、協力しろ」
「そんなものなくても逃げられるだろう。相手はただの女だ」
「いや、そうじゃなくて、居場所を誤魔化すのをだ」
「それだけでいいのか?」
「そうかそれ以上もしてくれんのかじゃあ楽しみにしとくぞ言質はとった」

 一息で言い切る。しまった、言葉の選択の仕方を間違えた。だがしかし、後悔しても後の祭り。覆水盆に返らず。の言う通り言質はとられてしまっている。さて、何をやらされるのやら。
 先のことを思い煩って顔を引きつらせていると、畳に腹ばいになったまま頬杖をついて、は疲れきったような達観したかのような表情で、ぼそりと呟いた。

「まぁ、俺達がどうこうする前に兵助たちが動くだろうけどな」
「あぁ、確かに」

 あの熱烈にを愛している久々知が現状を黙って見ているわけがない。
 先に言ったように、久々知は嫉妬深いのだ。そして、包帯だらけになっていたをものすごく心配していたから、あの女に対しては底知れぬ恨みを抱いているはず。怖いなぁ……。



(近日中にいなくなるかもなー、テンニョサマ)(行き先は地面の下か)(水の底かもよ)(……その前に空に帰れるといいがな)(あいつら狙った獲物は逃がさねぇからなー……望み薄)(さすが経験者)(てめぇが言うな、尾浜の獲物の癖して)(え、そうなの?)(滅びろ)(酷っ!)























































































そこは地獄なのでしょう ここと同じようなもの





 だからが行かなくても良いって言ったのに!
 あのアバズレ、あの売女! あれだけ上級生を中心としたいろんな男を誑し込んで囲まれている癖して、よりにもよってを好きになるなんて! 確かには強いしカッコイイしとても優しい。男を見る目は確かにあるんだろう。でもは俺の恋人で、俺のものなのだ。それにあの女はを間接的に殺そうとした。そんな女に、誰が渡すものか。
 あの女はを探し回っているらしい。は逃げ回っているし、俺達もの友人達もの居場所を誤魔化してとあの女が鉢合わせないようにしているけれど、いつかは顔を合わすはめになるだろう。
 だがそうなる前に。

「殺す」
「へーすけー、物騒。目が据わってるよ」

 勘ちゃんがへらりと笑って指摘する。それはそうだろう。最愛の恋人に手を出されようとしていて、目が座らないはずもない。間接的にを殺そうとしたことだけでも許せないというのに。

「そうは言うけど勘ちゃん。これがだったら」
「うん、天にお帰り願おうか。強制的にでも」

 目だけが笑っていない笑顔で言い切った。やっぱり勘ちゃんだってそう思うんじゃないか。

「そりゃぁね、はおれのものだもの。あんなアバズレに渡すくらいなら死んでもらうよ」
「あの女に?」
「当然」
「ならいいだろう。それに最終的な目的はそれだったし」

 だって、この前いっそこの手で息の根止めてやりたいって言ってたし。の心情的にも六年生の現在の実力的にも全然問題はない。さて、決行はいつにしようか。

「……やるのは別に反対しないけど、先生とか学園長とかはどうするの? 今の腑抜けた六年生なら出しぬけても、先生方はそうはいかないだろう」
「む……それもそうか」
「学園長先生に許可を得るのが手っ取り早いんだけど、ね……」

 確かに、あの女を学園に置くと判断したのは学園長だ。だから女の身の安全は保障されているし、勝手に俺達がどうこうしていい問題じゃない。けれども、あの女が来てからこれまでに色々と問題は生じている。達の変わりに外敵対策に走り回っていた先生方も、この前の襲撃で限界を感じているはずだ。
 付け入る隙ならば、ある。

「勘ちゃん」
「ん、何?」
「学園長の所に行こう」

 その言葉に頷いた勘ちゃんの顔は恐ろしく無邪気で純粋なもので。その勘ちゃんの目に映った俺も、似たような顔をしていた。

 

(ぞくり)(……何やら嫌な予感がするのぅ)(ヘム〜?)(学園長先生、少しよろしいですか?)(……はぁ)




















































































助けてくれる人はいたけど 助けなんて要らないんだ





「た、助け……っ」

 ぼろぼろと、顔から出るもの全部を出して、縄で容赦なくぐるぐる巻きにされた女が媚びた目をして兵助を見上げる。兵助はそれを汚いものを見るような目で見て、嫌悪を隠そうともせずに女の腹あたりを蹴り上げた。女はぐぅっと呻いて体を折り曲げ、胃の中の物を吐いた。
 仕方のないことだけど、汚いなぁ。
 そんなことを思っていても口はつぐんでいると、兵助は一言汚いと言い放った。女はこの世のものでもない存在を見たかのような驚愕でその顔を染めて、地面に顔をこすりつけながらおれ達を見上げた。
 今現在の状況を遠まわしに言うと、力ずくでテンニョサマに天にお帰り願っている真っ最中で、簡単に言うと排除行動中。この女の周りは弱体化しているとはいえ六年生が固めているから連れ出すのも難しいと思っていたんだけど、結構簡単にできたんだよね。が呼んでるって言ったら一発だった。この前学園が襲撃されて、自分が狙われてるってわかってるはずなのに、第三者に好いてる男が呼んでるって言われてほいほいついていくなんてなんて頭の軽い馬鹿な女なんだろう。ちなみに呼び出すときには鉢屋協力の下変装しました。顔は知られてるから、後から面倒なことになっても嫌だし。
 こんなのに惚れられたもかわいそうだよ、本当に。しかもこの女は、自分が原因でしばらく前までが全身包帯だらけになっていたことも知らないのだ。だから余計に兵助の怒り具合は凄まじい。おれもがああなってたら、今この場面で冷静でいられる余裕はないだろうし。
 おれの場合は、まだよかった。だって危険はあったものの、の基本的な立ち位置は後方支援。最前線に立って、プロの忍者を相手にしているよりはまだマシだ。それにしても、が火縄銃をああいうふうに扱っているとは思わなかった。大量に玉込めをした火縄銃を用意して、使う寸前にいくつかに火をつけて連射とかって、あまり考え付かないよ。いろんな場所に器用にカラクリに隠してあるのを全部把握して使いこなしてるし。しかも重さも長さもあって扱いが難しいものを両手で一つずつ持って、両方とも自在に操っていた。がこんなにも強いとは思わなかったし、最初はものすごく驚いたけどものすごく格好よかった。が言うには疫病神の女が来てから身につけた技術だそうだけど、そんなの信じられないくらい熟練して見えたよ。それだけ短い間に経験を積んだってことだから、やっぱり女に対しては殺意を覚える。持ってて無駄にならない技能だけどさ。

「で、どうするの、兵助」
「決まってるだろう」
「まぁ、そうだけどさ。どっかに売り飛ばしてから秘密裏に、とかやるのかと思って」
「それも考えたけど、顔と咽喉つぶすの面倒だし、もし見つかったりここに帰ってこようとされても困るし」

 あぁ、確かに。
 心底面倒くさそうに顔をしかめる兵助に、おれはこっくりと頷き、女は顔を真っ青にして芋虫のように地面を這っておれ達から逃げようとした。まぁ、兵助に遠慮なく踏みつけられて呻いてたけど。
 女のほうは、もう恐怖のあまり言葉もないみたいで、最初は耳が痛くなるくらいわめいていたのが嘘のように静かになっている。このまま黙っててほしいよね、うっかりトドメさしちゃいそうだから。そんなことしたら兵助の鬱憤を晴らす先がなくなっちゃうから気をつけないと。

「ならどうぞ」
「勘ちゃんはいいの?」
「そっちほどは悪くなかったし」

 兵助の邪魔をする気はないし、そのオキレイな顔に一太刀入れさせてもらえれば。

「わかった。なら遠慮なく」
「はいどうぞ」

 その後は言わずもがな。響く悲鳴を無視してあっさりばっさり、掘ってあった穴に埋めてはい終了。宣言どおり顔に一太刀入れさせてもらいました。兵助はもう余すことなく滅多切りして骨砕いてってかなりえぐかったよ、うん。

 

(あー、すっきりした)(鬱憤全部発散できた?)(んー、まだちょっと残ってるかも)(そっか)(うん)(……今の先輩なら発散先にできるんじゃない?)(うん、そのつもり)(先輩、自業自得でいい気味だけどご愁傷様)






















































































君が居ない世界も 変わりなく美しい





 寝て目が覚めたら天女様がいなくなっていました、まる。レギュラーの皆様が言うには天に帰ってしまったらしいです。って、これって絶対あれだよな。俺のかわいーい恋人様がなんかやらかしたんだよな、きっと。なんかすっごい殺気立ってたし。でも見事に証拠はないし、あったとしても見つからないうちに五年レギュラーの他の誰かがフォローしているだろう。どっちにしろ、俺に平和が戻ってきたんだし、見ざる聞かざる言わざるで知らんふりをするのが妥当だろう。むしろ礼を言いたいくらいだ。でも兵助は俺には知られたくないだろうし、礼を言う代わりに思い切り甘やかしておくことにした。
 そんでもって、当の恋人様はただいま合同訓練で六年生と対戦中。体術で挑んでくる六年生をいなして。

「投げた」
「綺麗に決まったなー、今」
「あ、先輩が気絶してる」
「受身取り損ねたんだな」
「わー、情けなーい」

 言いたい放題である。しかも情けなーいと言った勘右衛門の声はそれはもう嬉しそうに弾んでいた。うん、その気持ちはもの凄く良くわかる。俺も正直いい気味だと思ったからな。六年生たちは呆然とした表情で簡単に投げられてあまつさえ気を失ってしまった同輩と、あっさりと勝利を手にした兵助を見ていた。まさかこんなに簡単に負けるとは思ってなかったんだろうなー。
 そんなことを思っている間にも、六年生は五年生に次々と敗北していっている。中には勝っている六年生もいるけど、それは五年生のほうも当たり前のように受け入れることのできる相手で。まぁ、ぶっちゃけ、負けている六年生は例のテンニョサマに骨抜きだった奴らばっかりで、勝っている六年はあの女がいた間も東奔西走して学園の機能維持を頑張っていた尊敬できる先輩だ。かく言う俺も、あの食満留三郎先輩に勝てるとかいう奇跡が起きました。いやぁ、いい気分。

〜」
「お疲れ、兵助」
「うん」

 浮かべられた笑み周りには、花とハートが飛んでいる。うんうん、可愛い。いつもの兵助だ。先輩を投げ飛ばすことで、大分とすっきりしたのだろう。対戦前まであったぴりぴりとした雰囲気がなくなっている。
良かった良かった。

「うわっ、ちょ、待って……本当にごめんなさい、僕が悪かったってば!」
「問答無用!」

 怒鳴り声と共に、がしょん、とカラクリの動く音がする。恋人に徹底的にやりこめられている善法寺先輩を見て、俺と兵助は顔を見合わせた。

「この組み合わせって籤だったよな」
「うん。先生達が作ったからイカサマもできないはずだ」
「……不運だな」
「まぁ、保健委員会だし」
「ところで立花先輩が恋する乙女のような顔で俺の級友を見てんだけど」
「この前の襲撃で他にもいくつかロマンスが生まれたって聞いたのだ」
「ロマンス……」
「ロマンスなのだ」

 なんて忍者学校に不似合いな響きなんだろうか。というか、ロマンスって、ロマンスって……! あまりにもむず痒い響きに体中をかきむしりたくなる。微妙な表情をしていると、くいっと袖を指先で引かれた。兵助だ。何か言いたげにじっと大きな目で俺を見上げてくる。仕草がいちいち可愛いなぁ、オイ。

「人の恋路を邪魔すると豆腐の角に頭をぶつけて死ぬって」
「……そこで馬の足に蹴られてって言わないところがお前だよな」

 こくり、と頷く兵助に、一つ息をついてみせる。

「今日の飯に豆腐ついてたら、お前にやる」
「ありがとう」

 再び花とハートを散らして笑みを浮かべた兵助に、俺も苦笑を浮かべた。
 少々腹の立つことに、学園も至極あっさりと通常運転に戻ったし、まだもう少しあの疫病神が残した爪痕に悩まされる日々は続くだろうが、ま、結果的に世はなべてこともなし、ってか。



(とりあえずは一件落着?)(しばらくの間はレギュラー陣いびり倒してやるがな)(あの、目が据わってますが、さん?)(アレだけ迷惑をかけておきながらあっさり日常に戻れると思うなよ、野郎ども)(……返り討ちにされないか?)(実力の水準が元に戻るまでの間に決まってんだろ)(さいで。それなら俺も手伝おうかな)(よし手伝え)(あれ、またなんか墓穴掘った……?)(、俺も手伝う!)(ありがと兵助)(が手伝うならおれも手伝おうかな)(……助けてくれないんだ、勘ちゃん)(だってもう決定事項でしょ?)(……あぁ)






あとがき
 ずいぶんと時間がかかりましたが、これにて『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす・天女闖入編』は終了です。いやー、ずいぶんと色々な伏線が入りまくっていますが、そこはまた今度フォロー入れていく予定なので、気長に待ってやってくださいませ。
 あと、ご希望がありましたら、この話をフリーとして配布しようとかな、と思っていたり。今のところ考え中です。というかそもそも、欲しい人なんているのだろうか……。
 とにもかくにも、当サイトは50万hitという数字にたどり着くことができました。本当にありがとうございました! なめさんなみの更新速度な当サイトではございますが、稚拙な作品と未熟な管理人ともども、これからもよろしくお願い申し上げます。

秋月しじま 拝