7.仮面


 が聖域につれてこられてから早数日。双魚宮従者の手早い仕事で、瞬く間に生活の場は整えられ。
 外界用の複数着と、普段着用のキトン(イオニア式)やヒマティオンをクローゼットいっぱい。そして何着かの法衣を用意するときなんかは一日中アフロディーテとロゼと女官の着せ替え人形にされ、体力が底をつきぶっ倒れて大人達を慌てさせるという事もあった。
 そんなこんなでが聖域――まだほんの一部だが――に慣れてきた頃、白羊宮の主ランティスから連絡があった。
 曰く、用の仮面が出来た、と。





「もうできたのか、早かったな」

 驚きと不満半々で、アフロディーテはテーブルの上に置かれた仮面を見やった。
 オリハルコンやガマニオン等、聖衣と同じ素材で出来たそれはつるりとした真珠色をしており、左頬には射手座の星座が描かれている。
 仮面自体は女聖闘士用にいくつか用意してあるらしいのだが、他の聖闘士とは一線を画する黄金聖闘士の小宇宙に耐えうる強度の物は存在しなかったらしく、聖衣の修復師であるランティスに仮面の作成を依頼したそうだ。
 いつの間にと思い聞いたところ、が黄金聖闘士だと知れた直後、アフロディーテが小宇宙通信で頼んだらしい。

 ランティスはアフロディーテの膝の上に乗せられようとしたを横から取り上げて己の膝の上に降ろし、恨みがましい視線を涼しい顔で流して己の従者が出した紅茶を啜った。
 こういう時は常に誰かの膝の上に乗せられるは、既に抵抗を諦めている。

「破損して持ち込まれる聖衣はないし、青炎は二日前に任務で出て行っちゃって暇だったからね」
「チッ、もう少しかかると思ってたのに」
「これでの顔も見納めだね。愛らしい顔が見られなくなるのは私も残念だと思うけど、それが古からの慣習だし」
「仕方ないのは私もわかってるさ。でも何でもう少し仮面の作成見合わせてくれなかったのさ?」
「言ったよ。青炎が任務について暇になったからだって。文句があるなら任務を青炎に渡した教皇に言いなよ」
「……あんの狸が、わざとだろ絶対」

 クッキーを食べ、蜂蜜入りのホットミルクを啜るの頭上でそんな会話が交わされる。
 それで新たに、天秤座と牡羊座との関係を知り、内心でにやりと笑った。
 ここ聖域では、未だに神代の世界観を有しており、男同士の恋愛もそう偏見を持たれる事も無く存在している。女が少ない、というのも、それに拍車をかけているようでもある。
 師たる魚座とこの数日でも何度か世話になっている蟹座もそういう関係らしい。
 聖闘士になるのは面倒だが、こういう特典がついてくるのはおいしい。外から見ている限りは、と心の中で付け足し、転生しても治らなかった腐った思考にふたをした。
 あまり好奇心を出すと男同士の痴情に巻き込まれかねない。いくら連中がの愛する美人達だとしても、それだけは御免被る。
 中身が半分ほどに減ったコップをテーブルの上に置き、師が睨むようにして見ていた仮面に視線を移す。中央のあたりに置かれたそれに、の手が届かないのが明白で、少しばかり考えるように見つめた後、ふわりと仮面を浮かせた。
 頭上での会話がぴたりと止まり、と危うげなくその手に収まった仮面とを凝視する。
 そうなる事がわかりきっていながらPKを人前で初披露したは、痛いほどの視線をまるっきり無視して仮面の内側を見やり、顔につけてみた。
 不思議なことに視界が遮られるということは無く、息苦しさも感じない。多少蒸れはするが、まあ我慢のきく範囲だ。
 視界云々に関しては、遮られたとしても小宇宙で補えばいいのだろうが。
 しかし、いつも原作で女聖闘士を見るたびにどうやって顔にくっつけているのかと思ったが、そうか。仮面の素材が小宇宙に反応して磁石みたいに引き合うのか。ということは度々仮面が壊れたり外れたりするシャイナは仮面が悪いか小宇宙が不安定で、魔鈴はどちらも超硬合金並みってか。
 記憶にある女聖闘士を思い浮かべ、下手に取られないように気をつけよう、目指せ魔鈴と決意する。
 ランティスは、密かに拳を握り締めるの仮面を内心の動揺を押し隠しつつもぺりっとはがし、アフロディーテに投げ渡すと、上からを覗き込んだ。

、もう一回さっきと同じ事やってくれる?」
「はーい」

 思った通りの反応をありがとう。
 笑みの裏で口端を吊り上げながら、もう一度アフロディーテの手元にある仮面を引き寄せた。
 途中何かが引っかかったような感覚がしないでもなかったが、干渉してくる力はそれほど強くなかったので、勢い良く引き剥がさせてもらう。
 その衝撃で、テーブルや部屋の内にある装飾品が揺れた。
 アフロディーテは愕然と目を見張る。

「凄いね。たいしたサイコキネシスだ。もしかしてキメラを倒したって言うのはこれかな?」
「……たぶん。あの時は小宇宙も混じってたけど」
「今の様子じゃそれも極僅かで、力の大方はPKだったんだろう。本気を出さなかったとはいえ、君の妨害をものともしなかった。は今三歳って言ってたっけ? この年でこれだけ力が有ってコントロールも出来てるなんて、末恐ろしいというか将来が楽しみというか……まさしく金の卵だね」
「ふふん、羨ましかろう」
「別に」

 感嘆するランティスに胸を張るが、スパッと切り捨てられて麗人が脹れた。は再び付けた仮面越しにその表情を眺め、どんな表情をしても似合うから美人は得だと妬み半分感心半分。
 ランティスは持ち上げていたカップを静かにソーサーにおろし、の髪を撫でた。

、その仮面気に入ってくれた?」
「はい! ありがとうございます、ランティスさま」
「うん。どういたしまして。無いとは思うけど、もし壊れたりしたらすぐ持ってきて。あとサイズが合わなくなった時も」
「はい」

 珍しく微笑みを浮かべる黄金の羊様に、仮面を取って良い子の返事と笑みを向ける。
 第一印象が良かったのか何なのかは知らないが、はこの淡々とした人に気に入られたらしい。美を愛するとしては嬉しい限りだ。
 子供ぶりっ子は相も変わらずやっているほうが鳥肌が立ちそうだが、こういう反応が美人から返ってくるのなら悪くは無い。
 ぶっちゃけると楽しい。
 にこにこと機嫌よく笑うに内心可愛いと大絶叫しながら、アフロディーテはその小さな手に握られた仮面を睨みつけた。
 何で仮面着用の掟が存在するのかと、弟子の顔が見られなくなる不満全開で。
 そんな友人を尻目に、その不満の一端を担っている仮面の製作者は涼しい顔をして、膝の上の小さな客人の頭を撫でた。




 
 双魚宮と白羊宮は最上と最下に在り、間に十の宮が存在する。つまり白羊宮を行き来すると、宮にいる人間ほ全員と顔をあわせるのだ。
 行きは急いでいるからと挨拶のみで降りたのだが、帰りは倍以上の時間がかかった。
 何せ会う人間全員が何くれと無くを構うのだ。
 金牛宮では牡牛座のアルデバラン(本名は他にあるそうだ)の肩に乗せられて巨蟹宮まで行き(二メートルを超える視界は凄かった)、巨蟹宮ではそれを見たデスマスクが家族のようだとアフロディーテをからかったのをきっかけに痴話喧嘩が勃発し、技が出て千日戦争になりかけた所を切れたがPKで二人まとめてふっとばした事により収束。
 天蝎宮では蠍座のスーラがアフロディーテに抱かれていたを物凄い勢いで奪い取って可愛いと連呼しながら頬擦りをし、アフロディーテが怒ってまたもや千日戦争が勃発しかけたが再びがPKで以下略。
 磨羯宮では山羊座のパーンが厳しい顔をほころばせて大量の菓子をに渡し、宝瓶宮では水瓶座のエリアーデ――何と女にしか見えない男。本人曰く「心は女」らしい――には満面の笑みでドレスを贈られた。
 これにはアフロディーテが大喜び。しかしは既に体力がついていかず、ぐったりとしていた。
 何せ双魚宮に帰った途端、気絶するように眠ってしまい、翌朝まで全く目覚めなかったのだから。












 仮面の設定は捏造です。うちではあんな感じ。

ちょっとした豆知識(?)
 古代ギリシアのアテナイやスパルタでは少年愛は、市民の義務や文化制度だったそうです。
 軍の信頼強化の一環だったとか。
 他にも、古代ローマ帝国の皇帝ネロが王妃ポッパエアの死後、16歳前後であったと考えられる世紀の美少年スポルスを見出し、去勢して女装させ、自らの第三の妃に据えたという話も。(うわぁ;)
 このスポルスはポッパエアにそっくりであったとも伝わっているそうです。



 も一つついでに、紀元二世紀の古代ローマのストラトー(ストラトーン)がギリシア語の詩を集めて編んだ詞華集『少年のミューズ(ムーサ・パイディケー,Musa Puerilis)』に収めた自身の詩で。

「12歳の花の盛りの少年は素晴らしい。13歳の少年はもっと素敵だ。14歳の少年はなお甘美な愛の花だ。15歳になったばかりの少年は一層素晴らしい。16歳だと、神の相手が相応しい。17歳の少年となると、おれの相手じゃなく、ゼウス神の相手だ、おお!」

 とうたっているそうです。(んーじゃそりゃ)
 少年愛とは元々「善なる少年を求める」(性的なものを求めたり求めなかったり)ことで、この時代には同性愛の区別もつかなくなるほど性愛のあらゆる分野で退廃し、見境が無くなっていたとか。
 詳しく知りたい方はウィキペディアをどうぞ。少年愛で検索したら出てきます。


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