恋する5のお題



● 友人の話曰く。(八左ヱ門)





 八左ヱ門にはという先輩と恋愛関係にある友人が一人いる。いや、恋愛関係、と言っていいものかどうかわからない曖昧な関係を、友人たる久々知兵助は三年の終わりから二年以上続けていた。それというのも、兵助もも好きだという好意を伝える言葉を互いに口にして伝えることもなく、身体だけの関係だからだ。というか、兵助はのことが死ぬほど好き――何せ切羽詰って抱いてくれと縋りに行ったほどだ――なのだが、が兵助を好いているのかどうかが全く解らない。仲が良いのは見ていれば解る。けれどそれが恋愛感情かどうかと言われればさっぱりなのだ。
 兵助は構ってもらえるだけでも嬉しいと言い、本当に幸せそうな顔もするが、時折泣きたいのをぐっとこらえるような顔をする。そんな時は決まって、兵助以外の人間――主に某作法委員長だ――がの横に立っていて、その人は兵助と同じような目でを見ている。酷く辛そうで切ないその顔は、見ている方が泣きたくなるほどで。
 そしてそんな兵助に、あの先輩は気付いていながら笑みを向けてくるのだ。そのことに気付いた時、何と性質が悪いのだろうと思わずにはいられなかった。

「と言う訳で、邪魔してみようと思います!」
「えー」
「勇者だな、ハチ」
「え〜と…頑張ってねハチ」
「何言ってるんだ、お前たちもやるんだよ!」
「「「え゛」」」

 俄然やる気になって拳を握り締めている八左ヱ門の宣言に、完全に巻き込まれた形の三人は返事の代わりに低く呻いた。戸惑ったり嫌がっていたり面倒がっていたりと表情は三者三様ではあるが、いずれも拒否していることには変わりなかった。そのことに八左ヱ門は脹れる。

「なんだよ、兵助がこのままでもいいって言うのか?」
「そうは言わないけど……」
「よし、なら雷蔵は参加決定」
「えぇ!?」
「だから三郎も参加決定で」
「待て、私は協力しないからな。言葉の通り豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことになりかねない」
「うーん、おれはやってもいいかな」
「「勘ちゃん!?」」
「よっしゃ!」

 思い切り嫌そうな顔で不参加を宣言した三郎の後に、天井を見上げて何事かを考えていた勘右衛門が参加を表明する。それに八左ヱ門はガッツポーズを見せ、三郎と雷蔵は意外なあまり声を重ねる。
 頑張るぞーと一人拳を振り上げて気合を入れている八左ヱ門を尻目に、二人はどうして、と勘右衛門に詰め寄った。

「だってはっちゃんが張り切ってるから」

 ほどほどに付き合ってあげようかなって。
 しょうのない子と言わんばかりに微笑む勘右衛門の顔に母性らしきものを見てしまった二人は、顔を見合わせると深々と溜息をついた。しばらくは八左ヱ門の唐突な思いつきに振り回される事になりそうだった。












































































● 現実と夢の違い。(雷蔵)





 雷蔵にとって、という先輩は、六年生の中ではそこそこにありがたい先輩だと思っていた。基本的に無表情で、後輩に優しいとは言っても三年生以下に限られた事だったりしてとっつきにくい部分はあるが、それでも話しかければ可愛がるのでも厭うのでもなく公平に接してくれる存在だからだ。
 彼は他人と認識している存在は至極どうでもいいらしい。けれどもそのどうでもよさは公平という形で現れるので、害という害はなかった。むしろ彼が身内だとか気に入っただとか言っている人間にのみ、彼の性悪な部分の被害に遭っているのではないだろうか。
 そんな訳で、雷蔵とは至極平穏な先輩後輩な関係だった。図書室で暴れている人間を外に放り出してくれたり――例えそれが彼の級友たる図書委員長であっても一切容赦はしない――本を延滞させずきっちりと期間内に返してくれたりと、図書委員にとっても良い先輩でもある。
 そんな、素直に尊敬できる先輩ではあるが、性癖だけは理解できない。理解しなくてもいいことであると思っているし、自分と自分が大切に思っている人が被害に遭っていないのならばそれでいいとも思っている。
 兵助のことに関しては、想い人によって受ける喜びも悲しみも恋をしている証なのだから、兵助がもう無理だと音を上げるまでは下手に関与しないほうがいいのだ。何せ彼は今の状態をもう二年以上も続けているし、嫌だと口に出すことは一切無い。辛そうな顔をすることもあるが、むしろ、なんともいえぬ幸せそうな顔をする事の方が多い。その顔を見ると、下手に横槍を入れないほうがいいと思うのだ。
 だから、先輩の魔の手から兵助を救い出すのだと燃えている八左ヱ門がいないときは、兵助がと一緒にいても今までどおり彼の恋を静観していた。

「あ」

 遠目に、兵助と、彼と話しているを見つけて、雷蔵は思わず声を漏らした。声に出して初めてそのことに気付いた雷蔵は、はっと息を呑んで口元を押さえる。そのままきょろきょろと辺りを見回して、ほっと安堵の息をついた。八左ヱ門がいたら、また彼らの間に突入していたに違いない。
 もう一度雷蔵は兵助たちを見る。兵助を相手にしているは常よりも柔らかな表情をしており、兵助もどことなく嬉しそうだ。いい雰囲気、というものだろう。しばらく何らかの冊子を開いたまま会話を交わすと、は兵助の頭を二三度ぽんぽんと撫で、一瞬だけ頬に触れて去って行った。兵助は、一瞬だけぬくもりが掠めていった頬に手で触れ、頬を朱に染めて本当に嬉しそうに笑う。
 雷蔵は声に出さず、あ、と呟いた。あんなにも嬉しそうな顔で笑うのは、初めて見る気がする。の後を追っていく友人の背を見送って。

「やっぱり邪魔しちゃ駄目だよね」

 あんなにも嬉しそうな、幸せそうな顔で笑うのだから。
 兵助の邪魔じゃなくて八左ヱ門の邪魔をしようか。そんなことを思いながら、雷蔵は先ほどの兵助の顔を思い出して、つられるように嬉しそうな笑みを浮かべた。













































































● 恋をして綺麗になる。(勘右衛門)





 兵助が最近不機嫌だ。それはそうだろう。愛しの先輩との時間を何度も邪魔されているのだから。そろそろ止めてあげないと兵助が切れて暴れだしそうだ。苛立ちが若干顔に表れ始めている親友の顔をちらりと横目で見て、小さく息をつく。
 最初、勘右衛門は八左ヱ門の提案に乗るつもりは無かった。第三者が友人とはいえ他人の色恋沙汰に首を突っ込んだ所で、拗れて悪化するのが関の山だからだ。そのあたり、八左ヱ門はわかっていないと思う。義理堅く友情に厚い彼にとっては厚意から来る行動であったとしても、兵助にとってはありがた迷惑な話でしかないだろう。そして先輩は事の成り行きを観察して面白がっているに違いない。

「兵助」
先輩!」

 どうやって八左ヱ門を宥めようかと考え始めたとき、前方からきたに声をかけられて、兵助の顔がぱっと輝く。それだけで雰囲気が華やぎ、兵助が綺麗に見える。恋をすると女は綺麗になると言うが、それは男でも変わらないらしい。
 は手に持ったプリントを兵助に見せ、今度仕入れた火薬がどうのと説明し始める。どうやら委員会の連絡事項らしい。は学園長のおつかいや演習などで月の半分は学園から出ている為、火薬委員会は実質兵助の手で回されているような状況だ。だから、二人は良くこうして情報を摺り合わせたり細かく打ち合わせを行っている。兵助は、先輩はよくサボると愚痴っているが、こういう姿を見ると、それもある程度は見せかけの態度でしかないのだろう。
 その性癖は理解できないが、は基本的に尊敬できる優秀な先輩だ。

「わかりました、他の委員にも知らせておきます」
「ああ、頼んだ」
「はい」

 ぽんと資料らしきプリントを渡されて、兵助は嬉しそうに微笑む。その顔を見て、やっぱりそろそろ八左ヱ門に切り上げさせなきゃ、と思った。それほどに、嬉しそうな顔だった。
 けれどそういう時に限ってお邪魔虫は来るもので。

「あ、いたいた、兵助、勘右衛門!」
「はっちゃん」
「ハチ……」

 低く沈んだ兵助の声はひどく恨めしそうで、大きな目が虫取り網を手に走りよってくる八左ヱ門をギッと睨みつける。八左ヱ門は一瞬肩を震わせながらも、無理矢理笑みを浮かべて見せた。引き攣ってる、引き攣ってるよはっちゃん。

「すまん、また脱走しちまったから手伝ってくれ!」
「また?」
「今月これで何度目だ!」

 勘右衛門は呆れたように声を出し、兵助は目を吊り上げて声を荒げながらも手伝う気はあるのか、に一礼して行っていいと言わんばかりにひらりと手を振られると、律儀に走り出す。その形相は不機嫌そのものではあったけれど。
 二人の背を見送りながら、それなら自分も手伝うかなと思ったところで先輩に向き直ると、目の前で兵助を掻っ攫われたその人は面白そうに目を細めていた。

「面白い事をしているな」
「……やっぱり気付いてましたか」

 勘右衛門は一瞬、何のことでしょうとしらばっくれようかと思ったが、この先輩に通じるはずも無いので正直に頷いた。不機嫌な兵助の相手だけでも大変だというのに、の機嫌まで損ねてしまっては大変どころではなくなってしまう。

「あれだけあからさまに邪魔されればな」
「そうですね。でももう終わりだと思います」
「ああ、兵助の機嫌が最悪だからな」
「何もかもお見通しですか」
「全て、というわけでもないがな。まぁ、面白い余興ではあった」

 余興。友人の奮闘もその一言で納められてしまった。どうやら今回の騒動にもならなかった出来事は、にとっては痛くも痒くもないものだったらしい。艶やかな笑みを見せて去って行った先輩の後姿に、勘右衛門は苦笑を浮かべることしか出来なかった。

































































● 理想論より行動に移し。(兵助)





 最近先輩といるとよく邪魔をされる。最初の頃はただの偶然かと思っていたが、何度も何度もほぼ決まった人物――八左ヱ門にばかり邪魔されていれば、嫌でも気付いた。これは故意だと。自分に何の恨みがあるのかと思ったが、彼の厚すぎる友情から来るものだと勘右衛門から聞かされて、友人として大切に思ってくれるのは嬉しいが大きなお世話だと思った。
 確かに、という人物を愛する事は苦しいこともある。愛しても愛しても、愛を返してくれる事はなく、それでも深く強く絡め取られて身動きが取れない。それでも、兵助はという男が好きで好きで、愛しくて仕方が無かった。愛されなくても、側に置かれて愛でられて、触れてくれればそれだけで幸福が胸を満たした。先輩は興味や情を向けるモノが少ない人だから。
 愛していると言ってもらえればもっと幸せだけれど、多くは望まない。ただ、今は、捧げて受け取ってもらえるだけで満足だった。
 その辺りの事を、八左ヱ門はわかっていない。積極的に解ってもらおうとは思っていないが、邪魔して欲しくも無かった。
 八左ヱ門を抑えるのを、もう邪魔するのはやめると言った勘右衛門に任せて、そっと六年の長屋へと走る。昼日中だけでなく夜の逢瀬すらも邪魔されていた為に、せっかくが学園にいるというのにもう長いこと触れ合っていない。以前肌に付けられた印も、綺麗に消えてしまっていた。

先輩」

 するりと障子の隙間から身を滑らせて室内に入ると、その人は蝋燭の火にぼんやりと浮かび上がった顔にしたたるように艶やかな笑みを浮かべた。

「兵助」

 深みのある声で紡がれた名に、ぞくりと肌が粟立つ。名は一番短い呪だと、過去に先輩が言っていた事を思い出した。まさにその通りだ。名を呼ばれただけで、身も心も、魂さえも縛られている気がする。
 切なく締め付けられた胸に、兵助はぐっと奥歯をかんだ。そして、差し出された手に小刻みに震える手を伸ばすと、強く握られ、その胸に引き寄せられた。ふわりと鼻先に感じたかすかな香りと背に回った長い腕に、うっとりと目を閉じる。

先輩……」

 欲情に潤んだ瞳に蝋燭の火が映りこみ、ゆらゆらと揺れる。きめ細やかな白い肌は淡く温もりのある色に染まってを誘った。柔らかそうな頬から首筋へと指先でくすぐるように撫で下ろすと、兵助は身を震わせて切ない視線をに投げかけた。淡い色の唇が、物欲しげに薄らと開く。ちらりと見えた赤い舌にの中のケモノが咽喉を鳴らして目を覚まし、知らず笑みの形に歪んだ唇が、噛み付くように口付けた。
 荒々しく口内を蹂躙するような口付けに、兵助は呼吸が上手く出来ず息苦しさにの背に回した手に力を込めた。長く骨ばった指が寝間着越しに肌をまさぐる。その感覚がひどくもどかしくて、兵助は身をよじった。
 銀色の糸を引いて離れる唇を名残惜しそうな視線が追い、はくつりと咽喉を鳴らした。

「どうした」
「……もっと、ちゃんと、触ってください」

 恥しそうに視線を落としながらも強請る甘い声に、は機嫌よく口角を吊り上げると、上気した頬を指先で撫で、耳の縁を唇で辿った。そして直接声を流し込むように囁く。

「触れるだけで良いのか?」
「……先輩のいじわる」

 拗ねたように唇を尖らせる兵助に、はくつくつと咽喉を鳴らして笑い、それでもややあって抱いてと囁いたか細い声にしゅるりと寝間着の帯を外し、とろりと甘く溶け出した肌に唇を落とした。












































































● きっと幸せな一瞬。(三郎)





 ああ、八左ヱ門の奮闘ももう終わりか。
 腰を庇いふらふらと歩きながらも久しぶりに幸せそうな顔をしている兵助に、何て事のないように一人呟きながらも、内心ではひどくほっとしていた。愛する人との時間を邪魔され続けた兵助の機嫌は下降の一途を辿るばかりだったので。
 総合的な能力で言えば三郎の方が上だとはいえ、兵助は進んで怒らせたくはない人物だった。文武両道の上に、あのと五年に渡って付き合っていけるほどの人間を敵になど回したくない。それに、そんなことをしたらまで敵に回しかねないのだ。今回の事は「面白い余興」で終らせてしまったらしいので、八左ヱ門にとっては悔しい限りだろうが三郎は安堵していたりした。
 実は一度怒らせて変装をひっぺがされた事があったりするのだ。誰にも――雷蔵にさえも!――言った事は無いが。あの時は本当に怖かった。怖かったという言葉すら陳腐なものに思えるほどの恐怖だった。軽くトラウマだ。できればもう二度と怒ったなんてものは見たくない。八左ヱ門の提案を蹴ったのは、何も豆腐の角に頭をぶつける事が嫌だっただけではなかった。
 それに八左ヱ門の心配事は杞憂に過ぎないのではないかと思っている。は寄せられる好意にさえ、自分が興味を抱かなければそれがどんな美人相手でも「面倒」の一言で切って捨てる男だ。好意がなければ引く手数多の先輩が二年以上も身体の関係だけとはいえ続けるわけが無い。
 遠目から兵助の様子を見ていると、後ろから追いついてきたらしいが、何らかの冊子を兵助の頭の上にぽんと乗せた。しばらく話をすると、兵助の頭に乗せた冊子を掌の上へと置きなおし、大人しく頷いた兵助の頭をぽすぽすと叩いて額に軽く口付けた。真っ赤になって額を押さえ、苦情を言いながらも、兵助の表情は嬉しそうだ。
 どこからどうみても出来上がっているカップルのやり取りにしか見えない。これで想い合っていないなどと、誰が想像するだろうか。
 兵助は怒らせていた肩から力を抜くと、やはりふらふらとしながらも用事があるらしき方向へと歩いて行った。その背をちらと見送ってへと視線を戻すと、彼は柔らかく目を細めていた。まるで、眩しいものでも見るかのように。

「うん……?」

 見たことの無いような表情に、三郎は目を眇める。の視線は、確かに兵助の背中へと向けられていた。その瞳に、見ているだけでも火傷してしまいそうな欲と熱を、かすかにちらつかせて。
 その事実に、三郎は驚愕のあまり目を見開いた。あの目は知っていた。兵助が、を見る時の目に、酷似している。

「は、はは……」

 思わず、乾いた笑い声が口を付いて出る。
 これは、あの感情は、まぎれもない恋情だ。独占欲や情欲やらが色々と混ざり合ってはいるものの、兵助に向けられる感情は確かに兵助と同じものだった。どこにあれほどの激しい感情を隠していたというのか!
 兵助はあの熱烈な視線に気付いてはいない。気付いていたら、今すぐに振り返って、恐怖も戸惑いも捨て去って、愛する男の胸へと飛び込んで思いの丈をぶつけるだろう。それこそなりふり構わずという存在を求めるに違いない。それを、きっとあの性質の悪い男は待っているのだ。何となく似通っている部分を持っているからか、三郎は妙な確信があった。
 ハチ、お前の心配はどうやら杞憂のようだぞ。心の中で今頃悔しがっているだろう友へと告げると、ふとの視線が三郎へと向けられていることに気付いた。視線が合うと、は艶やかでたっぷりと毒を含んだ笑みで歪めた唇に、軽く人差し指を当てる。その笑みにトラウマが甦り、たらりと、冷たい汗が背を伝った。
 三郎が必死にこくこくと首を縦に振ると、は満足そうに一つ頷いて踵を返して去っていく。その後姿が見えなくなると、どっと力が抜けた。

「……本っ当に性質の悪い人だ」

 心底嫌そうに呟きながらも、その顔は友にいずれ訪れるだろう幸福を思って優しく歪んでいた。




 仲良し五年生(−1)が艶主の魔の手から親友を救い出そうと奮闘するの巻……のはずだったのですが、思っていたよりも見守り体勢でした。奮闘しているのは竹谷のみという事実。しかも最後は協力してくれてるはずの勘ちゃんに「もうやめなさい」と止められてます。
 しかも艶主はただの先輩としてなら尊敬できるそうです。初耳。(オイ)
 初耳といえばもう一つ。何と三郎は艶主を怒らせて、怒涛の鬼ごっこを繰り広げた末に変装を引っぺがされているそうです。しかもそれがトラウマに。一応忍たま最強を怒らせるとか何やったんだ三郎。
 この話は時期的には多分、くっつくちょっと前くらいです。