綺麗な花には棘がある





 男同士の恋愛なんて何も生まないのかもしれない。それでも、想いあっている彼らの間には確かに温かな感情があって、寄り添いあう姿は幸せそうで。そんな姿を知っているから、否定なんて出来ないと数馬は思っていた。
 だからこそ、後輩があの優しい優しい愛梨が、罠にはまった保健委員をよく助けてくれると、彼の恋人と言われている兵助の仲を否定するような事を言うなんて信じたくなかった。彼らはとても仲睦まじく、その関係は自分たちの委員長と用具委員長の姿とも似ていたから。先輩として慕っている人の幸せを、好きな人に否定して欲しくなかったのだ。
 そして直接確認しようと思っていた所に響いてきた、「男同士なんて気持ち悪い、異常よ」と罵る声。思わず、数馬は逃げ出してしまった。鋭い刃のように突き刺さる言葉に、頭は真っ白になる。心を支配するのは、嘘だという言葉と、あの優しい人があんなことを言うなんて、という裏切られたような想い。そんな思いを抱くのは自分勝手かもしれないと思っていても、心の奥底から湧き上がってくる泣きたいような気持ちに、数馬はぐっと歯を食いしばって駆けていた。
 どんと、前も見ずに走っていた所為で誰かにぶつかり、跳ね飛ばされてしりもちを付き添うになった所で、ぐっと前に引き寄せられる。

「ご、ごめんなさい!」
「いや、かまわねーけど。どうした、数馬?」

 目の前にある若草色の装束と頭上から降ってきた知っている声に頭を跳ね上げると、数馬の脳天に衝撃が走った。鈍い痛みと衝撃に呻いて頭を抱える。

「……っ、ごめん作兵衛っ」
「い、いや……」

 同じように顎を押さえてふるふると震えていた作兵衛は、生理的に浮んできた涙を指先で拭い、少しばかり青い顔をしている数馬に首を傾げた。

「なんかあったのか? 顔色悪いぞ」

 眉尻を下げて聞いてくる作兵衛に、数馬は何故だかほっとして肩に入っていた力が抜けていった。と同時に、目の奥が熱くなり、目の前が歪んだ。
 ぽろぽろと涙を流し始めてしまった数馬に、作兵衛はあわあわとしながらも、このまま此処にいると騒ぎになると思い、長屋へ帰るために数馬の手を取り歩き出した。数馬は手を引かれながらも、ひぐひぐと嗚咽を漏らす。肉刺や傷なんかで硬くなり始めた掌が温かくて、酷く安心できた気がした。





 涙と鼻水でぼろぼろになった顔に手ぬぐいを押し当てて、作兵衛は数馬が落ち着くのを待った。何があったかは知らないが、数馬がこんな状態になるのだからよっぽどの事なのだろう。時折気配が薄い所為で忘れられることがあっても、寂しそうな顔をしこそすれ、泣くことは滅多に無いのだから。保健委員に付随する不運などは、既に慣れてしまって苦笑を浮かべる程度であるし。
 そんな事をつらつらと考えていると、数馬は手ぬぐいで目元を拭い、一度大きく深呼吸をした。

「ありがと」

 礼を言う声は泣きすぎて擦れており、目は真っ赤だ。このままでは目蓋は腫れてしまうかもしれない。
 作兵衛は小さく首を振り、どうやって話を聞きだすべきかと眉間に皺を寄せた。数馬は作兵衛のそんな様子を見やり、視線を落す。

「あの、ね」

 畳の目を数えながら、小さく呟く。

「愛梨さん、が」

 そこまで言って、またひくりと咽喉を漏らした。止まったと思っていた涙がまた溢れそうになる。そこから先の言葉が出ずに手ぬぐいを口元に押し当てていると、作兵衛がもしかして、と呟いた。

「男同士なんて気持ち悪いって言ってるっつー噂、か?」

 ふるりと、数馬の肩が震える。ぱちりと瞬くと、数馬の目からは大粒の涙がこぼれた。

「うわさ、じゃなかった」
「え?」
「愛梨さん、が、先輩と久々知先輩のこと、き……」

 それ以上は、口にする事が出来なくて、数馬は口をつぐむ。けれども作兵衛は数馬が呑み込んだ言葉を察して、困惑したような表情を浮かべる。

「直接聞いたのか」

 語調の弱い言葉に、数馬は言葉も無くこくこくと頷いた。
 何となく、数馬の気持ちが作兵衛にもわかった。例え自分の言葉でなかったとしても、慕う人たちを否定するような言葉を口にしたくは無かったのだろう。それに、作兵衛と数馬の委員長達も、同性で恋人同士という関係にある。二人寄り添う姿はとても自然で幸せそうで、時折その熟年夫婦ぶりにげんなりすることはあっても、その仲の良さはどこかいいなと思わせるものがあった。
 だからこそ、ショックなのだ。大好きな人に、大好きな人を否定されたことが。

「そっか……」
「僕、愛梨さんの事好きだけど、あんな痛い事を言う愛梨さんは嫌い」

 自分勝手かもしれないけど。
 そう言って、またほろほろと涙を零し始めてしまった数馬の頭を、俺も同じだと小さく呟いて、作兵衛はそっと撫でた。





 バージョン三年生。子供達はお父さんとお母さん(笑)の(以下略)
 そしてなにげに初書き数馬に作兵衛。
 冒頭の頭と顎がゴンってやつはナチュラルにやってそうですよね、保健と用具って。最初はあの場面は無かったんですが、あそこで用具と保健の子がそろってて何事も無い訳が無い。