何事も積み重ねが大事です





 一瞬、三郎次は何を言われたのかわからなかった。
 先輩である兵助との関係が愛梨に知れたときに三郎次が思ったのは、これで愛梨をに取られる事はなくなるだろうということだ。はっきり言って安堵した。そう思うのは悪い事ではないだろうし、その考えをに知られても面白がって三郎次をからかうことくらいだろう。愛梨も、これでの事を諦めるだろうとも思った。彼らが付き合っているかどうかを確認した事は無いが、本当に二人の仲は良かったから。彼女は優しい人だから、例え彼女自身が傷ついたとしても――傷ついてなどほしくはないが――受け入れて諦めてくれると、そう思っていたのだ。
 けれど、彼女から帰ってきた言葉は、気持ち悪いと、三郎次の先輩達の仲を否定する言葉ばかり。そんな言葉が彼女の口から出たことが信じられなくて、三郎次は震えそうになる声を叱咤して口を開いた。

「気持ち悪くなんか、無いです。だって、先輩達は本当に仲が良くて」
「二人でいると幸せそうだし」

 タカ丸も困惑しながらも、兵助とを擁護する言葉を口に出す。すると愛梨は、青くした顔からさらに色をなくし、その秀麗な顔を歪めた。

「どこが気持ち悪くないの? だって、男同士なのよ! 同性相手に何でそんな感情抱けるのよ、訳わからない! いくら兵助君の顔が良くても男でしょ? 未来なんてないし、非生産的じゃない! 女なら結婚できるし子供だって生めるのに、何で!? おかしいわ、変よ、気持ち悪い!」

 叫ぶようにして繰り返された言葉に、今度は三郎次の顔から血の気が引いた。タカ丸の顔もこわばっている。
 確かに、同性同士という関係を受け入れられない人間もいるだろう。けれども、衆道は習慣として根付いてる部分もあるし、この世界ではそれほど珍しいものではない。そして何より、互いを想い合ってそういう関係を結んでいる者も、この学園には存在する。三郎次の先輩達もそうだろうし、友人の先輩達もそうだ。互いを想い合って寄り添いあっている姿は、時に恥しい思いを抱くこともあるが、とても温かく感じる。
 それを、彼女には否定して欲しくは無かった。無理に受け入れて欲しいとは言わないが、頭から否定する事だけはして欲しくなかったのだ。
 その後の事を、三郎次ははっきりとは覚えていない。ただタカ丸が二年生の忍たま長屋まで送って行ってくれて、ぼんやりと部屋に座り込んでいたことだけは確かだった。
 そうして、ふと気付いたときには、風呂も済ませて布団の上に座り込み、左近と久作に顔を覗き込まれていた。

「な、何だ?」
「何だ、じゃない! やっと気付いたか!」
「お前委員会から帰ってきてからずっと心ここにあらずで、話しかけても生返事しか返ってこなかったんだぞ」
「あー……悪かったな」

 少しばかりほっとしたような顔をする二人に、三郎次は頭をかきながら謝る。けれどもその顔色はあまり冴えず、左近と久作は顔を見合わせた。

「三郎次、お前何かあったか?」
「顔色悪いぞ」
「あー……」

 まだ引きずっているのかと、三郎次は頬をこする。心持ち、頬の温度が低いような気がした。
 話してもいいものなのだろうか、と思う。この二人も愛梨の事が好きだし、彼女に対する印象や抱く気持ちなどは三郎次と似たようなものだろう。例え話したとしても、信じてもらえるかどうかは解らなかった。けれども、二人の目は吐けと強い力で訴えかけており、三郎次は小さく息をついた。

「今日、委員会に愛梨さんを連れて行ったんだ」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたな。それで?」
「今日は部屋の方に来いって言われてたし、焔硝蔵にはさすがに愛梨さんを連れて行くことは出来ないから、都合も良くて……多分、俺も浮かれてたんだろうな」
「朝から機嫌よかったからな」
「茶々を入れるな。それで、うっかり入室の許可を取るのも忘れて障子を開けちゃって、そしたら、その……」

 そこで言葉を切って戸惑うように視線を揺らす三郎次を、二人は促す。すると、三郎次は少しばかり顔に血の気を戻して視線を斜めに投げた。

「その、先輩達が、口吸いしてる場面に、ばったりと……」

 途切れ途切れの言葉に、左近と久作も三郎次につられるように赤面した。

「あー…あるよな、時々」
「俺は無い。でも、まぁ、お前等の所の先輩達仲良いからな」
「本当にこっちが困るくらいな!」
「それで?」
「……それで、タカ丸さんと愛梨さんをひっぱって、逃げたんだけど」

 気持ち悪い、と愛梨の声が脳裏に蘇り、三郎次はさぁっと顔から血の気を引かせる。急に顔色の悪くなった三郎次に、左近は眉間に皺を寄せ、久作は怪訝そうな表情を浮かべた。

「けど、何だよ」
「……って」
「え?」
「気持ち悪いって、先輩達の、関係」
「嘘付け、愛梨さんがそんなこと言うわけ……」
「嘘じゃねぇよ。俺だって愛梨さんがそんな事言うだなんて信じたくなんか無い! でも、男同士なんて変だって、おかしいって、凄い嫌そうな顔でそう叫ばれた」

 顔から血の気を引かせて、静かな声で紡がれた内容に、室内には沈黙が満ちる。
 久作や左近には信じがたい事柄ではあったが、それを頭から否定してしまうには、あまりにも三郎次の表情に出る困惑と悲しみが強かった。それが演技ではないだろう事は、委員会から帰ってきた三郎次の放心具合から察する事ができる。それを読み違うほど、彼らは浅い付き合いをしているわけではなかった。かける言葉を、彼らは見つけることが出来ない。

「俺さ」

 ぽつりと、三郎次が呟いた。

「愛梨さんはおかしいって言うけど、先輩は久々知先輩と一緒にいて欲しい」

 そりゃ、所構わずいちゃつかれてこっちが恥しい思いをする事とか、それをからかって遊んでくるような所はあるけれど。あの二人の仲がいいと、何故かほっとできるのだ。

「それ、僕はわかる気がする」
「左近……」
「善法寺先輩と食満先輩が一緒にいないところなんて想像も付かないし」

 いつでもどこでも一緒いるような二人を思い返し、口をへの字に曲げながらも左近は同意する。

「受け入れられないって言うなら仕方ないとは思うけど、頭から否定して欲しくはないな」
「だろ」

 頷きあう左近と三郎次に、久作は困ったような顔をして、首を傾げた。

「それで、お前はどうするんだ?」
「ん……しばらく愛梨さんには近づかないでおこうと思う。あの人から、先輩たちを否定するような言葉なんか聞きたくないし」
「そっか。左近は?」
「僕は今まで通りだ。保健委員だから、あの人が怪我したりしたら避けて通る事も出来ないし」

 先輩達が巻き込まれない限りは、の話だが。
 伊作も留三郎も側の人間なので巻き込まれないだなんて事は絶対にありえないし、そうでなくても持って生まれた不運で巻き込まれるに決まっているのだが、左近はそのあたりの事情を一切見なかったことにして。

「そういう久作は?」
「俺も今まで通りで」

 少し、考える所もあるけれど。
 ひょいと久作が肩をすくめると、三人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。





 子供達はお父さんとお母さん(笑)の味方です、ということで。とりあえずバージョン二年生。