すりばちむしの恋





 例えば、自分以外の男と話している姿にイラっときたり。
 恋情を隠そうともせずに見上げてくる目に優越感を抱いたり。
 手を伸ばせば嬉しそうな顔で笑う顔を可愛いと思ったり。
 口付けて真っ赤になった顔と、濡れた唇から覗く赤い舌に、美味しそうだと思ったり。
 そんな様々な心の動きに気付いたは、その感情がどういうものかを淡々と分析し、それが所謂恋するが故に発生してくる嫉妬や独占欲や優越感、そして情欲だと結論を出した。
 けれども自覚したからといって何が変わるわけでもない。兵助のことは強請られて抱いてからずっと、後輩としても閨の相手としても、小平太が珍しいと言うくらいには可愛がっていたし、そういう感情をもし抱くとしたら、相手は兵助だろうとも思っていたからだ。それ以前に自分が誰かを愛するようになるとは露ほども思っていなかったから、それは予想外ではあったが。
 とにかくは兵助に対する恋情をあっさりと受け入れながらも、彼に対する立ち位置も態度も変えようとはしなかった。そんな事をせずとも、兵助のに対する愛情は溢れんばかりである。対応を間違えなければ、少し突けばの腕の中に容易に落ちてくるに違いないのだ。
 だからは待つことにした。二年と少し前と同様に、獲物の方から獣の前にその白い身体を心ごと差し出してくる瞬間を。

ちゃん、それはちょっと、久々知が可哀想な気が……」

 が己の気持ちを自覚しても自分から動く気は無いと告げた瞬間、小平太は若干顔を引き攣らせて己の主を見つめた。兵助のに対する執着と恋情は傍から見ていて、解りやすいほどのもので。せっかく兵助への恋愛感情を自覚したのなら、兵助の健気なほどの想いに報いてあげればいいのに、とそう思った。
 けれども当の本人はと言うと、しれっとした顔で。

「面倒」

 とのたまった。

「面倒って……」
「それに今更言ったとして、あいつが素直に信じると思うか。お前と同程度に俺を理解している兵助が」
「それは……」

 は、そういう意味で人を愛さない人だ。
 好きだと言われてもそうかと受け流すか、あるいは面倒だと一刀両断。愛を捧げてもけして返しはしない。
 小平太と、おそらくは兵助は、をそういう人間だと認識し、自身もその認識が間違ったものではないと自覚している。だからこそ、言葉に詰まった。
 うんうん唸り始めてしまった小平太に、は口角を引き上げる。

「だから俺はあいつが完全にこの手に落ちてくるまで待つ」
「……久々知が耐え切れなくなって離れていったらどうするの?」
「ないな。俺が狙った獲物を逃すと思うか?」
「いいえ」

 浮かべられた不敵な笑みに、小平太はきっぱりと首を横に振った。が欲しいと思ったものを手に入れられないだなんて、想像することが出来ない。彼も人間なのだから、できないことだって確かに存在すると言うのに。

「じきになりふり構わず求めるようになるさ」

 くくくっと喉の奥で笑うに、小平太は「ちゃんてば無敵……」と呟くことしか出来なかった。




 艶主、兵助への想いを自覚するの巻。
 かといって何が変化するというわけも無く。どんだけ冷静なんだお前、と突っ込みたくなりました。いや、そう書いてるのは秋月だけど。変化するとしたら、ただちょっと閨事がのーこーになる程度?(おい)
 それにしても小平太には相変わらずぶっちゃけてます。ここまであけすけなのはアレですね、小平太が友人というだけでなくて従者で艶主を否定なんてしないからですね。
 でもまぁ、素直に好きだといっても信じてくれんだろうということで、艶主は受身である事を選択。そうせざるを得ないと言うか何と言うか。いや、頑張って説き伏せれば信じてもらえるとは思いますが、その辺りの労力を惜しむのがこやつです。でも好きだと言われて好きだと言い返しても信じてはもらえない……か? そこは要努力ですよね。