かわいいあの子の守り方





「ねーちゃん。最近久々知って色気が出てきたよねぇ」

 符用の大きさに切りそろえた紙にさらさらと結界用の呪文を書き付けていると、背後で退魔の剣を磨いていた小平太が唐突にそう口にした。書き終えた符を横にずらし、新たに今度は退魔用の呪文を書きながら、は口を開く。

「お前もそう思うか」
「うん。そろそろ危ないんじゃないかな」
「そうだな」

 抱いている人間の欲目ではなかったか。
 しっとりと手に吸い付くような白い肌に、波打つ柔らかな黒髪。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は快楽に染まると蠱惑的に潤み、淡く色づいた唇は柔らかい。は半年ほど前に抱いてから、望んで自分に身を任せてくる兵助をことのほか気に入っていた。だからこそ閨を共にする事も他よりも多く、最近では独特な色気がにじみ出てきているようにも思える。それが気のせいではなかったらしい。
 そんな事を考えている間にも澱みなくすべらかに動く筆先には霊力がみなぎり、一筆走らせる毎に符に霊力が宿っていく。着実に増えていく強力な符の数に、後ろからその様子を見守っていた小平太は誇らしそうに笑みを浮かべた。

「それで、どうするの? 久々知を他の奴に渡す気はないんでしょ?」
「当たり前だ。あいつは俺以外知らないでいい」

 きっぱりと言い切って、新しい紙を手元に引き寄せる。そこに魔除けの呪文を書き込もうとして、はふと筆を置いた。じっと、紙の一点を見つめて意識を思考の中に埋める。急に停止してしまった主に小平太は首を傾げながらも、こんな状態のの邪魔をしてはいけない事はよく理解しているので、息を殺してまたが動き出すのを待った。
 さっと、指先が攫うように筆を取る。そして素早くも美しい筆遣いで、さらさらと符に何やら呪文を書き付けた。そっと、筆先を出来上がったばかりの符から離すと、は満足そうに息を吐き小さく頷いた。
 何の符を書いたのだろうかと、手入れの終った退魔の剣を鞘に収めて壁に立てかけると、膝をすりながら移動して横から覗き込んだ。そこには見慣れたの流れるような風流な筆遣いで書かれた、見慣れない呪文が。

「……これ何?」
「お守りだ。兵助専用のな」

 久々知の身が危ないという話から何故お守り作成に繋がるのだろうか。首を捻る小平太の反応をよそに、はにっと口角を吊り上げた。





 忍術学園は、くのいち教室が併設されているとはいえ、実質的には男子校に近い。その上時代は室町末期。衆道はまだまだ違和感なく存在していた。それは忍術学園にも言える事で。というよりもむしろ、男相手の色の授業なんていうものも存在しており、性の捌け口さえあれば相手が男でも構わないという人間も多かった。
 上級生にもなれば外で女を買ったりするが、女旱の大抵の男は近場で済まそうと、顔の綺麗な後輩に手を出すこともある。特に、身体が育ってきてはいるものの、完全に育ちきっていない四年生あたりの生徒は標的になりやすかった。身体の事もそうだが、四年生では五年生や六年生には勝てないという実力の差が関係してくる事も理由の一つだ。
 それ故に、個人で気をつけなければならない。一応教師も注意してはいるものの、生徒の数の方が圧倒的に多いので目端が行き届かないのだ。回避の方法としては、集団での抵抗や安全な上に実力者である先輩の庇護を受ける事、もしくは背後によほど強い存在がついているかである。実力行使という手もあるが、よほど要領がいいか運がいいか、もしくは飛び抜けて強くなければ、無駄な抵抗の一つとして終ってしまったりする。
 だからこそ、兵助は危険だった。女装しても違和感のない可愛らしい顔立ちに加え、に抱かれている所為か色気まで出てきている。今はまだ被害に遭ってはいないが、襲われるのも時間の問題だろうとも小平太も危惧していた。

「やる」

 委員会で割り当てられた部屋で打ち合わせをしている最中、唐突にそう言ってぽんと掌の上に乗せられた符に、兵助は数度瞬いた。今までに見たことのある筆遣いだ。陰陽師の――つまりは手製の。そこに書かれている呪が魔除けなのか退魔用のものなのかの見分けはとんとつかない兵助ではあるが、今までに見たことのない種類の物だという事だけはわかった。

「なんですか、これ」
「痴漢撃退用の符」
「痴漢、ですか?」
「四年の冒頭に気をつけろと教師陣から忠告があっただろう」
「……あ」

 四年の冒頭に教師陣からの忠告ということで脳内を検索すると、そういえば性的な意味で襲われる可能性があるから気をつけろと言われていた事を思い出す。と同時に、兵助は顔を真っ青に染めた。ざぁっと、血の気が下がっていく音が聞こえてきそうなほどの勢いで。
 一つ上のが動いた事で、まるで実感がわかなかった話が急に現実味を帯びて兵助の中で存在を主張し始めたのだ。

「あの、そんなに、危ない、ん、ですか……?」
「まぁな。お前なら五年相手なら何とか逃げ出せるだろうが、六年相手だとまず無理だ。よほど酷いことにならない限り泣き寝入りするしかない」
「……です」

 小さな声、呟き、鍛えられてきてはいるがまだ柔らかく小さな手が、桔梗紺の装束の裾を遠慮がちに引く。

「うん?」
先輩以外は、嫌です」

 青ざめた顔に、大きな瞳を涙で濡らして、兵助はを見上げた。小さく告げられた可愛らしい台詞に、は一瞬目を見開き、次の瞬間には艶やかな笑みを浮かべて、兵助の細い首を引き寄せ、僅かに震えている唇に口付けた。

「俺も渡す気はない」

 細められた目が物騒な色を宿すのを唇が触れ合うような至近距離で見て、兵助は白くなった頬に僅かに赤みを差した。

「身の危険を感じたらその符を使え」

 手を離す際に首筋を撫でた指先に身体を震わせて、兵助は首を傾げた。

「使うって、どうやって?」
「簡単だ。その符を破くなり火にくべるなりして破損させればいい」
「それだけでいいんですか?」
「襲われて切羽詰ってもそれくらいならできるだろう」
「はい」

 神妙な表情で大切そうに符を握り締めて頷く兵助に、は満足そうに一つ頷きそっとその頭を撫でた。






 符をに渡されてから数日後、兵助は一人の上級生に空き部屋に引きずり込まれ、押し倒されていた。装束の色は濃い緑。六年生だ。兵助を見つめる目には欲に染まっており、装束をはごうとする手にぞわりと怖気が走った。

「……離してください」
「嫌だね。別にいいじゃねーか、お前に足開いてんだろ」

 にやにやといやらしい笑みを浮かべる六年生に、怒りと屈辱でかっと頭に血が上る。確かに兵助はに抱かれてはいるが、そんな風に言われる事は我慢ならなかった。六年生を睨みあげ、から渡された符を取り出し、指をかけた。

「何だ、その紙?」
「断固として拒否させていただきます。あんたとあの人は違う」

 言うと同時に、勢い良く符を引き裂く。がわざわざ用意して持たせてくれたそれが、兵助を助けないだなんて事は、欠片たりとも思わなかった。
 符が破けると同時に、バシンという音と共に蒼白い閃光が視界を焼いた。びくりと身体を跳ねさせた上級生が意識を失って倒れこんでくる。ちかちかする視界に瞬きながらも思い体を自分の上からどけて起き上がる。はだけられてしまった装束を震える指で調え、破いた符をしまった。
 大きく息をついて、早くこの場から離れたいと未だに光の残像が視界に残ったままでふらりと立ち上がる。扉に手をかけようとしたときがらりと戸が開けられ、兵助は肩を震わせて顎を上げた。

「兵助」
、せんぱい……どうして?」
「符を使った気配がした。あいつか」

 気を失って倒れている男を一瞥して、侮蔑の視線と共に吐き捨てるように呟く。そうして一つ息をつくと、後ろ手に戸を閉めて、顔色の悪い兵助を深く抱きこんだ。兵助は一瞬身体を震わせたが、慣れた温もりと香りに包まれてほっと安堵の息をついて、の背に腕を回し肩に顔を埋めた。背中を宥めるようにさする手がとても心地好い。珍しく甘やかしてくれるに、幼い子供のようにしがみついて額を肩にこすりつけた。
 そうして兵助が落ち着くのを待つと、は兵助の手を引いて自室へと戻る。途中誰にも会わなかったのは、兵助の事を考慮してのことに違いない。その気遣いが嬉しくも面映く、久しぶりにつながれた手に少し力を入れた。
 は机の前に座り、兵助を自分の横に座らせると、符用の紙と墨を用意し、先ほど兵助が破いたものと同じものを作り上げた。

「先輩、いただいた符を破いたら凄い音と閃光が走ったんですけど、あれは何だったんですか?」

 使用済みの符を取り出して首を傾げる兵助に、は口元に小さく笑みを刻んだ。

「雷だ」
「雷? それって下手したら死ぬんじゃ……」
「威力は命に別状がない程度に抑えてあるから大丈夫だ。さっきの奴も気絶しただけだっただろう」
「あぁ、はい」

 確かに完全に意識は飛んでいたが、そう目立った怪我は無かったように思う。ほとんど覚えてなどいないが。
 ひらひらと符を振りそれが完全に乾いたのを確認すると、は兵助の手から真っ二つになった符を取り上げて新たに書き上げた符を渡した。

「とりあえず符を使ったり異状があったら俺がわかるようになってはいるが、無くなったら言え。まず使うような事態にならないように気をつけてほしいがな」
「はい、ありがとうございます。……あ」
「どうした?」
「あの、あと四枚、同じようなもの作ってもらえませんか?」
「四枚……ああ、尾浜たちの分か。少し待て」

 一枚一枚少しずつ違う呪文を書き付けて、あっという間に四枚完成させてしまったは、それを兵助の前へと移動させる。

「右から尾浜、鉢屋、不破、竹谷だ。間違えて渡すなよ」
「間違えるとどうなるんですか」
「発動しないか、発動しても使った人間に術が襲い掛かる」
「気をつけます」

 さすがにそれは洒落にならない。
 もう一度どれが誰のものかをしっかり脳内に焼き付けて、兵助は符を懐にしまった。その顔がどこか嬉しそうにほころんでいるのを見て、はくつりと咽喉を鳴らす。

先輩?」

 首を傾げる兵助の手を取って、引き倒す。いきなり回った視界にぱちりと瞬きながら、兵助は己に覆いかぶさるを見上げた。指先がくすぐるように頬から首筋へと流れ、押さえつけるように肩へと置かれる。ふるりと身を震わせた兵助に、はすっと目を細めた。

「怖いか?」
「……いいえ」

 頬を染めて潤んだ瞳でを見上げた兵助は、首筋へと伸ばした両腕を絡める。はふっと艶やかな笑みを浮かべると、引かれるままに顔を寄せ、口付けを交わした。





 男子校で衆道が普通に存在しているならこういうこともあるに違いない。と思って書いてみました。
 ちなみに兵助に平然とした顔で忠告している艶主ですが、彼も被害にあっていたりします。でも小平太というボディーガードがいるし、万一襲われても返り討ちにしてるので掘られた事はありません。奴は総攻め属性です。
 そんな訳で襲って襲い返されて、そのまま艶主の共寝相手になってしまった先輩もいたりして。
 艶主が痴漢撃退用の符とか言ってるのは実は超適当です。ようは手製のスタンガンみたいなのが出したかったんです。艶主もそのつもりで作ってたりします。
 「恋する5のお題」の勘ちゃん視点で「艶主にお礼を言う勘ちゃん」の図が頭の中に出てきて、その勘ちゃんが痴漢撃退用の符の礼を言っていたのでそれでこの話がぽこりと出てきました。
 艶主から兵助を通じて五年生(この話の時点では四年生)に配られた符ですが、その後大活躍したり。それで五人のバックには艶主がいるんだと認識されて、当時の六年生は手が出せなくなったり。艶主怖いと思ってるのは上級生にもいるのです。