褒美の美酒をそそぐ





 包帯で覆われた肌は常よりも白い。むしろ蒼白いのではないかというくらい薄い色をしており、唇の色も悪かった。無理も無いと、熱を確かめるようにそっと額に指先で触れて前髪を梳く。いつもならば返ってくる笑みはなく、は唇の端に苦笑を刻んだ。

「まったく、六年の宿題を引き当てるとは、災難なのか運が良いのか……警戒の強い戦中の城に忍び込んで帰ってこれたのだから大したものだ」

 本当に優秀だよ、お前は。
 誇らしげに目を細め、青ざめた頬を指の背で撫で下ろす。出血しすぎていて少々危なかったが、急所や足への負傷は極力避けており、今は持ち直している。
 布団から畳に流れる髪を手持ち無沙汰にいじりながら兵助の様子を見ていると、長い睫毛が小刻みに震え、大きな瞳が少しずつ開いていった。眩しいのか何度も瞬き、ぼんやりとした表情で視線を彷徨わせる。その視線がを捕えると、まるで幽霊でも見ているかのような顔をした。

、先輩……?」
「ああ、目が覚めたか」
「嘘だ、だって……」
「嘘だと思うか」

 冷たく血の気の引いた頬を、片手で包む。確かに感じたぬくもりに、兵助は動かすのも辛い腕を上げの手に己の手を重ねて、その手に擦り寄った。大きな瞳が潤む。

「も、会えないかと……」

 怖かった、と声が震え、貯水量を超えた雫が瞳から零れ落ちる。ぽろぽろと零れ落ちの指と枕を濡らす涙に、は捕まえられている方の指で目尻を優しく撫で、小さくしゃくりあげる唇に触れるだけ口付けをした。離れようとすると顎を上げて追いかけてくる唇に、二度三度とついばむような接吻を繰り返し、手を当てていない方の頬に口付けて涙を吸い上げる。
 宥めるように触れる唇に、兵助は甘えるように瞳を瞑り頬に当てられたままの手を力の入らない手で掴んだ。

「誇れよ、兵助」
「先輩……?」

 唇が触れ合いそうな距離で密やかに告げられた言葉に、兵助は意図が掴めず枕の上で小さく首を傾げた。

「お前に渡された今回の課題、本当は六年の手に渡るはずだった代物だ」
「え……どうして」
「小松田さんの何時ものドジだ」
「それは、また、何と言うか……」

 兵助自身も被害を被り、傍迷惑としか言えない小松田のドジの内容に絶句する。ふと、が目を細める。珍しい柔らかな笑みが、兵助に向けられた。どこか、誇らしいという気配すら漂う笑みを。

「だから誇れ。お前は六年用の課題をこなし、生きて帰ってきた。それも一人でだ」
「ぁ……」
「俺は誇らしい」

 心の底から告げているとわかる声に、兵助は胸が熱くなる。の口から告げられるその言葉は、誰が口にするよりも尊いものに聞こえた。六年生の課題を無事にこなし生還できたこともそうだが、が兵助を認める言葉が何よりも誇らしく嬉しい。
 はこくりと頷く兵助の額に一度口付け、生きていて良かったと小さく呟く。の手に擦り寄るようにもう一度頷き、兵助は涙と感情が零れるままに、小さく笑みを浮かべた。



 今更な37巻ネタ。いや、一度はやっておかねばと思いまして。
 ちなみに艶主の夏休みの宿題は絵日記でした。中身は小平太の観察でタイトルはもののずばり『大型犬観察日記』で提出。担任の教師は笑ったり頭を抱えたりが半々くらいの中身だったそうです。