ようこそ、新入生!





 明日は絶対に委員会に来てください。
 閨の中、の胸に頬を寄せ上目遣いに見上げてきた兵助に、は数度瞬く。はて、何かイベントでもあっただろうかと一瞬考え、そういえばそろそろ一年生が入ってくる時期だということに思い至る。

「新入生との顔合わせか」
「覚えていらっしゃったようで何よりです」

 少しばかり棘のある言葉に、は目を細め寝間着越しに背骨の形を確かめるように指先が背中をくすぐる。くすぐったいのか感じているのか身をよじらせた兵助は、潤んだ瞳でを睨み上げた。はくつりと咽喉を鳴らし、眦を指先で撫でる。触れたところが淡く染まった。

「そんな目で睨んでも可愛いだけだ」
「……明日は来てくださいよ」
「ああ」

 負け惜しみのように繰り返された催促に、は頷き白い額に小さく口付けた。





 ここ、かな。
 伊助は重厚な蔵を目の前に首を傾げた。火薬委員になった伊助は、担任の土井から集合場所は焔硝蔵――火薬庫の前だからと言われたのだが、そこには誰の姿も無いのだ。方向音痴というわけでもないのだから間違えてはいないはずなのに。
 もしかして中に居るのだろうか。そんなことを考えながら焔硝蔵をじっと見つめていると、背後からげっという声が聞こえ、失礼な奴だなと内心呟きながら振り返った伊助はあっと声を上げた。

「二年い組の三郎次!」
「呼び捨てにするな、先輩をつけろ!」
「何で三郎次…先輩がここに」
「俺が火薬委員で、先輩に言われて一年を迎えに来たからに決まってるだろう!」
「え、三郎次…先輩も火薬委員なんですか?」
「一々先輩をつける時に詰まるな! あいにくだがな。今年の火薬委員はアホのは組のお前か……まぁいい。ほら行くぞ」
「行くって何処に?」
「火薬委員に割り当てられている部屋だ。先輩方は既にお待ちだ」
「あ、はい!」

 踵を返しさっさと歩き出す三郎次を、伊助は早足で追いかける。三郎次が二歩進む間に伊助は三歩という風に、一年という年の差から来る歩幅の差を少し悔しく思いながらも、伊助は道を覚えるようにきょろきょろと周りを見回しながら進んでいった。





 とたとたと、二人分の軽い足音がする。一人は意識せず、一人は消そうと努力している子供の足音だ。兵助の膝を枕に寝転んでいたはその足音にくつりと咽喉を震わせ、枕にされている兵助はというとふっと小さく息をついての前髪を指先で梳いた。

「先輩、もう起きてください。一年生が来ますよ」
「別に構わんだろうが。ありのままを見せれば」
「……先輩」

 起きる気は無い、と断言され、兵助は溜息を禁じ得ない。去年も確かこんな感じだったな、と一年前の今頃を思い出す。委員長の微妙な視線を受けながら、兵助はこうしてに膝枕を提供していたのだ。それを考えると全く進歩が無いのかもしれない。触れてもらえるのは嬉しいので文句は言わないが。

「失礼します、一年生を連れてきました」

 障子越しに口頭で報告する三郎次の硬さに唇を歪めながらも、は入室の許可を出す。もう一度失礼しますと言いながら開いた先で見たと兵助の体勢にげっと顔を歪めた三郎次に、は面白そうに目を細め、兵助は諦めたような表情でもう一度溜息をついた。三郎次の後ろから室内をのぞいた一年生は、ぱちぱちと目を瞬く。

「先輩達、いちゃつくのも大概にしてくださいよ!」
「別にいちゃついとらんが」
「どっからどう見てもいちゃついてるようにしか見えませんよ! ああもう、どこのバカップルか夫婦ですかっ」
「お前の所の委員長と委員長代理だ」
「そうですよね!」

 語気荒く返してくる三郎次の反応が面白く、は上機嫌な様子で言葉遊びをする。上級生にやり込められる二年生に目を見開いている一年生を手招く事で室内に入れながら、兵助はもう一度を促した。

「ほら、先輩。三郎次で遊ぶのはその辺で止めて起きてください。一年が困ってますよ」
「了解」

 上体を起こし胡坐をかくとやっぱり遊ばれてたのかと肩を落とす三郎次。その光景はいつもの事と言っても良い範疇にあるので、兵助は一年生を優先した。きっちりと障子を閉め、所在無げに立っている一年生に、兵助はふと笑いかける。

「騒がしくてすまないな、その辺に座ってくれ」
「あ、はい」

 緊張した面持ちで三郎次の近くに腰を下ろした一年生に、は目を細め口を開いた。

「初めまして、六年ろ組、火薬委員会委員長のだ」
「私は五年い組の久々知兵助。委員長がいないときは代理を任せられている」
「知ってると思うが一応、二年い組の池田三郎次」
「何だ、三郎次。もう一年といざこざ起こしたのか?」
「放っといてください!」

 きゃんきゃんと噛み付く三郎次を全く気にかけることもなく、は一年生の自己紹介を促した。可愛らしい一年生の頬が染まり、背筋がぴしりと伸びる。

「一年は組の二郭伊助です、よろしくお願いします!」

 ぺこりと小さな頭が下げられる。その様子には顔をほころばせる。それだけでの印象は硬質で目立たないものから温かみのある優しいものへと変わり、ほっとした伊助はふにゃりと笑った。三郎次は文句を言っても聞き流してしまうに溜息をつき、兵助はこれは今年の一年生も気に入ったなと苦笑を浮かべながらも腰を上げた。その瞬間を見計らったかのようには顔を兵助のほうへと向けた。

「兵助、お茶。それと茶菓子」
「はい、今入れます」
「茶菓子はこの間買った奴ですよね。どこに入れましたっけ?」
「そこの戸棚だ。届くか、三郎次?」
「届きます!」

 にいっと口角を吊り上げたに、三郎次は噛み付きながらも菓子の入った木製の器を取り出す。一人やる事無くそわそわする伊助に、はただ優しいだけの笑みを向けた。

「伊助は茶を入れるのは得意か?」
「は、はい。多分」
「なら次からは兵助の手伝いでもしてくれ」
「はい……あの、先輩」
「うん?」
「火薬委員ってここに居る人たちだけですか?」

 ここに居る人間。に兵助、三郎次と伊助のたったの四人。は優しい笑みを浮かべたまま首を傾げた。

「ああ、まぁそうだな。多分」
「たぶん、ですか」
「その辺りは大人の事情という奴だ」

 それ以外の人間がまだ出てきていないのだから仕方が無い。そのあたりの事がわからないままに伊助はふーんと流し、優しく頭を撫でる大きな手にくすぐったそうに首をすくめた。



 伊助と火薬委員の顔合わせ。これ書いたらきっとバージョンタカ丸も書かなきゃ駄目ですよねえ?