指先がからめとる




 長い髪が、さらりと流れる。
 肩口で舞ったそれに目を惹きつけられたは、衝動のままに通り過ぎていこうとする仙蔵の髪をぎゅっと掴んだ。の行動に気付かなかった仙蔵は、急に後ろに引っ張られ首にかかった負担に小さくうめき声を上げ、痛みの走った首筋に手を当てた。

「……っ、何だ、いきなり! 首は危ないだろう、首は!」
「ん? ああ……」

 が髪を掴んだままなので振り向くことも出来ず、後退ることでに近づいて文句を言う仙蔵に返って来た言葉は、全く気の無いものだった。仙蔵の言葉を聞いているかどうかもあやしい。ただ無言で仙蔵の髪を掴みいじっているに、文句を良い続けることも空しくなり、仙蔵は小さく息をついた。
 こんな人がいつ通るともわからない場所で、無表情なままで仙蔵の髪をいじり続ける。何を考えているのか全くわからない。普段から考えの読めない奴ではあるが、今日はまた一段と意味不明だ。


「んー……」

「うん」
「一体何なんだ、お前」
「いや、何となく」

 初めてまともな答が返った。けれども視線は髪に落としたままで、指先はまるで愛撫するかのように髪を絡め、いじっている。頬が少し熱くなった。髪を掴んだ瞬間は乱暴だったというのに、髪をいじる指先は優しく繊細に動いている。仙蔵自身、あんなに優しく触れてもらったことなど無い。そんな事を思って気恥ずかしくなり、少し俯いた。
 相変わらず美しい髪だと思う。さらさらとしており、1本1本細いというのにしっかりとコシがある。この髪は結い跡も滅多に残らない事を、は知っていた。人差し指に巻きつけた髪を親指で撫で、そっと唇で触れて髪を離す。
 その瞬間を見ていた仙蔵は、言葉もなく目を見開き、何事も無かったかのように去っていくの背を見送った。
 が触れていた髪の先を、手繰り寄せ、が触れていたように指に巻きつける。彼の低い体温が、残っているような気がした。そっと唇を寄せる。

「何なんだ、本当に……」

 ぎゅっと胸が締め付けられたかのように痛み、目の奥が熱くなる感覚に顔を顰め、目を閉じる。
 心が歓喜で震えただなんて、そんな事、嘘に決まっている。
 泣きたいほどに嬉しいだなんて、そんな事。