モグラと子猫の関係性





 最近落とし穴……いや、蛸壺が増えた気がする。伊作が引っかかる回数もうなぎのぼりに増えているので、絶対数が増えているのは確かだ。気のせい、ではないだろう。最初は小平太かとも思ったが、小平太は蛸壺よりも塹壕を掘る方が好きなので違う。それに最近は新しく入ってきた一年生を気に入ったと言って、塹壕を掘るよりも裏山から裏々山を走る方が多い。

「となると新入生か」
「いたた……新入生がどうしたの?」

 今日も今日とて蛸壺にはまった伊作を引き上げ、土で汚れた顔に何時ものように手ぬぐいを渡してやると、伊作は打ちつけた身体に顔を顰めながら、きょとんと首を傾げた。

「蛸壺だ」
「たこつぼ……ああ、そういえば増えてるもんねぇ」

 蛸壺の数も保健委員が落ちる回数も。情けなさそうに眉尻を下げて、溜息をつく。そんな伊作の頭を思わずよしよしと撫で、新しく入ってきたはずの小さなモグラを探しに行くか、と暇つぶし程度に考えた。





「そこのチビモグラ」

 自分も土だらけになりながらざっくざっくと土を掘り続ける小さな姿を見下ろして、は声をかける。ゆらゆらと動いていた灰色の髪はきょとんとした顔で穴を掘っていた手を止めて、穴の淵にしゃがむを見上げた。大きな目が、さらに大きく見開かれており、今にも零れ落ちそうである。
 おや、とは二度三度と瞬く。どんな小平太二号がいるのかと思いきや、兵助に次いで二人目のぱっと見女の子の忍たまである。何と言うか猫っぽい。その小さな身体には少々大きい踏み鋤を抱え、作成途中の蛸壺の中に居る。こんな小さな身体でアレだけの数の蛸壺をこさえていたのかと思うと、注意する気も失せて感心してしまった。

「モグラと言われたのは初めてです」
「そうか。モグラと言うよりも猫だな、お前」
「猫と言われたのは二度目です」
「そうか」
「はい」

 そのまま会話は途切れ、猫っぽい一年はまた穴掘りに戻ってしまった。今日は他にやることも無かったは、そのまま穴の淵に胡坐をかいて座り込み、太腿を支えに頬杖をついて蛸壺作成の見学を決め込んだ。
 一年生のわりに穴を掘るスピードが速い。体が小さく力がそれほど無い代わりに、全身を使って上手く土を掘り進めているからだ。まだまだ粗が目立つが、一年が作るにしては綺麗な蛸壺だ。

「先輩は」
「ん?」
「何か用があったのでは?」
「ああ」

 そういえば、もう少し蛸壺を掘るのを控えるように言おうと思っていたのだが。

「今無くなった」
「おやまあ。掘るのをやめろと言われるのかと思っていました」
「言おうとしたがやめた」
「何故ですか?」
「お前とお前の蛸壺を気に入ったから」

 が事も無げにそう言い、小平太たちに散々練習させられた柔らかいだけの笑みを浮かべると、再び穴を掘る手を止め、きょとんとした表情でを見上げた。思わず手を伸ばして頭を撫でると、くすぐったそうに首をすくめる。猫だ猫。気が済むまで頭を撫で、手を離そうとすると、袖口を小さな手につかまれた。

「先輩」
「何だ」
「名前を教えてください」
「ならば自分から名乗るのが礼儀だろう」
「一年い組の綾部喜八郎です」
「三年ろ組、
先輩と呼んでも良いですか」
「好きにしろ」
「はい」

 こくりと頷くと、子猫の顔をしたモグラ――綾部は薄い笑みを浮かべまた蛸壺作成に戻っていった。
 不思議な奴。
 胸中で呟くと、は綾部が蛸壺を一つ仕上げるまでずっと眺めているのだった。


 綾部と艶主のファーストコンタクト。この時から時々交流を持つようになります。