枯れ果てた



 父が死んだ。母も後を追うようにして、二日も間をおかずに死んだ。
 前の世界――驚くべき事に時代を遡っただけではなかったらしい事は、早々に知れた。マイタケやらドクタケやらそんな愉快な名前の城が歴史の教科書に出てきていたら、絶対に覚えている。腹が捩れるほどの笑いと共に――でストーカーらしき頭のイカレた女に刺し殺されたと思った次の瞬間に産声を上げて満五年、まさかこれほど早く両親を亡くすことになるとは思わなかった。
 まだ二十代も半ばに差し掛かるか否かというほどに若い二人だった。この時代それほど珍しいことでもないが、この時のは現代のままに近い感覚で、若い両親だった二人の死を悼んでいた。
 良く出来た人だったと、そう思う。中身と外見が食い違い、気持ち悪いほどの違和感を持つを受け入れ、あまつさえ流石自分達の子供だと胸を張って、息子を誇ってくれていた。気味悪がり、あからさまに避ける使用人が殆どだったというのに。
 だからは使用人たちが屋敷から逃げ出そうが、家財の一部を持ち出そうが構いはしなかった。欠片たりとも、心は動かない。一番大切なものは使用人の手の届かない場所にしまいこまれているし、手が届くだろう物のいくつかも、七松家の夫婦が先手を打ってどうにかしているだろう。小雄太も巴も、本当に心の底から父と母に尽くしてくれた。
 本当に、良く出来た人達だった。尊敬していた。だからこそ、は一人で、葬儀も埋葬も済んだがらんどうになった部屋をじっと見つめていた。二人の死と共に。

「わかさま……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らす小平太が背後で腰を下ろす気配がする。涙と鼻水で真っ赤な顔をぐちゃぐちゃにしているだろう事は容易に想像が付いた。

「だんなさまとおくさまのもの、が……わかさまぁ……」

 ごめんなさい、と舌足らずな声が謝ったかと思うと、大きな声を上げてまた泣き始めてしまった。持ち去っていった使用人たちが悪いのであって、小平太に責任は無いというのに。の両親が死んでからというもの、小平太は泣きっぱなしだ。目が溶けるのではないかというほどに泣いている。小平太はの両親によく懐いていたし、彼らも表情も感受性も豊かな子供らしい小平太を可愛がっていたから余計だろう。対しては、前の生からそう感情のふり幅が広くなく、今も涙すら出てこない。けれども、無視しても突き放しても懐いてくるのが面白くて、弟の面倒を見るかのように接していた小平太が泣いている今、その涙を止めるために行動する気力は無かった。涙は出てこずとも、両親の死は中々にこたえているらしい。ぐっと奥歯をかみ締め、唇を引き結ぶ。

「若様」
「申し訳ございません、旦那様と奥方様の遺品を、いくつか持って行かれてしまいました」

 小雄太と巴の声が震え、くぐもっている。きっと深々と頭を下げているのだろう。父と母の遺品を全て守りきれなかった事への悔しさと、残された息子たるに対する申し訳なさと共に。だが彼らは良くやってくれていると思う。たった二人で。この世界では何の力も持たない唯の子供でしかないの為にこの家に残り、動いてくれていることに感謝しこそすれ、どうして詰るいわれがあろう。

「よい」

 久しぶりに出した声は、掠れていた。
 はっと、小雄太と巴が息を呑む。小平太もいつの間にか泣き止み、ぐしぐしと袖で顔を拭っていた。

「雇っていたとしても給金もろくに払えぬし、養ってやれないのだから、仕方が無い。退職金をやって追い出したのだと思えば、そう腹立たしい事でもないよ。それにあなた方は、こんな何の力も無い子供の為に残ってくれるのだろう。私にはそれだけで過分だ」

 この時代、放り出されても文句など言えないというのに。

「若様、申し訳ございません……!」
「若様……!」

 ぐっともれそうな嗚咽をこらえ、小雄太が再び頭を下げ、巴はこらえきれずに泣き出してしまった。
 彼らの所為ではないというのに、と心の中で呟くと、背中に高い体温がとんと張り付いた。

「わたしがわかさまとずっといっしょにいます! わたしがわかさまをまもりますっ!」
「小平太……」
「よくぞ言いました、小平太!」
「その誓い、父と母がしかと聞き届けた! 決して破るでないぞ!」
「はい!」

 幼い子供の突然の宣誓に目を丸くしているうちに、子供の両親がそれを真剣に受け取ってしまった。破れば殺すとでも言いたげな雰囲気だ。いや、こいつらなら確実にやる。口角を引きつらせ、小平太を背に貼り付けたまま振り返ると、これ以上ないほど真剣な顔をした小雄太と巴の姿が。

「小雄太、巴」
「もちろん我らも若様と共におります」
「今まで以上にお守りいたしますゆえ、どうぞご心配めされませぬよう」
「……ああ、頼りにしている」

 嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる夫婦とべったりと背に張り付いたままの小平太にそれ以外に何を言えるわけもなく、は思考を放棄した。

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 …………あれ?
 最初は確実にシリアスなはずなのに最後のほうは中途半端なギャグに………アレ?
 えー、以前名前だけ出ていた小平太の父と母を出してみました。この二人が艶主の後見人になってくれています。むしろ育ての親です。彼らの設定はまた上げときます。