守りたいもの、守るべきもの




 どうしよう。
 滝夜叉丸が好きだと、自覚した次の瞬間に思ったのはそれだった。自分が彼に対し、どうしたいのか、何を望んでいるのか、それはよく分かっていた。その細い身体を抱きしめて、唇を吸って、舌を絡めて、その身を組み敷き、中までぐちゃぐちゃに蹂躙して、声が嗄れるまで喘がせて、全てを己のものにしてしまいたい。
 その気持ちに嘘偽りなどなかった。強い強い気持ちで、小平太は滝夜叉丸を求めている。
 けれど、それ以上のところに、の存在があった。は小平太の大事な友人だ。けれどもそれ以上に、彼は小平太が絶対の忠誠を誓う主だった。小平太はが大事だ。己の命以上に、大切に思っている。己の全てをかけて守るべき存在だった。何よりも特別で、彼を守ることが己の最優先事項。
 だから、自分が守らなければならない存在を、己の傍らに置くことなどできない。してはならないと思っていた。だって小平太は何をおいても、最期の最後にはを取るに決まっているのだ。小平太が伴侶を選ぶのならば、それを納得してくれて、自分の身は自分で守れる、そんな人間が良かった。
 滝夜叉丸は強い。自惚れ屋で自己主張の激しいところはあるが、その自信の裏では相応の努力をしている事を小平太は良く知っていた。けれども彼は小平太の後輩で。守らなければならない存在で。ダメだと思いながらも、自覚してしまった思いは歯止めが効かず、小平太はついに身動きが取れなくなってしまった。





様……」

 障子の向こうから聞こえてきた小さく頼りない声に、は目を通していた巻物から顔を上げた。障子の向こうに、ぼんやりとした影が映っている。小平太だ。普段と比べるまでもなく覇気のないその様子に、は眉間に皺を寄せる。

「入れ」
「失礼します」

 身に染み付いた作法通りに室内に入ってきた小平太は、障子を閉めると、入り口のすぐ近くに座り込んだ。普段真っ直ぐにを見つめるはずの顔は、暗く、己の膝へと視線を下げている。学園内だというのに、のことを尊称をつけて呼んだことも気になった。友人としてではなく、主としての自分に用があるのだろうと、は膝上の巻物を巻き上げ、卓上に置く。俯いたままの小平太に、向き直った。

「どうした」
様、私……」
「うん?」
「どうしよう、私、私は……」
「私は?」

 普段聞かないような、の、主としての独特な穏やかで優しい声に促されて、小平太は俯いていた顔を上げた。眉尻は下がり、きゅっと口は引き結ばれ、奥歯をかみ締めて。それは今にも泣きそうなのを、必死に我慢している顔だった。悩みに悩んで、二進も三進もいかない時の表情だ。久しぶりに見たその顔に、は改めて優しく先を促す。

様、どうしよう……私、滝ちゃんが好きだ」
「滝……平滝夜叉丸か?」
「うん……」

 再びぐっと唇をかみ締めた小平太に、は目を丸くする。何を迷っているのか、には分からなかった。この時代、男色など珍しいものでもないし、自身、兵助という一学年下の少年が恋人だ。一応貴族の家系だが、既に没落してそんな身分など有って無いようなものなので家を存続させる必要もないし、その気も無い。兵助の存在故に結婚する気など端から持っておらず、子孫を残せと小平太に強制する気も無かった。小雄太も巴(小平太の両親だ)も、が良いと言えば反対はしないだろう。あの夫婦は――小平太もそうだが――申し訳ないほどにを大事にしてくれている。

「好きならば、それでいいんじゃないか? 私は反対しない」
「……ダメ、です。ダメなんです」
「何が」
「私は様が一番なんです。様を守ることがいっとう大事なんです。だから、守らなきゃいけないような存在を傍に置きたくは無いんです」
「……滝夜叉丸は強いだろう」

 自分を守ることが最優先だと面と向かって言われて、は面映く思いながらも、自惚れ屋で努力家な少年を脳裏に思い浮かべた。ならば叩き潰したくなるような、ドS心をくすぐる存在だが、小平太が良いならば誰を選ぼうと口を挟むつもりは無かった。
 小平太は、の言葉に首を振る。

「滝夜叉丸は後輩だから」

 守らなきゃならない。
 確かに、とは肯定する。後輩は守るべきものだ。兵助然り、タカ丸然り。いずれは切り捨てるべきものが多くなるであろう忍となるにしては間違っているのかもしれないが、守るべきものがあるからこそ、強くなれるのが人というものだ。

「……」
「でも、私は何を捨てても、最後には様、あなたを選ぶ。あなただけを守ろうと動く。それは絶対なんだ。私の元に引きずり下ろして、縛り付けて、でも最後に選ぶのは様なんだ。悲しませるようなことはしたくないんです。それに……」
「それに?」
「守らなきゃならない大切な存在を作って、大事な場面で様を守れなくなったらどうしよう……」

 己の気持ちよりも、好きだと言う相手よりも、何よりもを取るという小平太に、胸が熱くなる。一度は見捨てられた身だ。過去の、それも自分で終らせた話に今更どうこういう気はないが、真綿にくるむように大事に大事にしてくれるその気持ちが、嬉しくないわけがなかった。けれども、とて小平太の幸せを願っているのである。この想いに、報わなければならないだろう。は優しい気持ちのまま一度そっと瞬いた。

「守ってくれなくてもいい、それほど思いつめるな小平太」
「嫌ですっ! 守るんです、それが誓いなんですっ、絶対なんです!」
「ならば強くなれ」
様?」
「私も、平も、両方守れるほどに強くなればいい」
「でも……!」
「それに、私は大人しく守られているような大人しい人間ではないし、弱くもない。それはお前がよく知っているだろう」
「は、い……でも」
「それに平も今は守らねばならないかもしれないが、卒業する頃には今以上に強くなっていることだろう。お前が守らなくても良いほどにな。結局はお前の気持ちの問題だろうが」

 ふと、言葉を切って、は柔らかな笑みを浮かべた。

「守るものがあればこそ、人は強くなれるものだ。今更一人増えたとて、お前ならば守りきれる。私は信じているよ」

 はっと、小平太は息を呑み目を見開いた。一度視線を落とし、再びに向けられた瞳には光が宿り、常の強さが戻っていた。真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな瞳だ。

「私は、滝夜叉丸を好きでいてもいいのかな?」
「人に許可を求めるものではないだろう。心など、どうこうしようとしたとて、どうしようもないのだから」
様……」
「小平太の心のままに。お前が幸せなら、私は何も言う事は無い」
「はい!」

 ぱっと、顔色どころか取り巻いている空気すら明るくなる、ひまわりを連想させる明るい笑顔が浮かべられ、はお前にはその顔が良く似合う、と心の中で呟いた。

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 が一番で守るべき存在で、だから伴侶は守らなくてもいい存在がいい。でも、滝ちゃんが好きになって、守るべき後輩だから、大事な場面でを守れなくなったらどうしようと身動きが出来ない小平太。
 対して、小平太の気持ちは嬉しいけど、そこまで過保護にしなくても自分の身は自分で守れるよ、な。ぶっちゃけ小平太よりもの方が強いです。足も速いし、一撃で伸せるから。
 しかしながら、この二人、滝夜叉丸の気持ちを全く無視して話を進めてます。でも結構前からこへ←滝で、は随分前からそれに気付いているし、小平太は本能的な部分で直感している。ので、無問題ということで。当然の如くこの後は上手くいくよ。

written by...2010,2,24 改訂...2010,3,20