白い元結



 その人は酷くつまらなそうな顔をして、空を見上げていた。視線の先にあるのは満月には届かないまでも、丸々と太った月だ。数日後には月と星の光で忍びにくい日が来ると考えると、己が確かに忍として作り上げられていることに、小平太は気付く。しかしそんな事よりも、今は目の前にいる人のことだ。

ちゃん」
「小平太か」

 空から視線をそらす事無く、声をかけた男の名を呼ぶ。常以上に色の薄い声に、小平太は首を傾げる。

「どうしたの、何かあった?」
「俺の身には何も」
「いさっくんか留か久々知に何かあった?」

 が丁重に扱っている三人の名を上げる。すると、はちらりと小平太に視線を移し、すぐに反らした。今度向けられた先は空ではなく、指先でもてあそんでいる白い紐。なんだろうと小平太が悩んだのは一瞬で、すぐに元結であることに気付いた。久々知の元結だと、何を証拠に上げるでもなく直感する。

「五年は色の実習だと」

 元結を両手で引っ張って伸ばし、ふんと鼻を鳴らす。つまらないと言うよりも不機嫌なその様子に、小平太はそういう事かと納得して彼の傍に腰を下ろした。あまり多くのものに執着を持たない彼の独占欲に、小平太は嬉しいという気持ちを抑えずにニコニコと笑みを浮かべた。

「久々知が他の人間に触れるのが気にくわないんだ」
「……」
「それ、久々知の元結でしょ。部屋から取ってきたの? それともちゃんの部屋に置いてあったの?」
「実習に行く前の兵助の髪から引き抜いた」

 からかうようにかけた選択外の応えを返されてしまった。あらら、と目を瞬かせる。

「あー……それじゃ、久々知は髪ほどいたまま?」
「いや、俺の元結で括って行った」
「代わりにあげたんだ」
「違う」

 最初はねこじゃらしに食って掛かる猫の子のように元結を取り返そうとしていたのだが、割合すぐに諦めて代わりにの元結を奪って、それで髪を結って慌てて実習に向かったのだ。
 の話す内容に、小平太は目を丸くする。

「奪っていったの? ちゃんから?」
「あれは優秀だ」

 声は平坦に、後輩であり恋人である少年を評価する。けれども、その口角はやや上がっており、久々知という存在を誇らしく思っていることが伝わってきた。つられるように、小平太の口角も上がる。そういえば久々知は六年に出されるはずだった課題をこなしてきたのだったか。ならば遊んでいて油断しているからならば、元結を取るくらいはできるだろう。

「ねぇ、ちゃん……いいえ、様」

 静かに、真剣に、それでも優しい声色で。友として声をかけようと口を開き、すぐに仕える者としての口調へと変えた小平太に、漸くは体ごと顔を向ける。きちんと向き合ってくれる主に嬉しく思いながら、小平太は問いかけた。

「幸せですか?」
「不幸だと思ったことは一度も無い」

 の捻くれた答に隠された真意を違わず汲み取って、小平太は満面の笑みを浮かべた。


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 既にくっついていると久々知。友人としても主人としても大好きな小平太。
 久々知が好きな子に意地悪する小学生のような行動でに元結を取られた話はまた別に書こうと思います。久々知視点で。