ぼくのかみさま





 七松小平太にとって、は世界そのものだった。
 幼い頃、物心ついた頃からずっとは小平太の傍にいて、時に兄のように、時に教師のように小平太を導き、守っていた。同い年だというのにまるで小平太を年下のように扱うに、不思議と小平太は怒りがわかなかった。むしろ、彼がそうある事は何よりも自然で当たり前で、賞賛と尊敬の念ばかりが沸き起こっていた。小平太はが大好きだった。それこそ、物心つく前から小平太はにべったりだったと言うのだから、よっぽどだろう。
 は、遡れば偉大な陰陽師に行き着くという家の末裔だった。けれども傍流の傍流で、の父は貴族としては端の端に僅かに引っかかっている程度の地下人だったらしい。らしい、というのは、小平太がその意味をしっかりと理解する前に、小平太の両親が仕えていたの父母が立て続けに亡くなってしまったからだ。はその頃、片手の指で数えられるほどの年齢で、他に兄妹はいなかった。つまりは幼い子供がたった一人残されてしまったのだ。他に頼るべき人もおらず、彼の父に仕えていた使用人は、小平太の家族以外全員が家財道具を勝手に持ち去り逃げ出してしまった。荒れ果てた屋敷に置き去りにされたは、がらんどうの部屋を睨むように見つめていた。涙など一つも流してはいなかった。だからこそ小平太はそれが悲しくて悔しくて仕方が無くて、当の本人を差し置いて大泣きに泣いた。母も泣いた。父も泣いた。けれどもはやはり泣かなくて、苦笑を浮かべながらも逆に小平太を慰めてくれていた。父も母も慰められていた。小平太はその時が何と言ってくれたのかは覚えていないが、父や母曰くこうらしい。

「雇っていたとしても給金もろくに払えぬし、養ってやれないのだから、仕方が無い。退職金をやって追い出したのだと思えば、そう腹立たしい事でもないよ。それにあなた方は、こんな何の力も無い子供の為に残ってくれるのだろう。私にはそれだけで過分だ」

 父や母の形見の大半を持ち逃げされたというのに、仕方が無い事だと割り切って片付けてしまったのだ。その時は何を言っているのかはよく分からなかったけれど、が逃げ出してしまった使用人を許してやったのだという事だけは分かった。小平太はそれが至極気に入らなかったけれど、が良いというのだから良いのだと己を納得させた。父も母も納得した。家に仕えていた七松家は、その時を主として認め仕えることを決めたのだ。
 それから小平太の父と母はの生活環境を整えるために全力を尽くした。小平太も、の為に出来る事は何でもしようとした。はどこか困ったような顔をしてはいたけれど、の為に何かできることがあるということは、何よりも嬉しい事だった。その気持ちが忠誠というものに値する事は、何年も後で知ることになるのだが、小平太は誰よりも先に忠誠心というものを知っていた。への忠誠は何よりも誇らしいものだ。
 父も母も小平太も、には何不自由なく暮らして欲しかった。だから、十になる前の年に、忍になると聞いた時は、父は凍りつき、母は卒倒しかけ、小平太は心の臓が口から飛び出すかと思った。その頃には何とか分別がつくようになってきていたから、忍がどれだけ辛いものかということは、忍であった父から聞いて知っていた。小平太にも分かった事が、にもわからないわけはない。だというのに、は忍になると言う。貴族としての地位は望めず、この戦乱の世を生きるためには、身を守る術を身につけなければならないと。もちろん、小平太も父も母も説得しようとした。の身は自分達が何をおいても守るからと。けれどもは守られる事を良しとせず、七松の家族を使用人としての立場で使おうとはしなかった。
 結局のところ、七松の家族はを止められなかった。強い意志。強い背中。子供だというのにあまりにも揺らぎの無いその瞳に、真っ先に屈服した者がを止められるはずも無かった。
 だから苦肉の策として、父は忍術学園という場所を紹介した。忍として世に出るまでは、出来うる限りの庇護を与えながら、優秀な忍となるよう育ててくれる場所だと。は一も二もなく頷いて屋敷に残った金目の物を売り、入学金と授業料に変えた。父と母は小平太にと共に行ってを守るように言い含め、小平太は言われるまでもなくと共にあり彼を守る事を、忍の道を行く事を決めていた。
 やっぱりは複雑な顔をしていたが、小平太はの数少ない所有物で、小平太にとってとは何をおいても優先しなければならない大切な人なのだから、についていくことは疑問など挟む余地もなく至極当然の事だった。
 そうして入学した忍術学園で、大切な友人達と出合った。よくの笑顔を見るようになった。愛しいと、そう思える人に出会った。忍としての道は険しいけれども、学園の中は過ぎるほど温かい場所だった。小平太は、自分でも意外なほど学園が好きだった。
 この場所に来たのはが忍になると言ったからで。小平太がについてきたのは、小平太にとってが守りたい大切な人だったからで。思えば昔からずっと、小平太の幸せはに導かれてきたのだ。
 幸せにしてくれる存在が神様だと言うのなら、こそが小平太のカミサマなのである。

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 そして小平太の目標は無意識で主人公。
 主人公は一番で守らなきゃならない人でご主人様。だからちょびっと過保護なところも。
 でも、大切な友達でもあるので、他の友人たちともそれほど態度が変わらないし、主人公も変えて欲しいとも思わない。
 ってな感じがベースに。