酔っ払い




「いっちねんはっぐみ〜!」

 すぱーんと障子を勢い良く開け、妙な拍子をつけて、着崩れた夜着の一人の六年生が入ってくる。庄左ヱ門と伊助の部屋に集まっていた一年は組の面々は、珍しくテンションの高いその人を見て目を真ん丸く見開いた。

「「「「「「「「「「「今日まで実習に出てた六年ろ組の先輩!」」」」」」」」」」」
「久しぶりー、元気にしてたかー!」

 は組の驚きも何のその、は満面の笑みを浮かべて室内に踏み込むと、伊助ときり丸を一緒くたに抱きしめた。

「うわ、酒くさっ!」
先輩、お酒飲んでるんですか!?」
「そーだ、酔っ払ってるぞー」

 けらけらと笑い声を上げて、酒臭いといいながらも大人しく腕の中に納まっている伊助ときり丸に頬擦りし、ご機嫌な様子で頬に口付けた。そうして二人を放すと、今度はしんべヱと喜三太を捕まえて同じように頬に口付ける。ふたりはきゃーきゃー言いながらも、の頬に口付け返した。

「かーわいいなー、お前ら!」
ー! うわっ」
「おっと」
「ありがとー、留さん」

 しんべヱと喜三太をぎゅむーっと抱きしめると、廊下から伊作と留三郎の声が聞こえた。顔が見えたと同時に部屋の縁につまづいてこけかけた伊作と彼を受け止めた留三郎。二人の姿が見えると同時にしんべヱと喜三太が「食満せんぱーい!」と駆け寄って行ってしまった為に、開いてしまった手に目を落すと、今度は手近にいた団蔵と金吾を捕獲した。

先輩!?」
「うわ、本当にお酒臭い!」
「可愛いなー団蔵も金吾もー。もんじとこへは無茶してないかー? 辛かったら言うんだぞー、先輩がお仕置きしてやるからなー」
「「だ、大丈夫です、今のところ」」

 一撃で伸される各自の委員長を思い出し、二人は顔を引きつらせる。それでもやっぱりはお構いなしに二人の前髪を掻き揚げ、額に口付けた。

「あー、やっぱり遅かったか」
「お前らに捕まったら大人しくしてろよ、逃げようとしたら余計酷いから」

 団蔵と金吾を離した後は兵太夫と三治郎を一緒くたに抱きしめて頬や額に口付けているを見て、伊作と留三郎はそれぞれの腕に喜三太としんべヱを抱き上げながらも肩を落す。

「伊作先輩、食満先輩、こんばんはー」
「はい、こんばんは」
「こんばんは」
「食満せんぱい、せんぱいどうしちゃったんですかー?」
「あいつは酔うと近くにいる奴らを手当たり次第に捕まえて、ああやって接吻しまくるんだよ」
「大人しくしとけば頬とか額とかですむから、まだマシといえばマシなんだけどね」

 元気よく挨拶する一年は組の良い子達に挨拶を返し、伊作と留三郎は喜三太の問いに溜息をつきながら答える。その会話の間にも、乱太郎や庄左ヱ門、虎若を捕まえて口づけては離しを繰り返し、は組の子全員の頬や額に口付けてしまった。
 すると今度は喜三太としんべヱを膝の上におろし、座り込んだ伊作の頬と留三郎の額に口付ける。二人は慣れているのか苦笑するだけだ。一通りの人間に口付けて満足したのか、最初に捕まえたきり丸と伊助を再び捕まえて腰を下ろした。

「ちなみに逃げるとどうなるんですか?」
「唇にされる」
「げっ」
「うわぁ」
「大人しくしといてよかった」

 遠い目をして答える留三郎に、額やら頬やらに口付けられたは組の面々が思い思いの呟きを漏らす。伊作と留三郎はもうカラ笑いするしかない。

先輩、手当たり次第に接吻なんてしちゃだめですよ」
「何を言うか伊助。いくら俺でも好意を持ってない相手になんてしないぞ」
「はにゃ〜、じゃぁ先輩、ぼくたちのこと好きなんですね〜」
「おう、大好きだ!」

 嬉しそうにふにゃりと笑う喜三太に、はこれ以上ないくらいの笑顔で返す。見た事がないほどのキラキラしい笑みだ。その手はきり丸と伊助をぎゅむぎゅむと抱きしめている。あまりにも混じりけのない好意に、は組の子達もきゃわきゃわと「僕も好きです!」「オレも!」「先輩大好きー!」だのとにくっついて、告白大会になってしまった。もちろん留三郎と伊作が抱いていたしんべヱと喜三太もその中に入っている。

「羨ましい」
「留さん……」
「羨ましいが、五年長屋に行かなかっただけマシか」
「そうだね。仙蔵が見てないだけマシだよね」

 何をしても被害甚大な兵助と、何をしても避けて通られる仙蔵。兵助がいればそれ以上被害が拡大しはしないものの、の部屋には近づけなくなる。仙蔵の場合は絶対被害に遭わないが、本人が認めてはいないもののに想いを寄せているためにそれが面白いはずもなく、攻撃を仕掛けて最終的には乱闘騒ぎ。その後始末をするのは当然のように用具委員なのだ。
 暴れまわる仙蔵とを思い出し深々と溜息を吐く留三郎に、伊作は苦笑しながらも柔らかく背中を叩く。しかしながら不運な伊作ともらい不運をしている留三郎。それだけでこの状況が終了するわけもなく。

「伊助、土井先生から明日の委員会は無しだと」

 まだ制服姿のままの兵助がひょこりと顔を出した。ざぁっと、障子側に背を向けている二人の血の気が下がる。そして油を差し忘れたからくりのようにぎりぎりと音をさせながら背後を振り向いた。

「久々知……」
「久々知君……」
「あれ、食満先輩に善法寺先輩、どうしてここ、に……」

 振り向いた二人から、部屋の奥へと視線を移すと、兵助は固まった。は組の子達に囲まれて、頬や額に接吻をしまくるの姿。何度かその場面に立ち会ったことのある兵助は、一目での状態が理解できた。つまり酔っ払っていらっしゃる。
 兵助を視界にとらえると、ふぅっと、の笑みが艶やかなものへと変わる。酔っ払ったにいい思い出のない兵助は、一瞬で血の気を引かせ、踵を返して逃げようとした。が。

「逃がすか」
「縄標!? いったいどこから……」

 縄標に足をとられ逃亡を阻まれた兵助は、気付くと長屋の廊下に押し倒され、に圧し掛かられていた。

、先輩……」
「ふふふ、可愛いな、兵助」

 の長い指がつーっと輪郭を辿る。ぱらぱらと、うなじで括られた髪の毛先が顔の横にこぼれてくる感触に、兵助はこうなったら逃げられないと悟って体の力を抜く。
 早々に観念してしまったらしい兵助に、留三郎と伊作は視線を一度交わして頷きあうと、入り口の前に並んで陣取って後ろ手にぴしゃりと障子を閉めた。こうなってしまえばはただの歩く十八禁。子供の情操教育に悪い。

「食満せんぱい〜?」
「伊作先輩?」
「何で閉めるんですかー?」
「あーははははは、何でだろうねー」
「子供にはまだ早い」

 伊作は問答無用な笑みを浮かべ、留三郎は純粋な子供達の瞳から目をそらした。背後からは「いや」だの「せんぱい」だの生々しい水音だのが小さく聞こえる気がするが、気のせいだ。ああ気のせいだ。聞こえないったら聞こえない。
 数分後、からりと障子が開けられた。笑顔と唇がつやつやしたの腕の中にはぐったりとした兵助が。

「それじゃー俺は長屋に帰るわ。おやすみ」
「おやすみなさーい」

 十一人の声が重なる。それはもういい笑顔をしたは、子供達の挨拶に頷くと人一人を抱えているとはとても思えないスピードで去って行った。
 伊作と留三郎は顔を見合わせ、深々と溜息を吐いて、長屋に帰るために立ち上がった。

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 伊作と食満がいるのは6はの二人と酒盛りをしていたからです。
 このあと久々知はの部屋でうまうまと食われ、長屋に帰った伊作と留三郎によっての部屋近辺は立ち入り禁止になります。ちなみに久々知が早々に諦めたのは惚れた弱みだよ。そんでもって六年の長屋から出て行った久々知の姿を見た仙様は、焙烙火矢とクナイをもってを追いかけます。「またお前は下級生に無体を強いてからに」てのは建前で、ただのやきもち。でも本人無自覚。