死ネタ注意!





貴方がいない世界の果て





 外では鳥が鳴いている。先ほどまでは卒業生たちの声に紛れて聞こえなかった、鳥の声が。
 静かになった、と兵助は口元に小さく笑みを浮かべながら思う。喜ばしい事だ。初めて担任を持ったクラスの子供たちが、一人も欠ける事無く、無事に学園を卒業していった。これから先に待ち受けているものはけして平安とは言いがたいものだったが、この学園で過ごし、笑って、泣いて、怒って、絶望し、それでも立ち上がった日々はそれらを支えてなお余りあるものをあの子達に与えたに違いない。
 かつて自分が、そしてこの世で愛したたった一人の人が、そうであったように。

「今日、あの子達が卒業しました」

 あの人が似合うと、そう言って頭から掛けた、真っ白な極上の絹の着物。それに手を滑らせながら、ここには居ない人にそっと語りかける。

「一人も欠ける事無く。アホだの落ち零れだのと言われていたあの子達が、それはもう立派に」

 くすりと笑って、愛しい教え子たち一人一人の顔を思い出していく。

「俺とお前が丹精込めて育てたんだから当たり前だと、貴方ならそう言うでしょうか」

 でも、私もそう思います。
 小さく小さく、呟いた。
 初めて受け持った子供だから、試行錯誤しながらも、本当に全身全霊を込めて育て上げた。この乱世でも生き抜けるように強く。夜に生きることに絶望せず、心折れずに在れるように強く。刃を握り、血を知っても、人を想うことを忘れぬよう、優しく。
 六年間と言う、短くも長い時間の間に、自分たちが受け取り、育ててきたものは全て子供たちに伝えてきた。それを、あの子達は自分たちの期待以上に大事に受け止めて、それぞれの中で育ててくれたと思う。

「貴方が、すべてをかけて、守った。……半年、私は、頑張りましたよね」

 貴方がいなくなって。
 そう言葉にする事は、半年経った今でもできない。魂を千切り取られたような痛みを、未だ全身に感じていた。そんな状態で生きている自分が、信じられないほどに。喪失は兵助をじくじくと苛み、その人がいなくなってなお、日々降り積もる愛しさゆえに、涙が滲む。

「だから、もう、いいですよね」

 酷く、眠いと思う。
 深く深く、夢すら見ぬ深淵に沈んで眠ってしまいたい。子供たちの事を考えると出来なかったそれも、今ならば許されるような気がした。

、さん……」

 床に倒れこみ、着物を掻き抱いて、胎児のように身を丸める。重くなる目蓋に逆らう事無く、目を閉じた。
 ふわりと、空気が動く。

――お疲れ、兵助

 深淵に沈むその瞬間に、耳元で懐かしい声が聞こえた気がした。

――はい、さん

 ぱたりと、力なくやせ細った腕が落ちる。色を失った唇は、幸せそうに、弧を描いていた。






あとがき

 人物紹介の所で綴られている久々知の最期の瞬間です。この後、忘れ物をした卒業生が戻ってきて、息を引き取った久々知を見つけて、悲鳴を上げて、大騒ぎになります。ここで未来編が終了。そして現代転生パロへと続くのです。
 しかし未来編をこんな所から書く私って、私って……!