01.どうか受け取って




 ずっとずっと好きな人がいます。父様の親友で、母様の戦友で、忍術学園で教師をしている食満留三郎様。父様と同じ年齢で、ずっとずっと年上だけど、そんなのを感じさせないほどに素敵な方。
 父様や母様曰く、生まれた時から留三郎様に懐いていたんですって。その頃からずっと、ずーっと、留三郎様が好きだったのよ、きっと。自覚したのはほんの二、三年前だけど、思ってる年数はその倍以上。だからね、私、留三郎様を誰にも渡す気は無いの。
 留三郎様は顔も性格も良いくせに今までお嫁様を取らなかったのは、父様や母様や私たち家族が幸せならそれを見てるだけで幸せだからなんですって。留三郎様らしい理由よね。留三郎様のご友人や後輩の方々は呆れていらっしゃるけど、私はとても幸運だと思うの。だってそのおかげで親子ほど年の離れた私にも機会が巡ってきたのだから。
 だから、だからね。放っといたらこれからもずっと独り身だって父様もぼやいていたことだし、私、善法寺は、留三郎様のところにお嫁に行こうと思っています。両親も留三郎様なら大賛成してくれてることだし。
 でも留三郎様は私を赤子の頃から知っているために、心情的には娘か孫かっていうくらいの意識しかないはずだから、本人の了解を得ずに家に押しかけることにしました。一応忍術学園のくのいち教室に通っていた時から好きだっていい続けていたから、少しは女として意識するきっかけくらいは作れてるだろうし、これで決定的に異性として見てもらえるわよね。
 と言う訳で。

「留三郎様のお嫁になりにきました。以後末永くよしなに」

 玄関先の戸をあけたまま固まっている留三郎様に、艶やかな女の笑みを浮かべて三つ指を付いた。



(私の全てを差し上げます)(あなたのために美味しく美味しく熟したの)(だから残さず食べてくださいね)



































02.君が望むなら





「行っちゃったね」
「行っちゃったわね」

 顔を見合わせてふんわりと微笑みあう。その笑顔は結婚した当初と全く変わっていなくて、本当にいい旦那様をゲットしたものだと思います。
 今日は娘が身の回りのものを纏めて家から出て行きました。でも行き先は分かっているし、全く問題ありませんよね。なんせ、ずーっと私たちの世話を焼くのに夢中で、自分の事なんて空の彼方に放り投げてしまっている人の所に押しかけ女房しに行っただけなんですから。

「それにしてもさすが。留さんに目をつけるなんて」
「ええ、私たちが知っている男の中でも抜きん出ていい男ですからね」

 ちょーっと私たちに過保護なところを除けばですが。まぁ、そんなことあの子にはあまり関係ありませんよね、あの子も善法寺の子供なんですから。そんなダメダメな留三郎の姿をずっと見ているわけですし。

「でも留三郎、ちゃんとあの子の事女として見てくれるかしら?」
「ああ、君のおなかの中にいる頃から知ってるからね。でも大丈夫だと思うよ」

 にこりと、伊作が笑った。私はその自信のある顔に首を傾げる。

「だって、留さん、最近あの子が近寄ったら距離を開けようとするんだもの」
「まぁ」

 という事は、あの子の押しはちゃんと効いているということで。

「なら問題ないわね」
「うん。早く孫の顔が見たいね」
「ええ、旦那様」



(ねぇ、私たちの可愛い娘)(あなたが望むなら、私たちは喜んで送り出すわ)(だから必ず、幸せをその手に掴むのよ)(そして孫の顔を早く見せて頂戴)



































03.言葉に出来ないほどの





 六年生が卒業して、そうそう問題もなく突入した春休み。伊作との間に生まれた長女のも無事にくのいち教室を卒業して、この上なくほっとした。いやいや、まだの弟たちがいるんだ、気は抜けない。なにせ両親の特性を綺麗に真っ二つにした双子どもだからな。片や素晴らしいほどの強運と戦闘能力の持ち主、片や薬と名の付くものにはプロも顔負けなほどに長けてはいるものの不運絶好調。何であんなに綺麗に分けられたんだか、本当に。は両親の良い所取りで、どこに嫁に出しても絶対に最後まで生き残れるっていうのに。
 と、思っていたんだが、短い休みでも身体を休めるべく帰った家には三つ指ついて艶やかな笑みを浮かべるの姿。曰く「嫁になりに来た」と。つまりは誰がどう見ても押しかけ女房な訳で。

「はい、留三郎様」
「あ、ああ」

 てきぱきと鮮やかに作り上げられた料理が盛られた茶碗を、呆然としながら受け取る。美味そうだ、さすがは。ちらりと視線を上げると、同じく茶碗を持ったがふんわりと両親に良く似た可愛らしい笑みで応えてくれる。本当に美人に可愛く育ったもんだ……って。

!」
「はい、留三郎様」

 にこにこと浮べられた笑みに勢いをそがれ、ぐっと言葉を詰まらせる。が、ここで止まってはいられない。

「お前、本当にここで何してる」
「ですから、嫁になりに来たといいました」
「それを伊作とは知ってるのか?」
「勿論です」
「……止めなかったのか」
「父様も母様も満面の笑みで送り出してくれましたよ」

 いってらっしゃーいって。我が親ながら暢気ですよね。
 ころころと母親と良く似た笑い声を上げるに、がくりと肩を落す。そうだった、あいつらはそういう奴だった。大方俺にずっと嫁がいないことも心配して、これ幸いとばかりに信頼できる娘を送り出したのだろう。

「なにもこんな父親と同じ年の男なんか選ばなくても、いい男は他にいるだろうが」
「あら、同年代の男なんか馬鹿ばっかりよ。留三郎様ほどいい男なんて、私、会った事無いもの」
「……そらどうも」
「それにね」

 茶碗を置いてするすると近寄ってきたかと思うと、逃げる間もなく腕を捕らえられてぴっとりとくっつかれた。大きな目で上目遣いに覗き込まれる。

「愛の前に年齢なんて些細なことよ、旦那様」

 甘い甘い声と共に、柔らかな唇がそっと重なった。
 それが嬉しいやら恥しいやら、母親の腹の中にいた頃から知っている子供に手を出してしまった――いや、出されたのは俺なんだが――罪悪感やら。楽しそうに笑うの隣で、しばらく身悶えてしまったことは言うまでもない。



(好きだとは言われていたが、本当に嫁として乗り込んでくるなんて)(相手は母親の腹の中にいた頃から知ってる娘だぞ)(でも、彼女を女として見ている自分も確かにいるわけで)




































04.どうすれば伝えられる?





 父様と母様のことが誰よりも大事な留三郎様。私たち姉弟を可愛がってくださる留三郎様。大好きな大好きな留三郎様。
 留三郎様は私のことを、母様のおなかの中に居る頃から知っている。おしめを変えて貰った事だってあるんだって母様が言っていた。だから留三郎様は私に手を出すのを躊躇ってる。親子ほど年が離れていることも気にしている。確かに留三郎様は父様と同い年でいらっしゃるけど、それくらい年が離れていることもそう珍しいことじゃないでしょう。だって私の倍以上離れた人のところにお嫁に行っている人もいるのよ。
 でも諦めないわ。だって好きなの。大好きなの。だから努力してきたのよ、留三郎様に見劣りしない女になるために、忍術も教養も武術も頑張ったわ。料理だってそう。殿方として好きなのだと伝えることも怠らなかった。
 だから留三郎様も、私のことをやっと女として見始めてくれている。少し態度がよそよそしくなったことが寂しくもあるけれど、それは私を女としてみている証だから、今は我慢するの。時には押して、時には引いて、私の元に意識を惹きつける。全てをあなたに捧げるために――私の場合は戦忍の方が適正があったから、それだけでもないけれど――色の授業は最低限しか受けていなくても、それくらいはお手の物。けれど授業とは気合が違う。だって使っている相手は大本命なんですもの。
 そしてそれを留三郎様も分かってる。だって彼は忍術学園の教師なのよ。私の倍以上生きて忍として生きてきた人なのだから、全てが全て通じてはいないだろうけど、私は知っている。留三郎様が私を見る目に、ちらちらと男の色が混じってきていること。
 もう少し、もう少し。もう少し我慢すれば、留三郎様は私の元に落ちてくる。いいえ、私が留三郎様の手の中を狙って落ちていくのかしら。どちらにしてもあと少しで、私はあの方の妻になれる。

「ねぇ、留三郎様」
「な、んだ」

 びくりと肩を震わせて、手に持っていた工具を机に下ろして向き直ってくれる。ふふふ、小さな頃からこっちを見てくださらなかったら突進していたものね。愛しい人の仕草に自分が確かに刻み込まれている事を見て取って、それだけで幸せな気分になる。現金なものね。でも、もっともっと幸せになりたい。だから、決定打を打ってみようと思うの。
 
「どうして手を出してくださらないの?」
「どうしてって……お前なぁ」

 あら、大きな溜息を吐かれてしまったわ。少し率直過ぎたかしら。でも、留三郎様の頬は少し赤くなっているし、口から出た言葉はもう戻らないのだから、前進あるのみ。

「大好きよ、留三郎様。物心ついたときからずっと貴方だけをお慕いしております」
「おい、……!」

 かかれた胡坐の上に乗り上げて、首にするりと腕を絡ませる。焦ったような声を上げる唇を自分のもので塞いで、胸を押し付けて。自分は女なのだと、もう子供ではないのだと無言の抗議。しばらく何度も唇を重ねていると、わたわたと彷徨わせていた手はゆっくりと私の背中に回された。そして、力強く引き寄せられる体。思わずガッツポーズを作ってしまったなんて、留三郎様には内緒の話。



(こんな伝え方しか出来ないけど、好きよ、大好きよ。愛しているわ旦那様)(必ず幸せだって言わせてみせるから、ねぇ、私だけを選んで)



































05.永遠に君を想う




 やってしまった。何って、遂にに手を出してしまったのだ。
 思えば、が「妻になりに来た」と言って三つ指を突いて現れたときから、危ない気はしていたのだ。なんせは伊作との娘、容姿は美人で性格は可愛い。しかも一途で健気ときたら、ぶっちゃけて言えば好みそのものだ。
 元々小さな頃から留兄様留兄様と慕われ、可愛がっていた子だ。押しかけられたのだとしても突き放せるわけもない。それに加え、学園に在学していた頃からずっと男として俺を慕っていると、あの両親に良く似た美しい瞳で隠す事無く恋情を伝えてられていた。
 親と同じだけ年が離れているとはいえ、俺も男だ。自分好みの少女に恋情を伝えられて、気持ちが揺らがないわけもなく。彼女の事を娘のような存在だとは、完全に思えなくなっている自分がいることに気付いた。
 その上、女のものとなった身体を薄い寝巻き越しに、明かりの中にぼんやりと浮かび上がらせ、何故抱いてくれないのかとその身を押し付けられて迫られれば、もう腹を括って全面降伏するしかなかった。
 あの子がもう子供ではないというのは、存分に理解した。が年の差を気にしないというのならば、気にしないことにする。が幸せなのならば、俺はもうそれで良いのだ。

「と言う訳で、を嫁に貰う」
「どーぞどーぞ持ってって! 良かったー、留さんがお嫁さん貰ってくれて!」
「それがというのがまた最高ね。これで変な男がに寄ってくる心配もなくなりますし、何よりも留三郎と親戚付き合いが出来るわ」
「そうだね、。うん、孫が楽しみだ!」
「これで正式に留兄様が義兄様になるわけですね」
「留兄様、姉様、おめでとー!」
「ふふふ、ありがとう」

 お前たちそれで良いのかと突っ込みたくなるほどの大歓迎振り。元々押しかけ女房になる気満々だったを笑顔で送り出した夫婦だし、反対されることは欠片もないと知ってはいたが、弟たちには何か言われるだろうと思っていた。緊張で肩に入っていた力が抜けた。むしろこれは脱力言っても良いだろう。

「でも本当に俺で良いのか」
「あら、まだ仰るの、旦那様」
「お前が良いんならそれで良いんだろうが、俺は17歳も離れてるんだぞ。しかも両親と同い年だ」
「母は気にしません」
「父も気にしません。っていうか、留さんだから許したんだよ。それ以外の男だったら確実に毒盛ってるね」
「弟その一も気にしません」
「弟その二も気にしませーん! 留兄様の事は姉様と同じくらい大好きだもの」
「むしろ留兄様以外の人が姉様を掻っ攫って行くって言うのなら潰します」
「そうそう、ぜーったい明日の朝日は拝ませないもん」

 片や整備していたクナイを握り、片や懐から毒薬らしきものを取り出して、父親に倣って不敵に笑う双子たち。そうだな、お前たちも家族大好きだものな。それと同じくらい好かれているという事に喜んで良いのやら、戦慄を覚えれば良いのやら。いや、ここは喜んでおこう。

「まぁ、これからもよろしく頼む」
「うん、これからもよろしくね」
「あまり今までと変わらないと思いますけれど、ね」
「あら、母様。父様の世話は母様と弟たちだけで見てくださいな。留三郎様は私の旦那様なんですからね。しばらくは私に独占させてちょうだい」
「俺たちは別にどっちでもいい。学園に行けば留兄様が担任なわけだし」
「だよねー! 学園に行けば留兄様にいっぱい世話焼いてもらえるもん」
「お前たち、三年にもなって、まだどこからかトラブルを引っ張ってくるつもりか……」
「「違いまーす、トラブルの方から寄ってくるんです!」」
「まぁ、あの一年は組の再来とまで言われてますものね」

 仕方の無いこと、とがころころと笑った。
 とりあえず、家族仲も良好。これからも、今まで以上に幸せな日々を送れるらしい。



(まさかこれほど、君を愛するようになるとは思わなかった)(愛情を注ぐことにばかり夢中になってきたが、想われるというのも良いものだ)(まぁ、これからも末永くよろしく)


 「路傍の〜」のお題の最後にちょろっと書いた伊作とすずらん嬢の間に生まれた長女が食満に押しかけ女房する話、でした。やっぱり駆け足だよ。そして書いていて判明したことですが、4つ(かな?)離れた双子の弟がいます。一人称「俺」の方が母似、「僕」の方が伊作似です。そして学園の教師となった食満の受け持っているクラスの子供で、一年は組並のトラブルメーカー達らしいです。
 これにてこのシリーズは一応終了です。おそまつ!