ぴーちくぱーちく雛が泣く





 似ているな、と一目見たときから思っていた。
 嫌々ヤエザキから出て――正確には最愛の兄と父を含むその部下に放り出されて――忍術学園に入学して、周囲の忍としてのレベルの低さに少々苛立って帰りたいと思っていたから、少しばかり面影が似ている人と強引に結び付けただけかもしれないと思っていたのだけれど。どうやら血の繋がりがあるらしいと、興味のまま近づいて教えてもらった名前に思った。
 食満留三郎、先輩。
 用具委員会に所属する、一つ上の先輩だった。二年生の多くは初めて出来た後輩に先輩風を吹かせたいばかりにいばり、一年生は意地悪な言動を取る一つ上の先輩を煙たく思う所為かあまり仲が良くないのだが、彼は違った。先輩として立ちつつも、後輩のプライドもそこそこ慮ってくれるのだ。所謂、面倒見のいい、良い先輩、なのである。
 そんな所も、年中兄の世話を焼きながら忍者隊の監督もしている悠一郎に似ていると思った。だから、よく知らない人間には一歩引いてしまう――それを人は人見知りと言うのだが――三郎も早々に彼に懐いた。仲良くなろうと働きかけてくる同級生よりも先に。
 そんな訳で、三郎は同級生と共に居るよりも先輩達と居る時間の方が多かった。友達を作れと言っていた兄の言葉は覚えてはいたが、ヤエザキ忍者隊に推薦する忍を探すのだと言う免罪符を掲げて。三郎がそんな事を言われたと知る人間は忍術学園には存在しないと言うのに、そんな言い訳をしているあたり、友達だと胸を張って言える存在がいないという現状に、ちょっとしたばつの悪さを感じてはいた。
 けれども、早々に人見知りがどうにかなるわけでもなく。
 今日も今日とて、三郎は突撃してくる同級生をあっさりと撒いて、用具委員が居るであろう場所に足を運んでいた。

「食満先輩」

 ふらりと現れた赤い隈取の狐の面を被っている小さな一年生の姿に、留三郎は桶を修繕する手を止めて顔を上げた。

「鉢屋、また来たのか」
「来てはいけませんか?」
「いけなくはないけど……友達はいいのか?」
「いいんです」

 ぽつりと、若干小さな声で呟いて、三郎は留三郎の横に腰を下ろして縮こまった。留三郎は眉尻を下げ、困ったような心配そうな顔をして、亜麻色のさらさらと揺れる髪を見下ろす。顔は俯いていて見えないが、彼は入学した当初から狐面をつけているのでもし顔を上げていたとしてもその表情はわからないだろう。

「お、三郎はまた来てるのか」

 膝を抱えて小さくなっている三郎に、どうしたものかと桶を修繕しながら頭を悩ませていると、用具委員長が朗らかな笑みを浮かべて俯いた小さな頭を二、三度軽く叩いた。それに三郎は頭を上げ、用具委員長を見上げる。

「こんにちは、お邪魔してます」
「こんにちは、別に邪魔じゃないけどな」
「そうですか?」
「そうなんです。それにもう少ししたらお前達一年も委員会に入る事になるだろ。その見学だと思えば大歓迎だ」
「……じゃぁ見学させてもらいます」
「おう」

 用具委員長はまたもぽんぽんと頭を叩き、その場から離れていった。大きな荷物と工具を持っていたから、大方学園内のどこかで壊れてしまった屋根や壁などの修繕にでも言ったのだろう。成長しきってはいなくても大きな背中を見送ると、三郎は再び俯いてしまった。
 留三郎はその様子を見て、小首を傾げる。

「お前委員長となら普通に話せるんだな」
「……食満先輩とも普通にしゃべってます」
「そうだけど……お前、もしかして此処に来るまで周り年上ばっかだったか」

 普通に言葉を交わせている相手が年上ばかりだと気付いた食満が、ぽんと手を打った。三郎は小さく首を縦に振る。

「あー、なるほど。だからか」
「何がですか?」
「同年代の奴とろくに話したこと無いからどう会話していいのかわからないんだろ」

 得意気に言われた言葉に、三郎は目を丸くしながらも再びこくりと頷いた。
 確かにその通りだった。ヤエザキの忍者隊に所属しているのは、蕾にいる見習いも含めて皆三郎よりも年上の者達ばかりで、それ以外に接触できる人間となると忍者隊に所属している人たちの子供や若君など三郎よりも幼い子供ばかり。まるで三郎を避けてでもいるかのように、三郎と同じ年の子供は存在していなかった。
 だから年上相手に話す事と年下のお守りをする事にばかり慣れてしまっていて、同い年相手に何を話せばいいのかがさっぱり解らず持て余してしまう。そして三郎がぐるぐるとしているうちに矢継ぎ早に話しかけられて腕を引っ張られて、どうしていいか解らなくて逃げ出してしまっているというのが現状だった。
 そんな事ばっかり繰り返していて、いい加減三郎の事を見放しそうなものなのだが、逆に同級生達は意地なって三郎と仲良くなろうとその勢いは弥増していた。そのあたりの事もわからない、と三郎は思う。

「普通でいいんだよ。下手に構えるからいけないんだ」
「最初は、普通にしてました……でも、合わなくて」
「……話がか?」
「はい。……うちは、周りが殆ど忍者で」

 その中でも詠野という別格の忍を抱える忍者隊で、他とは比べ物にならないほどに特殊な環境だといえるだろう。三郎はそうだとは自覚していなかったりするが。
 留三郎は忍里の出身なのかと首を傾げながらも、用具委員長がしていたように軽く三郎の頭を叩いた。

「あー、だったら授業なんか知ってることばっかりだろ」
「……だいたいは」

 三郎は留三郎の言葉に何かを言おうと口を開いて、結局は曖昧な顔で――見えはしないが雰囲気で解った――控え目に肯定する。言葉や態度以上に、一年生の授業では物足りないのだろう事がわかって、留三郎は苦笑を浮かべた。三郎はそんなところが少し子供らしくない。けれども項垂れて膝を抱え、小さくなっている姿は年相応で微笑ましいのも本当だった。

「まぁ、ゆっくりやれ。時間はたっぷりあるんだからな」

 ぽんぽんと、また頭を軽く叩いてにかっと明るい笑みを浮かべて見せる。その顔が悠一郎の笑みと重なって見え、三郎はなんだかほっとすると同時に目の奥がかっと熱くなり息が詰まった。咽喉の奥からこみ上げてくるものをぐっと我慢しようとしたが、目からはぼろぼろと涙がこぼれてきてしまった。大粒の涙は仮面の中でまろい頬を伝い降りて、顎からぽたりぽたりと落ちる。ひくりと、咽喉が鳴った。
 仮面から零れ落ちた雫が何だか解らず、最初はその様を不思議そうに見ていた留三郎は、三郎が零した嗚咽にその雫の正体が涙と知ってぎょっとする。

「は、鉢屋!?」

 わたわたと慌てながらも、留三郎は懐から手ぬぐいを出して狐面の紐を解き、仮面をとって素顔を目に納める前に手ぬぐいをその顔に押し付ける。そして少し俯かせた頭を、ぐりぐりと撫でた。
 そんな少し力の強い慰めもやっぱり悠一郎に似ている気がする。
 帰りたい、と唐突に思った。

「は、鉢屋、どうしたんだ? 俺なんかしたか?」

 困りきったような声に、三郎は首を振る。それに少し安心したのか留三郎は小さく息をついて、それでも眉尻を下げて、手ぬぐいを顔に押し付けたままでぎゅっと縮こまってしまった三郎の背を撫でた。

「あー! 留三郎、何一年生泣かせてるの!」

 高い声が、若干怒りを込めて留三郎を怒鳴りつける。留三郎は良く知る級友の怒声に誤解だと返そうとして顔を上げるが、それと同時に声の主の姿は視界から消えた。それに出鼻をくじかれ、留三郎は怒らせていた肩から力を抜く。そうして、相も変わらず不運な級友が落ちてしまった落とし穴にちらりと視線を走らせ、また溜息をつく。

「いたたた……留三郎、一年生泣かせちゃ駄目!」

 土塗れになり、打った場所をさすり痛みに涙目になりながらも、伊作は穴から這い上がった後びしりと泣いている一年生の側に座り込んでいる留三郎を指差す。その何とも間抜けで迫力の欠片も無い姿に、留三郎は生温い笑みしか浮んでこない。

「いや、泣かせてないから」
「でもその子泣いてるじゃないか」
「だから俺の所為じゃないんだって」

 なぁ、と話しかけると、未だに涙が止まらずえぐえぐと嗚咽を漏らしている三郎は留三郎の言葉を肯定した。留三郎はその間も三郎の背を撫でている。
 留三郎の語気と仕草の優しさに、どうやら本当に苛めていたわけではなかったらしいと悟った伊作は、それならいいけどとばつの悪そうな顔をして呟いた。それに、素直に謝ればいいものをと思いながらも、今は言い合いをしているよりも鉢屋をどうにかしなければと留三郎は視線を三郎へと移した。

「鉢屋、本当にどうしたんだ?」
「そうだよ、どうしたの?」

 二人の先輩に交互に尋ねられ、三郎はうぐうぐと手ぬぐいに顔を押し付けながらも口を開いた。

「……………………たい」
「え?」
「ん?」
「…………かえりたい」

 あにさまぁ、と涙に濡れた声を漏らす三郎に、留三郎と伊作は顔を見合わせた。どうやら何かがきっかけで実家が恋しくなってしまったらしい。そこで母親ではなく兄を呼んだ三郎が少し不思議ではあったが、それだけ兄に懐いているのだろうと納得した二人はますます丸くなってしまった背をそっと撫でた。





 はらりと、長々と拙い字で綴られた手紙が畳に落ちて端が触れる。けれどもまだ先がある手紙。けれどもは少々憂鬱そうに息を吐きながらも放り出す事無くそれを読んでいた。ちなみに悠一郎はそんなの座椅子となっており、の肩越しに三郎の手紙をちらちらと読んでいた。目の前にある書類を片付けながら。
 遠慮なく掛けられる体重に、落としたらぐずるだろうがバランスを崩さないように片手で抑えながらも、筆を走らせる。

「んー、三郎もついにホームシックか……」
「あ?」

 ぼそりと呟いたに、悠一郎は何と言ったのかと聞き返す。

「ほら、ここ」

 が指差した場所に視線を滑らせると、そこには「食満留三郎先輩と話していると悠一郎さんを思い出して急に帰りたくなりました」と綴られていた。

「家が恋しくなっちゃったんだって」
「まぁ、まだ十歳で学園に入学するのも半ば無理矢理だったからな」
「あれだけ息巻いてたのにねー」

 そう言って、はけらけらと笑い声を上げ悠一郎に体重をかける。そうしてずり下がってしまいそうな身体を引き上げながらも、悠一郎は三郎の手紙の中に出てきた名前が何故か引っかかり眉間に皺を寄せる。
 はくっきりと皺の入ってしまった眉間に人差し指を押し付け、ぐりぐりとその皺を伸ばそうとした。その顔は完全に面白がっている。

「ゆーいちろー、癖になっちゃうよー」
「へいへい」

 むしろの指の跡の方がつきそうだと思いながらも、その手をどける。じっと、もう一度手紙に書かれた名前を見つめた。
 そうして、ふと思い出した事実にぱちりと一つ瞬く。

「ゆういちろ?」
「ああ。弟だ」
「うん? さぶろは俺のおとーとだけど?」
「そうじゃなくて、この食満留三郎」

 三郎の手紙に書かれた名前を指す。は言われるがままに視線を手紙へと移し、きょとんと悠一郎を見上げた。

「おとーと?」
「ああ。弟だ」
「誰の?」
「俺の」
「ふぅーん」

 気の無い返事をして、は拙い文字が綴った名前を指先でなぞる。全く興味が無いのだろうの反応に、悠一郎は苦笑を浮かべた。

「年は一回り違うし、俺が家を出た時はまだ三つだったから、あっちは俺のことなんざ覚えてねぇだろうがな」

 現に悠一郎もほとんど交流の無かった幼い弟のことなど殆ど覚えていない。にかかりきりで、一度も実家に帰ってすらいないのだから、仕方の無いことなのだが。

「三郎が今度の休暇に帰ってきたら、遊んでやれ。無理しない程度にな」
「うん」

 無邪気な笑みを綺麗な顔に浮かべたに、悠一郎は柔らかく目を和ませながら、そっとその頭を撫でた。






 お待たせいたしました、夕貴様。
 「留三郎を見ていて、悠一郎を思い出した三郎がホームシックで泣き出すか落ち込む。普段とのギャップに驚き慌てながらも慰める留三郎と(可能なら)伊作。後日、三郎からの手紙で事を知ったと身内の反応。何年生時代かはお任せします。」(メールより引用)
 とりあえず学園は要りたての一年生でホームシックに陥る三郎と慰める留三郎と伊作に、後日談にと悠一郎。は、書けたと思うのですが、ふ、普段とのギャップ……入れ損ねました、すみません。稚拙な作品ではありますが、受け取っていただければ幸いです。

 えー、悠一郎に入れてた「食満」という苗字の伏線を拾ってみました。たいした伏線でもないので予想していらっしゃった方も多いと思います。というか、どこかで兄弟って言ってた……か?
 兄弟ですが、悠一郎はにかかりきりで全く実家に帰っておらず弟のことなんて殆ど知らず、留三郎は兄ちゃんが居た時はまだ物心も付いていなかったので悠一郎の事なんて覚えていません。むしろ兄が居る事を知っているかすら怪しい状態。知ったらきっとビックリするんじゃないでしょうか。
 三郎の事に関しては、実家(ヤエザキ)は周り皆年上で、年下はちらほらいても同い年の子は全くいないという環境に居たので、箱入りで順応能力もあまり発達していない為に同い年との付き合い方が解らず馴染めずに居ます。そして先輩の所に逃げている、と。だから余計にホームシック。帰りたいと泣きつつ、でも私には仕事があるんだと己を奮い立たせて学園に居続けてる感じです。
 学園滞在中の三郎に関してはあまり書く予定が無いのですが、設定だけはあったり。この後三郎は学級委員長やってみないかーという先生の話を蹴って用具委員に所属します。悠一郎似の先輩が居るから。ちなみに三郎は手紙で留三郎と悠一郎の兄弟関係を知るわけですが、わざわざ留三郎に知らせたりはしません。言う必要は無いと思ってるし、ヤエザキの中の情報を流すわけにはいかないと考えているから。
 えーっと、話を戻しますと、用具委員に所属です。特に三郎に構いたい雷蔵と一緒に。それで紆余曲折あって仲良くなってそこに八左ヱ門も参加して三人組になる訳です。その間留三郎はわやわややってる彼らを微笑ましく思いながら見守ってます。
 まぁ、そんな感じで三郎は六年生連中ではは組の二人(特に留三郎)に懐いてます。


 以上、曼珠沙華企画リクエスト作品でした。改めてご参加くださった皆様にお礼を申し上げます。
 この作品はリクエストをくださった夕貴様のみお持ち帰り可能です。