暴力的表現注意!






























家族ごっこ的な10のお題



● 二人以上いれば大丈夫。





 ああ、あっけない。
 一人であっさりと落ちてしまった城に、つまらないと唇を尖らせて血に染まった刀を放り出した。階級の高い武士のものだったそれは結構良いものではあったが、切れなくなってしまっては意味が無い。そこらじゅうに広がる血の間を水溜りを避ける要領でぴょんぴょんと飛び跳ね、珍しくも返り血を浴びなかったは、帰ったら悠一郎に褒めてもらおうと頬を緩めながら、人の気配の一切しなくなった城内を生存者がいないか確認しつつ物色していた。
 美しい着物、価値のある茶器、金銀財宝に有名な著者の書画。金になりそうなものやが気に入ったものを、どうせもう使う人間などいないのだからと物色しては土産と称して持っていた袋に詰め、足取りも軽く天守から下へ下へと降りていく。途中に城を爆破するための仕掛けをするのも忘れない。
 そして後は火をつけるだけというところで、一番下の階をうろうろしていると、外の階よりも少しばかり狭い事に気付く。ことりと、は首を傾げた。

「んー、隠し部屋、かな?」

 上の階と広さが会わない部屋に入り込み、床や壁を叩いてみる。すると、壁の板の一部が開き、中には紐が垂れ下がっていた。

「はっけーん。さーて、何があるのやら。こんなところに隠すほどなんだから、きっと一番綺麗なものだよねぇ」

 この城には美しいものが多いから。
 城主は醜いおっさんではあったけれど、審美眼は確かなようで、傍に仕えている人間も着物も蒐集物も美しく上品なものばかりだった。が好むものも多くあり、それだけでもこの忍務を引き受けた甲斐があったというものだ。
 御機嫌なままで、何の戸惑いもなく紐を引く。すると歯車の軋む音がして、壁の一部が回転した。一畳分の広さの入り口にするりと入り込み、しばらく歩くと奥まった場所に木の柵を見つける。座敷牢だ。その中で、部屋の隅っこに体を埋めるようにして膝を抱えて座り込む子供がいた。

「うわぁ、悪趣味ぃ〜」

 これも殺すべき? だなんて考えながらも、付けられた鍵をぶった切る。がちゃんと重い音を立てて落ちた鍵を蹴って遠くへやり、無造作に中に入る。中にいた子供は、の嫌そうな呟きに顔を上げて、驚いたように見開いた目でを凝視していた。
 綺麗な、というよりは今は可愛さが勝るものの、将来確実に綺麗になるのが約束されている子供だ。月の光を受けてキラキラと光る髪と瞳。ぼんやりと闇に浮ぶ白い肌。顔はそれが当たり前のように整っている。今は不安と驚愕に彩られているが、笑うときっと可愛らしいだろう。
 この城で見つけた中でも群を抜いて綺麗なものに、は機嫌よく笑みを浮かべた。

「綺麗だね、お前」

 びくりと肩を震わせる子供の反応を無視して、わきの下に腕を突っ込み抱き上げる。硬直している子供をじっと見つめて、ぎゅむりと抱きしめた。

「基本皆殺しなんだけどー。うん、決めた。連れてかーえろ」

 じたばたと暴れる子供の抵抗をものともせず、片手に子供、片手に物色した品をつめた袋を持って、悠々とその場を後にする。もちろん仕掛けに火を放ってくることも忘れない。諦めずに手足をばたばたさせ、背を逸らしたりしながら何とか逃げ出そうとする子供に、は笑い声を漏らした。

「ふふふ、大丈夫大丈夫。あの場所よりは自由だよー、約束してあげる」
「……とじこめないの?」

 また一人で狭い部屋に閉じ込められると思っていた子供は、自由、という言葉に反応して顔を上げた。

「閉じ込めないよー」
「なんで?」
「きっとお前は太陽の下にいる方が綺麗だから」

 綺麗なものは大好き。
 そう言って笑うに、子供は瞬く。可愛いとか美しいとか、それ故に誰にも見せたくないなどという欲しくも無い褒め言葉は散々聞いてきたが、そんな風に言われるのは初めてだった。子供は自分を抱き上げる男を見上げる。
 そんなことをしているうちに、男の背中からドカンと何かが破裂する音が聞こえ、びくりとして城の方を見た。赤い炎が城を呑み込んでいる。その美しくも凄惨な光景に目を見張るのは子供だけで、は機嫌良さそうに目を細めて城を見た。

「おー、燃えてる燃えてる。火薬がちょーっと少ないかなーとも思ったけど、細工が功を奏したかな」
「……!」

 城が燃えてる原因が自分を抱える男だと知り、子供は目を見開いた。まじまじとの横顔を見つめる。その時はじめて、この男が綺麗な顔立ちをしていることに気付いた。この綺麗な男が、城を一つ潰してしまったとは容易には信じられず、子供は男の服を握る手に力を込めた。

「うん? どうしたの? 自分がいた城がなくなって寂しいの?」
「……ち、がう、けど」
「寂しかったの?」
「……うん」

 的外れな問いかけではあったけれど、自分を抱き上げてる腕と密着している体が温かくて、背後で燃えている城もどうでもよくなり、ぎゅっとの首に抱きついた。寒くて、寂しかったのは本当だったから。

「あはは、かーわいいー」

 うりうりと子供の柔らかな頬に自分の頬を摺り寄せて、はちょんと薄い色の髪に口付けた。







































































































● 自分が保護者でOK?





 小頭は生温い笑みを浮かべ、ぽんと悠一郎の肩を叩いた。そして悠一郎はというと、顔を引きつらせ、痛み出した頭を抱える。そんな二人に対するはというと、機嫌よく淡い笑みを浮かべていた。表情で褒めて褒めてと率直に語りかけている。
 確かに褒めても良いだろう。殲滅系の忍務を渡すと、必ずと言っていいほど頭から血をかぶっているというのに、今回は返り血一つ浴びずに帰ってきた。だが、その代わりに彼の腕には五歳ほどの小さな子供が一人。そしてもう片方の手には曰く“戦利品”が握られている。強盗染みた真似はよせと言いたいが、何度言っても「もう使う人もいないからいいでしょー」で終るので言うだけ無駄だ、それはもういい。だが、子供。五歳の子供。

「返り血一つ浴びずに帰ってきたことは偉い。褒めてやる」
「えへへー、やった、褒められたー」

 より嬉しそうな顔をするに、悠一郎は眉間に皺を寄せ、ぎゅっとの頬をつまんだ。

「いひゃいー!」
「“痛いー”じゃねー! その子供はどうした!?」
「はにゃひてー……う゛ー……この子は城の隠し部屋の座敷牢に軟禁されてたの。あの城の城主綺麗なもの好きだから、嫌がる親殺して無理やり攫っちゃったんだってー」

 この子綺麗でしょ。
 そう言って抱いた子供をずいと目の前に突きつける。亜麻色の髪に梔子色の瞳に白い肌。おそらくは国外の人間の血を引いているのだろう子供は、確かに綺麗な顔立ちをしていた。今は緊張に顔が強張ってしまっているが、笑えばさぞ可愛らしいだろう。まさに好みだ。
 悠一郎は深々と溜息をついた。まさか犬猫のように元の場所に戻して来いとも言えない。しかも戻る場所も無いのだ、この子供は。小頭に視線を向けると、の好きにさせてやれといわんばかりに首を横に振られた。本当にどうしようもない。

「……で、どうするんだ、その子」
「んー……うちに置くなら忍にするしかないでしょー。このぐらいの年なら俺の時みたいに無茶しなくても育つだろうし」

 ねーと視線を合わせて小首を傾げるにつられて、子供も、ことりと首を傾げる。けれど子供の方はどうにも何を言っているか理解し切れてはいないようで、顔には疑問符が浮んでいた。

「お前の養子にするのか?」
「いや、それはない」

 間延びした子供っぽい口調は鳴りを潜め、ぼんやりとした瞳に刃のような鋭さを宿し真剣な顔をする。時折見せるその顔に悠一郎はぐっと息を呑み、子供は驚いたようにぱちぱちと瞬いた。

「この子は“俺”にはしない」
「……わかった」

 夜叉王に連れてこられた時のに対する周囲の反応を思い出し、そんな状況にこの小さな子供を置くつもりは無いというに、悠一郎はただ頷く。それは、己の後継者として連れてきた訳ではないという事の証だった。

「この子のことは弥次郎に任せようと思ってる」
「弥次郎さんに?」
「顔をね、さらすのがどうにも苦手みたいだから」

 子供を抱き寄せ、またぼんやりとした無垢なような濁ったような焦点を失った瞳に戻ったに、悠一郎はああと納得した。弥次郎はヤエザキの中でも変装の腕が一二を争うほどに上手い男だった。年は二十代半ば。五歳くらいの子供が一人いてもおかしくなく、年回りも丁度良いだろう。

「……それで、その子の名前は?」
「名前ー? そう言えば聞いてなかった!」

 おお、と声を上げるに、悠一郎はまた溜息をついた。小頭は笑いがこらえきれないようで、くつくつと咽喉を鳴らし肩を震わせている。子供はまたきょとんとした顔でを見上げる。

「俺はね、。詠野。君のお名前は?」
「さぶろう」
「三郎君かー」
「ねぇ」
「うん?」
さまはわたしのおとうさんになってくれないの?」

 不安そうに見上げる子供――三郎に、はかわいーと相好を崩し、まろい頬に頬擦りした。

「なれないのー。でもお兄ちゃんにはなれるよー」
「ほんと?」
「ほんとー!」

 綺麗な子供二人がくっついて笑いあっているさまは何とも可愛らしく目の保養ではあったが、何となく頭が痛い気がするのは何故だろうか。悠一郎は思わず遠い目をする。

「あにさま?」
「なぁに?」

 ふにゃりと笑う三郎に、はこつんと額を合わせる。笑い続けていた小頭は、すぐに仲良くなってしまった子供達にもう一度咽喉を鳴らすと、何だか疲れた顔をしている悠一郎の背をぽんと叩いた。

「弥次郎は呼んできてやるから、あのお子様達を風呂に入れてやれ。血の臭いがついたままだ」
「……はい」

 一度溜息をついて意識を切り替えたのか顔を上げた悠一郎は先ほどの疲れたような様子を一切見せる事無く、くっつく子供達の頭をくしゃくしゃと撫でて風呂へと引っ張っていく。小頭は肩をすくめ、弥次郎は今時分どこにいたかと考えながら、彼らの反対方向へと歩き出した。










































































































● 子供が欲しいのか、親が欲しいのか。





 悠一郎はぐったりと息をついた。疲れた。物凄く疲れた。大きな子供()と小さな子供(三郎)が二人共に風呂に入って大人しくしているわけもなく、二人の面倒を見ながら風呂に入らなければいけない悠一郎はゆっくりと湯船に使って一日の疲れを落す暇もなかった。はしゃぐ二人から目が離せず、本当に気疲れする風呂だった。
 おかしい。風呂は日々の汚れと疲れを落すために入るのではないのか。心の中で愚痴っても始まらないが、心の中での愚痴なのだから別に構わないだろう。
 は短い髪を、三郎は長く伸ばされた亜麻色の髪を手ぬぐいでがしがしと拭いており、悠一郎はそれでは髪が痛むと判断し、ついには二人の手ぬぐいを取り上げて髪の水分を飛ばしてしまった。がべったりと胸元に懐いて礼を言ってくるのは何時もの事で、三郎がはにかみながらも小さく礼を言った姿がとても新鮮に思えた。これで苦労の大半が報われるように思う自分は随分とお安い。
 ほこほこと温まったと三郎を、の部屋に放り込んだら自分の仕事は終わりだ。心が温かくなったとて疲労が癒されたわけでもないのだから、今日はもう早く寝よう。それが許されるかどうかは可能性として半々だが、思うだけは自由だ。希望して何が悪い。
 とことこと、子供の歩幅に合わせての部屋に繋がっている廊下を歩く。普段は武器や道具、人ならば悠一郎くらいしか触らないの手が小さな子供の手を引いている。その様が滑稽にも微笑ましくもあり、悠一郎はふと顔をほころばせた。

「ゆーいちろー、何笑ってるの?」
「いや、お前が武器以外のものを手にしてるのが珍しくてな」
「うん? 筆とか紙もよく持ってるよ?」
「子供の手を引いているのは初めて見る」
「そうかなー?」
「あにさま、おててつなぐの、わたしがはじめて?」
「んー……うんうんうん、初めてだね」

 の人差し指と中指を掴むだけで精一杯の小さな手が、遠慮がちに引っ張る様がとても可愛らしくて、は随分とごちゃごちゃとひっくり返ってしまっている記憶を探るのを早々に放棄して、三郎の問いを肯定した。幼くも綺麗な顔が、ふにゃりと嬉しそうに笑う。それにつられるようにして笑みを浮かべたに、悠一郎は胸の中で同レベルと呟いた。

「おい、ついたぞ」
「ついたぞー」

 目的地に着いたというのに行き過ぎようとしている二人に声をかけると、は何の反省もなく復唱して三郎の手をすいと引いた。そのまま勢いよく障子を開けると、ざっと室内を見回し、見覚えの無い衣装を見つけると一瞬首を傾げ、一つ頷いた。手にとって広げてみると、随分と小さな、子供用の着物の一揃え。小頭が用意するように言っておいたのだろうと悠一郎は一つ頷いた。

「これ三郎のだね」
「わたしの?」
「そー。はい着ましょー」

 言いながら、くるりと三郎に着せ掛けてあっという間に帯を締めてしまう。あまりに早業に三郎はぱちくりと目を瞬かせ、悠一郎は技術の無駄遣い、いや有効活用かと頭を抱えた。

「あにさますごい!」
「えへへー」

 キラキラと目を輝かせ頬を紅潮させる三郎に、は嬉しそうに笑う。悠一郎はもう溜息をつくしかなかった。





 組頭がにこにこと上機嫌に笑っている。その顔を見ているだけで何だか幸せになれる弥次郎は、同じように笑みを浮かべて頭を下げた。

「鉢屋弥次郎、お呼びと伺い参りましてございます」
「うん、いらっしゃい」
「忍務ですか、それとも遊び相手をご所望でしょうか。不肖鉢屋弥次郎、組頭の望みならば出来る限り応えて見せましょう」

 随分と芝居がかった言動で、それでも溢れんばかりの自信を隠さずに胸を張る弥次郎に、悠一郎はあまりを甘やかさないでくれと視線で抗議しながらも、口を引き結ぶ。は上機嫌にことりと小首を傾げる。

「ふふ、弥次郎ならそう言ってくれると思ってたよ。頼みたい事があるんだ」
「なんなりと」
「さーぶろ、俺の後ろから出てきて隣にお座り」

 の背後にいる小さな気配が、おそるおそるという風に顔をちょこんと覗かせる。亜麻色の髪、梔子色の瞳、抜けるような白い肌に、息を呑むほど美しい子供だ。小さな顔に収まるそれぞれのパーツも極上。これほど美しい子供を見たのは以来だと、弥次郎は目を輝かせる。
 反応は上々だとは笑みを深め、居心地悪げに座りながらもの袖を小さな手で掴んでいる子供の頭を撫でた。

「その子供はどうされたのです?」
「うん、今日の任務先で拾ってきた」
「今日……ああ、あの綺麗なものが好きな糞爺の城の陥落でしたっけ」
「何でお前がそれを知ってるかは問わない事にするけど、あまり無茶すると周りに誤解されるから気をつけてねー。弥次郎は俺のお気に入りなんだから」
様さえ笑っていてくれれば後はどうでもいいですけど、とりあえずわかりました」
「ならいいよー」

 いいわけあるか、とぶっちゃけ過ぎている会話に悠一郎はつっこむ。この鉢屋弥次郎という男、ある日が面白いというそれだけの理由でスカウトしてきた忍だった。それ故にヤエザキに籍を置いてまだ短く、自分から信用を掴もうという気もないようなので、小頭や悠一郎は少しばかり気を揉んでいた。
 いくら壊れているとはいえ、は人を見る目は有る。それ故に実力も人柄も信用に足ると思っているのはほんの一部だった。本人は自分でも言うようにあまり気にしていないようなのだが。

「それでその子供、この私にどうしろと?」
「この子育てて。忍としても育てて。変姿の術も叩き込んで。簡単でしょ?」
「えー…、つまり養子として育てて私の全て受け継がせろと」
「そうなるね」

 事も無げに告げられた重要事項に、さしもの弥次郎も口をつぐんで子供をじっと見つめる。三郎はじっと己を見詰める真剣な瞳にの袖口をぐっと掴んで、若干ひるみながらも弥次郎の目を見返す。妙な緊張感が辺りを満たす中で、が大きなあくびを零した。
 それをきっかけにするように、弥次郎は両手を持っていき顔を隠すと、一瞬でぱっと悠一郎と同じ顔になった。三郎は目を瞬かせ、今度はの顔をした弥次郎にきらきらと目を輝かせ頬を紅潮させる。

「すごい! あにさまとおなじおかお!」

 手放しで褒めた子供に、弥次郎はにじにじと膝を進め、ぎゅむりと抱きしめた。この子供、至極可愛らしい。ぱちりと瞬いた子供にはおやまあと呟き、弥次郎は元の顔に戻して満面の笑みを浮かべた。

「その話、承りました!」
「よろしくー。ちなみにその子の名前は三郎くんだよ」
「そうか、三郎か! 私は鉢屋弥次郎。君の父になる男だ。今日から君は鉢屋三郎と名乗るのだよ!」
「はちやさぶろう?」
「そう! 様が兄様なら私の事は父様とでも呼んでくれ!」

 父上でも構わん、と言う弥次郎に、三郎は弥次郎の装束を小さな手で掴みながら「とーさま」と呟いた。その可愛らしさに当てられたのか、弥次郎は三郎を抱きしめながらもばしばしと畳を叩きながら身悶える。温度差のある二人の様子に、は瞬きながらことりと首を傾げた。

「やっぱり弥次郎で正解?」
「みたいだな」

 ぽすりともたれかかるの頭を撫でてやり、悠一郎は安堵の溜息を吐いた。






























































































● 離れない条件に抱擁を一つ。





 すたすたすた。
 とことことことことこ。
 音にすればそんな感じだろうか。好き勝手にうろつくの後ろを三郎が追いかけると言う光景を、三郎が連れてこられた翌日から毎日見ることが出来る。双方共に至極見た目が良いために、その様子はとても可愛らしく、忍者隊に所属する者達の心を和ませた。しかも普段は後ろを振り返ることの無いが時折振り返っては三郎の様子を確認し、歩く速度が速すぎると解るとその歩調を三郎が追いつける程度に緩めるのだ。
 夜叉王の容赦ない訓練に心を壊してしまってから気遣いとはほぼ無縁のが見せた配慮に、あのが、と目頭を押さえるものも多数。故に三郎の存在は好意的に受け入れられ、それに影響されてか三郎の保護者となった弥次郎にも近づいていく人間が増えた。それに対する弥次郎のガードは中々に固いが、三郎やの話になると表情がとろけるのでよく親馬鹿とからかい混じりに呼ばれている。
 何故だか和気藹々と賑わい始めた忍者隊の人間に、やっぱり弥次郎で正解とが笑ったかどうかは定かではないが、平和であることは確かだった。

「あにさま?」

 きょろきょろと、眼下で三郎の頭が左右に振られる。きょとんとした顔は次の瞬間には不安に曇っており、今にも雨が降り出しそうだ。そんな顔も可愛らしい。本気でそう思っているの顔は喜色満面で、を探していた悠一郎はくいと片眉を持ち上げた。

、何やって」
「あ、悠一郎、しーっ」

 口元に人差し指を当てて、静かにしろと要求してくる。わくわくしている事を隠しもしない表情に、が楽しんでいると言う理由だけで言われるとおりに口をつぐんだ悠一郎は、の視線をたどりその先で発見した子供に対し、同情の念を抱いた。

「こら……」
「小さな子供泣かせるなってー?」
「そうだ」
「だって可愛いじゃない。俺の姿が見えなくなっただけで不安になっちゃうんだよ」
「お前な……」

 深々と溜息をつく悠一郎には笑みを浮かべたままで小首を傾げた。

「溜息ばっかりついてると幸せが逃げちゃうよー」
「原因はお前だ」
「ひっどーい。俺は何もしてないのにぃ」
「してるだろうが、今、現在進行形で」
「それってさぶろの事?」
「三郎のことだ。あまりからかってやるなよ。嫌われるぞ」
「むぅ、それはヤだ」

 ぷっくりと頬を膨らませて、涙目で周囲を見回している三郎の背後へと音も無く降り立つ。悠一郎はどうして見つけやすい正面に降りてやらんのだと――その答えが九割九分の確率でつまらないからである事を知りつつ――胸中で呟き、背後から抱えられて驚いている三郎とその反応を面白がっているの元へと降りた。

「あ、ゆういちろーさん、こんにちは!」
「はい、こんにちは。三郎は偉いな、ちゃんと挨拶が出来て」
「えへへ」

 はにかんだように笑う三郎の頭をわしわしと撫でて、御機嫌な様子で三郎を抱きかかえているへと視線を流した。元々に用があってきたのだ。視線に気付いたは、ことりと小首を傾げる。

「なぁに?」
「仕事だ」
「お仕事ー? 忍務は無いはずだけど?」
「忍務は無くても書類が溜まってるんだよ。部屋に戻れ部屋に」
「えー、ゆーいちろーがやっといてよ」
「で、き、る、か! 組頭のお前じゃないと片付かない書類ばっかりなんだよ」
「ぶー」

 再び膨れっ面をするに、黙って二人のやり取りを見ていた三郎は、小さな手をの頭に伸ばしてよしよしと頭を撫でた。

「さぶろ?」
「あにさまもいいこ」
「ぶっ……」

 幼子に頭を撫でられて宥められているに、悠一郎が思わず噴出し、はそんな悠一郎を拗ねた顔で睨みつけた。

「ゆーいちろー」
「悪い悪い」
「むーそれ悪いなんて思ってないでしょ……。まぁいいや。さぶろさぶろ、いいこじゃなくて頑張ってって言って!」
「あにさまがんばって?」
「うん、がんばる。行くよ悠一郎」
「へいへい」

 三郎からの激励に現金にも不機嫌に歪ませていた顔を即座に満面の笑みへと変え、先ほどまでの駄々が嘘のように執務室へと向かうに、悠一郎は苦笑を浮かべながらも後に続く。の腕に抱かれたままの三郎は小さな頭をことりと傾げて、と悠一郎をきょろきょろと交互に見た。

「あにさま、わたし、おへやにかえらなくていいの?」
「うんうん、さぶろは俺のお膝の上で応援しててね」
「待て待て待て、三郎を連れて行くのはいいがお前の膝の上は止めとけ!」
「なんであにさまのおひざ、だめなの?」
「何でー?」
「お前に回ってくる書類だぞ」

 暗に機密文書やら齢五つの三郎には例え本人がわかっていなくても刺激の強すぎる内容だとにおわしてみるが、はその言葉に少し首を傾げて三郎の頭を撫でた。

「大丈夫大丈夫。三郎にはわからないって。ねー?」
「ねー?」

 何の同意を求められているのか理解しないままにの真似をして首を傾げる三郎に、悠一郎は深々と溜息をつく。こうなったらもうは人の話は聞かないし、三郎を離す気も無いだろう。今現在、当の本人は可愛らしく首をかしげた三郎を可愛い可愛いと連呼して加減をしつつもぎゅむぎゅむと抱きしめている事だし。

「また溜息。幸せ逃げちゃうよ、ねーさぶろ」
「ねー」

 うりうりと頬を摺り寄せきゃっきゃと戯れている子供二人。その可愛らしさにもう何でもいいかと溜息をついて、ほらまたと笑われながらも、悠一郎は二人の子供の頭を優しく撫でた。








































































































● 毎日を楽しく過ごすんだ。





 ひっくひっくと、小さな嗚咽が真っ暗な室内に響いている。押さえようとして押さえきれないというような、くぐもった不規則なその嗚咽に目が覚めたは、ぼんやりとした思考でただ三郎が泣いていることに気付いた。寝たときと同じ姿勢で天井を見上げたままその嗚咽を聞いていたは、いつまでもやまないその声に、目覚めて四半時経って漸く首を傍らの子供の方へと巡らせる。
 こんもりと布団が小さな山形に膨らんで小刻みに揺れていた。その布団の端からは亜麻色の髪がちょろりとはみ出している。どうやら布団に包まって泣いているらしい。けれどもはあの体勢は熱くて苦しいだろうなと思いながら、震えたままの布団の山を見つめるだけだ。
 この場に悠一郎や小頭がいれば慰めとか何とか突っ込みそうなものだが、残念な事に二人とも今夜は割り当てられた忍務を遂行するためにヤエザキの城どころか領地すらも出てしまっている。故に誰もの取る行動に文句を言う人間などおらず、またの眠る部屋の近辺になど近づきすらしなかった。であるからして、の行動を止める人間など居はしない。
 気の済むまで震える布団の山を見つめていたは、衣擦れの音もさせずに起き上がると、三郎の布団の横に座り込んだ。胡坐をかいて、頬杖をついて、何を言うでもなくするでもなく、ただ三郎が包まっている布団を見るだけ。そうして布団の震えがマシになると、ようやっと布団に手をかけこともなげにべりっと剥がした。
 ひくりと、咽喉を鳴らして、三郎はいきなり開けた視界と涼しくなった身体に目を瞬かせる。そうして事態を把握しきれないままにがしりとわき腹を掴んで抱き上げられ、膝の上に乗せられる。濁っているようにも無垢にも見える瞳が、三郎を見ていた。その顔には全く表情が浮んでいない。けれどもそれを恐ろしいとは思わず、三郎はじっとの顔を見上げていた。

「あに、さま……」
「うん。すっきりした?」
「うん……ごめんなさい」
「何が?」
「あにさま、おこしちゃった……」
「いいよ、別に。それより三郎はどうして泣いてたの。怖い夢でも見た?」

 ことりと首を傾げて、は三郎を見つめる。三郎の顔は涙と鼻水と、布団の中がよほど蒸し暑かったのか汗でぐちゃぐちゃになっており、真っ赤だった。放っておいたら乾いてガビガビになるだろうその顔を、は拭いもしない。顔を拭いてやらなくちゃと思うことも、汚いと思うことも無く、ただ何時間泣いてたんだろうと疑問に思うだけだ。
 三郎はの問いにふるふると首を振り、目の前にある白い単を小さな手でぎゅっと握った。

「ちがうの」
「じゃあオバケでも見た?」
「うぅん」
「それじゃあ寂しいの」

 そう問うた途端ぎしりと固まってしまった三郎を、は無造作に抱き寄せて汗ばんで熱くなった頭に顎を乗せた。柔らかく細い亜麻色の髪はしっとりとしている。顎からのどのラインにぴったりと収まってしまった小さな頭に、くすぐったいなと視線を斜め上に飛ばしながら、は三郎の背を撫でた。

「さぶろは寂しがり屋さんだね」
「……あにさまは?」
「んー?」
「あにさまも、もらわれっこだって」
「寂しくなかったかって?」
「うん」
「そんな暇無かったよー、毎日夜叉王に殺されかけてたし」
「ぅえ?」

 うるりと、の顎の下で梔子色の瞳が潤む。この綺麗な兄を殺そうとする人が此処にいるだなんて信じられなくて、またぼろぼろと涙がこぼれた。

「あにさま、しんじゃ、やだ……!」
「死なないよー。夜叉王はもう死んじゃっていないし」
「あ、あにさまをいじめるひと、いない?」
「いないよ」

 厄介な置き土産残していってくれたけど、そのおかげで三郎を拾えたことだしそれはもういいかなぁ。また三郎が反応しそうな言葉なので胸中だけで呟いて、は汗をかいているらしい三郎の背中をまた撫でた。

「でも、寂しいって泣いてた時もあったかもね」

 もう思い出せない、穏やかな時間の中に。そう、桜南と共に居た時にはそんな事もあったかもしれない。けれども、覚えてはいなかった。死んでしまった。殺されてしまった。壊されたから丸めてぽいと捨ててしまった。弱くて優しいになる前の男の事なんて。それはが生きるためには邪魔なものだったから。

「でもまぁ、俺はずーっとゆーいちろーがついてたからへーき。さぶろは俺がいるから平気でしょ」

 それは疑問ではなく断定だった。どこからその自信がわいてくるのかまるでわかりはしない宣言だったが、三郎は大好きな兄に抱きしめられて寂しい寂しいとぎゅっと締め付けられて痛かった胸が痛くなくなったので、少しはだけた単に額をこすりつけるようにこくりと頷いた。

「うん」
「ならもう泣かなくてもいいね」
「……あにさま」
「なぁに?」
「いっしょにねてもいい?」
「いーよ」

 ぺったりとくっつく三郎をそのままに、は自分の布団ににじり寄って転がると、片手で掛け布団を引き寄せた。腕の中に抱いた子供は、中身が大人びていてもやはり子供らしく体温が高い。ぎゅっと胸に抱きつき丸まって目を閉じた三郎の頭を一度撫でて、も目を閉じた。

「寝て起きたら弥次郎も帰ってくる。そしたらまた毎日楽しいよ。おやすみ、さぶろ」
「うん、おやすみなさい、あにさま」

 すんともう一度鼻を啜った子供の背をぽんぽんと優しく叩く。その緩やかな拍子に誘われるように、三郎はゆらゆらと意識を夢殿の中へと沈めていった。やがて穏やかな寝息が、部屋の中に密やかに広がる。薄く目を開けて子供の様子をちらと見た後、今度こそは眠りにつくのだった。





なかがき

 ちっこい三郎はきっとこのあとガビガビな顔のまま起きて、に笑われながら顔を洗いに行くことになるのでしょう。夜中起きたときにが顔を拭いてくれなかったが為に。(笑)
 なんだかがちょっとまともっぽく見えるので、五題目の上記の話で、幼児に対するものではない態度と幼児に対するに相応しい態度の両方を取ってもらいました。幼児相手でもこいつはこんな対応です。