性的・暴力的表現注意!


































なんて愉快な物語だろう






 城内がざわついている。いや、それも一部だけだ。統制された情報制限が混乱を抑えている。けれどもその情報制限も忍隊に属している忍に通じるはずも無く、情報はほぼ正しい状態で持ち込まれていた。
 曰く、詠野夜叉王が倒れた。余命はもう、一月持つかどうかという程度だと。
 実際、床に伏せた夜叉王の顔色は青白いというよりは土気色に近く、本当に棺おけに片足どころか両足をそろえて寝転びかけている事が容易に知れた。

「今まで持ちこたえたのが奇跡のようなものです」

 難しい顔をした医師が、密やかな声でそう述べた。どうにかならないのかと問う城主の声が、酷く遠い所で聞こえる。妙な緊張感が満ち、医師と城主の声だけが響く室内で、はただ夜叉王の顔を見つめた。
 まだ三十路も半ばだと聞く。それなのに、病に蝕まれた男の顔はそれよりは十歳は老け込んで見え、あれほど精強に見えたのが嘘のように弱々しい。纏っている空気の所為だろうか。今ならきっと、の腕でも至極簡単に殺すことが出来そうだ。
 ふるりと、の薄い肩が震えた。

、気を落としてはなりませぬよ」
「奥方様……」

 腹のそこから上がってきた衝動に身を任せようとした時、城主について夜叉王の部屋まで来ていた城主の妻――その美しさから芙蓉の方様と呼ばれている――が、そっとの肩に手を添えた。美しく、聡明さがうかがえるその瞳には、今は心配とに対する気遣いが浮んでおり、花のような顔は曇っていた。
 この女人にはなかなかに懐いていたは、実際にそんな心配をする必要など無いのだが、奥方のそんな顔は見たくないなと思い、淡い笑みを浮かべて見せた。そして、いつものように傍についてくれている悠一郎の袖を指先に握りこむ。どこまで奥方に通じるかはわからないが、これで一応は納得してくれるだろう。

「ありがとうございます、奥方様。大丈夫です。悠一郎もおります」
「ならば良いのですが」

 眉尻を下げて、ほんのりと笑みを浮かべる奥方は頷いて、難しい顔をしたままさっていく城主と共に部屋を出て行く。病弱で、普通の女人よりも細く見える奥方の背を見送り、部屋からも充分に気配が離れたと感じ取った後、は医師に表情を落とした顔を向けた。

「先生、夜叉王は死ぬのですか」
「……私には、手の施しようがありません」
「死ぬのですか」

 重ねて聞いたに、医師は気を落としたように頷いた。自分の手が命を救い挙げることが出来ないという事実が、悔しいのだろう。その辺りの感覚がどうにも飛んでしまっているにはわからない事だが。
 はすくりと立ち上がり、部屋から駆け出た。悠一郎が共に室内にいた小頭に促され、急いで後を追う。
 そのまま自室に飛び込んだは、ぺたりと座り込んだ。そのままじっと、畳の目を見つめる。

 死ぬのだ。
 誰が。
 夜叉王が。
 詠野夜叉王が。
 を慰み者にしていた男達とはまた違う形で、を支配していた男が。
 詠野夜叉王が!

 とんでもなく愉快な気分になった。こんなにも胸の奥がざわつくのは何時ぶりだろうか。胃のあたりがきゅっとして、むずむずする。全身がどうしようもなく震えた。

……」

 障子側に背を向けて座り込み、身体を振わせるに、泣いているのかと思った悠一郎は戸惑いの感情を抱きながら呼びかけ、そっと肩に触れた。ぴくりと、に背が大きく震える。

「悠一郎」
「ああ」

 ゆるりとした動きで顔を上げる。無垢なようにも濁ったようにも見える瞳には、見たことも無いような色が宿っており、きらりと光った気がした。それに、悠一郎は一瞬ぎくりとする。

「夜叉王が死ぬんだって」
「あ、ああ……」
「一ヶ月、持たないって」
「……そうだな」

 何が言いたいのかは解らなかったが、ただ悠一郎は頷く。の言葉を否定せず短く言葉を返してくる悠一郎に、の機嫌は右肩上がりに上がった。同時に、唇は弓なりに歪む。そしてそこからは、こらえきれない笑い声が零れ落ちた。

「ふ、ふふふふふ」
……?」
「ふふ、あははははっ! あはははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」

 まるで、初めて戦場に放り込まれたときのように、狂ったように笑い声を上げる。悠一郎はそのときの光景を嫌でも思い出し、息を呑んで焦ったようにを抱きしめた。これ以上に壊れてしまうのかと、血の気が引く。

「ははっ、あの男が、詠野夜叉王が死ぬ! あの、伝説とも、最強とも、謳われた男が! 俺の支配者が! しかも戦場ではなく床に伏してっ! あはははははっ、これ以上愉快な話があるか!? あるはずがなかろう! なんて愉快、なんて傑作っ!」

 両手をきつく抱きしめてくる悠一郎の背に回し、着物を強く掴む。そして笑い続けるに、悠一郎はどれほどが夜叉王の存在を重く思い、縛られていたのかを思い知り、青ざめた顔のままただ腕に力を入れる。
 しばらく笑い続けていたは、やがて力尽きたようにくたりと悠一郎の胸にもたれかかった。そして先ほどの哄笑が嘘のように、密やかな声で囁いた。

「だからだね」
「……何がだ」
「時間がかかるはずの忍の育成、まぁ俺だけど、それ、急いでたの」
「……!」
「ねぇ、俺を拾ってくるまでは、夜叉王に弟子なんていなかったんでしょ?」
「ああ」
「じゃぁ、その頃から夜叉王は知ってたんだ。自分の寿命はもうごく僅かだって」

 悠一郎は息を呑んだ。確かに、そう考えれば性急すぎるへの教育にも納得がいく。夜叉王はを、自分の全てを叩き込むと言って連れてきたのだから。
 焦っていたのだ。あの、伝説と謳われた男は。己の命に制限時間があると知っていたから。

「結局、ヤエザキの守護神もただの人間でしかなかったわけだ。ふふふ、傑作だねぇ」

 やっと解放される、と機嫌良さそうに笑う
 悠一郎はを抱きしめたまま、そっと目を伏せた。
 果たして、あの男が、そう簡単に、己の後継たるを手放すだろうかと、懸念を抱きながら。



(やっと、やっと、やっと!)(ひとのしが、こんなにうれしいだなんて!)
 


































































幸せになりたいって 馬鹿な夢でもみてたのか?





 忍の道を歩みだしたときから、人並みの幸せを欲したことなど無かった。嫁も子も欲しいと思ったことは無い。自分の生の軌跡など、忍には不要なものだ。その考えにも思いにも、偽りなど無い。
 けれど、己の命の制限時間を知ったとき、急に怖くなった。何も残さず、何もなさないで消えてしまうのか。自分が生きていた証は、どうして示せば良いのかと。だから、己の全てを叩き込める者を、後継者を欲した。けれども、だてに伝説と称されているわけではない。夜叉王の全てを叩き込み、なお生き残るものなど、夜叉王が指揮を取る忍組の中には存在していなかった。
 そして忍務についたある日。見つけたのがだった。男達に犯され、精神崩壊を起こし掛けていた頼りない姿。そんな少年に何の魅力を感じたのか、夜叉王は今でもわからない。ただ、こいつだと思った。直感だった。けれども今まで夜叉王を闇の世界で生かしてきた勘は、夜叉王を裏切ることは無かった。
 はたいした金の卵だったのだ。まるで砂に水がしみこむように、短い時間に夜叉王の持てる全ての技を吸収していった。もしかしたら自分を超える忍になるかもしれない。ぞくりとした。それほどの忍を育てる喜びに、恐ろしさに。が成長した姿を見る時間が己に無いことが残念でならなかった。それだけが、心残りだった。
 けれども。

「死ぬそうですね」

 誰だ、と夜叉王は顔をこわばらせた。いや、だ。脳では理解できる。けれども、感情が納得しなかった。
 うっすらと、笑みを浮かべている。至極嬉しそうに。その顔は、拾ってきたときよりも大人びたものに成長していたが面影を残している。けれどその目は、全く別物だった。
 ぼんやりとした、無垢にも濁ったようにも見える瞳をしていた。まるで生気の無い、瞳。それがどうだろう。生気が無いという点は同じだ。けれども、の瞳は完全に焦点というものをなくしたようになっており、瞳孔は常に開いているようにも見える。深い深い闇が、そこにはあった。
 壊れてしまったのだ。
 嫌でも、気付いた。

「それも戦死ではなく病死ですか」
……」
「無様ですね」
……」
「戦場で死にたかったですか? それとも畳の上での往生が夢でした?」
「……」
「前者なら残念でしたね。もう身体も動かないでしょう。後者ならばおめでとうございますとでも言いましょうか」

 くすくすと、笑い声を上げて、は足取りも軽く室内から出て行った。愕然とした表情を見せ、いつになく御機嫌な様子だったを見送る夜叉王に、悠一郎は目を逸らしながらも一礼してを追い、小頭は深々と溜息をついた。
 のろのろとした動作で、夜叉王は小頭を見上げる。

「……いつからだ、いつから、は」
「やっと、いや、今更だな。もう半年以上前から、あの子はああだ」
「半年……あいつに、初めて殺しをさせた後くらいか」
「殺しっつーか、あれは大量虐殺だろうが。戦場に単身で放り込むなんて無茶させやがって」
「……私は平気だった」
「お前は大丈夫でもは無理だったんだよ! あの子は食用の鳥すらも捌けなかった。誰よりも柔らかで優しい心を持っていた。連れてこられた時点で多少壊れかけていたがな」
「何だと……?」

 初めて知った事実に、夜叉王は目を見開く。小頭はそんな友人であり上司でもある男を見やり、もう一度深々と溜息をつく。今ではもう忍組のほとんどの人間が知っている事実に、この男は今日この瞬間まで気付かなかったらしい。

「……あれが、私の後継だ。私の勘はそう言った」
「そうだ、お前の勘は間違っていなかった。だがそれは身体能力と頭脳に限った話だ。あの子の心は、お前の後を継ぐには弱すぎた。優しすぎたんだ。だから自分の命と精神を守るためには」
「壊れるしかなかったとっ! ……そう、いうのか」

 消え入りそうな声は震えていた。白く、細い、筋肉の落ちた腕で目を覆う。誰よりも大きく見えていた男の姿が、今は誰よりも小さく見えた。

「あんな目をさせる為に、連れ帰ってきたわけではない」
「ついてこれなければ死んでも構わないとでも言いたげなどぎつい訓練だったがな。今思えば、お前、焦ってたんだなぁ」
を殺すつもりは無かった……などと言っても、説得力は無いか……」
「当たり前だ、すっとこどっこい。おかげでお前が死ぬと知っては大喜びだこの野郎」
「それはアレの様子を見ればわかる」
「自分なりに可愛がっていた息子に死ぬほど嫌われる気分はどうだ」

 気付いていたのか、と夜叉王は腕の隙間からちらりと小頭を見る。そして、深々と溜息をついた。

「最悪だ」

 何もかも。
 そう続きそうな言葉に、小頭そっと瞑目した。

「……九郎、頼みがある」
「何だ」
「私が死んだら……」

 九郎――そう、久々に友人に名を呼ばれた小頭は、夜叉王が続けた言葉に、目を見張る。

「お前、それは……!」
「私はどう思われようと構わん。今更だ。頼んだぞ」
「夜叉王、それは、遺言か……?」
「そうだ」

 至極簡単に言い切られ、何も言うことが出来なくなった小頭はぐっと奥歯を噛み締め、唸る。を思えば受け入れがたい内容だ。けれども、遺言だと言われてしまえば嫌だと突き放すことも出来ず、ただ頷くしかなかった。

「わ、かった」
「遺言書は文箱に入れてある。あとは任せた」

 すまんと、小さくそう言ったきり、夜叉王は目を閉じ、黙った。あまりにも静かな様子に、一瞬死んだのではないかと口元に手をやり、呼吸を確認する。まだ小さく繰り返されている呼吸に安堵した。

「お前が、謝るとはな……ちくしょう……」

 何が悔しいのか、悲しいのか、わからないままに、小頭はただ吐き捨てた。





 その日はあっけないほどにやってきた。夜叉王が息を引き取ったのだ。ヤエザキ城を守っていた守護神の死に、恐ろしいほどの静けさが周囲を満たしている。詠野夜叉王という男は、傍若無人ではあったが、その存在は確かにヤエザキ城を強固なまでに守護していたのだ。それがなくなるという事は、平和であったはずのヤエザキ城に戦火が訪れるという事でもある。
 今はまだ隠すことは出来ても、いずれは夜叉王の不在がばれる。そうなれば、今までヤエザキ城を虎視眈々と狙っていた城が攻め込んでくるのは容易に推測できた。夜叉王自身の死を悲しんでいる者も多いが、それ以上に、これからヤエザキ城を襲うであろう脅威の方が重く伸し掛かっている者も多かった。その時の矢面に立つのは、夜叉王の後を継ぐ次の忍組頭だ。誰がその地位につくのか。忍の間には、痛いほどの緊張感が満ちていた。

「次の組頭には、誰をつければよいのか……」

 唸るような城主の呟きに、忍たちの間に無言のざわめきが沸き起こる。あまりにも偉大な先代に、我こそがと名乗り出る者など、皆無だった。
 緊張感の増した空気に、じっと畳を見つめていた小頭は一度大きく深呼吸をして、腹を括った。

「殿、それにつきましては、夜叉王より遺言がございます」
「遺言……?」

 ざわりと、気配が波立つ。悠一郎に凭れてうとうとしていたは、その殺気にも近い空気に目を開け、中心にいるらしき小頭を見つめた。
 そっと、小頭が夜叉王の文箱を手に取る。

「これに」

 城主の下に差し出された文箱に、視線が集まる。気がはやるのか乱暴な手つきで紐を解き、中に入っていた遺言状を広げる城主に、皆が息を詰めて次の言葉を待った。

「なっ、これは本気か!?」
「は、直接夜叉王からも聞いております」
「……何と、書かれているのですか?」

 うろたえる城主に、内容が気になって仕方がない一人がそっと尋ねた。

「……私、詠野夜叉王は、死後空席となる忍組頭に詠野を望む。若年ではあるが、私の全てを叩き込んだ故、勤めを果たすには問題ない。は私が心血を注ぎ込み作り上げた存在、最高傑作である」

 城主の声に読み上げられる内容に、は瞠目し、悠一郎はきつく目を瞑った。そして集中する視線に、は肩を震わせ、悠一郎の着物の裾を握った。

「そうか、なら」
「ああ、組頭の息子にして、唯一の弟子」
「けれどまだ十五よ、それにあの子は優しすぎる」
「それに経験が足りないだろう」
「その辺りは我々が助ければ良いことだろう。指揮を取る分には問題ない」
「そうだ、実力も充分にある」
「私もならば異議は無いわ」

 賛成と反対に分かれていた忍たちが、だんだんと賛成へと傾きかけている。それを何か恐ろしいものでも見るかのような目で見つめ、は悠一郎に縋りついた。

「な、に。何で……」
「組頭は、お前を手放すつもりは無かったんだろう。最初から」
「やしゃおう……」

 ぎりぎりと、歯を軋ませ唸るに、悠一郎はそっと背中に手を当ててやる事しかできない。
 その間にも当事者を蚊帳の外に置き、事態は進んでいた。

「うぅむ……夜叉王の言うことならば間違いは無いであろうが……」
「……どうする」
「我ら忍組一同、夜叉王の決に意義はありません」

 もはや確認でしかない小頭の言葉に、一人の忍が纏まった答を伝える。

「ならば、この城の忍組はに任せる」
「はい」

 当事者抜きで決定してしまった重要事項に、はぐらりと世界が回った気がした。真っ青になり震えているを、悠一郎は背に当てていた手に力を入れて抱き寄せる。言葉もなく、嫌だと首を振るに、悠一郎以外の誰も気付いてはいない。いや、小頭は気付いているのかもしれないが、夜叉王の遺言を撤回することは無いだろう。もう、城主の決定も出てしまった。悠一郎にしてやれることなど、ふるえるを抱きしめることだけだ。



 小頭が、悠一郎に抱きしめられたまま震えているの前に立つ。顔色も悪く、ぼんやりと小頭を見上げたに一瞬痛ましそうな顔をして、一本の忍刀を差し出した。夜叉王の刀だと、は何度も訓練の最中に己を殺しかけた忍刀を見つめる。

「夜叉王の形見だ。この刀と共に、忍組頭の地位を受け取れ」

 無慈悲に響く言葉に、は唇を震わせる。また、嫌だとも、いいとも答える前に、選択肢は一つに決められてしまっていた。じわりとの瞳が潤む。悠一郎の着物を掴む手は、力を入れすぎて白くなっていた。ずいと差し出される忍刀。これを、受け取る以外の選択肢など、その場には用意されてすらいない。ひゅっと、咽喉がなった。上手く息が出来ない。
 その刀から逃げるように身を引こうとしたところで、一人の忍が部屋へと入ってきた。

「取り込み中申し訳ありません。小頭、スッポンタケの軍がヤエザキに向かって進軍してきているとの情報が」
「何!?」

 城主が泡を食って立ち上がる。小頭もその顔に僅かに焦りを浮かべ、知らせを持ってきた忍を見つめた。ふるえていたも、忍の顔をじっと見つめる。

「おそらく、組頭の情報がどこからかもれたものと」
「くそ、しくじったか……!」

 ぎり、と奥歯を強く噛む小頭に、は一つ瞬く。忍たちも、城主も、想定外の事についていけていないようで、慌てるだけ。このままではヤエザキ城は落とされてしまうだろうと、の中では簡単に勝敗結果が出た。そうなれば、悠一郎や小頭も死んでしまうのだろう。城主の、あの美しく聡明な奥方も。
 それは少し嫌だな、とは小さく首を傾げる。夜叉王が言ったように、が仕切ればおそらくこの戦は切り抜けられるだろう。悠一郎が言ったように、人命優先にするならば、こちらに死者を出すこともなく。
 悠一郎と小頭と奥方と、己の好悪を天秤にかけて、は悠一郎の着物の裾をくいくいと引っ張った。今の状況に血の気を引かせながらも、悠一郎はを優しい表情で見下ろす。

「何だ、?」
「悠一郎、この場所好き? 守りたい?」

 の静かな問いかけに、悠一郎は小さく息を呑む。そして、ゆっくりと頷いた。その答が、に齎すものを知っていながらも、本心から。

「……ああ」

 嘘偽りの無い声音に、は淡く微笑んだ。
 そして、小頭の手から夜叉王の刀を奪い取るようにして手にすると、目にも止まらぬ速さで刀を抜き、知らせを持ってきた忍を切りつけた。突然のことに驚き、負傷しながらも逃げようとする忍を踏みつけて動きを封じる。

、何を……!」
「待て」
「小頭……」

 仲間を切りつけたにいきり立つ忍を、小頭が制する。そして、じっとの出方を待った。は、血の滴る刃の先を忍の咽喉元に突きつける。

「ぐ、ぅ……!」
「大丈夫、動けないけど死にはしない程度の傷だから。感謝して素直に答えなよ。お前、ヤエザキの忍じゃないね」
「な、何を……」
「上手く化けてるけど偽者。本物はまだ生きてる、それとも死んじゃった? ああ、死んじゃったんだ。けどお前はスッポンタケの忍でもない。ドクタケ、タソガレドキ、ドクアジロガサ……ああ、ドクアジロガサの手の者か。山彦の術を使った死間だね。ということは攻めてきてるのはスッポンタケじゃなくてドクアジロガサか」
「ひぃ……!」

 次々と矢継ぎ早に言葉を重ね断定していくに、足蹴にされている忍はだんだんと顔を歪め化け物でも見るかのように恐怖を目に浮ばせる。

「大方夜叉王が死ぬって聞いて攻めてきたんでしょ。全く、理にかなってるけど短絡的だよね。でもさせないよ。嫌だけどまぁ、俺がいることだし」

 にこりと、作っていることが丸解りな笑みを浮かべる。そして鮮やかに忍を気絶させると、くるりと小頭を見上げた。

「悠一郎がここが好きって言うから、人命第一で守ってあげる。動けるよね、小頭も忍組も」
「あ、ああ」
「じゃぁ、くのいちはお苑さんを筆頭に城内の警備に当って、小頭は精鋭を二人一組で五班作って、それを率いて先発。ドクアジロガサの隊を探って、ある程度潰せるように細工してきて。虎之助は戦闘が得意なのを三人一組で五班作って、残りは後方支援。ああ、カラクリとか罠工作が得意なのは俺と行動。依存は無いね?」
「御意!」

 気絶する忍の服で刀についた血を拭い、ことりと首を傾げるに、見守りながらもその姿に背筋が震えるほどの感動を覚えていた忍たちは、何の疑問も挟む事無くから下された命に従った。先ほどの動揺が嘘のように動き始めた忍達に鼻を鳴らしながら、金属が擦れる音をさせて刃を鞘に収めたは、城主の前に膝を突き、淡い笑みを浮かべる。

「殿、これより我ら忍組は戦闘準備に入ります。我らの領地が蹂躙される前にけりをつけるつもりではありますが、どうか自室にて御身をお守りください。忍を数名付けますゆえ」
「う、うむ……その、本当に大丈夫か?」
「伝説の忍の名に誓いまして」
「そう、か。そうかそうか!」

 心配そうな顔をすぐに嬉しそうなものへと変え、意気揚々と自室へと戻っていく。それを慌てて追う家臣たちの背を冷めた視線で見送り、後方支援で城に残る忍の数名に城主の護衛を命じた。

……」
「大丈夫。守るよ。だからゆーいちろーはずーっと俺と一緒にいてね」

 甘えた声を出しながら悠一郎を見上げるの焦点をなくした瞳は、裏切ったら許さないと言外に語っていた。悠一郎は一つ頷き、の頭を撫でる。くすぐったそうに目を細めたは、頭から離れていった手に一つ瞬くと、罠を仕掛ける用意をし終えた忍たちを振り返った。

「さぁ、行こうか」
「御意」

 刀を背に回して、悠一郎を伴い走り出すに、忍たちが追従する。小さなはずの背中に偉大すぎる忍の影が重なって、彼に従う忍は口元に笑みを浮かべ、悠一郎は一瞬だけ視線を落とした。



 そうして、伝説の忍の不在に攻め落とすのは容易いと高を括っていたドクアジロガサは、ヤエザキの領内に入る前にヤエザキ忍組の手により大打撃を受け敗退。詠野夜叉王の後継たるの地位は不動のものとなり、新たなヤエザキの守護神として忍の世界にその存在と名を轟かす事となった。




 な、長かった……! やっぱり十題もあると長いです。八題くらいで丁度良いよ、八題くらいで!
 さてさて、この十題で二年が経ちました。前半五題で約一年半くらい。残り五題で半年くらい。そしてオリキャラの夜叉王は死亡です。こいつは最初から死ぬ事が決定してました。桜南さんは半分くらい生存させいようかとも思ってたんですけど、桜南さんが生きてたら後々忍たまキャラとくっつくなんて事は無いからね! あっという間に退場させていただきました。
 詠野夜叉王という男ですが、何となーくモデルは彩○国物語の黎○様。そこからデレを取っ払ったのが夜叉王な感じ。でもセン○王にも似てる、かも? まぁそんなキャラです。傍若無人な俺様。でもヤエザキ城は好いていたらしいです。守るために手段は選んでいません。
 その俺様組頭に苦労させられてるのが小頭。名前は響 九郎(ひびき くろう)。由来は「日々気苦労」から。名前の通り苦労しています。はい。させてるのは秋月ですが。
 えー、なんか悠一郎とBL臭が漂っておりますが、あくまでこいつらは保護者と被保護者です。くっつきませんよ!? いちゃついてますけど、いちゃついてますけどっ!
 この子のお相手はまだまだ秘密。次はあの子を道端か戦場で拾おうと思ってます。