性的・暴力的表現注意!





















■八つの苦しみの末に



1/生きる事は怖い





 何故こんな思いまでして、自分は生きているのだろうか。
 もう、己の名前すらも忘れてしまった少年の姿をした男は、半ば放棄している思考の中で思った。何処を見ているのかすらも、脳が認識する事を拒んでいる。いや、己を守るためにそうせざるを得ないのだろうか。
 それでも、咽喉からはひっきりなしに悲鳴とも嬌声ともつかぬ言葉がほとばしっている。

「ぅ、あぁ……!」
「ほら、啼け啼け!」

 だみ声が下品な笑い声を上げ、無骨な手が肌をまさぐり、本来ならば性交に使うはずの無いところに男根をつっこまれて、身体を揺さぶられる。いや、こんな事は性交ですらない。少なくとも、彼自身はそう思ってはいない。こんなのはただの暴力だ。彼らが快楽を感じていたとしても、彼はただ苦しく気持ち悪いだけだ。
 現に今も、快感など欠片も感じる事無くただ吐き気を覚えている。それなのに嬌声のような声を上げているのは、ただ単にそうしたほうが彼を性欲の捌け口にしている男たちが満足して、苦痛の時間が早く終るからだ。ただ何もかもを我慢して口をつぐんで嵐が過ぎ去るのを待つこともあったが、そうすると余計に男たちがしつこい。
 それを知ったのは何時だったか。数日前ではない。数ヶ月前か、数年前か。男たちに囚われ、犯されては気絶し、目が覚めてはまた犯されという日々を送っている彼の狂った体内時計と狂いかけている自我では、既に時間の判別などつかない。ただ生きるためには、大人しく彼らのオモチャになっている他無かった。
 何故、こんな思いまでして、自分は生きているのだろうか。
 何故、生きなければいけないのだろうか。
 その答は、ただ生きたいからだ。こんな所で、こんなやつらの為に死ぬ事が嫌だからだ。
 ……生きなければ、ならないからだ。奴隷、畜生のように扱われようとも。

 何故こんな事になったのだったかと、明後日に思考を逃すためにまた、現実逃避を求める思考の片隅で思った。



(生きなければ)(生きたい)(生きる)(そのどれもが本音だけれど)(そのどれもが辛くて苦しくて)(怖くて仕方が無いだなんて)
























































2/老いる事は寂しい





『ふぅん、面白く無さそうだけどまぁ良いか。いってらっしゃーい』

 はじまりはそう、神様の気まぐれな悪戯。至極つまらなそうに、それでも暇つぶしにはなると主張する不思議な声ともいえない声が聞こえた気がした瞬間、振り返った彼の視線の先にあったのは、うっそうと茂る緑の森だった。見渡す限り一面の木々と、緩く傾斜した斜面に、どこかの山の中だろうということ以外、現在地を知る術など無く、あまりにとも突然自身を襲った変化に、彼はただ呆然とするしかなかった。軽く、許容量をオーバーしたのだ。

「え、ちょ、何……」

 頭の中が混乱したまま、それでも動き出そうとした彼は、何かに足を取られ派手にすっ転んだ。ろくに受身も取れなかったため、打った場所が痛いには痛かったが、地面がコンクリートではなく柔らかな土だっただけマシである。

「って……ぇ?」

 打ち付けてしまった鼻を押さえながら足元を見てみると、そこには長く伸びたズボンの裾がのびていた。言葉もなく恐る恐る己の身を見下ろしてみると、靴はガバガバ、袖や肩口、ウエストやその他諸々、服のありとあらゆる部分が余っていた。いや、余っているなんてものではない。まるで、大人の服を無理やり子供が着ているような……。

「……んだよ、これ」

 声が情けないほどに震えている。けれども、彼はそんな事を認識する事も出来ずにただへたり込んでいた。土のついた手は、成長しきって骨ばった男の大きな手ではなく、小さく柔らかな子供の手だ。けれども、そこまで小さい訳ではない。10歳か、それくらいの手。
 何が何だかわからなかった。突然山の中に放り出されたことも、己の身に起こった現象も。
 ただ、かえしてくれと、それだけを思った。



(それが『返して』ほしいのか、『帰して』ほしいのか、自分でもわからなかったけれど)(これで後は老いていくだけだと友人と笑い会ったあの時が)(無性に恋しい)
























































3/病に侵される事は辛い






 ああ、ああ、くらくらする。それがついていけない事態へのショックの為か、それ以外の為かはわからなかったけれど、きっと知恵熱に犯されたのではないだろうか。急に変化した小さな身体にはどうにも堪えられず、命の保障も出来ない山の中で――しかも一人きりで!――膝を突いてしまった。
 自分が出現した場所からは歩き出してこけた分しか進んではいない。足を進めようという気力も無かった。現在地もわからない、山を下るのが正解なのかもわからない。明らかに空気が違うといえる場所で、山の中にい続けることも危険だろうとも思った。けれども、足は動きそうにも無かった。くらくらと、めまいがする。まるで貧血を起こしたかのように、視界が揺れて定まりはしない。
 怖くて怖くて仕方が無かった。自分が酷く臆病な性質だと、彼は良く知っていた。
 息が上がる。はっと吐き出した息は熱く、動いてもいないのに汗が出てきた。ああ、ああ、ああ、こんな所で終ってしまうのだろうか。訳のわからない状況に、訳のわからない状態のまま。
 ぐっと胸の上に重石が乗ったようだ。それが悲しいのか、辛いのか、恐ろしいのか、頭の中がごちゃごちゃしていて判別などできはしなかったが、それが負の感情に属するものであることだけはわかっていた。

「だ、れか……」

 震える声が助けを呼ぶ。
 けれども、地面に当ってはじけてしまうようなか細い声では誰に拾われるわけもなく、伸ばした指先は柔らかな地面に数本の線を歪に描いただけで終っていた。
 じわりと、目の奥が熱くなり、涙が競りあがってくる。駄目だ、こんな所で泣いては水分の無駄だ。何も持っていないこの状況で、それはとてもまずい。そうわかってはいるものの、やはり身体は彼の思う通りには行かず、二度三度と瞬くととたんに涙は堰を切ったように流れ出した。
 ああ、こんなに自分は弱かっただろうか。あまりにも脆弱な己を内心で罵り、彼はことりと意識を落とした。
 その直後に、がさりと、彼が倒れ伏す場所を覆う草むらが揺れた。



(とてもとても弱いのです)(忍耐力はあっても弱いのです)(だれかだれかだれかだれかどうか)(たすけて)

























































4/死ぬ事は悲しい






 死んだと思った。
 何が起こるかわからない山の中で倒れ伏して、漫画ではないのだから助けなんて期待する事も出来ず、ただこのまま朽ちていくのだと。怖い怖いと、胸の中を支配する恐怖と共に、散っていってしまうのだと。
 けれどそれはどうやら間違いだったらしい。ぱかりと目を覚ました視線の先にあったのは、年月を垣間見る事が出来る木の梁。自分の身体には薄い布団がかけられており、額には濡らされた布が乗っていた。一瞬あの世かとも思ったが、死んでいるのであればこんな看病など必要であるはずもなく、彼はぱちぱちと瞬いた。

「おお、坊主、目が覚めたか」

 弾んだ声。嬉しくて仕方がないとでも言うかのようなその調子に、彼は首を動かして声が聞こえてきた方を見た。年のころは二十を少し過ぎたくらいであろうか、人の良さそうな顔に笑みを浮かべて、男は室内に入り込み少年の姿をした彼の顔を覗き込んだ。布団の中から小さくなってしまった彼の腕を取り、脈を取る。

「脈拍は正常、顔色も良い。うん、もう大丈夫だな」
「ぁ……」

 嬉しそうに頷き額からぬるくなった布をはがす男に、彼は困惑と共にここはどこだと聞こうとして、からからになっていた咽喉にむせる。

「ああ、無理にしゃべろうとするな。お前、俺が見つけてから3日間ずっと眠りっぱなしだったんだぞ。熱は下がらんわ、薬は効き難いわで大変だったんだからな」

 3日。そんなにも眠っていたのか、と己の脆弱さ加減に溜息をつく。それをどう取ったのかはわからないが、男はちょっとまってろと言い置いて、湯飲みに水を入れて持ってきた。

「ほら飲め」

 こくりと頷いて、男に支えられながら湯飲みの中の水で少しずつ咽喉を潤していく。なんでもないただの水が、これ以上なく美味しいと思った。そうじて自分の中の渇きを満たし、深々と深呼吸を一回。

「あの……」
「んー、何だ?」

 何やら薬の原料らしき草を籠から取り出し、仕分け作業をしながら、間延びした口調で声を返してくる男に、彼は顔をこわばらせてここは何処だと口にしようとして、やめた。
 一番重要なのは場所ではない。きっと言われても何処だか理解できないのだろう。だから、聞かなければいけないのは、違う事だった。

「今は何時ですか」
「乱世だ」

 珍種を見るような目で、それでもすぐに返ってきた言葉に、彼は目の前がまたぐらぐらと揺れるのを感じた。男は、清潔ではあるが、至極簡素で質素な見たことも無い着物を身に纏っていた。



(助かってよかった)(生きていて良かった)(でも、あの場で何も知らずに死んでいたほうが幸せだったかもしれないだなんて)(気付きたくなんか無かった)
























































5/愛する人と別れる事は狂おしい






 お前は怖がりだな。
 彼を助けた男――川西 桜南(かわにし さなん)という医者らしい――は、何かに脅えるたびに体調を崩す彼に向かって、苦笑を浮かべながらそう言う。生来そういう性質を持っており、自分ではどうしようもないこの臆病ぶりには情けない思いしか浮ばないが、それでも桜南が苦笑ではあるものの笑みを浮かばせて彼の頭を撫でるので、それでもいいかと思える。
 そうして桜南は、身寄りがない彼を引き取った。体がそう強くない事に関しては、自分が医者だから丁度良いと笑い飛ばしてしまった。だから彼は、出来うる限りの範囲で桜南を手伝い始めた。料理の仕方を覚え、掃除の仕方を覚え、薬草や医療についての基礎知識を学ぶ。放り出されれば一人で生きていくことなど出来ないのだから、必死だった。
 そんな彼の姿を見て、桜南はやはり苦笑していた。そんなに必死にならなくとも、桜南には彼を放り出そうという気など無いのだから。この、小さく弱く、可愛らしい生き物をどうしたら手放せるというのか。年齢よりも随分と大人びた子供ではあるが、それでも桜南には可愛らしくて仕方が無かった。思わず弟に文を送ってしまったほどだ。
 小さな子供の身体であくせくと働き、桜南はそんな彼の姿に和みながら、共に過ごす一ヶ月はあっという間に過ぎた。その中で彼は体調を崩す事が少なくなり、笑みを浮かべることも増えた。
 不安な事も、大変な事も多々あったし、もう父にも母にも会えないかもしれないこと――彼は帰れるだなんて考えは欠片も持ってはいなかった。帰りたくて仕方がなくとも、その手段はすでに断たれていると悟っていた――が悲しくて仕方が無かったが、それでも桜南が傍にいて寄り添っていてくれたから、精神はだんだんと安定し、凪いでいった。
 何が怖くても、桜南が共にいてくれれば、彼は幸せだった。
 ……なのに。

「桜南さんっ!」

 悲鳴のような声だ。引き連れた甲高い声で呼ばれた桜南は、こちらに来てはいけないと言おうとしたが動けはしなかった。背中をバッサリと切られており、他にも切り刻まれた所から夥しい血が流れ出している。もう助からないと、医者である彼にはよくわかっていた。それが口惜しい。ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。こちらに来てはいけない。
 彼の住んでいる村は、今現在盗賊に襲われていた。目的は略奪だろう。金品に子供に、女、売れそうなものは全て。そして、邪魔だと思われる男は皆殺しだ。桜南は力の入らない指先で地面を引っ掻いた。このままだとあの子が殺されてしまう。殺されなくとも、あの子は見目が良いから“商品”となるか、もしくは慰み者になってしまうだろう。後者は特に悲惨だ。あの、とても臆病で柔らかな心を持った子供に堪えられるはずも無い。ああ、ああ、どうか逃げておくれ。祈りのような思いと共に、桜南の意識は沈んでいった。

「桜南さん、桜南さんっ!」

 彼は自らの血で作り出した水溜りの中で倒れ伏す桜南へと駆け寄ろうとした。桜南はぴくりとも動かない。もしや死んでしまったのだろうか。ぐらりと、視界が揺れた気がした。けれども倒れている暇など無い。足を、足を動かさなければ。
 彼の視界には桜南しか映っていなかった。だからこそ、彼は横から伸ばされた男の腕に気付く事も無く、あっさりと捕まった。二人の男に顔を覗き込まれ、硬直する。

「何だこのガキ」
「……っ!?」
「おっ、見ろよ、このガキこんなちんけな村にしちゃぁ綺麗な顔してるじゃねーか」

 にやりと、いやらしい笑みに、怖気だった。



(ああ、可愛い子、優しい子)(どうかどうか、逃げてくれ、生きてくれ)(桜南さん桜南さん桜南さん)(置いて逝かないで)(逝くのなら、どうか共に連れて逝って)(ひとりはいやだ)
























































6/憎い人に会う事は忌々しい






 この男たちが桜南さんを殺したのだ。そう思うと目の前が真っ赤になった。けれどいくら暴れても口汚く罵っても、男たちは馬鹿にしたように笑うだけで、あっけなく捕まってしまった。
 捕まったのは彼だけではない。村にいた年若い女たちに、子供。盗賊の本拠地まで連れていかれた彼らは、一室に押し込められた。子供たちは不安に泣いて、年若い女たちはこれから自分たちが辿るであろう道に泣いていた。
 彼は悟っていた。これから、自分たちが商品として売られるだろう事を、年若い娘たちは売られるか、もしくは盗賊たちの慰み者にされるのだろう事を。そして、己の身も危ない事を知っていた。自分を捕えた盗賊たちは、自分の顔を見てその目に欲を浮かべていた。男であろうとも、性的対象として見られているのだろう。そういう事がまかり通る時代だ。
 商品としての価値よりも、むしろ体がこの時代の10歳児よりも大きいために、性欲処理の対象としてこの場に残される可能性のほうが高いだろう。

「……っ」

 ぞっとした。
 怖い、気持ち悪い、悔しい。色んな気持ちが混ざり合って、視界がぐらぐらと揺れる。ふらついて壁に背をつけるが、村では彼の脆弱な精神と肉体を気遣ってくれていた人たちも、今は自分の事で手一杯で彼の様子には気付いていない。
 桜南さん、と心の中で、血の海に沈んで逝ってしまった人の名を呼ぶ。あの人だけが、自分を守ってくれる人だった。もういない。……もう、いない。
 極寒の地に、丸裸で放り出されたような、そんな気分に陥った。
 がたりと、音を立てて扉が開く。室内の人間の殆どが、身体を震わせ、恐る恐る扉のほうへと目をやった。ニヤニヤと笑みを浮かべて室内を見回す。いや、女を物色しているのか。舐め回すような視線に身の危険を感じた女たちは必死に身を縮こまらせるが、その甲斐も空しく、一人、又一人と男たちに手をつかまれ引っ張り挙げられる。

「ひっ」
「い、いや……!」
「いや、だってよ。かーわいい悲鳴じゃねーか」

 げらげらと、下品な笑い声が響く。見ていられず、きつく目を閉じた。光すらも入り込まぬように、きつく、キツク。けれど、それもすぐに終わりを告げた。腕をとられ、吊り上げられたのだ。弾かれるように俯いていた顔を上げると、桜南を殺し、自分を捕まえた男が、あの時と寸分違わぬ表情で顔を覗き込んでいた。

「お、こいつだ」
「てめぇ、それ男じゃねぇか」
「こん中じゃぁ一番綺麗な顔してるからな」
「またそれか。男でもいいってのは物好きだな」
「ほっとけ」

 こんな男に、と思う。
 だが暴れた所で、口汚く罵った所で、この男は自分を犯すことはあれど、殺す気はないのだろう。いっそのこと、桜南と同じようにばっさりといってくれればいいのに。同じ男に殺されるなら、桜南と同じ場所にいけるような気がする。それがただの思い込みだとしても、だ。
 本当は、こんな男、殺してやりたい。桜南の、仇を。



(いつか、いつかきっと)(桜南さんはそんなこと望まないだろうけど、でも)(それとも、自分が桜南さんの傍に逝く方が先だろうか)(桜南さん、桜南さん、桜南さん)
























































7/欲しい物が手に入らない事は口惜しい






 口惜しい、気持ち悪い。ただそれに尽きた。同じ性別を持つ者に体内を蹂躙されるのは、彼の予想以上に彼の脆弱な精神に負担をかけた。柔らかな心は引き裂かれ、桜南を殺された怒りも恨みも、己を襲う嵐のような衝撃にどこかへと吹き飛んでしまった。
 彼の中に残るのは唯、いかに己の精神を守りながら嵐が過ぎ去るのを待ち、生き残るかという自己保身と生きることへの本能だけ。それでも脆弱な精神が作り出した壁はやはりもろく、彼の心を引き裂く刃はやすやすと出来た隙間から入り込んで、柔らかな心を傷つけた。
 起きて、食べて、排泄して、合間合間に男たちに犯されて、気絶して。
 そんな日々ばかりが過ぎていく中で、彼と同じような境遇にいた同じ村の女たちは一人、また一人と姿を消していった。売られていった者もいれば、妊娠したという事で切り捨てられた女もいた。子供たちはというと、彼と同じように男たちの慰み者になったものがいれば、売られていった者も、逃げ出そうとして殺された者もいた。
 もう何ヶ月、何年たったか、時間の感覚すらも彼の中から消えて久しく、判別すらもかなわない。かろうじて、昼と夜の区別が付くだけだ。季節の移り変わりも、暑い、寒い、という事くらい。むしろ、確かめようという気力すらも、彼の中には残っていなかった。
 どれだけ時間がたったのだろうと、知った顔のいなくなった女や子供を見て、ぼんやりと思うこともあるが、長続きはしない。それだけ、彼の中の自分というものが磨耗していた。もう、己の名前すらも覚えてはいない。
 けれど、どれだけ経っても、桜南の名前だけは忘れてはいなかった。顔は忘れてしまったが、あの優しい眼差しと掌と、しみついた薬草の香りは、まだ覚えている。彼の、大切な人。自分を慰み者にする外道どもに、殺されてしまった、人。村の唯一の医者の川西桜南。
 桜南さん、桜南さん、桜南さん。それが、磨り減って消えてしまいそうな彼の自我を、辛うじて現世に結び付けている言葉だった。あったら辛いだけだと全て投げ出してしまいそうになる感情と思考をなんとか繋ぎとめている言葉だった。
 殺したい、死んでほしい、はやく解放してほしい。例えそれが己の死という形であろうとも、男たちの支配から逃れられるのであれば、少年の姿をした男はそれで良かった。けれど、男たちは何が気にいったのか、彼だけは手元に置いたまま、売りもせず殺しもせず、例え異なる村を襲いそこから新たに女や子供たちを攫ってきたとしても、彼を手放す事はしなかった。
 もう解放してほしいのに、終らない、終わりは来ない、ずっと。きっと、彼の全てが磨り減って消えていってしまうほうが先なのだ。

「来い」

 随分と細くなった腕を取り上げられ、ふらりと立ち上がる。そして今日もまた、彼を蹂躙する嵐を堪えねばならない時間がやってくるのだ。



(死んでください)(死なせてください)(そのどちらもが本音で)(欲しいモノは解放)























































8/何もかもが余計に多すぎて苦しい





 それは唐突に訪れた。呼吸をするように自然に、あっけなく終った。
 ぼんやりと、彼が見つめる先にはほんの少し前まで彼を犯していた男が、血を流して倒れている。ぴくりとも動かないその姿は、既に事切れている事が容易に知れた。
 ぴちゃりと、目の前の血だまりに手をつけ、目の前まで持ってくる。掌から血の筋がつっと滴り、日の下に出ていないが故に白く細い腕に伝い落ちた。あの日、桜南さんが流したものと、同じようで違うもの。体が震えた。

「小僧、お前を犯していた男が死んで悲しいのか?」

 盗賊を殺しつくした男が、何か言っている。けれど彼の耳には届いておらず、唇からは小さく、笑い声が漏れた。

「ふ、ふふ」

 赤くなった掌をかざして、くすくすと笑い続ける。
 桜南さん桜南さん桜南さん、貴方を殺した男が死んだよ。貴方にしたように、血の海に沈んだ。この手で仇を取れなかったのは残念だけれど、死んだ、死んだ死んだ!
 焦点の合っていない瞳で、薄く笑みを浮かべて笑い続ける少年を、盗賊を殺しつくした男はじっと見つめる。綺麗な顔をした子供だ。だからこそ、盗賊に囲われ慰み者にされていたのだろう。どれだけ長くこの場所にいたのかはわからないが、血を見て恐れるのでもなく泣き出すのでもなく笑っている姿に、心が壊れかけるほどの時間をこの場所で過ごしていたのだろう事は判断できた。
 切り捨てる事も出来る。むしろ、この少年にはその方が幸せなことかもしれない。けれど、男はどうしても彼を連れ帰りたいという思いに駆られていた。己の、後継者として。男に犯され、白く細い身体をした少年のどこに惹かれたのだと聞かれれば、勘と答えるしかない。だがその勘が間違っていない事を、男は確信していた。
 周囲を見回して、適当な着物を何も身に纏っていない少年の頭からかぶせる。ぼんやりとした瞳で見上げてくる少年を抱え挙げ、踵を返した。細い身体は抵抗する事無く、されるがままだ。しかし、小さな声が聞こえた。

「ころさないの」
「殺さない。お前には忍になってもらう」
「しのび……」

 言っている意味がわからなかった。けれども、己の生が続くことだけはわかり、嬉しいのか悲しいのか、既に壊れかけている心ではわからなかったけれど、ぽつりと一粒、涙がこぼれた。

「お前、名前は」
「……わすれた」
「そうか。ならば今日からと名乗れ。お前の名は、詠野。この詠野夜叉王の息子として、私の忍としての全てを受け継いでもらう」

 そこに、少年の姿をした男の意志など入ってはいなかった。欲しくもないのに与えられるものなど、苦痛でしかないというのに。結局、場所と種類が変わるだけで、苦しいだけの生に終わりなど無いのだ。



(ここで終らせて欲しかった)(もう目を閉じてしまいたかった)(桜南さん桜南さん桜南さん)(あなたにあいたい)




 現実的に考えて、そう上手くいく訳ないよね! ってことでこんなスタートを切った主人公。ちなみに盗賊に囚われてから助け出されるまで、軽く三年は経ってます。主人公が認識できていないので書いてませんが。
 いつも書いている強い主人公だと壊れるだなんて事はないので、彼には超臆病な子になってもらいました。夜叉王さんが凄い勝手な人なので、この主人公はもっと壊れていきます。そして完成される人非人。こいつの相手は……とりあえず秘密という事で。