玉響〜最凶コンビ結成〜





 場所は木の葉の里奥深くにあるラボ。
 蛍光灯がチラチラと瞬きする中で、シカマルは黙々と多数の薬品を混ぜ合わせていた。
 灰色がかった液体に毒々しいまでに赤い液体を混ぜ、どういう化学変化か淡いブルーになる。
 それは望んでいた反応らしく、シカマルは口端をつり上げた。
 完成したらしい薬品を蓋付き試験管の中に移し、固く閉める。
 それをいつものごとく白衣の内側にしまい、かわりに中から取り出したクリップボードにチェックを入れる。

「大分貯まってきたな」

 じっとクリップボードに書き連ねた薬品の数々を眺め、ゆっくりと一つ瞬く。
 白衣の胸ポケットにペンを返していた手で顎をなで、口元に小さな笑みを一つ。

「行くとしますか」

 クスリと笑い、一瞬でその姿を青銀色の美女に変えると影の中へと沈んでいった。





「いいじゃんか!」
「ならん!」
「じっちゃんのケチッ!」
「ケチで結構じゃわいっ!!」

 喧々囂々。
 そんな言葉がまさにうってつけといって良いほどの音量で、ナルトと三代目は言い合っていた。
 殺気は痛いほどにビシバシと飛び、声は大音量。
 普通ならば傍に控えている暗部や忍たちが飛び込んできてもおかしくは無いのだが、ナルトがこの部屋に入ってきた時点で三代目が結界を張っていたので全く持って問題無し。
 二人の間に遠慮などというものは全く無かった。
 殺気を伴い睨み合いながら、両者はぜいぜいと肩で息をする。
 言い合いはじめてから既に三時間、流石に疲れてきていた。

「いい加減に認めろよ」
「ならんと言っておる」
「俺と玲鹿が組むことがそんなに悪いことか!?」
「悪いわ! あやつとお主が組むことなんぞ、そんな、そんな……!」

 危険極まりないこと出来るわけが無かろう!!
 激昂して言葉にならない言葉を心の中で叫ぶ三代目。
 玲鹿一人、ナルト一人でさえ持て余し気味だ――玲鹿に関しては既に持て余すどころか手に負えない――というのに、その二人が組んでしまったら考えるだけでも恐ろしい。
 きっと……いや、絶対に胃に穴が開きそうな毎日が待っているに違いない。
 はっきり言って、これ以上心労を増やしたくは無かった。

「じっちゃん!」
「ならんと言ったらならん!」
「何が駄目なんですか?」
「何がって……」

 反射的に言い返しながらも、響いてきた玲瓏な声にはたと三代目は言葉を止める。
 一瞬結界が揺れたのでその方向を見ると、ゆらゆらと部屋の隅の闇が揺れていた。
 それに三代目は顔をひきつらせ、ナルトは一瞬で変化を行い顔を輝かせる。
 両極端な二人の反応に、闇を落とした青銀色の美女はニッコリと笑った。

「夜分遅くに失礼いたします、三代目」
「う、うむ」

 いくら麗しくとも恐ろしいとしか思えない笑みにぶっ倒れそうになりながら、三代目は何とか頷く。
 見えないところでダラダラと冷や汗を流している三代目を満足そうに見やり、玲鹿は三代目の前に立っているナルトに目を向けた。
 そこにいるのは朱金色の髪と瞳、整った造詣でありながらも、妖艶というよりは健康的な美しさを持つ玲鹿と同じくらいの女性。
 少しばかり首をかしげて、ああ、と小さく呟く。
 見たことの無い顔ではあったが、頭にかけられている面とチャクラの質が先日――とは言っても一月ほど前のことではあるが――三代目の命令で組まされた人物のものと同じだった。
 名前は確か……。

「玲狐、でしたか。お久しぶりです」
「解るんだ」
「チャクラの質が同じですから」
「やっぱすげー」

 ぼそりとナルトは呟く。
 実はこの前玲鹿と組んだ時とは、九尾のチャクラを借りて微妙に質を変えてあるのだ。
 そこら辺の弱っちい――ナルト主観――忍では全く気がつかないくらい完璧に。
 だというのに、玲鹿ははっきりきっぱり「同じ」とその口に乗せた。
 並外れた実力がはっきりとうかがい知れる。
 やっぱり、組むとしたら玲鹿以外考えられないのだ。
 玲鹿はまた少し首をかしげ、三代目に向き直った。

「で、何が駄目なんですか」
「いや、お主には関係……」
「ありまくるっ! なぁ、玲鹿。俺とコンビ組まねぇ?」

 三代目が必死に回避しようとした会話に横槍を入れ、邪魔されないうちにと用件を口に出す。
 すると玲鹿は扇状に広がった長い睫を上下に動かし、目を細めた。

「お断りいたします。私はただの助っ人ですので」
「助っ人?」
「はい」

 どういうことだ?
 疑問をその顔いっぱいに書いて眉間に皺を寄せるナルトを、玲鹿はまじまじと見る。
 三代目に視線で問いかけると、肯定するようにこくりと一つ頷かれた。

「暗部は助っ人です。正式に所属しているのは解部の方ですので」
「ふーん……って、はっ? 解部ってあのっ!?」
「あの」

 余りの驚きに目をむき急き込むように尋ねると、三代目と玲鹿の両方から頷かれる。
 ぱくぱくと酸欠の金魚のように口を開閉し、穴が開いてしまいそうなほど玲鹿の顔を凝視した。
 解部といえば、この木の葉の里の中枢機関で、木の葉全ての基盤を支える部署だ。
 その権力は一般には知られてはいないが、火影にも匹敵するという。
 それだけを聞けば、権力を求める者が群がりそうなものだが、その過酷さも木の葉随一と名高いために例えその部署に所属できたとしても3日と経たずに転属を願い出る者がほとんどだ。
 所属しているものは風変わりな者達――ようは奇人変人――ばかりで、睡眠時間は無きに等しく一人は必ず目の下に隈を作っているという。
 その、解部に。
 余りにも遠慮なくまじまじと見られ、玲鹿は苦笑する。
 ナルトはそんな思考が頭の中に渦巻く中、何かがふと閃き目を瞬かせた。

「あのさ、もしかしてさ」
「はい」
「解部の神様って……」
「言われたりもしてますね」

 今度こそ、ナルトは絶句した。
 解部の神様――あの解部の連中が崇め奉り、まるで神のように崇拝している人物。
 どんな奇人変人かと思いきや……。
 いや、確かにマッドサイエンティストではあるのだが。
 あまりにも以外といえば以外、しかし、聞いてしまえば納得できてしまうような事実に、ナルトはぽかんと口を開けた。
 少しばかり間抜けな、けれども可愛らしい表情に、玲鹿はクスリと珍しくも邪気のない笑みをこぼした。
 その笑みに少しばかりほほを染め、ナルトは顔の筋肉を引き締める。
 同時に、解部に所属する者の掟を思い出した。

「なぁ、解部って里外任務に着くこと禁止されてんじゃねーのか?」
「今は人手不足ですので」
「いや、いくら人手不足でも解部が里外ってのはいけねーだろ、普通!」

 ギッと、音が聞こえてきそうなほどナルトは殺気を込めて三代目をにらみつける。
 三代目はその殺気にうろたえ、視線を中へと彷徨わせた。
 木の葉の掟の中には確かに『解部に所属するものは里から出てはならない』とある。
 それは里に関する情報を外部に漏らさぬためであり、解部に所属するほど頭のできのいい人間を守り、他里に渡さぬためでもある。
 ただでさえその行動を里内に限定されているのだ。
 任務に赴くことなどもっての外であった。

「玲狐や」
「んだよ、じっちゃん」
「こやつがそこらの忍に殺られると思うか?」
「……思わない」

 三代目が指差した人物を見やり、首を振る。
 玲鹿ならば、逆に返り討ちにして嬉々として実験を行いそうだ。
 いや、このマッドサイエンティストは絶対にそうする。
 そして実際、玲鹿は襲ってきた愚か者どもをナルトの予想通り嬉々として実験台にしていた。
 彼らの行く末は言わずもがな、である。

「それにお主、玲鹿が解部に所属しているからと言って、組むことを諦めきれんじゃろう」
「う……そりゃそうだけどさ……」

 玲鹿自身に拒否されはしたし、里外任務厳禁の解部所属であったとしても、そう簡単に諦められるわけもない。
 自分と張り合えるほどの実力を持った存在に会ったのは、玲鹿が初めてなのだ。
 玲鹿に歩み寄り、白衣の裾をちょいちょいと引っ張る。

「なぁ、どうしても駄目か?」
「駄目です」
「何で?」

 上目遣いにじっと見つめられ、ほんの数瞬、珍しくも玲鹿は言葉に詰まった。
 けれどすぐに玲狐を見る目を観察へと変え、これがあの車輪眼の変態を落とした目かと納得する。
 色の任務がひどくやりやすそうだと思った。
 なぁなぁ、と駄々っ子のように白衣の裾を引っ張る玲狐に、玲鹿は情の見えない瞳でちらりと三代目を見やる。

「……あなたと組むことを認めると、三代目は遠慮もなしに任務を入れてきそうなので」

 うちの仕事量の凄まじさはあなたもご存知でしょう。
 その言葉に、三代目も玲狐も言葉につまり、三代目に限っては視線を中に彷徨わせながらだらだらと冷や汗をかき始めた。
 三代目にとって玲狐と玲鹿の二人を組ませることは最もいただけないことではあるのだが、もし組ませるのならば今以上に玲鹿に仕事を振り分けることを既に決めていた。
 特S任務を与えてさえ、返り血一つ浴びずに帰ってくることができる実力を持っているのだ。
 その才能を放置しておくのは勿体無くて仕方がなかった。

「ただでさえ睡眠時間は短いのです。これ以上睡眠時間を減らすと解部の仕事に支障をきたします」
「じゃーさ、玲鹿が任務に着くときだけでいいから、俺と組まねぇ?」

 食い下がってくる玲狐に、玲鹿は内心首をかしげる。
 なぜこれほどまでに自分に執着してくるのか、全くもって理解不能だった。
 過去一度だけ共に任務に向かっただけで、これと言ってお互いのことを知っているわけでもないというのに。
 そしてその任務も、自分が作った薬の実験を行うために玲狐には離れた所で待機してもらっていただけで、協力して事に当たったわけでもない。

「薬の実験しないときでも時々暗部の任務もこなすんだろ?」
「ええ」
「ならさ、俺と組んだ方が楽だと思うぜ。なんせ里一番の実力者らしいし」
「……」

 それは確かに。
 心の中で、玲狐の言葉を肯定する。
 彼――今は彼女だが――と任務に就けば、今まで以上に効率的に任務をこなし、早々に眠りにつけそうではある。
 あるのだが、その分一日にこなす任務量が倍以上になりそうだ。
 そうなれば、いくら一つ一つの任務が短時間で済もうとも結果は変わらないのではないだろうか。
 ちらりと、再び三代目に視線を投げる。
 するとびくりと固まり、大それたことは何も考えていませんとでも言うかのように首を横に振った。

「……私が任務につくときだけ、で良いのですね?」
「ああ」
「……三代目」
「な、何じゃ?」
「任務の量、まさか私と玲狐が組んだ場合増やそうなんて」
「考えとらん! 今まで通りじゃ!!」

 ニッコリと凍えそうな笑みを向けられ、玲鹿の語尾を奪って叫ぶかのように返す。
 それに満足そうに笑みを消し、玲狐に向けて薄く笑みを浮かべた。

「お引き受けしましょう」
「やった!」
「私が任務に就く時だけですよ」

 嬉しそうに破顔する玲狐に、玲鹿は微笑を苦笑へと変える。
 最悪の事態に、三代目は胃の辺りを押さえ唸った。

「では三代目」
「……なんじゃ」
「任務をください」

 予測していなかった事態に少しばかり話し込んでしまったが、今日三代目の元に訪れた本来の目的はそれである。
 今までの流れで憔悴しきっていた三代目は、深々とため息を吐きながら一本の巻物を取り出した。
 それを広げ、予想される敵の人数のところへと目を通すとニッコリと笑みを浮かべ巻物を玲狐へと渡した。
 上機嫌で渡された巻物を読み上げ、玲狐はすぐに巻物を灰へと化す。

「では三代目、行って参ります」
「行ってきまーす」

 二人同時に窓から飛び出す。
 もはや突っ込む気力さえ失せていた三代目は、窓を飛び出す際に二人の間に交わされた、「今日はどんな薬なんだ?」「精神を錯乱させるものとか、逆成長とかでしょうか。成功していたらの話ですが」という会話に完全に机へと突っ伏した。
 無事に帰ってきて欲しいが、同時に二度と帰ってくるなと言いたくなってしまった三代目に罪は無い。
 多分。







 マッドサイエンティスト鹿、再度ご光臨。
 やっぱり火影サマの胃と精神が危ういです。
 しかし、今回はマッドな描写が無かったような……。
 期待していた方、すみません。
 しっかし、一話完結型の話なのに何気に続き物っぽくなってる……?