玉響〜寝言は寝て言え〜





 ニィッとつりあがったのは、目の前の少年の唇。
 それは優美な曲線を描きつつも、瞳は全く笑っていなかった。

「今、何と仰いましたか、火影サマ」

 ゆっくりと、一言一言をはっきり発音してつむがれた言葉。
 丁寧な台詞の裏に、「もう一回言ってみやがれ、このクソジジイ」と低く呟くシカマルの姿が垣間見えて、三代目はヒクリと顔をひきつらせた。
 見えないところで、冷や汗がダラダラと伝う。

 ――怖い、ものすっごく怖い。

 シカマルが発する冷たい怒気と殺気に、三代目は先ほど発した言葉を撤回したくなった。
 が、ぐっと堪える。
 事態は深刻なのだ。
 アカデミーにも通っていない幼子を前に、怖気づいている場合ではない。
 ゴホンと一つ咳払いをして、意識して気分を切り替えた。

「お主には今日付けで暗部と解部に正式に所属してもらう」
「嫌です」
「決定じゃ」
「寝言は寝てから仰ってください。あぁ、それとも永眠してみますか?」

 良い薬がありますよ、と、今度こそニッコリと全開の笑みで笑った。
 それはもう大変可愛らしい笑顔だというのに、三代目はさっきの唇を歪めただけの笑みよりも何百倍も怖かった。
 ひしひしと、身の危険を感じる。

「そ、そんなに嫌か?」
「嫌です」

 ハッキリキッパリ即答するシカマル。
 三代目は食い下がった。

「……忍不足なんじゃ」
「だからと言って、アカデミーを卒業どころか入学さえしていない子どもを使おうとしないで下さい」
「解部には仮とはいえ所属しとるではないか」
「ただの助っ人ですから」
「解部を牛耳っとるだろうが」
「失礼な。勝手に崇め奉られているのを利用させてもらっているだけです」
「可哀相にのぅ」

 解部の連中。と、三代目がホロリと目元を押さえ。

「ええ、本当に」

 私が。と、シカマルが溜め息をつく。
 三代目は「可哀相」の方向性が違うのを解っていながらも同意するシカマル、に半眼になった。
 ジトーッと視線を送る。
 一般の忍ならば絶対に耐えられぬだろう沈黙が漂う中、シカマルは何でもない様子で軽く頭を下げ、くるりと踵を返した。
 その小さな背中を溜め息をつきながら見送りかけて、三代目ははっと本来の目的を思い出した。
 急いでシカマルを呼び止める。

「待たぬか、まだ話は終わっとらんぞ!」

 帰るでない!
 叫ぶと同時に、小さく「チッ」と舌を打つ音がした。
 こやつ…と、三代目は先ほどとはまた別の意味で顔をひきつらせる。
 またくるりと体の向きを変えるしかマルに、三代目は表情を改めて、「ともかく」と切り出した。

「暗部と解部には所属してもらう。もう書類は出しておるからな」

 決定事項じゃ。

「横暴ですよ、三代目」

 地を這うような声と、絶対零度の眼差し。
 三代目は内心必死になって目を合わせないようにした。
 目が合ったら確実に殺られる。
 そして次に襲ってくるであろう冷たい言葉を覚悟して待っていると、聞こえてきたのは溜め息だった。
 恐る恐る、三代目はシカマルに目をやる。

「まぁ、いいでしょう。解部には所属しますよ」
「本当か!?」
「はい。どうせもう受理されているんでしょうし」

 此処に来る前、何故だか狂喜乱舞していた解部の連中を思い出して、ふぅっと息をつく。
 書類の系統は全て解部を通るのだ。
 己のファンだといってはばからない奴らが受理しないわけが無い。
 が、これは希望でもあった。

「でも三代目、暗部には入りませんので」
「何ぃ!?」
「書類は全て解部を通ります。私を崇め奉っているアイツ等が私を他の部署に渡すとお思いで?」

 酷薄な笑みを浮かべて訊くと、サーっと三代目の顔から血の気が引いていった。
 その可能性を綺麗さっぱり頭から吹っ飛ばしていたらしい。
 が、失意にくれていたのもつかの間、三代目はすぐに立ち直って何かを考え始めた。
 恐らく、自分をどうやって暗部に入れようか思案しているのだろう。
 それは火影の権限を使えば簡単だ。
 が、しかし。
 これ以上仕事を増やされてはたまらない。
 解部は取り扱っている内容が無いようなだけに、人数が少なく、それゆえに仕事の量が洒落にならないくらい膨大なのだ。
 徹夜なんて珍しくもなんとも無く、日常茶飯事。
 必ず一人は目の下に隈を作っている。
 暗部にまで所属したら、いくらIQ測定不可の自分でもそれの仲間入り。
 やりたいことも多いというのに、そんな事態に陥ってたまるか。
 先手を打つに限る。
 一瞬だけニヤリと唇を歪めて、シカマルは口を開いた。

「助っ人なら、やらなくもありませんが」

 そう大きくはない声。
 けれど火影ははっと顔を上げ、探るような視線を向けた。
 シカマルはクスリと笑う。

「その任務中に、新薬の実験をしても良いというのなら、やりましょう」

 悪い話ではないでしょう? と目を細める。
 ひどく楽しそうに告げるシカマルに、三代目は低く唸った。
 それは三代目にとっても魅力的だった。
 今までに何度か、シカマルの作成する新薬の実験体にされ、そのたびに三途の川を挟んで初代と二代目その他諸々に会っているのである。
 その矛先が任務先にいるものに向くというのなら嬉しいことこの上ないのだが……それはそれで恐ろしい。
 何が起こるのかわからないのだ。

「さぁ、三代目。十数えるうちに決めてくださいね。私は忙しいんです。10、9、8……」

 7、6、5と数が減っていく。
 その間に三代目は大きく息を吐き出して腹をくくった。
 もし任務先で何かあったとしても、この相手ならばうまく処理してくれるだろう。
 犠牲になる連中は少〜しばかり可哀相だと思うが、こちらに被害が来なければ万々歳だ。

「3、2……」
「わかった。もうお主の好きにせい」

 ふぅっと息をつく。
 するとシカマルはニィッと唇の端をつり上げ、軽く頭を下げ退出していった。
 三代目は今度こそシカマルの白衣を羽織った小さな背を見送り、ぐったりと椅子に深く座り込む。
 疲れた。物凄く疲れた。
 シカマルの相手をするのは、なまじ頭が良い分ナルトの相手をする数十倍の気力と頭脳を要する。
 情けないとは思うが、恐ろしいものは恐ろしいのだ。

「あやつだけは敵に回したくないのぅ……」

 小さな声で吐き出された言葉は、とてつもなく切実だった。







 マッドサイエンティスト鹿。
 これでカップリング書こうとすると、正体知れるまではまるで百合っぽく……げふっ!
 苦手な人はこれから先は読まないほうが……。