Favorite Time



 一日のうちで、どの時間が好き?
 ある日の任務の帰り道、どういう会話の流れか、そういう話が出た。
 銀髪の上司は読書をしている時間だと言い、紅一点のくノ一は思いを寄せている少年をちらりと見ながら任務の時だと言い、その少年は修行をしている時だと言った。
 そして太陽のような少年は、注目する視線の中少し考えて、「夜」とぽつりと呟いた。



「どうして?」

 心底意外そうな顔をして、サクラが首を傾げる。
 この太陽のような子なら、修行・任務・一楽のラーメンを食べている時、等と言うと思っていたのだ。
 カカシもサスケも同じ思いらしく、興味津々で耳をそばだてている。
 それにナルトは内心少し焦った。思わず、さっきは素で答えてしまったのだ。

「だって、明日がすっごく楽しみだってばよ! あ、でも一楽のラーメン食べてる時も捨てがたいってば……」

 むむむ……ととっさに思いつた理由を口にして、悩むふりをする。
 サクラは、そういうこと、と頷いて、それで興味を失ったのか、いつもの如くサスケを誘いに行く。
 カカシもサスケも、一応さっきの答えで納得したのか、それ以上は尋ねてこなかった。
 内心安堵の息をついて、大降りに手を振る。

「じゃーねーサクラちゃん、カカシ先生、ついでにサスケ! また明日ってばよ!」
「ナルトー、遅刻するなよー」
「それは先生だってばよー!!」

 叫んで、ドタバタとその場を走り去った。




 『陽炎』専用の呼び出し鳥が空を飛ぶ。
 素早く暗部とさほど変わらぬ装備を身につけ、部屋に巧妙に幻術をかけて窓から飛び降りた。
 屋根伝いに夜を賭け、するりと窓から侵入する。

「窓から入るでないと言っておろうが」

 溜め息交じりの第一声。
 どこか疲れたような様子の三代目火影に、ナルトはひょいと肩をすくめた。

「近いんだからいいじゃんか」
「良かないわい」

 ふぅっとまた溜め息をつく。
 と。

「そんなに溜め息ついてると幸せ逃げますよ」

 声と共に、天井からするりと気配が降りてきた。
 解かれた黒髪が、ふわりと揺れる。

「シカマル、だから天井から入ってくるでないと……」
「近いんだからいいでしょう」

 ナルトと全く同じやり取りをする。
 三代目は、この二人は…と再び溜め息をついた。
 何度も何度も扉から入って来いと言っているにも拘らず、一度もそれに従ったためしは無い。
 “俺達が正面から入ってこれば大騒動になるから”と主張しているが、そんなもの変化してしまえば何のことは無い。
 それに二人を幼い頃から知っている三代目には、正面から入ってくるのがただ面倒だからという理由が本音だということが良く解っている。
 ――いっそこの二人専用の通路でも作るか。
 そこを通ったらすぐに分かるようにように術でもかけて。
 そうしたら、いきなり現れる気配に驚かなくても良くなるだろう。
 既にその実力は火影の上を行く二人に、日々寿命が縮まるばかりの毎日から脱出できるかもしれない。
 戯れに考え始めたことを真剣に実行に移すべきかどうか悩む火影。
 里のトップ二人を招集しておきながら、任務言い渡さず黙り込んでしまった三代目を呆れたような目で見て、シカマルは手に持った狼の面でトントンと肩を叩いた。
 ナルトも暇そうに面をいじっている。
 シカマルは小さく溜め息をついた。

「三代目」
「……何じゃ」

 低い声が空気を震わせると、三代目は少し間を空けて顔を上げる。
 笠で隠れた額には薄らと冷や汗をかいていた。
 不機嫌の滲んだ声が少し、否、かなり怖い。

「さっさと任務を渡してください」
「う、うむ。これじゃ」

 言って、巻物を六つ取り出す。
 どれも特Sランクばかりで、そこいらの忍には下手に渡すことはできない。
 それは死にに行けと言っているようなものだ。
 この二人以外には、だが。
 ナルトとシカマルがそれぞに三つずつ巻物を手に取り、読むごとに交換し印も組まずに燃やしていく。
 二人の手際のよさに、毎度の事ながら三代目は感心した。

「行けるか?」

 全ての巻物を燃やし終わった二人に声をかけると、ナルトはニッと不敵な笑みを浮かべ、シカマルはすっとその漆黒の双眸を細めた。
 二人から立ち上る好戦的なチャクラに、一気に空気が緊張をはらむ。

「誰に向かって言ってんの、じいちゃん」
「一応里のナンバー1と2なんですけどね。お忘れですか、三代目」
「……そうじゃったな」

 ついに呆けたかジジイというような刺の含まれた言葉に、火影は冷や汗をかきながらも表面上は平静を装って返す。
 この時声が震えなかったことに、三代目は心の中で自分に向けて拍手をしていた。

「上忍暁日、並びに宵月」
「「はっ」」
「行け」
「「御意」」

 膝を追った二人が消えるのを見送って、火影は深く椅子にもたれた。
 本当に、全く心臓に優しくない二人だ。

「五代目、探しておこうかのう……」

 溜め息混じりに呟かれた言葉は、誰に聞かれるでも無く、夜の帳に溶けていったのだった。





「ぐぁっ!」

 低いうめき声を上げて、目の前の忍が倒れる。
 それに見向きもせず、暁日――ナルトはクナイを次の敵へと放っていった。同時に左手にまきつく鋼糸を引いて、糸に引っかかった者を切り刻む。
 数十人の忍に囲まれながらも、その先頭は圧倒的にナルトがペースを握っていて常に有利。
 背後から近づこうとした者も、クナイや手裏剣を向けたものも、全て弾かれその命を散らしていた。
 そんな戦いの中、ナルトはちらりと面越しに己の相棒の姿を見ていた。
 シカマルも同じように、戦闘のペースを握り、次々と敵を減らしていっている。
 しかしその動きは、ナルトのものよりも遥かに無駄な動きを省いていた。
 自らの武器である扇――特殊な金属でできている――でカマイタチを生み出し、『影縫い』で動きを止めた敵をほふり、返した動きで飛んできたクナイを弾き、刃にも盾にもなる扇で敵を切る。
 動くたびに長い髪がふわりふわりと揺れ、洗練されたその動きはまるで舞を舞っている様であった。
 美しいといえる動きに、ナルトは目を細める。
 こういう時、本当に面が邪魔だ。
 真剣であろうシカマルの顔を見ることができない。
 最後の敵を刻みながら鋼糸を回収して、同じく最後の敵を倒したシカマルの背後に降り立った。
 ピタリと、背中に張り付く。
 面は邪魔なので、既にずらして頭の左側に上げていた。

「どうした、ナルト」
「ん〜…ちょっと眠い」
「あー……最近連日だからなー……」

 ちょっと勘弁して欲しいよなー。
 そう言いながら、ヒトであったものたちが倒れ付している血の海に向かってひらりと手を翻す。
 暗い闇の中にぽとりと青白い炎が落ち、瞬時に燃え広がった。
 高速で血肉を燃やし、緑の中から赤を拭っていく。
 いつの間にか面を取っていたシカマルの頬に、ゆらゆらと揺れる青い光が差した。
 漆黒の深い瞳にも、それは映っている。
 それがとても綺麗で、ナルトはうっとりと目を細めた。
 ああ、やっぱり……。

「ナルト、どうした?」
「やっぱり夜が好きだなーと思ってさ」
「は?」

 ニッコリと笑って、シカマルから離れる。
 シカマルは訳が分からないというように首をかしげたが、ナルトはただくすくすと笑い声を漏らして、背を向けて走り出した。
 はぁっと小さく息を零して、シカマルもその後を追った。





 夜が好き。
 その理由は、本当の自分でいられるから。
 本当の君と一緒にいられるから。
 だから一番、夜が好き。






 書いてて自分でもよく分からなくなってき……げふ。
 とりあえず言いたかったのは、ナルトはシカマルと一緒にいられる夜が一番好きなのよーって事。

 ちなみに、暁日は"あけび"、宵月は"よいづき"と読みます。