False Image



 黒髪が風に舞う。
 流れ出た紅い雫が、唇に紅をひいて、白い顎へと伝った。
 それを無造作に、手の甲で拭き取って。
 静かに静かに、その漆黒の双眸は、前を見据えた。






 今日は三班合同の任務の日だった。
 二班が集まったところで、いつもの如くカカシの所為で遅れてくるだろう七班を待ち、予定よりも3時間ほど遅れて任務を開始した。
 そしてその任務中に、事は起こった。
 9人の下忍たちが集まっているところに、どこかの国の忍が現れた。
 それなりの数で周囲を囲い、上忍たちに猛攻を仕掛けた。
 狙いは勿論、旧家名家の子ども達で。
 上忍たちは子ども達を守るために、結界を張り、必死で戦った。
 しかし相手の数は上忍たちの数倍で、実力は彼らよりも若干弱い程度。
 はっきり言って、同じくらいだった。
 勿論、それだけの相手に子ども達を守れるはずも無く。
 結界を今まさに壊さんとした敵に、必死に手を伸ばし、伸ばすだけしかできなかった。


 そして、もう駄目だと、そう思った時。




 漆黒の風が吹きぬけた。




 そうとしか、見えなかった。




 何が起こったのか、その場にいた数人はわからなかった。
 ただ解っているのは、周りに転がっている肉魁がたった数分前までは生きていて、襲ってきたこと。
 それが今は死んでいること。
 そして、目の前に立つ漆黒の彼が、それをなしたこと。
 それだけ解れば十分だけど、それだけでは不十分だった。
 本当に、何が何だか、わからない。

 ゆっくりと、背を向けていた彼が振り返る。
 いつもは天辺で結わえられている髪が今は解かれていて、風になびく。
 その髪の隙間から見えた瞳は、静か過ぎるほどの静寂を湛えていて。
 いつものけだるさも何も、一欠けらの感情すら浮かべていなかった。
 戦闘中、容赦なく敵を切り刻みながらも返り血一つ浴びなかった彼は、暗部服の漆黒のまま、血の海の中に立っている。
 それは美しくも、残酷で。
 余りの鮮烈さに、誰も目をそらすことができなかった。
 徐に、彼は口を開く。

「はたけ上忍、猿飛上忍、夕日上忍」

 感情というものをすべて排除したような、淡々とした声が上忍たちを我に返らせた。
 はっと身体を強張らせ、ボロボロの身体で下忍たちと、彼の前に立つ。
 彼はそれに僅かに眉間に皺を寄せたが、すぐにその表情を消した。
 底の見えない視線が、上忍たちを捕らえる。
 震えそうになる身体を自分の意思で何とかコントロールして、アスマは口を開いた。

「お前は、誰だ?」

 それでも僅かに、声は震えている。
 彼は特に何の感慨も抱くことなく、淡々とそれに答えた。

「奈良シカマル。それ以外の誰に見えますか」
「嘘よ!」

 高い声が、否定の言葉を投げる。
 上忍たちの後ろから聞こえてきた声は聞きなれた少女のもので、けれどそれは、恐怖に強張っていた。
 彼は――シカマルは、ゆっくりと一つ瞬いて、その声の主へと視線を投げた。
 少女はびくりと一瞬体を震わせ、けれども気丈に、シカマルを睨みつける。

「シ、シカマルは私の幼馴染で! いっつもいっつもやる気が無くて、ドベから、二番目で! そ、そんなに、強くなんて無いもの!!」

 向けられる瞳の何とも言えない圧力につっかえつっかえ、いのは言葉をつなぐ。
 シカマルはまた一つ瞬いた。

「あいにくと、これが本来の俺だ。お前たちが見ていたのは虚像に過ぎない」
「嘘よ!!」
「嘘じゃない」
「嘘よ、ウソウソウソウソ……! ウソ、よぉ……!!」

 薄いクリーム色の髪を振り乱して、いのはボロボロと涙を流す。
 もう一人の幼馴染であるチョウジはそっと、いのの横にしゃがんで背中を撫でた。
 その様子を見てさえも、シカマルは眉一つ動かさず、感情を揺らがすことは無い。
 いつもだったら面倒そうに、それでも直情的な幼馴染の世話をチョウジと共に焼いているというのに。
 警戒も露にシカマルを睨みつける上忍たちに向かって、シカマルは一歩踏み出す。
 それだけでも、痛いほどの殺気が襲ってきた。
 シカマルにとっては、そよ風程度でしかなかったが。
 これ以上進んでは攻撃される可能性も高く、そうなってしまっては殺さないという自信もないので、シカマルは仕方なく足を止める。
 それに少し、安堵する上忍たちがいた。

 シカマルは少しだけ困る。
 シカマルにとって、この世界の中で一番大切なもの――いや、シカマルが生きている世界そのものといっていい子どもが、今にも泣きそうに顔をゆがめているのだ。
 抱きしめてやりたいのに、涙を消して笑みに変えてやりたいというのに、このままではどうにもできない。
 困惑を表すかのように、シカマルの睫が僅かに震えた。



 どれだけ、お互い無言で、ただ立っていたのか。
 数瞬か、それとも数分か。
 恐らくそれほど立ってはいないのだろうが、上忍たちにとっては恐ろしく長い時間だった。
 上忍たちの奥を透かし見るようにしていたシカマルが、ピクリと何かに反応し視線を僅かにずらした。

 ざっと音を立て、白い衣と、暗部の黒いマントが翻る。
 白い衣を着、笠を被った人物は、言うまでも無くこの里の長で。
 それに付き従った奇妙な暗部――格好はフツウの暗部とそう変わらないのだが、面は干支を模した物ではなく漆黒にただ紫のラインが一本入っているだけだ――が一人。
 ぐるりと周囲を見回し、黒衣をまとい、固まっている下忍とその前に立つ上忍三人から一人はなれた位置に立っているシカマルを見て顔をしかめ、深々と息を吐いた。
 そうして一言、呟いた。

「遅かったか」
「そのようですね」

 火影の声に、傍にいる暗部も気落ちしたように同意する。
 そこでようやく、新たに現れた存在に上忍たちが声を上げた。

「火影様!」
「何故此処に……いや、それよりもその場所から離れてください。危険です」

 紅が叫び、アスマが警告を発する。
 それは勿論、上忍たちよりも遥かに近い位置にいるシカマルに対するもので、それを向けられた当人はというと、ただただ溜め息をついていた。
 この里長に危害を加えるような人間ならば、先ほどの戦闘でも上忍たちを見殺しにしていたのだ。
 だというのに、何を指して己を危険と指すのか。
 確かに素性も何もわからない人間に警戒をするなというほうが無理があるが、それくらいは察して欲しいものである。
 シカマルが表にも出さず心底呆れていると、警告を受けた三代目はゆっくりと首を振った。

「その必要は無い。シカマルがわしに危害を加えるようなことはせんよ。これは木の葉の忍じゃ」

 ゆっくりとシカマルに近寄り、シカマルの頭に手を載せる。
 ぽんぽんと頭を撫でられるのを、シカマルは黙って受け入れていた。
 いつもなら跳ね除けるのだが、今をそれをしては上忍たちがまたピーチクパーチク騒ぎ出すだろう。
 堪え性の無い小鳥のように。
 大人しく里長の仕草を受け入れるシカマルに、上忍たちは口をつぐむ。
 その間に三代目の手もシカマルの頭上から離れて、シカマルは慣れた動きで膝をついた。

「火影様。報告は?」
「頼む」

 短いシカマルの言葉に、三代目も最低限の言葉で応じる。
 
「此度の襲撃、霧・岩・雲の抜け忍の仕業のようです。最初は上忍三名が相手をしていましたが、相手は徒党を組んでいたため、人数と実力により敵わず、私が出ることとなりました」
「相解った。して、後始末が済んでいない様じゃが?」
「中に数人、血継限界の持ち主がいましたので、どうしたものかと」
「いいように計らえ」

 つまりは研究部へと送れ、と火影は言う。
 シカマルはただ「諾」と頷いた。

「御意」

 言葉と共に、周囲にある幾つかの骸を影――いや、闇であろうか――が包み、取り込む。
 それと同時に青白い炎がぽとりと落ち、広がり、全ての骸と血液、武器でさえも飲み込んでいく。
 肉を焼く独特のにおいが広がる間もなく、青白い炎に包まれたものは全て、灰も残さずに燃え尽きてしまった。
 何の予備動作も印もなしに行われたそれに、上忍たちは息を呑み、体を震わせる。
 シカマルは――彼だとは認めたくなかったが――強い。
 その強さは圧倒的なもので、到底自分達がかなうものではないと、本能とも言えるところで悟っていた。
 それでもギリギリ踏みとどまって、下忍たちの前に、上忍たちは立っている。

 報告は先ほどのことで全て終わったのか、シカマルは立ち上がり、再び上忍――正確にはその後ろにいる下忍たちへと視線を移していた。
 再び底の見えない、闇が凝縮したような瞳を向けられて、上忍たちは腹の底に冷たい何かを感じた。

「シカマルよ」
「はい」

 三代目に話しかけられ、視線が逸らされる。
 その瞳には少しだけ、疑問が浮かべられていた。

「お主、これからどうする」
「……表から消えようかと」
「そ……」
「ダメッ!!」

 火影の言葉を遮り、金色の光が上忍たちの間から飛び出す。
 横を通り過ぎた気配に、カカシは一瞬呆然とし、すぐに我に返って手を伸ばした。

「ナルトッ、行っちゃ……!」
「シカマル!」

 するりとカカシの手をすり抜け、名前を呼びながらナルトはただ一人だけを求めて駆けた。
 カカシが絶望的な状況に真っ青になった瞬間、勢い良く飛び込んできたナルトを、シカマルは受け止めた。
 とても自然に、慣れた様子で。
 カカシはそれを追いかけ、シカマルからナルトを取り返そうとして、火影と共に来た奇妙な面の暗部にすっと刃を突きつけられた。
 向けられた氷のような殺気と、その切っ先に、カカシはその場に踏みとどまるしかない。

「ナルト」
「やだ、行っちゃヤダ……」

 ぐすぐすと、鼻を鳴らしてシカマルにしがみつく。
 いや、縋り付くと行ったほうがいいのかもしれない。
 その小さな手を必死に伸ばして、どこにも行かないようにと、己自身を鎖とするかのように。
 そんなナルトにかけるシカマルの声は、何処と無く優しさと愛しさを帯び、今までの氷のごとき声がウソだったかのように柔らかかった。

「オ、オレの居場所は、ここしかないのに……シカ、シカマルの、傍しか……ないのに…! 行っちゃ、やだぁ……」

 まるで赤ん坊のように、泣きじゃくる。
 今まで見たことの無いナルトの態度に、下忍と上忍たちは呆然としてただただ二人を見ていた。
 カカシでさえ向けられた刃を気にしながらも、ナルトの涙を見ている。
 そして小さく、「ナルト……」と呟いていた。
 そして二人を優しいまなざしで見ている三代目に、ゆっくりと視線を移す。

「三代目、これは、いったい……」

 恐らくそれは、ここにいるほとんどの人間の疑問であったのだろう。
 ナルトとシカマルの様子を見ていた者たちも、カカシと同じように三代目へと視線を向ける。
 三代目は小さく唸り、シカマルをちらりと見た。
 しがみついているナルトをあやしながらも、三代目から向けられた無言の問いに、シカマルも黙って頷く。

「説明しよう」

 蒼く蒼く、晴れた空を見上げて、三代目は溜め息をつきながら口を開いた。





 長い話になる。
 三代目はそう言って、此処では落ち着かないと言い、火影邸へと場所を移した。
 そこには例の奇妙な面の暗部も、シカマルも共に来て、三代目のすぐ傍へと腰を下ろした。
 ナルトはというと、やっと泣き止みはしたが、まだまだその瞳を不安で潤ませてシカマルにべったりと張り付いている。
 変化をしたのか、シカマルの身長は先程よりも20センチほど伸びていて、腕の中にすっぽりとナルトを抱きかかえている。
 カカシはナルトがシカマルの膝の上にいるその状況が気に入らないのだが、状況が状況なために黙っているしかなかった。

 そうして、三代目が語りだした話は、とても長いものだった。
 それもそうだ。
 始まりは丁度10年前。
 今このときに至るまで、10年分の彼らの歴史が存在する。

 まずはじめに、ナルトの事が語られた。
 12年前、里を襲った九尾のこと。
 それは四代目によって、当時赤子だったナルトのへそに封印されたこと。
 木の葉のトップシークレットであるそれが語られた時、事情を知らなかった下忍たちは、ナルトが毛嫌いされるわけを悟った。
 そしてその扱いのあまりのむごさに、手で口元を覆う。
 食事に混ぜられた毒、襲われ、満足に眠れない夜。
 けれど命からがら、それらから逃げ延びて生き延びて、今ここに存在すること。
 普段の、馬鹿みたいに明るいナルトからは決して知ることのできぬ凄惨な過去に、ただただ言葉を失った。

「そんな時じゃった。奈良の夫婦が、シカマルを連れて此処に来たのは」

 奈良夫妻は、四代目の親友といえるほど仲が良く、里人を、己の里の忍を信じながらも、ナルトのことを案じていた四代目に後のことを任されていたらしい。
 それで赤子のうちにナルトを引き取らなかったのは、奈良の家よりも火影の屋敷の方が安全だと思ってのことらしかった。
 奈良夫妻は言った。
 自分達は四代目と約束したけれど、引き取って守りぬける自信はない。
 それでは四代目との約束が果たせないが、その命を守りぬけなければ、もっと大事な約束が守れなくなってしまう。
 だから決して、ナルトが憎いから、嫌いだから、引き取れないと言っているのではないのだ、と。
 余りにも必死な訴えに、そこに嘘が無いことは知ることができた。
 そしてこう続けた。
 だから、自分達はこの子を連れてきたのだ。
 この子、と自分達の息子を、彼らは差し出した。
 その子どもは、どうみても6歳前後で、けれど奈良夫妻はナルトよりも半月ほど早く生まれただけだという。

「たったの二歳で、六歳前後……?」
「そうじゃ」
「じゃぁ、もしかして彼の今の姿は」
「うむ。変化でも何でもない。あれが、本来の背格好じゃ」

 紅の言葉に、三代目は肯定を示す。
 腰までも届きそうに長い髪に、170を越える身長。
 顔は端整に整い、それは『美貌』と呼んでも差し支えないほどのものだ。
 細身ながらに体のバランスも良く、無駄な筋肉もついておらず、ナルトはその腕の中にすっぽりと収まっている。
 誰もが驚愕した面持ちで、シカマルを見詰めた。

「何故それほど急激に成長したのか……最初のうち、奈良夫妻は解らんと言っておった。しかしそれはすぐに解決した」

 ふぅっと三代目が息をつく。
 そんな三代目の様子に、話を聞いている者達は固唾を呑んで次の言葉を待った。

「シカマルは、闇に愛された子だった。故に」

 それほどまでに、急激に成長したのだ。

「闇に、愛された子……?」
「三代目、それは、どういう……」
「聞いたことの無い言葉ですけど」
「うむ。あまり知られてはおらんからのぅ。闇に愛された子、というのは、この世界全ての闇を操り、見、声を聞き、全てを知ることのできる者のことじゃ。まぁ、情報のブラックボックスといったところかの」
「ブラックボックス……」
「そうじゃ。しかし闇に愛されるにも、その力を使うにも受け止めることだけにしても、肉体的にも精神的にも小さな器ではいかん」
「だから、成長した……」

 三代目の言葉に続けるようにして零したアスマに、三代目は静かに頷く。

「だからこそ、シカマルはナルトの持つ闇に気づき、惹かれ、ナルトの傍にいることを望んだ」
「別に」

 黙って話を聞いていたシカマルが声をはさむ。
 視線をナルトに合わせたまま、腕にナルトを抱いたまま、彼は言葉を続けた。

「別にナルトの闇に惹かれたから、傍にいるのではありませんよ、三代目。それは確かに事実ですが、俺はナルトがナルトだったから、傍にいることを望んだだけだ」
「……そうじゃったな」

 優しい優しいまなざしで、三代目は二人を見る。
 そしてすぐに、三代目の次の言葉を待っている面々のほうへと意識を向けた。

「その時から、シカマルは強かった。闇に愛される故に、その命を狙われることも多く、身を守るために力が必要だったからじゃ」

 だからこそ、暗部に入れた。
 生きる場所を与えるために。
 それはもしかしたら間違った選択だったかもしれない。
 けれど、彼は今此処にいる。
 間違ったとは、思いたくなかった。

「お主達も聞いたことがあるじゃろう。木の葉最強の忍の噂を」
「木の葉最強の……それはもしかして『漆黒の胡蝶』と呼ばれている、あの……?」

 カカシが、乾いた口内を必死に濡らしながら問う。
 その噂ならば、カカシもアスマも紅も聞いたことがあった。
 いや、木の葉だけではなく、忍の世界に生きる者ならば一度は耳に入れたことがあるだろう。
 その姿、蝶の舞うが如く。
 着ている衣、一滴の血も許さず、漆黒のみに染め抜かれる。
 故に、『漆黒の胡蝶』と。
 ビンゴブックにも記載されているのは通り名だけで、本名は愚か暗部での名前さえ載っていない、その存在。

「そうじゃ。木の葉最強の忍、通り名を『漆黒の胡蝶』。暗部での名を闇主と言う」
「『漆黒の胡蝶』が、何故、下忍を……」
「ナルトの傍にいることを望んだからじゃ。わしも、それを依頼した。任務期間は無期限。その正体がばれるまで、下忍の護衛を頼む、と」

 アカデミーに通うのは、下忍を演じているのは、旧家名家の子どもたちの護衛のため。
 上忍たちを信じていないわけではなかったが、それでも保険としてシカマルを、闇主をつけた。
 今回のようなことを、防ぐために。

「私達を、守るため……?」
「そのために、シカマルはここにいたのか?」

 ざわりと、下忍たちが声を上げる。
 それに答えたのは三代目ではなく、シカマルのすぐ背後に立ち沈黙を守っていた一人の暗部だった。

「そうだ。シカマル様は三代目からの依頼で、お前達を守るためにそこにいた。騙されたと言うのはお門違いだ」

 ぴりぴりと、声に殺気がこもる。
 口調は静かだったものの、その暗部が怒っているのは明白であった。
 シカマルはちらりとそちらを見やり、特に咎めるでもなく好きにさせている。
 きっと止めようとしても、これだけは譲らないだろうから。
 彼は――彼だけではないのだが――結構頑固だ。

「そう言えばお主。見たことの無い顔じゃが」

 今思い出した、とばかりに三代目が暗部へと目を向ける。
 その言葉にシカマルは瞬き、左斜め後ろに立つ暗部を見上げた。

「お前、何も言わずに来たのか?」
「はい。主が戦闘を開始したのを知って、すぐにそちらに走りましたので」
「そっか。三代目、こいつは俺の私兵であり部下です。特殊部隊『彩』のうちの一人」
「紫穏と申します」

 すっと、膝を突く。
 火影はほぅっと目を見開いた。
 こんな者がこの里にいたのか、と。
 シカマルほどではないが、確実に強いことは肌で感じ取れる。
 そして、今までの言動からして、シカマルに絶対なる忠誠を誓っているのがよくわかった。
 数度、瞬く。

「ふむ。差し支えなければ、正体を教えて欲しいものだが……」
「……好きにしろ」

 視線だけでどうするか、と問う紫穏に数瞬の沈黙の後答える。
 紫穏はそれに頷き、面を取り、変化を解いた。
 特有の煙がぼわんと弾け、暗部の服はそのままで、幾分か背の低い――けれど170はある――体格が現れる。
 長い髪はポニーテールで結ばれ、ゆっくりと開かれたその瞳は、白。

「「「「「「「「日向ネジ!?」」」」」」」」

 驚きに張り上げられた声。
 ネジは僅かに眉間に皺を寄せ、コクリと頷く。

「闇主に仕えし特殊部隊『彩』が一人。紫穏(しおん)こと日向ネジ。この姿では初にお目にかかります、三代目」
「何と……そうじゃったのか」
「お前どうするんだ、これから」
「俺は貴方について行きますよ。今まで通り、好きにお使い下さい。忠誠を誓った身なれば、仕えることは至福」
「んじゃ、お前も表から消えることは決定だな」
「御意」

 満足気に笑みを浮かべて、ネジはすっと膝をつく。
 下忍と上忍はパクパクと口を開閉し、まるで金魚のようだった。
 ネジは何かを探るように下忍たち間に視線をさまよわせ、ゆっくりと一度瞬き、それを収めた。
 その代わり、とでも言うように、ネジはシカマルの腕の中にいるナルトを覗き込む。

「ナルト」
「何だってば、ネ……紫……えっと」
「好きな方で呼べばいい」
「じゃぁ、ネジ」

 どうせばれたのだから、と、本名のほうで呼びかけるナルトに、ネジはこくりと頷く。
 そして、本題を切り出した。

「俺もシカマル様も、きっとあいつらも、表から消えることになる。お前はどうしたいんだ?」

 静かに、しかし促すように問うネジに、ナルトはピクリと反応し、シカマルを見上げた。
 シカマルはただ一つ頷いて、瞳だけで「好きなようにしろ」と返す。
 それから、先ほどのネジと同じように下忍たちのほうへと視線を向け、何かを探るような目をした。
 下忍と上忍はまだ紫穏の正体を知った時のショックから立ち直っていないのか、ナルトの視線には気づかない。
 けれどその中から、欲しい反応を受け取って、ナルトはゆっくりと口を開いた。

「オレは、ずっと、シカマルといたいってば。ネジ達も一緒に」
「わかった。一緒に行こうな」
「ん!」
「いいですよね、三代目」

 小さく首をかしげて、許可を待つ。
 その拍子におちてきた長い髪をナルトは嬉しそうに握り、幸せそうな笑みを浮かべた。
 シカマルの傍にいても言いと言ってもらえたからこその、その笑み。
 それを見てしまっては、三代目には「否」と答えることはできない。
 何よりも願っているのは金色の子どもの幸せと、その子を包む、優しい優しい、安らぎの闇を持つ子どもの幸せ。

「ナルトがそれで幸せならば」

 好々爺然とした笑みを浮かべて、頷く。
 ナルトは余りの嬉しさに頬を高潮させて、蒼い瞳をきらきらと輝かせた。
 暗部の服の上から羽織ったシカマルの着物と一房の髪をぎゅうぎゅうと握り締めて、額をシカマルの胸に押し付ける。
 目の下で揺れる柔らかな金糸をそっと撫でて、シカマルは下忍たちのほうへと向いた。
 上忍たちと共に、ギャーギャーと喚きたてる集団のほうに。
 その中でもカカシは今にも飛び出してきそうだが、ネジの存在が怖いらしく少し身を乗り出しているだけだ。

「ナルト! ねぇ、考え直してよ!!」
「そうよ、うずまき。こっちでもいいじゃない、ね?」
「ここにはお前の腹のそれ、気にする奴なんかいねーしよ」
「そうだぜー、ナルト!」
「そうよー!」

 下忍も上忍も必死に声をかける。
 けれどナルトはふるふると頭を振るだけで、シカマルにしがみついてしまう。
 ネジはただ冷笑を浮かべ、シカマルは全く気にせずナルトの頭を撫でていた。
 ふっと何かに思い至ったらしき三代目が、口を開く。

「シカマルよ」
「何ですか?」
「『彩』にはあと何人いるんじゃ?」
「ああ、三人ですけど……言ってませんでしたか?」
「うむ」

 肯定する三代目に、シカマルは苦笑を浮かべる。
 そして何を思ったのか、ついと、下忍の中に視線を投げ、意味のわからない問いを発した。

「残るか?」

 ただ短く、それだけ。
 透明な、けれども上に立つものの光を湛えた瞳に見据えられた下忍は戸惑い、上忍は、まさかと言う思いと共に下忍たちを振り返る。
 その瞬間、音も無くすっと、三つの気配が移動した。
 ひとつはネジの横に立ち、残り二つの気配はシカマルの両脇へと立つ。
 残像の色は、黒が一つと、白が一つに、桜色が一つ。

「いいえ。私達も共に」
「主様もナルトもいない表に用などありませんもの」
「下忍の護衛はナルトのついでにやってただけだからな」

 ネジの横に降り立ったヒナタが首を振り、シカマルの左側に降り立ったサクラが肯定し、同じく右側に降り立ったサスケがふっと息をつく。
 しん――っと、その場に静寂が満ちた。

「サクラ……サスケ……?」
「ヒナタ、あなた……」

 呆然と、担当上忍が呟く。
 いつものオドオドとした態度も、思い人に熱を上げている姿も、尊大な態度もクールさもそこには無く。
 見ていて心地の好いような、すっきりとした笑顔を浮かべる三人の姿。
 シカマルがひらひらと手を振ると、まだ少し呆けている三代目に向き直り、ぼわんとネジと同じように印を使うことなくその姿を変えた。
 それは、どう見ても変化を解いた所のようで。
 出てきたのは、ネジと同じように暗部の格好をした、16,7の少年少女の姿。
 サスケは緋色のラインが入った漆黒の仮面を手に持ち、肩口まであるらしい髪を後頭部で無造作にくくっている。
 サクラはいつも下忍や上忍が見てきた髪の色よりも、若干紫がかった桜色の髪をネジと同じくポニーテールにして、やはりその手には翠のラインの入った漆黒の面を持っている。
 ヒナタは長い髪を背の半ばでゆったりと結い、手にはオレンジのラインの入った面を持って。
 三人同時に、片膝をつき礼をとった。

「この姿では初にお目にかかります、火影様。我等は紫穏と同じく、闇主様に仕えし特殊部隊『彩』の者にございます」

 代表するかのように、サクラが口上を述べる。
 その声で三代目が我に返るのを認めて、さらに続けた。

「我らの存在が公になっては動きにくかろうとの判断で、今まで沈黙を守ってまいりました。ご容赦下さい」
「う、うむ」

 深々と頭を下げるネジを含めた四人に、三代目は寛容に頷く。
 四人はほっと内心安堵の息を吐いて、頭を上げた。
 さらに、言葉をつむぐ。

「『彩』所属、春野サクラこと、翠流(すいる)と申します」
「同じく、うちはサスケこと、緋桜(ひおう)と申します」
「同じく、日向ヒナタこと、橙火(とうか)と申します」
「以後シカマル様に代わり火影様の前に現れることもあるかと思いますが、見知り置きください」
「うむ。よろしく頼む」
「「「はっ」」」

 また頭を下げ、立ち上がる。
 しっかりとナルトを抱きかかえるシカマルの両脇を固め、背後を固めていた。
 その姿勢には隙など一切無く、まるで鉄製の壁のような印象を受けた。
 実際のところ、鉄よりも遥かに丈夫なのであろうが。

「それじゃぁ三代目。俺たちはもう行きますが」

 ナルトを抱きかかえたまま、シカマルは立ち上がる。

「うむ。任務の時にはいつものように呼び出せばいいんじゃな」
「はい。こいつらは俺の言うこと意外聞きませんから」
「わかった」

 頷く三代目に小さく笑みを残して、シカマルは止めようとする者達の声など意に介さず、ナルトと共に波打った影の中に消える。
 サクラたちも後を覆うと踵を返し、けれど何を思ったのか下忍たちへと向き直った。

「サクラ、どうして……」
「結構楽しかったわよ、いの。でもごめんなさい。私はナルトとあの方と共にいることのほうが何よりも大事なの」
「「「ヒナタ……」」」
「私も結構楽しかったよ。でも私もサクと一緒。あの二人はこの世界で何よりも大事なの。さようなら」
「サスケ……」
「いい加減その遅刻癖直せよ、変態上忍。それと後でナルトに対するセクハラの報復はさせてもらうからな」
「ガイ上忍にもよろしく言っておいてくれ。もう会うことも無いからな」

 見詰めてくるそれぞれに思い思いの言葉を返し、ふっと笑みを浮かべると、四人は気配も残さず消えてしまった。
 それは上忍三人でも、目で追うことさえもできず、瞬身の術を使ったのかそうでないのかさえもわからない。
 呆然と――とある一人は青ざめながら――見送る面々と、ナルトの笑顔を見れた喜びに顔をほころばせながら今後どうするのかを考えている三代目だけが、その場に残された。





「やーっと一足の草鞋だな」
「そうですね。想像していたよりも少し、長かったような気がします」
「ああ。いつまであの変態に付き合わなきゃならないのか考えると頭が痛かった」
「大変だったよね、サクとサスのところは」
「ガイ上忍と紅上忍がまともな人間で助かったな、ヒナ」
「ええ、ネジ兄さん」
「なぁなぁ、これでもっとずっと一緒にいられる?」
「んー。前よりずっとな」
「やったぁ!」

 くすくすという笑い声が、邸の縁側から響く。
 それは何よりも安らぎ、何よりも柔らかな声で。
 小さな、けれども大きな、幸せに満ちていた。




あとがき
 初バレネタはスレシカ×ノマナル。
 好きなんですよねー、スレとノマのカプ。
 んで、書いてみました。そしたらやたら長くなったという……。
 +特殊設定満載だし……。
 えー、こんな駄文でも貰ってくだされば幸いです。



此処からは切り取ってください--------------------------------------------------

 著作権は私、秋月しじまにありますので、その旨を明記してください。
 「私が書いたよー」なんて言わないように(いないと思うけどさ)。
 レイアウトや文字の大きさ等は自由に変えてくださって構いません。
 それと、報告は任意にいたしますが、拍手ででもちょろっと言ってくだされば嬉しいです。
 それでは、この辺で失礼いたします。