勤労感謝の日



 チッチッチッチッ……。
 ――カチ。
 蒼と漆黒の二対の視線が集中する中、時計についている全ての針が一つに重なった。
 そして二人は、カレンダーへと目を移す。
 また、蒼と漆黒の二対の目は一点を見詰めていた。
 ふと、ナルトが口を開く。

「今日が昨日になって明日が今日になったな、宵月」
「ああ。日付が変わったな、暁日」
「二十三日だよな、宵月」
「二十三日だな、暁日」

 そこで二人は少しばかり妙な会話を打ち切って、顔を見合わせた。
 ニッコリと、第三者が見れば背筋に悪寒が走りそうな綺麗な笑みを浮かべた。
 そう、いつもしている唇をつり上げる『ニヤリ』とした笑みではなく、『ニッコリ』。

「行きますか、宵月」
「行きましょう、暁日」
「「いざ、火影サマのもとへ」」

 ハモると同時に、すっと二人は時計とカレンダーの前から消えた。








 ゾクリ、と。
 背筋が粟立ち、三代目は体を震わせた。
 十一月も後半に入り、本格的に夜も冷え込んできてはいるが、三代目がいる空間はそれほど寒いというわけではない。
 かと言って温かいというわけでもなかったが、ほどほどに暖は取れていた。
 だというのに、背筋に走った寒気。
 果てしなく。
 とてつもなく嫌な予感がする。
 その予感に従って、三代目は机に手をつき腰を浮かしかけた。
 そこへ。

「こんばんわ〜火影サマ」
「夜分早くに失礼します、三代目サマ」


 するりと、天井から二つの影が降りてくる。
 一人は青銀の髪に瞳。頭に斜めにかけられた面は漆黒の狼。
 もう一人の髪と瞳の色は朱金。同じく頭にかけられた面は真っ白な狐。
 暗部最強――つまりは里のトップに立つ二人だ。
 ちなみに、青銀の方が宵月で、朱金の方が暁日である。
 腰を浮かしかけていた三代目は、その姿勢のまま二人のニッコリと浮かべられた美しい笑顔を目の当たりにして硬直していた。
 次いで、腰を下ろし、見えないところでダラダラと冷や汗を流し始める。
 マジで、二人の笑みと『火影』や『三代目』という呼称についた『サマ』が怖かった。
 嫌な予感的中である。
 ニッコニッコと笑みを浮かべる二人を前に、無駄とは知りつつも何でもない風を装って、三代目は口を開いた。
 本当は物凄く聞きたくなかったが、それでは二人とも絶対に口を開かないことを三代目は知っていたのだ。

「……何じゃ、二人して」

 しかも『夜分遅く』の間違いじゃろう。

「いいや。いつもと比べればとっっっっても!!! 早いぜ、火影サマ」
「そうですよ。いつもと比べればとっっっっても!!! 早いですよ、三代目サマ」

 思いっきりためられて、三代目の言葉が叩きのめされる。
 その言葉に心当たりのありすぎる三代目は、「そうじゃったかの……」と言いつつも視線をそこらへ泳がしていた。
 そんな里長の様子に、暁日と宵月の笑みが深まる。
 華やかで美しい笑顔だというのに、あたりに飛ぶのは花ではなく絶対零度といっても過言ではない冷たい空気だった。
 空気に含まれた針がグサグサと突き刺さるような感覚に、三代目はゴホンと咳払いをして意識を切り替えた。

「して、何用じゃ、二人とも」

 嗚呼、訊きたくないのに。と、言外に言っているが。
 暁日・宵月の両名はあえて気にせず、口を開いた。

「ちょっとばっかしさ」
「三代目サマにお願いがありまして」
「ね、願いじゃと……?」
「「そう」」

 ハモらんでいい、ハモらんで。
 薄れぬ恐怖に心の中で呟く。
 なんだかそれさえもこの二人には見透かされているような気がして、ヒクリと三代目はこめかみを引きつらせた。

「この前から思ってたんだけど、今日ってさ」
「十一月二十三日なんですよね」
「う、うむ。そうじゃな」
「じっちゃん、二十三日に何があるのか知ってるよな」
「もちろん知ってますよね」

 言葉では訊いていても、含む意味は断定である。
 それに、まさか「何があるのじゃ?」聞き返すことなどできず、三代目はコクコクと頷きつつも己の脳内を検索していた。
 今日、この日。
 十一月二十三日に何があったのかということを。

 (シカマルの誕生日は九月の二十二日だし、ナルトの誕生日は十月の十日。十中八九、この二人に係わるものじゃろうが、はて……)
 文化の日は十一月三日。
 日付に関係しているのなら、このあたりだろうか。
 他に祝日はというと…………ッ!?

 ガタリ、と三代目が立ち上がる。
 くわっと目を見開き、三代目は笑顔の二人を見据えた。
 二人の言わんとした事が解ったのか、ぱくぱくと口の開閉を繰り返している。
 朱金と青銀の瞳が輝いた。

「やっと解ったのか、じっちゃん」
「良かったですよ、話が早くて」
「きょ、今日は……」
「「今日は勤労感謝の日だ/です」」

 キラキラと。
 さらに笑顔が輝いた。
 しかし、笑っているのに、その瞳は獲物を狙う猛禽類の如く鋭い。
 蛇に睨まれた蛙の如く、三代目は固まる。
 が、次の瞬間には我に返り「バンッ」と机を叩いた。

「ならん!」
「「俺達まだ何も言ってないって/ません」」
「おぬしらの言いそうなことくらい解っとるわぃ! 駄目じゃ! 休みはやれんぞ!!」

 この机に詰まれとる任務の量が見えんのか!?
 と、横に詰まれた巻物と書類を差す。
 なるほど、そこには山のように重ねられた依頼書と任務の詳細が書かれた巻物があった。
 それがどうした、と二人は鋭い視線を三代目に向ける。
 ちくちくどころか、刃の雨が降ってくるような視線の痛さに、三代目は少々ひるんだ。
 だが、ここで引くわけには行かない。

「ここにあるのは全てSランクの任務じゃ! 中には特Sランクもある」
「それで?」
「何だって言うんですか?」
「全部お主等にしか頼めん」
「使えねぇやつらばっかだな」
「忍の質も落ちましたね、三代目」
「このままじゃ他の里に依頼持ってかれるんじゃねぇ?」
「かもな」

 のほほんと言い切る二人に、三代目は顔をひきつらせた。

「お主ら! 他人事ではないのじゃぞ!」
「いや、思いっきり他人事だし」
「仕事減ったところで休暇増えるだけですし。こっちは好都合ですよ」
「「いいでしょ、別に」」
「良かないわ!」

 怒鳴って。
 ゼィゼィと呼吸を整える。
 そんな三代目をよそに、宵月と暁日は顔を見合わせた。
 目線だけで会話を交わして、コクリと頷きあう。
 一歩、暁日が後ろに下がった。

「話を戻しますが、三代目。今日は勤労感謝の日。つまりは勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日です(三省堂提供「大辞林 第二版」より)」
「じゃから休みは……」
「最後まで聞け」

 地を這うような低い、冷ややかな声が三代目の言葉を遮る。
 笑顔を消し、先ほど以上に冷え冷えとした空気を纏った宵月が、そこにいた。
 その姿はまさに、冬の宵空に浮かぶ孤高の銀の月だ。
 思わず、三代目は口をつぐんだ。

「……暗部に所属してから早八年。俺も暁日も文句も言わず命じられるままに昼も夜も任務をこなしてきました」
「どこがじゃ……」

 文句を聞かない日は無かったぞ。

「何か言いましたか」
「いや、何も」
「そうですか。……年がら年中、それこそ馬車馬のようにこき使われてきて、一ヶ月不眠不休なんてざら。酷い時は三ヶ月はぶっ通しで任務。たった十二歳の子どもが」

 最後に低く呟かれた言葉に、ぎくりとする。
 宵月は目を細めた。

「しかも最後に休暇をもらったのは二ヶ月前。たったの一日。これだけ働いてるんですから、勤労感謝の日やその後数日くらい休みをもらってもいいですよねぇ」

 働き通しの齢十二の子どもに、休暇をやらないとか、まさかそんな酷い事言いませんよね。
 にぃっと、宵月の唇がつりあがり、ぼわんと煙がはじける。
 煙の向こうには、本来の姿に戻ったシカマルとナルトがいた。
 宵月が浮かべた笑みのまま、シカマルはその深い漆黒の双眸で三代目を見詰めた。
 その後ろで、ナルトもじっと三代目を見詰める。
 ぐっと、三代目は言葉に詰まった。
 山と詰まれた任務や書類と、ナルトとシカマルの二人を交互に見る。
 行ったり来たりする視線の中で、シカマルはごそごそとポケットを探りながら口を開いた。

「それでは三代目、選択肢を三つ差し上げましょう」
「せ、選択肢?」
「はい。一、その任務を三代目がこなす」
「な……っ!?」
「二、先日俺が作った――ポケットから一つのビンを取り出した――薬の実験台になる」

 三代目の顔が紙のように白くなる。

「三、大人しく俺達に休暇を渡す。あぁ、最低三日ですよ」

 さぁ、どれにします?

 ニコニコと問われるのは、まさに究極の選択。
 一は問題外。自分にだって仕事はある。
 二は……考えたくも無かった。
 一度シカマルに新薬の実験に使われた時は、川岸の向こうで初代火影と二代目が手を振っているのが見えた。
 そして、三。
 ちらりと任務の山を見る。
 二人で暗部数十人の働きをする暁日と宵月に休暇を渡したら、おそらく処理しきれないだろう。
 できたとしても、多少の犠牲は出るだろう。
 それほど危険な任務ばかりだ。
 死者が出ることを考えると、そんな任務に赴いてさえも無傷で帰ってくる二人に、どうしても頼ってしまう。
 逃れられないだろう選択肢を目の前にして、三代目は頭を抱えた。

「そんな任務には奴らを使えばいいんですよ、三代目」
「そうそう。変態とか変態とか変態とか変態とか」
「熊とか熊とか熊とか熊とか」

 暗にはたけカカシと猿飛アスマを使えと言っている。
 そして下忍の任務も無しにしろと。
 それでもって二人の思惑の裏には、これで死んでくれりゃ万々歳、ということも含まれているだろう。
 実際、二人にとって奴らは殺したいほどウザイ。
 そんな思いをおくびにも出さず――三代目は知っているかもしれないが――二人は三代目に答えを迫った。

「さぁ、三代目」
「さぁさぁ、じっちゃん」
「「答えは?」」

 流れる沈黙。
 そこへ、ふぅっと三代目の溜め息だけが響いた。

「……三日。それ以上は無理じゃ」

 ぽつりと零した言葉に、シカマルはしてやったりと笑みを浮かべ、ナルトは余りの嬉しさにシカマルに抱きついた。

「やったー! 休暇ゲット!! 全部シカの言った通りーー!!!」
「三日間のんびりしようなー、ナルト」
「うん! 邪魔者が来るといけないからあっちでな」
「勿論。買い物にも行こうぜ。欲しい本があるんだよな」
「久々の買い物〜♪」

 ぎゅうぎゅうと抱き合いながら、喜ぶ二人。
 三代目は、どこからシカマルの策に嵌っていたのやら。いや、最初からか……と、深々と溜め息をついていた。
 里一の頭脳を持つ『天才軍師』という異名を持つシカマルに、敵うわけが無いのだ。
 明日――いや、今日から始まる地獄であろう三日間のことを考えてキリキリと痛む胃を抱えながら。
 三代目は、声を上げて心からの笑顔を浮かべる二人に、温かな苦笑を浮かべた。



 後日。
 今までに無い、高ランクでハイリスクな任務が連日入ったことで。
 ボロボロになった変態と熊の姿が里で見られたらしい。
 その後数日は、下忍の任務も無くなったとか。

 そして火影の部屋では。

「これもシカマルの計算のうちかのぅ……」

 と遠い目をする三代目がいたらしい。
 とりあえず二人は、変態や熊や任務に邪魔されることも無く、楽しい休日を堪能できたようである。



END






 あとがき

 勤労感謝の日ということで。
 この二人は祝日であっても任務に負われていそうだなー、休暇欲しいだろうなーとか。
 そんなことを思ってたらぽこっと。
 ヘボ小説ですが、もらっていってくだされば嬉しいです。
 それでは皆さん。
 寒くなってまいりましたので、風邪等をお召しにならぬようお気をつけ下さい。

 11月20日 秋月しじま


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 著作権は私、秋月しじまにありますので、その旨を明記してください。
 「私が書いたよー」なんて言わないように(いないと思うけどさ)。
 レイアウトや文字の大きさ等は自由に変えてくださって構いません。
 それと、報告は任意にいたしますが、拍手ででもちょろっと言ってくだされば嬉しいです。
 それでは、この辺で失礼いたします。