夜が好きだ、とナルトは思う。
 だって、本当の自分で。
 何の偽りも無く、本当の彼に会えるだから。




 いつものように、いつもとは違って一人で任務をこなして。
 さっさと報告を終わらせて、『ドベのナルト』が住んでいる家ではなく、天湖の森にある邸へと走った。
 冷たい夜の風が頬をなで、髪を梳く。
 幾つかの森を駆け抜けて、ふと、空気が変わったことを肌で感じた。
 天湖の森だ。
 ほんの十数年前まで神が住まっていた場所は、その神が姿を消した今でさえ、その加護を失ってはいない。
 禁域と呼ばれる聖域は、清涼な空気を纏っている。
 痛いほどに、清らかな空気を。

 とんっと音も無く枝を蹴って、湖の上に着地した。
 小さな、波紋が広がり、消えていく。
 足に纏ったチャクラに、触れている部分の湖水が淡く光って、それも消えていく。
 足元のランプをつけたり消したり。
 そんなことを繰り返すように湖面を歩き、湖の真ん中に建っている邸に入る。
 身に染み付いた血の臭いに、すぐさま風呂へと直行した。



「こんな所にいたんだ」

 髪を拭くのもそこそこに、タオルを頭にかぶせて屋敷内を歩き回り、目的の人物をやっと見つけた。
 柱を背に縁側に座り杯を手に、空にぽっかりと浮かぶ十六夜の月を見上げていた。

「ああ。おかえり」

 そう言って、シカマルは滲むような笑みを浮かべる。
 結われていない黒髪がそよ風に吹かれて、サラサラと流れていた。

「ただいま」

 心底嬉しそうに笑って、ナルトはシカマルの隣に腰掛ける。
 短い金色の先から滴る雫にシカマルは小さな笑みを浮かべたままで、ナルトの頭にかぶせられているタオルを手に取った。
 昼間のめんどくさそうな雰囲気とはまるで違う、優しく愛しそうな仕草でナルトの髪の水気を拭っていく。
 ナルトは嬉しそうに目を細めて、ほわりと笑みを浮かべた。

「早かったんだな」
「まぁね。抜け忍の始末だったから、簡単だった」

すっげー弱いの、あいつら。

「お前と比べりゃ誰でも弱いだろうが」
「シカは強いじゃん。俺とタメはれるくらい」
「まぁ、相棒だし」

 するりとタオルをナルトの頭から離し、ナルトの顔にとんだ雫を拭う。
 四つ折にして、傍らへと置いた。
 代わりに、その指には漆塗りの杯が握られる。
 黒い漆器に、思いのほか繊細な指先がよく映えた。

「ん」
「ありがと」

 杯を渡されて、酒を注がれる。
 一気に杯を呷って、ナルトは目を見開いた。

「うまい。どうしたんだ?」
「この前さ、書類偽造されて死に掛けたことあったろ」
「ああ……あれ、ね」

 シカマルの言葉に嫌なことを思い出し、唇に背筋の凍るような笑みを刻んで呟いた。
 以前、巧妙に偽造された書類に火影が気づかず、カカシとアスマにその任務を割り振った。
 ちょうどその時帰ってきたシカマルがその書類がおかしいことに気づき、カカシたちが危ないということで応援に行かなければならない事態に陥ったことがあったのだ。
 勿論生きて帰ってきたものの、シカマルは腐れ上忍どもの所為で怪我を負い死に掛けた。
 あの時の恐怖は未だに覚えている。
 シカマルを亡くすかもしれないと言う恐怖に、発狂しそうになった。
 そして同時に、シカマルが死んだら要因になった奴らを皆殺しにして里滅ぼして死んでやろうとも思った。
 ああ、思い出したら腹立ってきた。
 どうしてくれよう、あの腐れ上忍ども。
 ふふふ、と黒いチャクラを放出するナルトに、シカマルはただ苦笑しただけで、話を続けた。

「それの詫びにって三代目がくれた」
「かっぱらったんじゃなくて?」
「ああ」
「珍しい」
「よっぽど応えたんだろ」

 そっと瞳を伏せ、俯き気味に杯に口をつける。
 案外長い睫が小さな影を落とし、頬に黒髪が滑った。
 少し陰のある月明かりに照らされたその姿に、綺麗だなーとナルトは心の中で呟いた。
 面倒なことは昼の姿でも、本来の姿でも嫌いで。
 けれど、昼間のやる気の無いぼんやりとした雰囲気は無く、ただ凪いだ海のような雰囲気を纏っている。
 そして、この天湖の森が纏う雰囲気にも似ていた。
 冷たく透明で。
 何の色も無く。
 何の色にも染まらず。
 全てを突き放すようで。
 けれど、受け入れたものには限りなく優しい。
 昼間では会えない、海のような彼。
 とても静かな、夜色の切れ長の瞳も。
 案外白い肌も。
 解かれた艶やかな長い黒髪も。
 凪いだ海のような雰囲気も。
 今は夜にしか見られない。
 だから、夜が好きだ。
 とりあえず腐れ上忍どもへの報復のことは胸の中にしまって、ふわりと微笑を浮かべた。
 どうした? とシカマルが小さく首をかしげる。

「シカマル、大好き」
「俺も好きだぜ」

 ゆったりと浮かべられた笑みに、綺麗な笑みで返して。
 ナルトはシカマルの手によって注がれた酒に口をつけた。





 夜が好きだ、とナルトは思う。
 だって、本当の自分で。
 何の偽りも無く、本当の彼に会えるだから。
 凪いだ海のような、綺麗な彼に会えるのだから。
 本来の彼に、会えるのだから。






 シカマル50の萌命題 30:夜




もう一つのバージョン有。