音もなく、森の中を駆け抜ける。
 今夜の任務は抜け忍の抹殺で。

「まぁ、これくらいならお前らもいけるか」

 という主の一言で、まだまだ修行中の――とは言っても並の暗部よりは強いのだが――三人の同行が決まった。
 前を行く一人を、残りの三人が必死に追いかける。
 経験の差か、実力の差か――恐らく両方であるのだろう。
 三人が三人とも必死に走っているというのに、まだまだ前を行く一人は余裕が見える。
 何かを考えるという行為もままならぬほどに、ただ必死に駆けていた。



 ぴたりと、一人は一本の高い木の枝で静止する。
 その一人よりも一段低い枝に立ち、面の下で少々荒い息を整えながらも静かに一人を見上げた。

『主? どうかなさいましたか?』
 
 少しばかり刺のある雰囲気を纏った漆黒の面の一人――主に、紫のラインが入った漆黒の面の暗部が送心で問いかける。
 それにすぐさま、温度の低い声が返ってきた。

『あれ、見ろ』

 その声は紫のラインの面の暗部だけでなく、残りの二人にも届けられる。
 言われたとおり、主が視線を向けている先を見てみると、面の下で三人は揃って眉を顰めた。

『数が、多い』
『報告書とは、違いますよね』

 緋色のラインが入った漆黒の面の暗部が呟き、橙色のラインが入った漆黒の面の暗部が確認するをとる。
 それに主は肯定を返し、『謀られたな』と淡々と告げた。
 その瞬間、緋色のラインの面の暗部が、微々たる殺気を放った。
 主が振り返ってみれば、握り締められた拳がぶるぶると震えている。
 もれ出ている殺気を必死に押さえ込んでいる様子に、場所を考え必死に激情を堪えていることが安易にわかった。

『緋桜』

 淡々と、冷えた声が緋色のラインの面の暗部の脳裏に響く。
 それに僅かに平静さを取り戻し、けれど激情を秘めたままで、『けれど』と返した。

『落ち着け緋桜、紫穏、橙火。ある程度予想されていたことだぜ』
『なれど主。貴方が陥れられようとして、我らに怒るなと言うのは無理がある。特に緋桜は』

 響く送心に、紫のラインの面の暗部――紫穏が反論する。
 緋色のラインの面の暗部――緋桜よりは落ち着いてはいるものの、こちらもやはり激昂を抑えている。
 橙色のラインの面の暗部――橙火も同じなのだが、纏っているチャクラが揺らいでいた。
 主はそっと溜め息をついて、目を細めた。

『良いから落ち着け。俺にとっちゃ雑魚だ。お前らはそこで見てろ』
『主様!』
『見ていろ、緋桜』
『っ……御意』

 しぶしぶと引き下がる緋桜の姿を確認して、主は集まっている抜け忍の集団へと向き直る。
 面の奥で切れ長の瞳をすっと細めて、神経を針のように研ぎ澄ませた。
 ゆらりと、影がうごめく。
 いや、影ではなく、主の周りを取り巻く闇が、ゆらりと揺れた。
 すっと目線の高さまで上げた腕の動きに従うように、ざわざわと、闇がさざめく。
 周りの空気の揺らめきに、緋桜・紫穏・橙火の三人は息を詰め身体を強張らした。
 伸ばされたしなやかな指がゆっくりと握りこまれる。

「消せ」

 凛と冷たい――絶対零度とも言える声が大気を震わした。
 さざめいていた闇が、その声に従い一気に動き出す。

 グシャッ、ゴキッ、ピチャリ……。

 そんな音の合間から悲鳴……否、断末魔が聞こえてきて、辺りには血臭が広がった。
 しかしそれさえも闇に包まれ、一瞬で消える。
 やがて声も聞こえなくなり、闇もいつものような静寂を湛えていた。
 ふうっと、主が小さく息をつく。
 その音を聞いてやっと、背後に控えていた三人は身体の力を抜いた。
 冷や汗が、じわりと滲む。
 あまりの力の大きさに、感じたのは畏怖と。
 こんなにも強い者が、己の主であると言う喜び。
 身体が強張ってしまうのは、未だに自分達の力が足りないからだ。
 三人共に、もっと修行しなければと心の中で思い、同志達と顔を見合わせ頷いた。

「……闇主様、お疲れ、ですか?」

 口を開き危うく本当の名を呼びそうになって暫く間を置き、暗部名で呼びかけるのは、橙火。
 心底心配そうな声に、闇主と呼ばれた暗部は、漆黒の面の下で苦笑を浮かべた。

「いや。あー、でも休暇は欲しいかもな。マジで」
「主様は働きすぎです。火影も何を考えているのか……」
「このごろ主が構ってくれないと金の花もぼやいていました」
「マジ?」
「はい。闇主様がお忙しいと解っているから、わがままを言って困らせたくないと黙っていますが」
「あー……休み、とるか」

 面を取り、おちてくる長い黒髪を掻き揚げて、闇主は夜空を見上げる。
 皓々と、臥待の月が輝いていた。
 眩しそうに目を細めて、再び面をつける。

「行くか」
「「「御意」」」

 闇主は瞬身を掻き消える。
 それを見て、紫穏、緋桜、橙火の三人も瞬身の術を使った。
 その前の一瞬、目線で会話を交わして。




 その後、火影が四人の暗部に襲撃され――主に面にラインの入った暗部三人に――脅されたとか何とか。
 そんな噂が流れた。
 その後すぐに、参謀部のほうに面にラインの入った暗部三人が奇襲をかけたという噂も。
 真実を確かめようと聞きに来た面々に、噂の中心人物である三代目火影も参謀部の面々も、一同に沈黙を守ったらしい。
 よってその噂が本当かどうか、知るのは奇襲を受けた面々と奇襲した本人達だけである。




 シカマル50の萌命題 27:怒る



作ろうと思っている話の設定で。
闇主はもちろん彼ですが、残りの人物がわかった人は凄い。